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第7話「社畜と悪役令嬢と、すれ違う仮面の舞踏」 エピソード⑱

セレスティア神聖国

王立学院・大講堂(午後)


――舞踏エキジビション。ルナリアとアルフォンスの最終演舞の後。


拍手の波が、次第に高まっていく中――

薄暗い扉の陰に、ひとり立ち尽くす影があった。


彼はただ、その終幕の幻想を、ただ黙って見つめていた。

“夢幻の舞踏会”――その、美しくも残酷な終わりを。


祝福の拍手、彼女の微笑み。


それらは、もう自分の手の届かない――彼女の“現在いま”だった。

あるいは、自分が手放してしまった“未来”だったのかもしれない。


(……ルナリア。君は、“現在”を選んだんだね……)


視線を落としたラファエルの指先が、わずかに震えた。

だが、唇には――わずかな微笑み。


「ならば、僕も――僕の“現在”を選ぼう」



鳴り止まぬ拍手の中、舞台の端に現れたひとつの影が――

静かに、しかし確かな足取りで中央へと進んでいく。


ゆっくりと歩みながら、ラファエルは観客席を、そしてふたりを見渡す。


グレイス女史がわずかに目を見開き、観客もまた、息を呑む。


「――王太子殿下よ……!」

「いつから……」


観客のざわめき。


ルナリアが気づき、そっと目を伏せると――

アルフォンスは、彼の視線に気づき、小さく頷いた。


シャルロットもまた、兄の姿を認め、

思わず扇を口元に引き寄せ、その手がわずかに震える。


王太子としての気品と、ひとりの少年としての覚悟――

その両方を纏い、ラファエルは静かに舞台に立った。


ラファエルは、一呼吸置くと静かに観衆に一礼する。


「公務があったとはいえ、大切なエキジビションに遅刻してしまったこと……

 師範、関係者の皆さま、そして――ルナリア嬢に、心よりお詫び申し上げます」


そして最後の言葉と共に、彼は静かにルナリアを見つめた。


その瞬間、伏せた睫毛が、ほんの一瞬だけ震えた――

けれど彼女は、そっと目を上げ――静かに、ラファエルを見つめ返した。


視線をルナリアから、静かにアルフォンスへと移す。


「……ありがとう、アルフォンス。君が代役を務めてくれたおかげで、

 舞台は――いや、学院全体が救われた気さえする。

 本当に立派だったよ。……王族として、そして兄として、心から誇りに思う」


言葉自体は礼儀正しい。だが、その声音には――

どこか、兄としてのプライドと、ほんの少しだけ何か別の想いが滲んでいるようだった。


「……過分なお言葉、恐縮です。

 ですが、舞台の光は、僕一人では抱えきれなかった。

 彼女と共にあってこそ――あの舞は、形になったのです」


無表情なまま繰り出されたアルフォンスの声は静かだった。

けれど、その言葉はまるで一振りの剣のように――

笑みの奥に潜む、冷えた意志の刃が、確かに舞台を貫いた。


その瞳には、けっして譲る気のない光が宿っていた。


それは、誰の目にも――まるで心温まる、麗しき王子たちの対話に映った。


場内には、温かな拍手が響き渡り――

まるで夢のような舞踏の記憶を胸に、観客たちはしばしその余韻に浸っていた。


……ただ一部の者を除いて。

彼らの胸には、まだ幕が下りていない“物語”が、静かに続いていた。



そして、次の瞬間――

ラファエルは一礼のまま、舞踏教師・グレイス女史に顔を向けた。


その表情はあくまで穏やかで、だが瞳には微かな決意の色が宿る。


「グレイス女史。

 もし許されるなら、この舞踏会の締め括りとして――

 王太子としての責務を果たさせていただけますか?」


会場が、ざわ……と揺れる。

王太子自らの申し出――それも、たった今まで舞台にいたのは弟だったというのに。


アルフォンスがわずかに視線を伏せ、

ルナリアは思わず彼を見上げた。彼女の中のまひるが小さくつぶやく。


『え、今さら……? どういうこと!?』


そして、グレイス女史は一瞬だけ戸惑ったように瞳が揺れた。

しかしすぐに、王家の意向とあらばと短く頷く。


「……ええ。構いません、殿下。

 それでは――特別演目として、王太子殿下の舞踏を――」

「お相手はご指名ありますでしょうか?」


ラファエルは静かに一歩、演者席へと視線を向けた。

平民演者席に、ひときわ目立たぬよう控えていた少女の姿があった。


「――ヴィオラ・ブランシェット嬢……」


……大講堂に、よく通る声が響いた。


「――僕と踊って頂けますか?」


会場がどよめいた。


エミリーは目を剥き、少し身を引いて隣のヴィオラを見やる。

一方、王族席のシャルロットだけは小さく目を細め、

「ふふ……そう来たのね、兄上」と、少女らしい笑みを浮かべる。


ルナリアの中のまひるも思わず叫んだ。


『えーっ!? ルナリアさんおかわりか、セリアちゃんだと思ったのに!

