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第9話「社畜と悪役令嬢と花の乙女と、不思議な薬師の森日記」 エピソード⑩

聖都セレスティア

王立学院裏手の森“ミスティウッド”


「馬を!」


ランスロットの凛とした声が森の静寂を破ると、すぐに蹄の音が近づき、騎士たちが六頭の馬を引いてきた。


よく訓練された騎士団の馬たち――その白や茶の美しい毛並みが、昼の陽光にきらめいていた。


ラファエルとアルフォンスは、それぞれ白馬を選び、その手綱を取ると、まるで示し合わせたかのように、同じタイミングで彼女の前へと進み出た。


風が吹き、たてがみが風にそよぎ、二人の王子の横顔がかすかに日差しに照らされる。


そして――


二人の王子が、同時に手を差し伸べた。


その仕草はまるで、舞踏会で貴婦人にエスコートを求める貴公子のように――

優雅で、自然で、洗練されていた。


「ルナリア。さあ、乗ってくれ」


「ルナ、こちらへ。……僕が支えるよ」


穏やかに重なった声。


でも、その声音の奥には――互いを意識するような、静かな火花があった。


王太子ラファエルと、第二王子アルフォンス。


どちらも気高く、どちらも美しく――

そして今、それぞれの碧の瞳は、同じ相手に注がれている。


背後から差し込む光が、二人の肩を淡く縁取る。


まひるの、高く結ばれた金の髪が光をはらんで風に揺れ――

長いまつげがふるえて、視界が少しだけぼやけた。


(え……な、なにこれ……)


とくん。


胸が、わずかに高鳴る。


視線を、どちらに向けるべきかわからず――

まひるはただ、目の前に差し出された二人の手を、

交互に、そっと見つめるしかなかった。


(え、えええ……!? ちょっと待って!)

(まさにお約束……乙女ゲーテンプレ……ちょっと感動かも……)

(でも……現実だとこんなに動悸が止まらなくなるんだ……。

 ……ちがっ。動悸じゃなくて、胸の高鳴りな!)

(はあ、はあ……)


(しかもなに、この圧!?

 イケメン二人に手を差し伸べられるとかって、前世でも経験ないんですけどっ!!

 ……って生きてても、リアルでは一生なかったと思いますけどねっ!)


少し離れた場所から、上品にくすくす笑う声が聞こえ、ちらりと目をやると――

案の定、シャルロット様が扇子で口元を隠しながら肩を震わせていた。


(シャルロット様? 白馬二頭だけ入れたの、あなたの仕込みですか〜〜!?

 笑ってないで助けてよ~)


(うぅ……今回もセーブデータとか無いんですか!?)

(バックログも攻略Wikiもないとか、社畜的にも厳しすぎません!?)


(そうだ! こんなときこそ乙女ゲー選択肢!)


まひるの頭の中に、ピコンと乙女ゲームの選択肢ウィンドウが開いた(気がした)。


【①ラファエル王子の手を取る】

【②アルフォンス王子の手を取る】

【③ここは地雷、選ばないが正解】

【④無言で白馬だけ奪って逃走する】

【⑤いっそ気絶する】

【⑥全力で違う話題を振る】

【⑦乙女ゲーのバグ技:両方選択(君ならできる!)】


(ほほー、意外と選択肢多いな……どれどれ――)


(……いやいや、4番以降ふざけすぎでしょ。

 だいたい、(君ならできる)って誰目線なの!?

 まあ、考えたのわたしですけど……)


(気を取り直して、んー……結局3択ですね。

 ①と②は……ルナリアさん代理のわたしじゃ選べないし……。

 ③しかないけど、どう自然に断るか……)


まひるがぐるぐると思考を巡らせていると――

静寂を破ったのは、予想外の人物だった。


「お兄さま方、ティアナとフローラを乗せてくださいな♪」


朗らかな声とともに、ふわりとスカートを翻して現れたのは、

双子の姉姫 ティアナだった。


彼女は当たり前のようにラファエルの手を取ると、

軽やかに鞍に乗り込む。


「……参ったな」


ラファエルは小さく呟くと少し目を瞬いたが、すぐに優しく微笑んで頷いた。


「……ああ。ティアナ、しっかりつかまっているんだよ」


「はい♪」


そして、ティアナはアルフォンスの方を見て、にこりと微笑む。


「アルフォンス兄さま。フローラをお願いしますね」


後ろから控えめに歩いてきた妹姫 フローラが、

頬を赤らめながらアルフォンスのもとへ近づき、小さく頭を下げた。


これにより――王子ふたりの馬は、それぞれ双子姫で埋まってしまった。


(え? えええ?? あれ、わたし地雷回避した!?)


思わず、口が半開きになってしまった。

まるでイベントをすっ飛ばされたプレイヤーみたいな気分だったけど……いや、これって助かったってことでいいの?


すると、馬上からティアナが小さくウィンク。


(え……もしかして助けてくれた?)

(ティアナちゃん天才か……!? いや、もう感謝しかないんですけど!?)


