第8話「社畜と悪役令嬢と、図書館の幽霊少女」 エピソード⑦
王立学院・図書館(深夜)
まひるは、突然現れた栗色の髪の少女に手を引かれ、
暗がりの扉の奥に隠れた。
「ヴィ、ヴィオラさん!? なんで……」
「えっと……ルナリア様が夜中にお出かけされるのを見かけて……
つい……ついてきちゃいました……。
あ、そんなの、気持ち悪いですよね……。
わたし……どうしちゃったんだろ、ほんとに、ごめんなさい……」
(おい、ストーカーか!? いや、今それ!?)
(でもほんと助かった!! いやもう、破滅フラグっぽいイベント発生中だったから……)
「今夜は、ルナリア様のすごいところ……見ちゃいました……」
顔を真っ赤にして目を伏せるヴィオラ。
(ヴィオラちゃん!? その言い方ほんとやめて……
いろいろ誤解を招くやつだから……!)
そのまま、捜索隊の声が通り過ぎるのを待つ。
狭い物置のすえた香りを嗅ぎながら息を殺して、数十秒――。
突然、「わー」「ぎゃー」「出たー」という叫び声と、ドタドタという足音。
(おお、これはラッキーかも。トラブル発生で撤退かな……?)
さらに数秒待ち、足音が通り過ぎるのを待つ。
ヴィオラは時が止まったように感じていた。
(ルナリア様……こんな夜中にまでお勉強を……やっぱりかっこいい……)
扉の隙間から漏れる月の光に照らされたルナリア様の横顔。
彫刻のように整った顔と白い肌。
紫の瞳が潤んだように揺れ、縁どった金の睫毛が、彼女の呼吸に併せてふるりと震えている。
(こんなに近くでルナリア様と……こんなの、初めて……)
(……本当に女神様みたい……)
ついつい、そっとルナリアの顔に近付いて見つめる。
ルナリアの頬は、ほんのりと上気し、少しだけ呼吸が荒い。
(お肌もきれい……睫毛も長くて……それに、宝石みたいな瞳……)
(……ん……なんだか……吸い込まれてしまいそう……)
ヴィオラは真っ赤になりながら、心の中でつぶやいた。
(え! ルナリア様のお顔がこんなに近くに……これって、すごくラッキー……?
やだ、わたし、何を考えて……)
はたと気付けば、ルナリアの手を握ったまま――
彼女の頬に唇が触れそうな距離。
とくん、とくん、とくん。
(…………!)
いけない! 鼓動が手のひらから伝わってしまうかも……。
でも、放したくない……。
少しだけ手をゆるめた、そのとき――
逆に、ルナリアの方からきゅっと握り返されて――
(え、えーー!)
ヴィオラの鼓動はさらに高鳴り……。
待つことさらに数秒。
しんとした静寂が完全に戻って来た。
狭い空間の中、ヴィオラはルナリアの息が触れそうな距離で目を見合わせる。
もう、心臓は破裂寸前。
でも――伝えたい、わたしの気持ち。
何て言ったら……。
「ルナリア様……! 今夜のこと……わたし、一生忘れません!
一生の宝物にします!」
「え……?」
一方、まひる。
(えと、何のこと?
だから、ヴィオラちゃん、その言い方やめて……。
夜の図書館だけに、百合恋愛イベント踏んだみたいな雰囲気醸し出さないで……)
ちらりとヴィオラに視線を移すと、潤んだ瞳が一瞬見開かれ――
つないだ手の力が少しだけ強くなる。
とくん、とくん。少し早まった鼓動が手のひらを通して伝わってくる。
(……なんか、ヴィオラちゃん近いんだけど……そんなに怖かったのかな?)
さらにほんの数秒の静寂。
(行った……かな。よし、ルナリアさんモードスイッチオン!)
