第10話「社畜と王子と、乙女ゲームな夜」 エピソード①
第10話 「社畜と王子と、乙女ゲームな夜」
王立学院・寄宿舎
ルナリアの私室(夜)
ミレーヌお手製の“天国と地獄のフルコース”。
お風呂にマッサージ、髪に爪、そして傷の手当てまで――
半ば強制的に全身くまなく手入れされた挙句、ふかふかのベッドに沈んだまひる。
何度か呼びかけたけれど、ルナリアさんの返事はない。
彼女の意識は、どうも一度眠らないと戻らないらしい。
(いつもの夜勤とは違う交代の仕方だったからかな……)
(……寝る前に少しお話できたら良かったんだけど。
……いや、むしろ今日じゃない方がいい気がする。これでいいのかも)
今日のことをぽつりぽつりと思い返しながら、まひるは火照った頬を押さえ、そっとベッドを抜け出した。
「……だめだ、眠れない。ちょっと、頭冷やしに夜のお散歩でも」
「眠れなくてお散歩……。社畜時代は、眠たいのに夜の帰宅だったのに。
……これって、ちょっとした贅沢かも」
薄手のナイトガウンの上に、はらりと滑らかな絹のマントを羽織る。
慎重に扉を開けば、ひんやりとした夜気が肌を撫でた。
「誰にも見つかりませんように! 深夜徘徊、見つかれば怒られるやつ!」
月の光に照らされた静かな回廊を歩きながら、まひるは小さく呟いた。
深呼吸して、学院の中庭へと歩を進める。
(ああ、そういえば、会社だったらそろそろクォーターの締めの時期……)
(そう! 節目節目で棚卸し。
まずは、破滅フラグの回避状況、ちゃんと整理しとかないと……!)
そんなふうに勝手に散歩の理由を付けると、まひるは夜の静けさの中へと、そっと踏み出した。
*
よし! まずは、破滅フラグ①「夜会の婚約破棄」から。
わたしがルナリアさんの中にぽとりと落ちた翌日のこと。
勝手に、ラファエル王子のダンスのお相手をセリアちゃんにお願いして、ルナリアさんは欠席。
でも、もしルナリアさんがあの夜会に出席してたら――
王子はきっと、何か話そうとしてたはず。
だけど、あの頃のルナリアさんのことだし……
話も聞かずに『婚約破棄なさりたいならご自由に!』って、ばしっと言い放って帰っちゃったよね。絶対。
そんな感じで、破滅フラグ成立――。
もう一日、転生が遅かったら……間に合わなかったかも。ぶるぶる。
次は、そうそう。破滅フラグ②「奉仕日の暴言」です!
まず、わたしの善行×3で、ルナリアさんの庶民好感度&評価は爆上がり!
そして迎えた奉仕日当日。
ヴィオラちゃんがスコップを渡して背中を押してくれて、ルナリアさんは自ら花壇の整備にチャレンジ。
その結果――“小さき花の革命”が起こったわけです。はい。
でも、もしもだよ?
婚約破棄寸前の状態だったら、ルナリアさん、ヴィオラちゃんのスコップ、素直に受け取れた?
……うん、きっと無理だったと思う。
下手したら、スコップ叩き落とした上に、
『わたくしに、泥にまみれろとおっしゃいますの!?』
なんて言って、ラファエル殿下がヴィオラちゃんを庇うのを見て……
悪役令嬢ムーブ全開で、
『あら? 殿下はそういう子がお好みですのね? どうぞご勝手に』
なんて暴言吐いて――
まひるは思わず、顔元に指をあてた。
(うん、何が起きてたか目に浮かぶ~。てゆうか乙女ゲーム的に間違いない展開)
やっぱわたしの善行、正解だった……はず!
ていうかさ。
ということは、この時点でヴィオラちゃんが王太子ルート、入ってたんじゃ……?
……なんて、ひとり脳内会議していたら、いつの間にか中庭に――。
*
静かな夜の中庭。
夜空に浮かぶ月の光が、石造りの噴水を淡く照らし、
噴水の水流は、きらきらと宝石みたいに輝いていて――。
昼間の喧騒が嘘みたいに静かだな……。
「ここ、なんか落ち着くんだよね……」
まひるは、ふうっと小さく息を吐くと、噴水の傍のベンチに腰掛けた。
ということで、ではまひるさん、次行きましょう。
次は――破滅フラグ③、名付けて「王女殿下の怒り」!
