第9話「社畜と悪役令嬢と花の乙女と、不思議な薬師の森日記」 エピソード②
聖都セレスティア
王立学院裏手の森“ミスティウッド”
木漏れ陽が優しく降り注ぐ、花の香りの漂う森の一角――薬草採集実習の目的地にたどり着いた。
早速、下級生三人は何やら集まって薬草の観察を始めていた。
ルナリアは森の澄んだ空気を吸い込みながら、その様子を眺めていた。
(あら? あの調子ですと、わたくしの指導など必要ない気がしますわね……)
ティアナとフローラは興味津々でライエルの手元を覗き込む。
「ねぇねぇ、その変なガラスの道具、どこで手に入れたの?
王宮でも見たことないよ……」
「すごい……草の細かい形まで見えるのね……」
「僕が作ったんだ。“虫眼鏡”って呼んでる。
えと、“昔の言葉”で、“ルーペ”とも言うんだけど」
「へー、君が作ったんだ、すごっ」
「ルーペ? かわいい響き~!」
「まあ、僕が名付けたわけじゃないし」
(……自分で作っておいて、昔の言葉って、どういう意味ですの……?)
聞いていたルナリアも思わず心の中でツッコむと、まひるが不思議なことを言った。
『ん? ”ルーペ”って……この世界の言葉にあるんだっけ……』
(…………?)
一方、座り込んで肩を寄せ合う三人。
「ちょ、ちょっと近い……!」
ライエルは小さく叫ぶと、顔を赤くしながらも、まんざらでもなさそうに後ずさる。
ティアナとフローラは気にする様子もなく、好奇心いっぱいに“虫眼鏡”を覗き込んでいた。
ルナリアは、三人の後ろに足を止め、少しかがんでその”ルーペ”を見つめる。
確かに、小さな葉の構造が、ルーペ超しに切り取ったように大きく見えている。
(ライエル君……礼を欠く態度は正して頂きたいところですけれど、”術理”の知識に嘘はないようね)
(それにしても……姫様方ときたら。
王族としての品位や節度というものを、もう少し持って頂きたいものですわ)
(ふふ……以前のわたくしなら、眉をひそめてたしなめていたでしょうね)
無邪気な笑顔。距離感を気にしない素直な好奇心。
それはどこか、かつての自分を思い出させる――。
……ああ、そうだった。
わたくしも、あんなふうに――世界をまっすぐ見つめていた頃が、たしかにあったのだと。
すると突然、おそらく“乙女ゲー脳”スイッチとやらが入ったまひるの声が響く。
『ん~? なんか……よく見るとかわいい子供たちが集まって……屋外理科実習のようなことを……。
うわっ、これ……“下級生指導イベ”ってやつでは!?』
(あの……なんだと思っていらしたの?)
『え……と、ハイキング……とか?……』
(はあ……何を聞いてらしたのかしら……)
呆れるルナリアを他所に、まひるは変わらずハイテンションである。
『……そうそう、ルーペ。小道具アイテムきた!
こういう小道具って好感度上昇率高いやつ!』
(まったく……また好感度上昇ですの? 相変わらず意味がわかりませんわ)
『そ、それに……やば!
この無邪気で素直な双子のお姫様とか……尊すぎじゃないですか!?』
(……ちょっと、”貴い”方々なのは事実ですが、王家の姫に向かって無礼ではありませんの?)
最早まひるはまったく聞いていない。
『しかも、二人の対比も、絶妙……!
そこに、理系強キャラからませるとか。
これはもう、完全にキャラ設定と脚本の神が舞い降りてるんですけど!
あと――』
(…………)
こうしてしばらく、ルナリアを辟易させたのち、まひるはぽつりと言った。
『……でもね、こういうふうに素直に笑ってくれる子たち、なんか懐かしくて好きだなぁ……』
ルナリアは三人をぼんやりと眺めながら答えた。
(そう……ですわね――)
(……そうね。わたくしも――
あの頃は、あんなふうに、笑いかけていたのかもしれませんわね)
脳裏に、花畑で遊んでいた頃の光景がよぎる…。
ラファエル殿下とシャルロット殿下が静かにパラソルの下に。
それから、花壇に座り込んだアルフォンス殿下とわたくし――
……そして、今も袖をつかんだまま、ルーペに目を輝かせている少女に目をやる。
(ヴィオラさんも、ですわ)
『この構図、ちょっと前のルナリアさんたちって感じ?』
(ふふ……そう言われてみれば、たしかに。
真ん中にいるのは”王子”ではなく”英雄”ですけれど)
花の香りが風に乗って通りすぎた。
その柔らかな空気に、自然と口元が緩む。
(……悪くないわね、こういうのも)
***
――薬草採集実習中。森の中。
柔らかな午後の陽が差し込み、王立学院の裏手に広がる薬草実習の森――
ミスティウッドの木々は、金色のベールをまとったように静かに揺れていた。
かがんで薬草を集めていると、ルナリアの脳裏にまひるの声が聞こえてくる。
『ルナリアさん、わたし、気付いちゃいました。
これは……絶対、“平民系攻略対象と悪役令嬢の和解イベント”の序盤!』
(……何の話をしてますの?)
