表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

76/197

第8話「社畜と悪役令嬢と、図書館の幽霊少女」 エピソード⑥

――王立学院・夜の図書館。


その夜も、まひる(ルナリアの姿)は静かにベッドを抜け出し、図書館へ向かった。


確かめなきゃいけない……。

もしレイアさんが、本当に幽霊だったら……何か望みが、心残りがあるんじゃないかって。


(会えるかな……)


レイアさんの儚げな姿を思い浮かべると、不思議と恐怖はなく、とにかく会いたいと思う自分がいた。


そっと、音を立てないように閲覧室の扉を開く。


淡い月明かりが差し込む閲覧席。


そこに、今日も彼女はいた。

いつもと同じ古風なドレスを纏い、金糸の髪と白い肌に月の光を纏わせて。


「こんばんは、レイアさん」


「こんばんは。今日も、来てくださったのですね」


柔らかに微笑む金髪の少女――レイア。


何度目かの邂逅。

けれど、会うたびにその存在は“馴染む”よりも、“遠ざかって”いくような不思議さを孕んでいた。


彼女が、ほかの誰にも見えていないのかもしれないなんて……。


(……なんでだろう。声も、表情も、こんなに鮮やかなのに。

 触れたら――消えてしまいそう)


まひるは、ちらりと本を読むレイアの顔をうかがいながら、

思いきって口を開いた。


「ねえ、レイアさん。

 ……前に、建国王のこと、すっごく推してましたよね?」


レイアは一瞬、目をぱちくりさせて――

次いで、くすっと小さく笑った。


「“推していた”……なんて言葉、初めて聞きましたわ」


「でも、そうですわね。

 あの方を――想っていたのは、たしかです」


まひるの心が、かすかに弾む。


「やっぱりそうだったんだ……!」

「じゃあ、その……好きだった、んですよね?」


レイアは答えずに、そっと視線を伏せる。


そのまま、胸の前で本を閉じると、

静かな声で、ぽつりとこぼした。


「ええ……。もう、ずいぶんと昔のことですけれども――」


その瞳に、淡い光が宿る。

頬を伝うのは、ひとすじの涙。


まひるは、思わず息を呑んだ。


(……泣いてる)