お茶会に向かう途中、確かこの辺でラファエル様に会ったんだよね。
うふふ、春色のドレス、るんるんだったなぁ。
思えば、あのときからわたしの“推し”はラファエル様だったのかも……。
なんか、思い出すだけで恥ずかしくなってきたぞ。
さて、まひるさんに質問です。
あのとき、もし悪役令嬢モードのルナリアさんだったら?
例えば、王子が、『これからは君をちゃんと見るよ』なんて言ったら、『何を今さら!』とか?
うーん……きっと、素直に王子の話は聞けなくて、良くない状況になってただろうなぁ。
そのあと、ギャップ姫……じゃなくて、シャルロット王女のお茶会が始まるんだけど……。
シャルロット様のことだから、きっと間を取り持とうとヴィオラちゃんも呼んでたとして、
そこに悪役モード全開のルナリアさんが行ったらさ――
ヴィオラちゃんに詰め寄って、
『わたくしが婚約者ですけど何か!?』
ってドヤってたかも。
セリアちゃんはきょとん。シャルロット様は頭を抱えて――
……あくまでだよ。
あくまで乙女ゲーマー的には……そんなルナリアさん、見てみたかったかも。
見たくない?
わたしは、見たい。超! 超! 見たい!!
でもまあ、実際は――
ヴィオラちゃんは、まだ名も知られてないスコップ少女だったから呼ばれなかったし。
わたしはわたしで、初めての貴族のお茶会を堪能――うん、最高のイベントだったな。
あ、でもシャルロット様、最初はマジで怖かったんだよね……。
特にお部屋に呼ばれたときなんて、本気でびびった。うん。
あはは……。
そして、ふっと顔が緩む。
「うふふ……またシャルロット様のお部屋にお呼ばれしたいなあ……」
なんて呟いて、すぐ首を振った。
……だめだめ、整理! 整理!
*
小さく深呼吸して、思考をリセット。
もう一度、頭の中の「フラグチェックリスト」を引っ張り出す。
よし、次の破滅フラグイベントです!
アルフォンス王子が転入してきて、ゲストとして演説したんだよね。
最初から、面白い人だなとは思ってたけど……記念式典でふたりの名前を呼ぶとは……。
本来のシナリオなら、あれってヴィオラちゃんだけが“小さき花の革命”の立役者だったんだろうな。
それで、逆にその原因を作ったルナリアさんに注目が集まって――
ヴィオラちゃんじゃなくてルナリアさんが走り出してたりして。
うーん、乙女ゲーシナリオ的にはアリ……かもね。
そして、次は記念パーティ。
ヴィオラちゃんがモブ令嬢からエミリーさんを助けて、アルフォンス様とルナリアさんが場を収める流れだったよね。
ふふ……ヴィオラちゃんがジュースぶっかけ返したのは爽快でした……。
でも、ちょっと待って。
あのモブ令嬢――エミリーさんにジュースかけたあのお約束令嬢。
本来のルートだったら、ルナリアさんの役割だったりしない?
だとしたら、ここで破滅フラグ④、名付けて「パーティでの断罪」発動だった可能性大。
……でもでも!
これは自然回避に成功ってことだよね!?
よし、合格! セーフ! パーフェクト!
そんなふうに、ひとり盛り上がっているまひる。
ふと、夜風がそっと頬を撫で、顔を上げると、雲ひとつない夜空には、三つの月。
水面に映るその光が、ゆらゆら揺れて、まるで揺れる三人の女の子みたいで。
今は、いつも隣にいてくれる人がいないんだよね……。
(……なんだろ。ちょっと、寂しいな)
(はは、なにセンチになってんだか、わたし)
でも、この静けさと夜の匂いって、
不思議と心の奥まで透明になる、そんな感じしない?
まひるはもう一度、ゆっくり深呼吸。
「これで大体半分ぐらい?
よし、次の破滅フラグイベント、行ってみよう!」
まひるは小さく気合いを入れて、再び脳内会議を再開するのだった。
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