ふと見れば、少し前かがみで肩を震わせているシャルロット様。

口元を隠した扇子の上から覗く瞳は楽し気で――


「ふふ、ルナ。お可愛いこと。……今度また、秘密のお茶会にお呼びしますわ」


その言葉に気づく者は少なかったが――

まひるだけがその“意図”に気づき、少しだけ頬を赤らめて俯いた。



次に馬へと向かったのは、シャルロットとランスロット。

そのすぐ後ろには、セリアとユリシアの姿もあった。


シャルロットは嫋やかにランスロットの手綱捌きに身を任せ、

セリアはちょこんと、ユリシアの前に。


どちらも言葉を交わすこともなく、それでいて息の合った動き――


(うん、あの二組は……鉄板ですね)


まひるは密かに感心するも、まだ乗馬していない者たちが残っている。


まひる(ルナリアの姿)、ヴィオラ、ライエル、エミリー――。


しん……と気まずい沈黙。


(まあ、わたしは無難に聖堂騎士様の誰かにお願いしてと……)


すると、ブラウスの袖をそっと引かれ――

小さくも勇気を振り絞った声が上がった。


「ルナリア様……わたしとご一緒では……お嫌でしょうか?」


顔を真っ赤にして、もじもじとヴィオラが言う。


(え? ヴィオラちゃん?)

(……馬乗れるの? ちなみに、わたしは乗れません!

 でも、乗れるなら女の子だし……一番無難かも……)


「ええ……では、ヴィオラさん。お願いしますわね」


そう笑いかけると、ヴィオラの頬はさらに赤く染まった。


(ヴィオラちゃんって、ほんと、恥ずかしがり屋さんだよね……。

 なのに名乗り出てくれるなんて、ほんとに、いい子だなあ……)


(で、乗り方は……と。姫様たちの真似をして……横座り、ですよね)


まひるは馬に背を向けると、彼女の手に身を預けた。

ルナリアに沁みついた貴族の作法のおかげか、

初めてのまひるも難なく馬上の人となれた。


幸い、鞍は広めで、横座りでも安定していた。


「ルナリア様、わたしにも……お手を」


ヴィオラはルナリアの手を取ると、制服のスカートの裾を恥じらいながらもそっとたくし上げ、馬の後方にまたがった。

そして、片手をおずおずとまひるの腰に回し、もう片手でしっかりと手綱を握る。


その動作はぎこちないながらも、丁寧で、ひたむきだった。


(すご……ヴィオラちゃん、こんなに小柄なのに、安定感あるし……!)


「それでは、よろしくお願いしますわね」


そう言いながら、手をヴィオラの細い腰に回すと、

彼女の顔がぱっと赤く染まり、耳まで真っ赤になる。


けれど、彼女から伝わってくる温度は、どこかうれしそうで――


(ヴィオラちゃん……なんでこんなに嬉しそうなんだろ……?)


まひるが軽く首を傾げたそのとき、残されたふたりが顔を見合わせた。


ライエルと、エミリー。


しばしの沈黙の後、ライエルが無言で馬に乗る。


そして、少し間をおいてから、エミリーに馬を寄せ、その手をすっと引いた。


「……乗りますか?」


「……ま、あんたが落とさないなら、乗ってあげなくもないわ」


小さく吐き捨てながらも、エミリーは素直に手を取って鞍に乗る。

その様子は、どこかまんざらでもないような――


(あれ? 平民の英雄と氷姫……? この組み合わせ……意外とアリ?)


その様子を見ていた馬上のティアナは頬をぷくっと膨らませ、

フローラは目を泳がせながら、ちらちらとふたりの背を見つめている。


(……おっと。こっちも何か始まりましたよ?)


(それにしても、この人たち逞しすぎません!?

 現実世界なら、ついさっきライオンと戦ったらハブに噛まれて、

 ワクチン打ったらなぜか大統領が恩赦して、

 そのあとで恋愛ムーブとか、どんな人生ですかこれ……!)


(でも、きっとこの世界では、それも全部ひっくるめて“日常”なんだろうな。

 魔物との戦いも、聖女の奇跡も、王子の赦しも――そして、恋も)


(やっぱ、乙女ゲー世界、最高かよ……!)


小さな波紋が、いくつも静かに広がっていく。

そんな気配に包まれながら、まひるはどこかあたたかな気持ちで、空を仰いだ。


***


王立学院・寄宿舎

ルナリアの私室(夜)


そっと部屋のドアを開ける。


「ただいま、帰りました……?」


ミレーヌの姿が見当たらないけど……ふわりと甘く、優しい香りが鼻をくすぐった。


(ん? これは、お風呂の香り……?)


まひるは、とりあえず腰のベルトごと剣を外す。

すると、奥の浴室の扉が少しだけ開き、エプロンドレス姿のミレーヌが顔を出した。


「お帰りなさいませ、お嬢様。

 実習でお疲れでしょう? 湯浴みの支度をしておりました……」


スカートの下に覗く、結んだ白布を見たミレーヌの目が鋭くなる。


「そのご様子、何かありましたね?」


(こ、これは……もしかして怒られるやつ!?)

(……でも、香りからしてお風呂はもう準備済みっぽいし……)

(怒られたら……もう、お風呂に逃げるしかないよね?)

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