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第9話「社畜と悪役令嬢と花の乙女と、不思議な薬師の森日記」 エピソード①

第9話「社畜と悪役令嬢と花の乙女と、不思議な薬師の森日記」


聖都セレスティア

王立学院裏手の森“ミスティウッド”


ミスティウッド――王立学院の裏手に広がる薬草実習用の森。


遠くに見える学院の尖塔とは対照的に、ここには学び舎の喧騒も届かない。


鳥たちのさえずりが、葉の合間から注ぐ午後の陽射しに溶けていく。

柔らかな草の香り、踏みしめる土の感触――五感に染み込むような静けさの中。


そして――静けさの中に、かすかに漂う命の気配。


「本日の実習は、わたくしが担当いたします。皆さん、準備はよろしくて?」


四人の生徒たちの前で、変わらぬ気品に満ちた立ち姿でそう言い切ったのは


――ルナリア・アーデルハイト。


今日は制服ではなく、実習用の身軽な服に身を包み、髪は高い位置で結んだポニーテール。

その根元には大きめの白いリボンが風にゆれている。


上品な七分丈の白いブラウスに、動きやすさを重視したプリーツのショートスカート。

足元には茶色い革製ロングブーツを履きこなし――

腰に斜めに巻かれた革ベルトに佩いた、美しい装飾が施された銀の細身剣が印象的だった。


高く結い上げた銀の混じった金髪が風に揺れ、その迷いのない澄んだ瞳が、

落ち着きと凛々しさを湛えて、まっすぐに同行者たちを見据えていた。


脳内の同居人、まひるの興奮気味な声が響く。


『……出た、美少女剣士ルナリアさんの爆誕! これはもう、スチル確定です!』


(……ええ、今日の服はまひるさんにお任せしましたもの)


『はい、まひるセレクト、ルナリアさん専用コーディネートです!

 今日のコーデは“公式絵師描き下ろし”って感じです!』


(……描き下ろし?)


『ポニテは世界を救うんです!!これはオタクの常識です!!』


(なんだか、ありがたいような、そうでもないような……)


『あーもうダメです……今すぐフィギュア化してルナリアさんのデスクに飾りたい……。

 毎日、ルナリアさんが寝た後に眺めて楽しむんです!!』


(……ええと、その”フィギュア”というのは着せ替え人形か何かでしょうか……?

 それに、自分で自分を愛でるなんておかしなことではなくて……?)


『自己愛じゃないんです! これは崇拝です!! まひる的正義!!』


(そもそも、それは褒めてくださっているのでしょうか?)


『もちろんですとも!! Sランク造形美少女!! しかもCVつき!!』


(何の話ですの……?)



早朝、寄宿舎で着替えを終え、鏡の前で髪にリボンを結んでいたときのこと。


思わず口元が緩んだところに背後から声が届く。

さっと表情を整えると、ルナリアは振り向いた。


「お嬢様。本日は、やむを得ずお供できませんので……

 せめてもの備えに、こちらをお持ちくださいませ」


そう言ってルナリアの前に跪いたのは、エプロンドレスにツインテールの少女――

金の装飾が施された鞘に収まる細身剣を、恭しく両手で掲げて差し出した。


――ミレーヌ・アルヴェール。


上品な物腰に、しれっと毒を差し込むルナリア専属の侍女である。


「……学院の裏手の森ですわよ?

