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第10話「社畜と王子と、乙女ゲームな夜」 エピソード⑤

王立学院・寄宿舎

ルナリアの私室(朝)


朝の光がカーテンから差し込み、柔らかな模様を床に描いている。

鳥の鳴き声と木々のさざめきが、静かに朝を告げていた。


ルナリアは、ゆっくりとまぶたを開けた。


(……頭が少し、重いわね……。でも、体は……それほどでもない)


身体は、間違いなく自分のものに戻っている。

そっと身を起こすと、ミレーヌ特製の香油の香りがふわりと漂い、入浴の痕跡があった。


(そうですわ、小石がかすめた傷は……?)


ナイトガウンの裾をめくって左のももを見ると、真新しい布で丁寧に巻かれている。


(入浴の後、ミレーヌが包んでくださったのですね)


ルナリアはふぅ、と息をつく。

どうやら、心の同居人は夜すべきことも完璧にこなしてくれたらしい。


しかし、その意識の奥――妙な“余韻”が残っていた。

身体の芯が熱いような、何とも言えない感覚。


(とにかく、まずはフローラ様のご無事を確認しなければ)


(…………まひるさん?)


『すや~……すぴ~……』


心の同居人は、すっかり平常運転。ぐっすりと寝ているようだ。

思わずくすり、と笑ってしまう。


(ま……ひ……る……さん!?)


『……へ? ル、ルナリアさん? お、おはよう……ございます、はい』


(なんだか、様子が変ですわね? フローラ様の解毒は成功しましたの?)


『はい! ばっちりです。解毒の後、呪いは駆け付けたセリアちゃんが消してくれましたし。

 帰り際にフローラちゃん、恋愛ムーブかましてたぐらいだから、完璧に元気ですよ』


(恋愛ムーブ、ですの? よくわかりませんが、お元気になられたのですね。

 まひるさんのおかげですわね。

 フローラ様を救ってくださって、本当に……ありがとう)


ルナリアは朝の陽光が差し込む窓に目をやり、ぽつりと言った。


(本当は、素直に伝えるなんて……まだ、ちょっと恥ずかしいのですけれど)


『……え?』


(今日のルナリアさん、なんか滅茶苦茶かわいいんですけど……)


『えへへ……ルナリアさんに褒められると、なんだか照れますね』


(ふふ……そろそろミレーヌが来る頃かしら。

 後ほど、経緯を聞かせてくださいましね?)


ルナリアの心の中で、まひるは元気よく答えた。


『もちろんですとも! きっちりと、要点を抑えてプレゼンさせて頂きます!』


そのとき――


こんこんと、扉を叩く音が響いた。


「ミレーヌです。入りますね」


そっと扉が開き、朝食のワゴンを押したエプロンドレス姿のミレーヌが現れた。

ワゴンの上には、真新しい白布と薬瓶も載っている。


ほんのりと香るバターと、カモミールの柔らかな香り。

これは、今朝も絶対おいしいやつ!


「お嬢様、おはようございます」


「おはよう、ミレーヌ」


「朝食の前に、傷の具合を確認させて頂けますか?」


「ええ、もちろんですわ」


ミレーヌはベッドの傍に膝をつき、裾をめくって白布を外し始める。


「お嬢様……よくお休みになられたようで、

 ミレーヌもフルコースでご奉仕させて頂いた甲斐がございました」


「ええ、すごくリラックスしてますし、気分も上々ですわ。昨日はありがとう」


「ところで……お嬢様。今日からは通常授業で登校なさいますが……

 昨日、申し上げたこと、覚えていらっしゃいますね?」


『……! ああああ!』


「……?」


「アルフォンス殿下とのことでございます」


『ああああ!』


(まひるさん、煩いですわよ?)


「え、ええ。覚えてますわ」


「それならば、よいです。お気をつけなさいますよう」


『あああ!』


ミレーヌが微笑んで頷くと、茶色の髪に乗ったヘッドドレスがふわりと揺れる。

そして、再び傷の手当に戻った。


(……まひるさん?

 ミレーヌの言葉に被せるのはやめて頂けます?

 何か、わたくしに言えないことでも……?)


『いや……その、言えないというか、知らない方がいいというか……』


(いけません。……後できっちりと説明してくださいまし。

 まさか、あなた、わたくしの身体で何かしてしまったのではないですわよね?)


『ぴええええええっっっ!!? あれは不可抗力でして……』


(もし、令嬢としての品位を損なうようなことでしたら――

 そうね。セリア様にご相談して追い出して頂こうかしら?)