ルナリアは、腰を軽く払って立ち上がる。
前方ではようやく袖を離したヴィオラが。
しゃがんで何やら囁きながら、スコップを使って薬草を一つ一つ丁寧に採集している。
彼女はつい先ほどまで、寡黙ながら丁寧に下級生へ採集の指導をしていた。
さすが園芸部――根や葉を傷つけることなく、まるで草花と語らうように掘り起こしている。
(まるで、お手本のようですわね……。
それにしても、彼女は草花と会話しているようにも見えますけど……)
振り返ると、薬草を手に黙々と作業する少年――ライエルの背中。
(相変わらず……私を避けているようね)
姫様方が「ルナリア姉様! これどうすれば?」などと話しかけてくるのに対して、
一言も話しかけてはこないばかりか、明らかに視線を合わさないようにしている。
『でもでも、ここはね! 話しかけるだけで好感度が+3される重要ポイント!
平民系攻略対象とはいえ、一応”英雄”だし、好感度上げて損なし。
最悪、破滅フラグが立ってバッドエンド直行もアリだから、絶対に話すべき!』
(……なるほど。あなたの”乙女ゲー”的には“話しかけなければ破滅”、ですのね?)
ルナリアは少しだけ肩をすくめると、静かに歩み寄って声をかけた。
「ライエル君。失礼、少しよろしくて?」
「……な、なんですか、お姉……じゃなかった。ルナリア様」
眉根を明らかに寄せて振り向いたライエルの声には、警戒と距離が盛大ににじんでいた。
(なんだか今、失礼なことを言おうとしいた気もしますけど……。
まあ、いいですわ。そんな態度をとられても、別に慣れておりますから)
「その薬草……《リースベン草》ではなくて? 葉脈が少しだけ斜めに入っているもの」
「……え? それ……どうして」
「前に、図鑑で読んだことがありましたの」
ルナリアは、微笑を浮かべるとしゃがみ込んで草に目を向ける。
すると、突然、まひるの声が聞こえる。
『あ、それ勤めてた製薬会社の資料集にあったのに似てる。
確か“セントジョーンズワート”って名前だったような……』
『そうそう、確か、資料によれば有効成分が熱に弱いタイプだったような……
ヒペリシン? だったかな? あと飲み合わせにも注意が必要!』
(よくわからない言葉が多いですけど、大体は……理解したわ)
ルナリアは、一瞬まばたきをすると、再びライエルに話しかけた。
「……煎じるなら、少し温度に気をつけて。加熱しすぎると、効き目が落ちるかもしれませんわ。
それに……他の薬草と一緒にしない方がいいと思いますの」
「……それ、本当ですか?」
「たぶん」
「……たぶん、って……」
ライエルは一瞬きょとんとしたが、思わず口の端がぴくりと動いた。
……と、口元がわずかにほころんだ。
『あ、ライエル君笑った? 好感度上昇作戦、成功です! ルナリアさん!』
(……ふふ。そうかもしれませんわね。
これで、少しは氷が解けたかしら……。まひるさん、助かったわ)
『どういたしまして~♪』
その様子を見ていたティアナとフローラが、ぱっと後ろから顔を覗かせる。
「ライエル~! なんか楽しそうじゃん!」
「この薬草、見て~! ねえねえ、変な模様があるよ? 何に使うの?」
「姫様っ、ちょっ、それ毒――!」
「えっ!? どくっ!? きゃあっ!?」
「うそ、こわっ! ……ねえ、ルナリア姉様、これ触って大丈夫?」
「あははっ! ライエル、焦ってる~!」
『ああ~~~、姫様たちの距離感ゼロスタイルほんと尊い!』
(うるさいわよ)
ルナリアは溜息をつく……ふりをして、実はほんの少しだけ、目元を和らげた。
(まったく……あの子たちは、節度というものを……)
『でもさ、ルナリアさん。ちょっとだけ、懐かしいと思ったでしょ?』
(……はい、降参。思いましたわ)
『あ~~~、ルナリアさん今めっちゃ目元ゆるんでたよね!? 録画したいレベル!
ルナリアさん照れてるよね? ねえ、照れてるでしょ?』
(いいえ、照れてません)
そのときだった。
バサッ、と木の枝が揺れ、ざわざわと草むらが揺れる音が重なった。
ルナリアの足が、わずかに止まる。
『ルナリアさん、あそこ!』
まひるの言う通り、ルナリアの目線の先で繁みが小さく揺れ、
一行に緊張が走る。
まるで、森の奏でる音が消えたかのようで、鼓動だけが聞こえる。
とくん、とくん。
そっと、低く構えたルナリアの手が剣の柄に伸び――
ぴょんっ!
次の瞬間、繁みから飛び出たウサギがつぶらな瞳で左右を確認すると、
静かに広間を走り抜けていった。何事もなかったかのように。
『ふぅ~、びっくりした~!』
一気に緊張がほどけ、再び森の音が戻って来る。
思わず、ルナリアもひたいを手の甲でぬぐう。
『ほらほら! こういうのって絶対、油断させといて“はいバケモノ登場です~”って来るやつだってば!』
『ね? 来るでしょ!? ね!? ……来るってば~!』
(まひるさん、そんな縁起でもないこと、おっしゃらないでくださいまし)
しかし、次の瞬間。
ライエルが顔を上げ、目つきが変わった。そして、鋭い目で森の奥を見据える。
「……魔力反応があります。小型じゃない。大型の魔物、です」
『もしかしてこれ、“大変です! 魔物です!”って言えばモテるとでも!?
これ以上モテてどうすんの? ライエル君ってばあざとすぎでは!?』
(まひるさん……これは、冗談ではなさそうですわ……)
森の空気が、まるで刃のように鋭く張り詰めた。
ルナリアの背筋にも冷たいものが伝う。
(……本当に……魔物が現れます……)
『えーー、今この流れでボス戦!? まだセーブしてないんだけど!?』
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