 そんなに大げさにしなくても……」


「とんでもございません。学院の裏手とはいえ、門を出た時点で“外界”です。

 護衛なしでお出かけになるのであれば、せめて剣だけでも」


主人の困った顔を見ても、ミレーヌは一歩も譲るつもりはないようだった。


「お嬢様のお力ですと、こちらの細身剣が適切かと」


ふっと息を吐くと、腹を決めてルナリアはそっとその剣を受け取る。

鞘から剣を抜きはらい、軽く振ってみる。


ひゅんっと刃が風を切り裂き、その磨き上げられた刃がきらりと輝く。


「……まあ、悪くはありませんわね。

 もう少ししっかりしたものでも扱えますけれど……」


「いいえ、万が一、斧など振り回して“たくましすぎる令嬢”と誤解されたら――」


ミレーヌはわずかに視線を伏せ――そして、意味ありげに微笑んだ。


「アルフォンス殿下も泣いて逃げ出しますから」


「斧などとは言っておりませんし――

 どうして殿下を引き合いに出されるのかもわかりませんが……」


そう言いつつも、ルナリアはミレーヌの視線から目をそらし、

あたかも剣の持ち味を確かめるかのように――

優美な曲線を描くつばが施されたつかに軽く触れながら目を落とした。


「そもそも、振り回すことなんてありませんから。そんな心配、まったく不要ですわ」


ルナリアは少し口を尖らせ、肩をすくめる。

けれど、鞘に収めた剣をしっかりと腰に下げると、すん、と小さく息を吸った。


「……わかりましたわ。

 お守り代わりに、ちゃんと持って行きますから」


ミレーヌは満足げに頷くと、踵を返す。

腰元の大きなリボンが揺れるその背に、ふと声をかけた。


「それにしても、ミレーヌは過保護ですわ。いざとなれば魔法もありますし」


ミレーヌは振り向くと目を大きく見開き、首を振った。


「それだけはご遠慮いただきたいです。

 お嬢様の魔法では、薬草どころか森そのものが更地になる危険がございますので……」


『だよね~、わかる~。SDGS的にアウトだよね~……森林の無駄遣いは人類の敵ですから!』


(まひるさん、黙っていてください!)



腰の剣に軽く触れながら、ルナリアはふっとため息をついた。


ため息の理由は幾つかあるが、その一つ目――

ブラウスの裾を摘まんだ小さな手。


その手は、平民用の制服に身を包んだ、小柄な栗色の髪の少女


――ヴィオラ・ブランシェットのものであった。


学院の裏手の門を出てからずっとこの調子である。


「ヴィオラさん、あの……少し離れて歩かれては? その、裾が、引っ張られて……」


「……やっぱり、お嫌ですか?」


ヴィオラの伏せた目が潤み、睫毛がふるふると揺れる。


「いやということはありませんけど……歩きにくくはありませんこと?

 それに……今日はあなたも上級生として振る舞っていただかないと……」


「はい、ちゃんと、ルナリア様について参ります」


彼女は目を上げると、こくりと頷いてにっこり。


(そういうことではないのですが……)


けれど、その笑顔の奥に、どこか不安げな影が揺れているようで。


学院を騒がせた幽霊騒動――

新聞部による図書館の第二次・第三次の捜索隊は空振りに終わり、騒動はようやく静まった。


しかし、そのあたりからヴィオラの様子がおかしい。


何かとルナリアについて回り、ぼーっとこちらを眺めていたり、

話しかければ頬を染めて俯いてしまう。


セリアやユリシアとの昼食も、最近はルナリアの隣でヴィオラも同席するようになった。


(たまにセリア様を睨んでいるような気がするのは、わたくしだけでしょうか……)


『ふふ……さすがはルナリアさん。わたしも、気付いてました。

 ぶっちゃけ、嫉妬は百合の燃料ですから!』


(何の話ですの……?)


(はあ……それにしても、何を考えていらっしゃるのか……困りました……)


『ふふふのふ。それは、好感度が爆上がった結果、百合の風が吹きまくってるんですよ』


(どういうことかわかりませんが、わたくしがその好感度、

 というものが上がるような何かをしてしまった、ということですの?)


『ぎくっ! ないですよ、ないない。……たぶん』


(たぶん……? なんだか怪しいですわね……)


