第2話「社畜と聖女と、悪役令嬢の婚約破棄フラグは正ヒロインに託します」 エピソード⑤
――王立学院・中庭(夜)
クラウディオと別れ、丁度中庭に差し掛かった頃――
まひるは、中庭の隅に誰かがいるのに気づいた。
(お、これはまたエンカウントイベント! 今日は盛りだくさんだなー♪)
だんだんと、汚れたドレスが気にならなくなっているまひるである。
ちら、と視線をやると――
制服……じゃない……礼装でも……ない。
異世界とは少し違う雰囲気の、光沢のある服装をした青年が――
月明かりに照らされて立っていた。
まるで、空から切り取られたような静かな存在感。
(……あれ? この人……)
だが、まひるが声をかける前に、何も言わずにホールへと去って行く。
青年は去り際、聞こえないぐらい小さな声で何事かつぶやくと、
ほんの一瞬だけ振り返り――まひる(ルナリア)に向けて、静かに微笑んだ。
すると、青年の左腕に嵌った腕輪のようなものが、闇の中で鈍く光り――
ほんの一瞬、“腕輪”から視線のようなものを感じる。
(う……これはもしや、隠し攻略キャラ……?)
(なんか……あの腕輪、ちょっと普通のアクセサリーとは違うような気も……)
(ま、いっか! イケメンは何つけても様になるし♪)
「謎を残す系イケメン男子……イベントフラグ……立ったかも……」
ぽつりと呟いたまひる(ルナリアの姿)の顔は、どこか眠そうで、それでいてどこか満足げだった。
夜風がそっと髪を揺らす。
まひるは静かにその場を後にした。
(きっと条件満たさないと現れない系だ……次はいつ会えるかな~♪)
(次こそは、話しかけよっと)
――このとき、まひるはまだ知らない。
この出会いが、やがて運命を大きく揺るがすことになるなんて。
寄宿舎へと急ぐまひるには、夜会の調べは美しく――
それゆえにどこか遠く、夢のように聞こえていた。
***
王立学院・寄宿舎
ルナリアの部屋(夜)
まひるは寄宿舎へとようやく戻り、着替える間もなくベッドにダイブした。
(どひゃー、“乙女ゲー脳”モードオンぱなしはやっぱ疲れるなー)
(よし! スイッチオフ)
かちん。
「……えへへ、きょう、けっこう頑張ったかも~。
・まずは、正ヒロインのセリアちゃんとの出会いでしょ~、
・それから、善行x3に~、
・破滅フラグ①「婚約破棄イベント」も回避できたし~。舞踏会の押しカプ、うふふ。
・令嬢三人組も~華麗に撃退したし~、
・えーっと……あの、なんだっけ、バラの人……名前ど忘れしちゃった~。サブポジ男子っぽいけど、出番次第ではワンチャンあり?
・あとは~、謎残す系イケメン男子さんとのエンカウント♪」
「これで第1章ボーナスぐらいはゲットできそう~♪」
「それにしても、いきなりのコンテンツ山盛りだったな~……」
「《七つの聖環》(セブンス・リングス)とは~、だいぶ設定違うし……やっぱ“パラレル編”っぽいかも~」
「明日、ルナリアさんが起きてるうちに聞いとこっと~♪」
「――」
「……ふわぁ……」
「……それにしても……セーブポイント作りたいぐらい完璧な回避だったなぁ……」
(次の選択肢、間違えませんように~)
眠気に包まれながら、ぽつりと呟く。
「明日も、いい日になりますように~……それと……ルナリアさんも、いい夢見てね~……♪」
まぶたがゆっくり落ちていき、光と香りが遠くなる――。
その頃、学院や市井では――
「あのルナリア様が迷子猫を助けた」
「老婦人を背負って階段を……?」
「教会の裏庭を黙々と整えていたらしいよ……」
と、前代未聞の“奇行”と“美談”が同時に広がりつつあった。
――まひるが幸せそうにスヤスヤ眠るその頃には、
ルナリア・アーデルハイトの“伝説”が、ひっそりと、でも確かに始まっていたのでした。
……ただし、伝説の始まりに気づいていない者が、もうひとり。
そう、“その主”であるルナリア・アーデルハイトその人、である。
やがて訪れる朝――彼女は、何も知らぬまま、静かに目覚める。
完璧に、気高く、そして……ほんのちょっぴりスパイシーな朝を迎えるために。
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