「……もう行きましたわね?」
そう言うと、そっと扉を開け、ひんやりとした空気に触れる。
「ありがとう、助かりましたわ……それにしても、よくこんな場所をご存知でしたわね?」
まひるの問いに、ヴィオラは、はっとする。
そして、困ったように首を傾げると――
「いえ、わたしじゃなくて……こちらの方が……」
その瞬間。
本棚の影から、ふわりと浮かぶように現れた金髪の少女。
月の光の下で、淡い光をまとい――優しく微笑むと、彼女はウィンクした。
「レイア……さん」
まひるの表情が明るくなる。
「ほら、すぐ会えたでしょ?」
彼女はその視線をヴィオラに移すと、紫の瞳をじっと見つめた。
「あなた……花の乙女の末裔さんですわね。ようやく、お会いできましたわ」
「はじめまして。わたくし、レイア……いいえ、アストレイアと申しますの」
「え? 花の乙女って……。はじめまして……? アストレイア……さん。
あ、えと……わたし、ヴィオラと申します」
「ヴィオラさん……かわいらしいお花の名前ね。あの方の末裔らしくてすてきですわ」
くすっと笑うと、レイアは宙に浮かんだまま、
そっとふたりのつないだ手に目を移した。
「お二人は、とっても仲良しでしたのね。
ちょっと妬けちゃいます」
その瞬間、二人はぱっと手を離し、そっと距離を取った。
その様子を見て、レイアは楽し気に微笑む。
「ふふ……女神の導きがあれば、またいつか、お会いしましょう」
まひるが言葉を発する前に、茶目っ気たっぷりの笑顔のまま――
彼女は月の光に溶けるように、すっと消えた。
「あ……」
思わず、二人は顔を見合わせ――
なぜだか可笑しくなって、くすくすと、笑いあった。
その場に残ったのは、柔らかな風と、静かな余韻だけだった。
***
王立学院(放課後)
人だかりの中、掲示板に張り出された号外。
《王立学院新聞・号外(記者:カレン・ノーリッシュ)》
◆『緊急速報! 学院七不思議・第六項「図書館の幽霊」ついに遭遇!』
ついに姿を現した“図書館の幽霊”――
その正体は、美しくも謎めいた、本を抱えた“金髪の少女”だった!
本誌記者が調査隊を率いて突撃取材を敢行。
調査隊の目の前に、宙に浮いた本物の幽霊が出現!
果敢にインタビューを試みるも、すぐに消失……。
目撃者多数、関係者証言もあり――
今こそ、セレスティア王立学院七不思議の謎に迫るべく、
新聞部、第二次調査隊を派遣予定!
「次に幽霊を目撃するのは――あなたかもしれない」
*
廊下の壁に背を預け、さらに大きくなった人だかりを見つめる赤髪の少女。
ペンを口元にあてながら、新聞部のカレン・ノーリッシュは呟いた。
「取材は、まあ成功。
本当は、びっくりして逃げちゃいましたけどね」
「……ふふ、この敏腕記者の勘が外れるなんて……。
でも、絶対何かあるはず。ターゲットとして不足なしですわ」
人だかりのはずれ、鞄を前に立ち、掲示板をそっと見つめるルナリア。
歩き出したカレンは、ルナリアとすれ違いざまにぴたり、と止まる。
そして、正面を向いたまま、口を開いた。
「あなた――ヒミツが多いでしょ?」
「いつか記事、書かせてもらうわね。“完璧すぎる公爵令嬢の真実”とか、どうかしら?」
そして、ルナリアの方に顔を向けると、カレンの眼鏡がきらり。
そして決めゼリフのようにぽつりと。
「真実は一つ、ですわよ」
ルナリアが何も言わず、きょとんとした顔で見つめていると――
「ふふ、否定しないのね。その沈黙、スクープの香りがするわ!」
軽やかに笑って、カレンは風のように立ち去っていった。
しばらくの沈黙の後――
ルナリアは胸元のリボンをつまんで、鼻先でくんくん。
そして、そっと首を傾げると、内心のまひるに語り掛ける。
(……ねえ、まひるさん……)
『…………ん?』
(わたくしって、お昼に頂いたスープの香り、残ってますの?)
『…………っ!』
『ルナリアさん、それ以上は……。キャラ崩壊が臨界点を超えてメルトダウン寸前です』
(だって、先ほどの方が、香りがするって……)
『くく……くくく……。だから、それ以上はやめて~!!』
(ふふ……変なまひるさん)
ルナリアからも微笑みがこぼれ、放課後の一幕は人だかりのざわめきに消えていった。
***
王立学院・図書館(深夜)
ある晩のこと。
図書館の奥深く。
何重にも、物理的に、そして魔法的に錠を掛けられた禁書庫。
かり……かりかり……。
誰もいないはずの場所で、ペンが走る音だけが響いた。
そして暗闇の中、白い手がすっと伸びると、一冊の本が音もなく書架に収まった。
それは、レイアがいつもルナリアの向かいで読んでいた本。
表紙には、金の箔押しでこう記されていた。
――『原初の年代記』
そしてその下にはかすれかけた手書きの文字。『アストレイアの日記』。
暗闇の中、幽玄のように輪郭を輝かせる少女。
金の髪をなびかせ、古風なドレスを身にまとった彼女は満足そうに微笑んだ。
そして、胸に手をあて、祈るようにひざまずくと――
その姿は、ふわりと浮かび上がり、光が溶けるようにして消えていった。
その本の奥付の裏には、真新しいインクで――
「時を超えて我が最愛の友、北の氷姫と花の乙女に出会いました。
彼女の中の、不思議な異邦人に感謝を」
と、不思議な一文が――
千年の時を超え、著者とまったく同じ筆跡で書き加えられていたという。
※最後までお読みいただき、ありがとうございました!
第8話はこのお話でおしまいです。明日、第9話のEpisode1をお届け予定です。
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