そんな脳内劇場を繰り広げながら森の小径を踏みしめ――

目的地が近づいてきた。


ルナリアとヴィオラの後ろには、三人の下級生が続いていた。


「うわぁ~、空気が澄んでて気持ちいいね!」


快活な声を上げたのは、双子の姉


――第二王女ティアナ・アストレイア・セレスティア。


森の空気に胸を張り、興味津々とあちこち目をやっている。


「こ、ここって……虫とか、わたしの髪に止まったり……しないよね……?」


そっと制服のスカートの裾を持ち上げて歩くのは、ティアナの双子の妹。


――第三王女フローラ・アストレイア・セレスティア。


双子の妹で、おっとりとした王家の末っ子だ。


そして――その双子に挟まれ、微妙な顔で植物を観察しているのが、唯一の男子生徒だった。


「これは……タルヴ草。根の形で見分けるんだよ。似たような毒草と間違えると危ないから」


そう呟きながら、何やら不思議な道具で植物を確認しているのは


――“雷光の魔法使い”にして“聖女の守り手”の一人、ライエル・サンダーボルト。


ライエルは聖女セリアの”星灯ほしあかり巡礼じゅんれい”と呼ばれる、

辺境伯領から聖都までの旅路を共にし、その功績を認められて王立学院に入学した特待生だ。


この世界では“術理”と呼ばれる自然科学の造詣が深いことでも知られている。


(こうやって夢中で観察してる姿を見ていると――

 とてもそんな吟遊詩人に謡われるような“英雄”には見えませんけれど…)

(かの過酷な旅路で、誰よりも冷静に魔物と対峙していたと伝え聞いてますが……

 今はただの“観察好きな少年”ですわね)


だが――そのライエルと、ルナリアの間には、目に見えぬ壁があった。

これがため息の二つ目の理由である。


(……あのときのこと、まだ気にしているのかしら)


一歩前を歩きながら、ルナリアはちらりと視線を後ろに向けた。



思い出すのは、一年と少し前――学院の大講堂。


ルナリアが“中等部在校生総代”として新入生に講話を行った日のこと。


特待生として最前列に座っていたライエル。

彼は彼女の話にまったく耳を傾けず、ノートに何やら複雑な魔法陣式――

あるいは術理方程式のような記号を書き連ねていた。


礼節を重んじるルナリアは、それを壇上から公然と注意した。


「そこのあなた……話を聞く気がないのなら、退席を許可いたしますが?」


しん、となる講堂。


あの“氷の百合”――ルナリア・アーデルハイトに注意されたのだ。

誰もがあの新入生は震えあがって謝罪すると思っていた……。


そのとき、彼が顔を上げて放った一言。


「――興味ないんで」


「……な、なんですって!?」


「あ、お姉さん。許可いただきありがとうございました」


「……っ! お、お姉さん……ですって!?」


彼はノートを閉じると、小さく一礼して、

講堂を散歩でもするような足取りですたすたと行ってしまったのだった。


呆気に取られた生徒や教師、そして――

王太子の婚約者にして、公爵令嬢 ルナリア・アーデルハイトを背に……。



ライエルとは、そういう子であった。


以来、彼は明確にルナリアを避けている。


(別に、謝ってほしいわけではありません……)

(彼があの若さにして”英雄”だということを知ったのはその後ですし、

 それを鼻にかけての行動ではないこともちゃんとわかってますわ)


(……そもそも、未だにわたくしのことを避ける生徒の方が多いことぐらい、

 当然わかっていますから)


ルナリアはため息を押し殺した。


(それにしても、よりによって、どうしてわたくしがこのメンバーを……)


双子の王女と、偏屈な“術理”少年。

そして、最近になって距離感のおかしな同級生。

森での実習としては、なかなかにバランスの悪い組み合わせだった。


袖を引く少女の手を気にしながら、一歩ずつ前に進む。


森の空気は澄んでいて、草の香りがほんのりと漂っている。


だが、風の向きがわずかに変わったような気がして――

ルナリアの胸の奥には、ほんの少しだけ、予感のようなものが芽生えていた。


ヴィオラの手が、きゅ、とルナリアの袖を強く握る。

それに気づき、ルナリアはふと視線を落とした。


少女はぽつりと、「森のざわめき……」と呟いた。

そして、小さく首を振るだけだった。


(……この森で、何かが――起きる)


それはまだ、誰の心にもはっきりとは浮かんでいなかった。


だが、ルナリアも、まひるも――そして、ヴィオラも。

それぞれの“運命の糸”が、このときすでに、絡まり始めていたのかもしれなかった。

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