何かを言おうとして、けれど言葉にならなくて。

その手が、そっと伸びる――


けれど、指先が触れる前に。

その涙は、月光の中にふっと消えていた。


何か、冷たい風が頬を撫でた気がして、思わず指先が震えた。


すると、レイアは瞳を潤ませたままふわりと笑った。


「ごめんなさい、あなたを騙していました。

 わたくし……いま、ここには、いないのです」


レイアは静かに微笑んだ。

その横顔が、月光の中で、ふわりと霞んで見える。


「本当のことを言ったら、この時間が終わってしまうと思ったから……。

 あなたは……わたくしが怖くはないのですか?」


「……えっと……びっくりはしたけど、レイアさんあったかくて……怖くはない……です」


レイアは目を細めてふわり、と微笑んだ。


まるで、生きてるみたい。あったかい。


「あの……ということは、レイアさんって……まさか……」


まひるが言葉を濁すと、レイアはそっと目を伏せた。


「……“アストレイア”という名前は、今でも語られているのでしょうね。

 千年もの間、祈りの象徴として。

 そう――“語られ続ける名前”としては、わたくしはまだ、生きているのかもしれません」


「じゃあ……やっぱり、あなたは……原初の聖女様……!?」


「……確かに、後の世ではそう呼ばれてますわ……。

 でも、わたくしは一人の青年を愛した、ただのアストレイアという名の娘。

 そんな大層な名で呼ばれるような存在ではありません」


レイアはふと目を上げた。


「けれど、不思議ですね」


レイアは微笑を浮かべたまま、まひる(ルナリアの姿)の紫の瞳をまっすぐ見つめた。


「わたくしが、こうして“誰か”と再び話す日が来るなどと……

 しかも、あの方の末裔さんにお会いできるなんて」


「……あの方?」


「北の氷姫フィオナ。

 わたくしが――愛する友のひとりです」


まひるの胸の奥が、きゅっと締めつけられる。


ルナリアさんが、まさにその女性ひとの“末裔”であることを――

この人は、知っている。


「けれど……わたくしが再び目を覚ますとしたら、

 それは“花の乙女”の血を継ぐ者と出会うとき――だと思っていました」


「わたくしは、ただ神の言葉を伝えるだけの存在。

 でも、花の乙女は……世界そのものの声を聞いていた。

 風の音、土の震え、草花のさざめきまでも――」


レイアは、そっと窓の外の月を見上げる。


「運命とは面白いものですね。

 思いもよらぬ巡りの中で、わたくしは、あなたに出会った。

 ――これも、誰かの、女神様への“祈り”が引き寄せた、奇跡の一部なのでしょうか」


彼女の声は、まるで詩のように、静かに胸へと染み込んでいく。


「あなたの中には、“ふたり”の魂があるのですね」


まひるは、ぎくり、としながらも、こくりと頷いた。

彼女には、嘘は通じないとなぜかわかってしまったから。


「あなたがこの夜に来ることができるのは、たぶん――そのおかげ」


「もうお一人とお話する機会があればいいのですが」


(いやいや、ルナリアさん、たぶん卒倒しちゃうから――

 結局わたしとしか会えなかったりして……なんて)


まひるは何も言えなかった。

ただ、彼女の言葉に耳を澄ませていた。


「どうか、忘れないでください」


「…………?」


「名のある者だけが、“歴史”ではないということを。

 想いは、誰かの心に宿れば、それだけで、時を越えるのです」


レイアは立ち上がる。

月の灯りに照らされた今日の彼女は、一段と美しく、神秘的で、儚げに見えた。


ふと、もう会えないような気がして――。

まひるは、思わず問いかけた。


「また……来てもいいですか? あなたに会いに」


まひるが問うと、レイアはほんの少し驚いたように目を見開いた後、微笑んだ。


「ええ。あなたが、忘れない限り――

 わたくしは、きっと、ここにいます」


微笑みをたたえたまま、その姿がゆっくりと月の光に溶けていく。

そして、机の上に置かれた、レイアがいつも開いていた古びた本が――

ぱら、ぱら、と静かに頁をめくり、そっと閉じると、すっと消えていった。


消える直前、表紙の文字が目に入った。

金箔で推された『原初の年代記』。

しかし、その下に手書きの消えかけた文字で『アストレイアの日記』と。


閲覧席に、風がそっと吹き込んだ。

そこには――ただ月の光だけが、静かに残っていた。


***


――王立学院・図書館(深夜)。


静まり返った夜の図書館。

天井近くの窓から差し込む月明かりが、無数の書架を青白く照らし、

先頭を歩く赤髪の少女の眼鏡にきらり、と反射する。


「……ここよ。目撃情報が多かったのは、この辺り」


声をひそめて案内するのは、学院新聞部のカレン・ノーリッシュ。

その後ろに、数人の“有志”が続いている。


もちろん、これは正式な捜索ではない。

ましてや許可を得た調査でもない。

許可証をかき集めて、”取材”と称して勝手に入っただけのこと、である。


だからこそ、彼女たちは息を潜めながら、忍び足で歩を進めていた。


カツン――


どこかで、確かに“足音”が響いた。


全員が同時に動きを止め、顔を見合わせる。

直後、ひそひそと、誰かの――確かに少女の――声が聞こえた気がした。


「や、やばくない……?」


ひとりが呟いた瞬間、ばさりとカーテンが揺れた。

パニック寸前の空気が流れる中、一人、眼鏡の奥の冷静な瞳が月光の中に何かを捉えた。


「あれ……は?」


カレンの指がゆっくりと上がり、全員がその先に目を向ける。



夜勤担当のまひる(ルナリアの姿)は、レイアが月光の中に消えた後、

閲覧席に積み上げた本に囲まれ、ペンを走らせていた。


(ふう……進捗は……まあまあ。論文の構成、次は……)


ページを繰る指が止まった。

聞こえたのだ。かすかな足音。


(……ん?)


耳を澄ます。気配は階段の方から――複数?


(うわ、やばっ。まさか、ついに幽霊捜索隊きた!?)

(バレたら、絶対ルナリアさんに怒られるやつじゃん……!)


慌てて本を閉じ、息を殺す。

物陰へと身を潜めようと立ち上がるが――足元の本が崩れた。


「っ…………」


慌てて拾う手が止まる。足音が近い。


(どうしようどうしようどうしよう、詰んだ!?)


そのときだった。


「こっちですっ!」


小声で叫ぶ声とともにぱっと取られた手が引かれ、栗色の髪が視界をかすめた。



※最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 もしお気に召しましたら、評価やブックマークをいただけますと、とても励みになります。

 評価・ブクマしてくださった皆さま、改めてありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