『う、セリアちゃんならホントに出来ちゃいそう……。

 もしログアウトできることなら、今したい~~~!!』


ちょうどそのとき、ミレーヌが最後に包帯の端をきゅっと留めた。


「はい、おしまいです。お嬢様、よく我慢なさいましたね」


「ええ、ありがとう。手早くて助かりますわ」


ミレーヌは微笑み、ワゴンに薬瓶を戻すと、

ベッド脇に折りたたみ式のサービングテーブルを静かに広げた。


「では、朝食をご用意いたしますね」


用意されたプレートには、焼きたてのクロワッサン、ハーブ香るスクランブルエッグ、

彩り豊かなサラダに、果実のコンポート。

ふわりと漂う温かなバターの香りが、朝の部屋を優しく満たしていく。


「本日のモーニングティーは、ミレーヌがご用意いたしました、

 特製ブレンドでございます。

 カモミールに、ほんの少しだけローズヒップを足してみました。

 お疲れが少しでも癒えますように」


ミレーヌは柔らかく微笑みながら、ポットからゆっくりと紅茶を注ぐ。

立ち上る香りに、ルナリアはふっと表情を緩めた。


(……とてもよい香りですわ。やはり、ミレーヌのブレンド、すばらしいですわね)


『わかりますぅ~。

 ルナリアさんのブレンドも品があって最高ですけど、ミレーヌさんのはまた愛情たっぷりっていうか。

 それにクロワッサンとか、バターの層が超ふわふわだし……

 優雅な貴族の朝って感じですよねぇ』


(ふふ……まひるさんにも気に入って頂けてよかったですわ)


『いやもう、最高ですよ……。社畜時代の朝食なんて、

 コンビニおにぎり片手に立ったまま缶コーヒーで流し込むか、

 時間がないときはプロテインバー一択でしたから……』


(あらまあ……立ったまま、ですの?

 なんだか、社畜というお仕事、大変でしたのね……。

 けれど、わたくしもその“おにぎり”というもの、試してみたいものですわ)


『いやいや、ルナリアさんが口にするようなものでは……』


ミレーヌは品よく微笑んだまま、手を静かに胸の前で組んだ。


「お嬢様、召し上がった後に、登校のご準備をお手伝いいたしますね」


「ええ、ありがとう。では、いただきますわ」


『よっしゃー! 早速いただきましょう、ルナリアさん!』


まひるは朝食の香りと、これからの美味しさにわくわくが止まらない。


しかし――


(まひるさん? まだ、お話は終わってませんのよ?)


『ぐはぁ! やっぱり……』


そして、魂の意識領域にこだまする、上品でやさしくも冷たい一言が。


(――名誉は積み重ね、羞恥は一度で十分ですもの)


『……ルナリアさん……あなたって、たまに、すごく女神で……すごく鬼ぃ……。

 けど、好き……っ! ガチで推せる……ッ!』


(その発想、10秒後に黒歴史になりますわよ?)


『ひ…』


(……反省なさい!)


『ひぃー、ごめんなさい~』


鏡に映るルナリアは、少しだけ――それでも確かに微笑んでいた。

まひるの心に、その笑みはほんのりと温かい光を灯していた。


……わたし、たぶん、ちょっとだけ……認めてもらえたんだよね。


そう思えることが、何よりも嬉しかった。


――ちなみに、朝食の間にアルフォンスによる傷の手当の話を聞いてしまったルナリアは……

その日一日、アルフォンスの顔をまともに見れなかったそうな。


『だから、知らない方がいいって……』


(もう、忘れさせてくださいまし!)


真っ赤になって机に突っ伏したルナリアが、

まるで隣に誰かがいるように――じとーっとアルフォンスの反対側を睨む。


そんな微笑ましい光景が、学院で見られたとか、見られなかったとか。


***


王立学院・寄宿舎

エミリーの私室(夜)


――その日の夜のこと。


エミリーは机の引き出しをそっと開けた。


中には、かつての「ルナリア包囲作戦」と書かれた分厚いノートが何冊も並んでいる。

ぱらりとページをめくりかけて――やめた。そっと閉じ、引き出しに仕舞い込む。


代わりに、白紙のノートを手に取る。


「……別に、味方になるなんて言ってないけど。

 でも……たまには、あの人が笑ってる顔も悪くないし」


口元に小さく笑みを浮かべて、彼女はまたペンを走らせた。

それは、新しい作戦の始まり。


ランプに照らされたエミリーの横顔が、窓ガラスにぼんやりと映る。


その隣、窓際のテーブルには――

かつてセリアにもらったスコップと、真新しい“百合”の鉢植えが、静かに飾られていた。


***


ルナリアたちが暴走した魔物から双子王女を救った“英雄譚”。

だが――その“英雄譚”は、この場だけで終わらなかった。


数日後、王都では静かな噂が広がり始める。


「森でアルグ=サーヴァの毒に侵された第三王女を、その場で新薬を調合して救った異才。

 公爵令嬢――ルナリア・アーデルハイト」


その噂はやがて、王宮の奥深くへ。

さらに、五大公爵家を筆頭とした貴族たちや、教会の高位聖職者たちの耳にも届いていく。


やがて、誰かが静かに記した。


“薬師の異能を持つ可能性”

“異能は、時に秩序を乱す。動向に注視せよ”

“公爵令嬢にして王太子の婚約者――ルナリア・アーデルハイト”


……破滅フラグは、回避されたときほど、静かに牙を研ぐ。

その研ぎ澄まされた牙が剥かれるのは、まだ少し先のことかもしれない。


しかし、ふたりの物語に――新たな運命の扉が。

静かに、そして確かに、開かれようとしていることは間違いなかった。

※最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 第10話はこれにておしまいです。明日は、第11話が始まる前にちょっとした閑話をお届けします。

※もしお気に召しましたら、評価やブックマークをいただけますと、とても励みになります。

 評価・ブクマしてくださった皆さま、改めてありがとうございます(=^・^=)

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