第10話「社畜と王子と、乙女ゲームな夜」 エピソード②
王立学院・中庭(夜)
静かな夜の中庭。
水面に浮かぶ月の光が、石造りの噴水を淡く照らしている。
昼間の喧騒がまるで嘘みたいに、風も足音も消えた世界。
薄手のマントを肩にかけたまま、まひるはベンチに腰掛け、静かに星空を見上げた。
(さてさて、お次は……えーっと、あれですね。
そう! アルフォンス様とのデート――じゃなかった、視察!)
わたしが初めて市場の活気を体験して、聖都の門に並ぶ隊列を見て――
「この世界は生きてる!」って実感したイベント。
昼はカフェでチーズとろ~りなキッシュと紅茶。
スイーツはフィナンシェ、そして夜のレストランでは――前世でも未体験のシャトーブリアン!
もう、異世界グルメ最高すぎた……!
じゅる……。
夜中の中庭、月明かりに照らされた噴水のほとりのベンチ。
そこに腰掛ける少女――それは、だらしなくぽわんとしてよだれを垂らすルナリア様……。
この絵面やば! バレたら絶対にルナリアさんに怒られるやつ!
慌ててナイトガウンの内ポケットを探り、ハンカチで口元を拭う。
(ミレーヌさん、さすがは完璧侍女! リスクヘッジもパーフェクト!)
はあ……やれやれ。
いやいや、ポイントはそれじゃなくて――整理再開!
えーと、このイベントでルナリアさんとアルフォンス様が急接近したんだよね。
なんかもう、中のわたしまでドキドキするほど甘々の雰囲気で。
それで、ルナリアさんたちの子供の頃の秘密の約束とか、アルフォンス様の想いとかこっそり聞いちゃったんだよね……。
(むふふ……つまり、乙女ゲー最高か!?って思ったやつ)
でもさ。
これがもし、悪役令嬢と攻略対象のデートだったら……
いろいろ、完全にアウトだったかも。
荷馬車に轢かれそうになるし……特に、子供たちの「ルナリア様劇場」!
もし悪役令嬢モードのルナリアさんだったら?
ルナリア様役の子が『身の程を知りなさい!』って無邪気に決めポーズ。
そしたら、本物のルナリアさんが、ずいっと前に出て――
『身の程を知りなさい!』
……なんて被せてきたら、もうその場、凍り付き確定で――
市民は大パニック。
さらに“第二王子とのデート発覚”で、大炎上。
うん、間違いない。
これはもう、絶対に破滅フラグ⑤『第二王子との炎上デート』だったよね、確実に!
……ルナリアさんは、あの子供の頃の約束はラファエル様とだってずっと思ってたみたいだし……。
そのへん、まだ謎が残ってるんだよねぇ。
それでその後は――ルナリアさんの実家への呼び出し。
わたしが初めてこの世界の“広さ”を知った旅。
宿場町でピクニックしながら頂いた異世界版りんご飴、おいしかったな~。
そして何より、ご家族の濃さ、あれは半端なかった。
もう、呼び出しの緊張とか全部吹っ飛んじゃったし。
ルナリアさんが生まれ育った、ハイランド城。
いきなり全力ハグのマリアンヌ様に、
アレクシス様のルナリアさん愛もすごかったな……。
レオニウスちゃんは、めちゃくちゃ可愛かったけど……
空は飛ぶわ、胸フェチ属性だわ……。
(お姉さんはキミの将来が心配だゾ? いろんな意味で)
ふふ。
……まさに、リアルな奥様は魔女一家だったな。
ルナリアさんのメンタル、絶対ここで鍛えられたよね。
で、お父様のアーデルハイト公爵様。
この娘にしてこの父ありって感じで――
厳格ななかにも、優しさが滲んでて……素敵なお父様だったな。
でも、もし破滅フラグ⑤が立ってたら、ここで婚約解消と海外留学、即決言い渡しで、はいBAD END確定! だった気がする。
……そういえば、あのとき聞いたアルフォンス殿下とヴィオラちゃんの婚約の噂。
あれ、どうなったんだろ?
(誰か教えてほしいんですけど! ……まあ、そのうちわかるか)
*
さてと、棚卸も大詰めに近づいて参りましたよ、まひるさん。
お次は舞踏会エキジビションだね!
気を引き締めて参りましょー。
う、最初に締まらないやつを思い出した。
ははは……薔薇の貴公子……は置いといて。
まず、本当にびっくりしたのはセリアちゃん。
突然聖女モードに入って変身しただけでもびっくりなのに、光がぶわーって弾けて――
その瞬間、なんだかわけわかんないぐらい心がほわ~ってほぐれて……。
あれはもう、異世界に来たからって、誰でも味わえるレベルじゃないやつ!
(うん、あれはわたし的にはこの世界で一番びっくりしたことの一つ)
それからペア舞踏。
ユリシアさんとの百合風味が堪能できるのかと思ったら、
アルフォンス様が名乗りを上げたときはどうなることかと思った。
焦ったな~、あれは。
もし破滅フラグ⑤が立ってルナリアさんが大炎上してたら――
ルナリアさんじゃなくてヴィオラちゃんが踊ってた気がする。
するとこのイベントは、本来はヴィオラちゃんのルート分岐イベント?
ヴィオラちゃんがアルフォンス様と踊るのを選ぶと、第二王子ルートに突入とか?
(あー、うん。それで間違いない。
乙女ゲーム的にもしっくりくるしね)
それに実際、あのイベントでルナリアさんの第二王子ルート、かなり進行しちゃった気がする。
でも、それが逆にラファエル様に火を付けちゃった感じも……。
いずれにしても舞踏エキジビション、ばっちり脳内レコーディング済だから――
うふふ……何度でも再生できる!