 なぜここでヴィオラちゃん!?

 ていうか――アルフォンス様の婚約者候補のはずでは!?』


『いやいや、殿下、まさかの当てつけ……? いや、でも違うか……?

 顔は笑ってるけど、目がちょっとガチなやつ……?』


ルナリアの瞳がわずかに見開かれる。


(――どうして、ヴィオラ嬢を?)


一瞬、答えを探すように、ラファエルの顔を見つめる。

だが、彼はただ微笑み返すだけだった。


(……まひるの言うように、“あてつけ”に見えなくもないけれど――)

(でも、あの微笑みの奥にあるものは……もっと静かで、深い……何か)


きっと、今の自分にはもう、読み切ることはできない――

そんな想いが、そこにある気がした。


(……ええ、きっと。それは“未来”が教えてくれることなのですね……)


一瞬の沈黙ののち――グレイス女史は静かに頷き、言葉を紡ぐ。


「……承知しました。それでは――特別演目として、王太子殿下とブランシェット嬢の舞踏を」


その一言をきっかけに、場内には拍手の波が広がった。

次なる舞踏への期待に、講堂は熱を帯びていく。

――だが、その拍手は、決して一様ではなかった。


平民席の一部からは、小さな歓声さえ上がる――

まるで物語の中だけでしか見たことのない奇跡を目の当たりにしたかのように。

けれど貴族席では、ざわめきが静かに広がっていた。


「なぜ、殿下はあの庶子を?」


講堂の一角、刺すような視線が交錯する。

静けさの中に、貴族たちの“理解できない”という無言の圧力が漂っていた。


無数の視線と感情が、ひとりの少女に――静かに、容赦なく、突き刺さっていた。



(……え?)


名を呼ばれた瞬間、ヴィオラの時間が止まり、視界が色を失った。


祝福とも好奇ともつかぬ視線が――一斉に自分を貫いていた。


思わず、隣のエミリーを見やる。


彼女は微かに目を見開いたが、すぐに顎を引き、大きく頷いた。

そして、一言だけ。


「あんたがトリよ。あんたならできる。……しっかり舞ってきなさいよね」


(ほんとは、わたしだってルナリア様に完敗したままで、悔しいんだからねっ!)


エミリーの内心では、そんな言葉がこぼれていた――とか、いなかったとか。


けれど、エミリーに背を押されても、ヴィオラの足は動かなかった。

混乱と不安で、視線は宙を彷徨うばかり。


(なんで私……? どうして……わたしなの……?)

(誰か代わりに、誰か、わたしを……)


心の中で縋ったのは、アルフォンスだった。


(……アルフォンス殿下なら、きっと……)


救いを求めて目を向ける。

けれど、彼はただ静かに、ほんのわずかに――頷いただけだった。


(……違う。誰も、助けてはくれない)


わたしには、断る勇気も、受け入れる勇気もなかった。

ただ、その場ですくんでいることしか、できなかった。


そのときだった――


視線の先に、ルナリアがいた。


まっすぐに、凛とした眼差しでこちらを見ていた。

その瞳には、迷いも、戸惑いもなかった。


(ルナリア様……)


何があっても背筋を伸ばし、舞台に立ち続けるその姿が、

ただそれだけで――美しく、そして、眩しかった。


そう、あの時も。夜会の次の日だって、奉仕日のときだって。

記念式典のときだって――。


(あの人のようになりたい)


(わたしも……あんなふうに、どんなときでも自分の足で立ち続けられる――

 そんな自分でありたい)


