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第9話「社畜と悪役令嬢と花の乙女と、不思議な薬師の森日記」 エピソード⑦

聖都セレスティア

王立学院裏手の森“ミスティウッド”


ルナリアの隣で、ヴィオラ・ブランシェットは、そっと目元を押さえていた。

いつもはきちんと整えている前髪が少し乱れているのは、風のせいか、それとも――。


視線の先には、薬草の包みを片手に、そっとフローラの手を握る“彼女”。

髪が乱れていても、頬に泥がついていても――それでも凛として、美しくて。


(……なんて、綺麗な横顔)


図書館のときよりは遠くからだけど、間近で見る”彼女”は――

まるで、誰かの祈りが形を成して、絵画から抜け出してきたかのような――。


それに、命を救うために手を尽くすその姿は、どこまでも真っ直ぐで、優しくて、強かった。


「……ルナリア様は、やっぱり……すごい方です」


その声は小さく、誰に向けたものでもなかったが、かすかに震えていた。

けれど、その瞳は誇らしげに、そしてまっすぐに“彼女”を見つめていた。


(こんなふうに、誰かを救えるなんて……

 どうして、この人は……こんなにも、まぶしいの)


胸の奥がきゅっと痛むのは、安堵のせい? それとも――


そのとき――

ヴィオラはふと、さっきの光景を思い出していた。

ルナリアの声が響いた直後、無我夢中で祈ったあのときのことを。


(……わたし、あのとき……初めてルナリア様の近くに立てた気がする……)


気がつけば、地面から草花が伸び、巨大な蛇を絡め取っていた。

あれは、わたしの“魔法”なんかじゃない。詠唱もしていない。

ただ身体から、魔力があふれるように大地へ流れ出して……。


(どうして、あんなことが……?)


小さく指先が震える。

思い出すたびに、不思議な感覚が胸の奥をざわめかせた。


まるで、何かが“目覚めかけている”ような――そんな気がして。


けれど――あれは、わたしの力じゃなくて、

私の祈りに応じるように、誰かが助けてくれたんだと思う。


だって、あのとき――誰かが私に語り掛けたから……。


「――久しいな。花の乙女よ。

 そなたに――力を貸そう」


あたたかくて包み込むような優しい声――そう、森そのもののような。


風に揺れる草と花の香りが、そっと現実へと引き戻す。


(……原初の聖女様……ストレイア様……)

(“花の乙女”って……いったい、何なのでしょうか?

 わたしの中に……眠っている“なにか”があると、そうおっしゃるのですか?)


その答えは、今はまだわからない。


わかっているのは、たったひとつだけ。

――彼女の隣に、立ちたい。


確かにその想いが自分の中にあって、そして今日、それがもっと深く、強くなったということ。


(誰に褒められても、誰に好かれても、こんな気持ちになったことなんてなかった)

(こんなにも心が、誰か一人でいっぱいになるなんて……)


(だから……もっとルナリア様に近づきたい……お傍にいたい。

 そして、わたしもいつか……彼女の隣に立てるような存在に、なりたい……!)


この胸の想いに、まだ名前はない。


そのはじまりは、ほんの少しの憧れ――

あのスコップを受け取ってくれた日だったのかもしれない。


けれどそれは、彼女の心に触れ、彼女を想うたびに膨らんで、

もはや、言葉にできないほど――温かく、優しく、強くて、美しかった。


風がヴィオラの栗色の髪をやさしく揺らした。


――その風は、まるで誰かの祈りに応えたかのように、優しく森を包み込んでいった。



「”タマサキツヅラフジの薬”、即席だったけど……効いてくれてよかった」


薬の効き目で危機を脱したフローラは呼吸が落ち着き、熱も下がっていた。


しかし、足元から頬まで広がった蛇が這ったような紋様は未だに完全には消えず、

毒々しく、“とくん、とくん”と脈動を繰り返している。


そして、彼女はまだ目を覚まさない。


(やっぱり、呪い? みたいなものは解毒薬では消えないみたい……)

(今なら……んー、おんぶして走るとか? いや、安静にした方が……)

(あとは王子の口づけ……? いやいや、ここ今、女子しかおらんし!)


(だめだー! 呪いとかお祓いとかお札とか陰陽師とか――

 そっち系はオタク的にも専門じゃないし、どうしたらいいのかわからない~!!)


もんもんとしているうちに数分が過ぎ――


ザッ――ザッザッ……パカラッ……パカラッ……!