わたしにとってはご褒美イベントだったかも。
*
えっと、お次は……?
図書館の幽霊騒動イベントですね。
あれもたぶん、イレーネ先生の質問攻撃がヴィオラちゃんに向いて、
必死で夜の図書館で勉強しててたら、レイアさんと出会うっていうイベントだった説。
(あれはきっと、覚醒前の導入イベントっぽいやつ)
ま、レイアさんもヴィオラちゃんに会えたし、
新聞部のカレンさん……だったよね? 彼女の追求もたぶん無事交わしたし――結果オーライ、問題なし!
(レイアさん、また会えるかな……?)
幽霊に会いたいと思うなんて、わたしもだいぶこの世界に染まってるってことかも。
で、いよいよ、今のところ最新のイベント。
今日の魔物討伐イベント! ……もとい薬草採集イベント!
ルナリアさんのかっこいい美少女剣士ムーブ!
がんばってコーデ選んだ甲斐があった。
でも、マジで死ぬかと思った。
あ、でも……一回だけ死んだことはあるけどね、前世で。
とにかく、滅茶苦茶怖くて叫びまくってたけど。
あれ、ルナリアさんの邪魔しちゃったかな……。
だって、戦闘なんて経験したことないし。
リアルはVRゲームとはレベルが違うんだから仕方ないよね。
あとは、ついに……。
そう! ついにわたしたち、ふたりとも目覚めた状態で交代することが出来るようになりました!
パンパカパーン♪ ぱちぱちぱち!
いつでも出来るってわけじゃなさそうだし、まだ制約とかわかんないけど――
いざって時に交代出来るってわかったのは間違いなく心強い。
そして、ついに覚醒したわたしのチートスキル《薬師》。
ふふふ……まさか製薬会社の社畜スキルが異世界でチートスキルに化けるとは……。
運営さーん、いい加減スキル登録してくださいね!
なんちゃって。実はただのリケジョスキルのような気もするけど――
フローラちゃんを救えたのは……やっぱり、素直に嬉しい。
だから、チートスキル認定でいいよね!?
それにしてもこのイベント、破滅フラグ満載だったな……。
……もうルートがぐっちゃぐちゃに変わっちゃってるから、正直、正解がわかんない。
けど、乙女ゲーマー的には――
あの草花をびゅーって伸ばす能力。
たぶん、レイアさんが言ってた“花の乙女”の力だよね。
つまり、本来はヴィオラちゃんの覚醒イベント、だったはず。
最悪、ルナリアさんがエミリーさんポジションだった可能性すら……。
(わー、それは絶対に嫌だってば~~!!)
エミリーさん、ごめん。
でもわたし、絶対あのポジションだけは遠慮したいですからね……!
ふう、なんとかここまで確認完了。
でも、まだ全部片付いたわけじゃないんだよね……。
まひるはふと、静かな夜空を見上げた。
三つの月は、変わらず静かに空に浮かんでいて。
それでも、まひるの胸の中には、じんわりとした熱が残っていた。
「……よし。もうちょっとだけ、整理しよ」
まひるはベンチの上で小さく背伸びをした。
……きっと、もう少しだけ夜は長い。
だから、もうちょっとだけ、わたしの番だよね? ルナリアさん。
*
まひるはふうっと息を吐いて、背もたれに身を預けて夜空を見上げた。
今にも降ってきそうなほどの、澄んだ星空。
そして、夜気に混じって、どこからか微かに草花の香りが漂ってくる。
昼間のざわめきも、誰かの気配もなくて、代わりにしんと冷えた静けさだけが辺りを包んでいた。
(……よし、最後にもう少しだけ整理しよ)
そう、大事なこと。
これまでの棚卸ではっきりしたこと。
この乙女ゲーム世界の本来の正ヒロインは、やっぱりヴィオラちゃんだってこと。
そして、ルナリアさんは“悪役令嬢”。
前世のわたしは、悪役令嬢って、ヒロインの成長のためにざまぁされるだけの意地悪なキャラだって思ってた。
でも――違ったんだ。
ルナリアさんは、ちょっと普通じゃないけど、でも中身は普通の女の子。
普通に悩んで、考えて、恋もして……。
妃教育とか、婚約者とのすれ違いとか、公爵令嬢とか。
いろんな理由が積み重なって、気づけば“悪役令嬢ムーブ”になっちゃってた――そんな感じだったんだって、この世界に来て初めて知ったかも。
乙女ゲーじゃ、そんな背景までは語られないしね。
ある意味、悪役令嬢だって被害者だし――救われるべきだよね、うん。
それから、セリアちゃんは……きっとヒロインじゃない。
恋よりも使命に生きる人って感じだし――たとえば、導いてくれるガイド役、とかかな。
だって、あの子、特別すぎるもんね。
神聖魔法を使う時のあの変身した姿……もう殆ど”神”かって感じだし!
つまり、この世界は、ヴィオラちゃんが主人公だった乙女ゲー世界で確定。
そして、わたしがやり込んでた《七つの聖環》とは、背景設定は似てても、キャラも展開も違う、わたしの知らない世界……。
ふぅ。
そして、わたしがこの世界で果たしたいこと。
(この世界でルナリアさんと一緒に笑って、ずーっと穏やかに暮らすんだ。
なんなら、おばあちゃんになるまで一緒にね。
だから、破滅フラグなんて全部、ぽきぽきって折ってやるんだから!)
まひるは心のなかで拳を握りしめた。
夜の庭に、ひゅうっと風が吹き抜けて――
ひんやりとした冷たさが、火照ったまひるの頬を、そっと冷ましていく。
なぜか、ふっと。
じんわりと遠くに、でも、目には見えない気配を感じて――。
※最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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