ルナリアの姿が、ヴィオラの中の何かを、確かに動かした。


おこがましいのはわかってる。

でも、認めてもらいたい、並び立ちたいという想いが、確かに自分の中にあった。


それを、ようやく思い出せた――そんな気がした。


ヴィオラは、静かに立ち上がると、裾を持ち上げて礼をした。


「……はい。光栄に存じます」


脚は震えていた。けれど、その背はまっすぐだった。


――そして。

 静かに、舞台の中央へと歩み出した。


再び、ヴィオラの時は動き出し、世界は色彩を取り戻した。



再び押し寄せる拍手の波の中、

中央で礼をするとアルフォンスとルナリアは、静かに舞台を後にした。

並んだふたりの歩みが、舞台の中央で――静かに、分かれていく。


その途中、舞台袖から姿を現したもう一組が、同じく中央を目指して歩を進めてくる。


――ラファエルと、ヴィオラ。


交差する一瞬。

二組の視線が、ふっと重なった。


兄弟の青い瞳が、静かに交差する。


「弟よ――僕の“婚約者”をありがとう」

「いえいえ、兄上こそ。“婚約者候補”をどうか、よろしく」

「……これが、僕の選ぶ“現在いま”だ。彼女にも僕たちの舞台に上がってもらう」

「ええ、兄上。”現在”はそれでいい。“未来”は、まだこれからですから」


声なき対話が、視線の奥で交わされる。


そして――少女たちの瞳も、そっと重なり合った。


紫と紫――ふたつの瞳が、たしかに重なった。

そこに宿るのは、まだ言葉にならない、淡く揺れる想い。


「……ルナリア様、すみません……。

 わたしなんかが、こんな舞台に立ってしまって……」

「……いいえ、謝ることなんてありません。

 誇りと気品を持って。堂々と――舞っていらっしゃい」


想いはすれ違い、心はまだ届かない。

けれど――今、この舞台の上で、ふたりは確かに“同じ場所”に立っていた。


一陣の風が、ヴィオラの背をそっと押すように吹き抜け、ルナリアの金の髪が、そっと揺れた。


交わることのない四人の想いが、ただ静かに、すれ違っていく。

それぞれの胸に想いを隠したまま――次の幕へ。


***


優雅な旋回のあと――

ラファエルとヴィオラは、見事に息の合った最後の一歩を揃えて踏み出すと、

舞台の中央でぴたりと静止した。


一瞬の静寂。

そして、ふたりは向き合い――ゆっくりと、礼を交わす。


拍手が、舞台を包むように静かに広がっていく。


王太子ラファエルは、堂々たる気品を纏い、相手を気遣う素晴らしいリードで魅せ――

ヴィオラはまるで恥じらうように、あくまで出過ぎず、従順にその手に身を委ね、完璧に舞った。


まるで、王子に妃が寄り添いながらも、ともに“宮廷の美”を形作っていくような舞踏。


それは、ルナリアとアルフォンスの“感情の舞”とはまったく異なる美――

感情ではなく、格式と均整が織りなす、凛然たる様式美。


仮面を纏うように、何も語らず、何も滲ませず。

けれど確かに――

その舞は、観る者すべての胸に、静かな余韻を刻んでいった。


舞台袖の陰でそれを見届けたルナリアは、そっと目を伏せ、

アルフォンスはわずかに口角を上げ、拍手を送りながら、視線だけをそっと逸らした。


彼女の舞いを見届けたエミリーは、頬をふくらませて腕を組みながらも――

どこか嬉しそうに鼻を鳴らす。


そしてその瞬間、

ヴィオラ・ブランシェットという名は――

ルナリア・アーデルハイトにも勝るとも劣らぬ気品と風格をもって、

この国の記憶に――静かに、しかし確かに刻まれていく。


その時、ルナリアの中で……まひるはふと気付いてしまった。


(――ああ、そうか。これは、“弟の宣戦布告”に対する――ラファエル様なりの“反撃”)


アルフォンス様がこんなふうにルナリアさん攻略の駒を進めるなら、

自分の一手として、弟の婚約者候補を盤面に上げる――

まるで、彼女を“恋のゲーム盤”に引きずり込むように。


(これでヴィオラちゃんも、この物語の“中心”から逃げられない。

 しかも、ルナリアさんと並んで――ど真ん中……!)


でもそれって――

ヴィオラちゃんも、“乙女ゲーヒロイン”の一人に確定ってことだよね?


しかも、限りなく“正ヒロイン”ポジション……じゃない、これ!?


ゆっくりと礼を交わしたふたりに、惜しみない拍手が注がれた。

その音に紛れ、観客席の片隅から、誰かがぽつりとつぶやいた。


「……これで、幕は閉じたのかしら」


実際に、波乱に満ちたエキジビションはこれにて終幕を迎える。

けれど――


本当の物語が幕を開けるのは――きっと、これから。


仮面を纏い、それぞれの胸に想いを隠したまま――

すれ違う四人の物語は、ようやく始まったばかりなのだから。

※最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 今回の第7話、中盤の転換点かつ起点となるお話でしたが、今回のEpisodeで終幕となります。

 少し長い一話となってしまいました。お付き合いくださり、ありがとうございました。

 次Episodeより、第8話が始まります。楽しみにして頂けたら、すごく嬉しいです。


 もし少しでもお気に召して頂けましたら、評価やブクマをくださると、とても励みになります!

 既に評価・ブクマしてくださった皆さまにも、改めてお礼申し上げます。

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