森の奥から、重く鋭く響く蹄音と、木々を揺らす風のざわめきが押し寄せてきた。

乾いた蹄の音は、ただの来訪ではなく、"救援"の到来を告げていた。


まひる(ルナリアの姿)は音の正体に気づき、はっと顔を上げる。


(騎馬隊……! 来てくれたんだ――?)


「――フローラ様!!」「フローラ!!」


森を裂くように馬を駆るのは、ラファエル王子とアルフォンス王子。

続いてセリア、ユリシア、シャルロット、ライエル……そして――

ランスロットを先頭に聖堂騎士団の騎士たちが続く。


見知った七人はほとんど飛び降りるように馬を降り、迷いなくフローラのもとへ向かって走った。


「聖女様ぁっ! ルナリア様のお薬で熱は下がったんです……。

 でも、でも……模様が消えなくて……フローラが目を覚まさないんです!」


ティアナはもう泣いてはいなかった。


“聖女”セリアは、風をはらむように白の制服を揺らしながら、フローラとティアナのもとへ駆け寄った。


フローラの様子をひと目見るや否や、セリアは静かにひざまずき、祈りの姿勢を取った。

皆が見守る中、セリアは両手を胸元で重ね、目を閉じる。


「Domine, da ei lucem et gratiam. Sanare eam, quaeso te」

(主よ、この子に光と恩寵を。癒しを与えたまえ)


“聖女”のその祈りは、清らかな旋律のように空気を震わせ――

周囲は、静寂に包まれた。誰もが、祈りの奇跡を息を呑んで見守っていた。


……そして。淡く光る神聖文字の欠片が――

セリアとフローラの頭上を取り囲むように現れ、きらめきながら回転し始める。


祈りに応じるように、セリアの胸元の掌が淡く光を帯び、やがて、祈りの言葉に込められた“浄化”の力が、空気を震わせ――


ぱちり、と目を開けたその瞬間――

セリアの瞳は金色に輝き、髪は淡く青に染まっていた。


光が空間そのものを静寂で満たし、一瞬――森が呼吸を止めた。


(届け!!!)


その場にいるすべての者の思いが一つになった――その瞬間。


「キュア・ブレス――

 光よ、癒しと共に、呪いを祓いたまえ!」


セリアの声と同時に、その光は、まるで静かな水面が広がるように、そっとフローラを包み込んだ。


黄金と白銀の粒子が空中に舞い上がり、周囲の空気さえ、音を立てずに鎮まり返る。

まるで、時間そのものが祈りに応じてひざまずいたかのように。


――そして。


赤黒く這い上がっていた模様が消えてゆき、足元の腫れも痕も、ゆっくりと――

まるで焼き付けられた呪詛が剥がれ落ちるように――音もなく、消えていく。


フローラの瞳がゆっくりと開かれた。


「……う……ぅ……」


(これで……ほんとに……助かったんだ……!)


まひるの胸の奥にずっと張りつめていたものが、

ぷつりと音を立ててほどけた気がした。


(うわあ、聖女パワーすごっ。安倍晴明あべのせいめいもびっくり案件だよこれ)

(てか、セリアちゃん、変身すると完全に別人だよね……)


(でもほんと、あの清らかさと神秘性……

 なんかもう、ピュアさと透明感の暴力……やっぱりレイアさんにちょっと似てるかも……)


そんなことを考えていると――


フローラの細く震える声が、ぽつりと漏れる。


「聖女様……お姉さま……ルナリアお姉さまも……ありが……とう」


そして、ほんの小さな微笑みを零す。


まひるは思わず目を見開き、ぱちぱちと瞬きをした――

その瞬間、涙が――その淡い紫の瞳から、静かにあふれた。


それは、自分の意思とは関係なく、どうしようもなく、こぼれ落ちていく。


(生きてる……ちゃんと、生きてる……)


どこか熱を持った涙が頬を伝い、まひるは膝をつくと、そっとフローラの手を握りしめた。


(あれ……涙、なんて……いつぶり?)


(社畜時代……理不尽クレームで怒鳴られても、納期が地獄でも、心がすり減っても――)

(休みなし三徹でも泣かなかったわたしが、なんでこんな――)


握る手のぬくもりも、頬を伝う涙の熱も――確かにそこに“命”があった。


「ごめんね、辛かったでしょう。でも……生きていてくれてありがとう」


そのまひるの言葉に、おだやかな笑顔と涙が、波のように広がっていった。

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