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第7話「社畜と悪役令嬢と、すれ違う仮面の舞踏」 エピソード⑯

セレスティア神聖国

王立学院・大講堂(午後)


――舞踏エキジビション。


素晴らしい宮廷舞踏の演技が続くペア舞踏、貴族生徒の部。

まさにこの国の伝統と格式を受け継ぐ生徒たちによる、模範的な舞踏が披露されていった。


演技の度に、観客のため息や、感嘆の声が小さなさざめきとなって会場を包んだ。


ただ一席、空いたままの席があった。

アルフォンス殿下の隣――本来なら、ラファエル殿下が座しているはずの席だ。


ついにフィナーレの時間となり、たった一つの空席が、舞台の空気に静かな影を落とし――

そして、グレイス女史が決断と共に口を開いた。


「それでは、本日のエキジビションのフィナーレを飾って頂きます。

 ……わが校が誇る、特別な舞踏をお届けいたします。

 アーデルハイト公爵令嬢と、ヴェルダイン伯爵令嬢――

 二人の才媛による、華やかなる女子ペアの舞を、どうぞご覧くださいませ。


『やっぱり、ラファエル殿下来なかったね……』


(これで、いいのです。わたくしも一度、すっぽかしてますから)


『やっぱりルナリアさん、根に持ってる……?』


(ふふ……いいえ、今はまったく。むしろ、まひるさんには感謝してますわ)


『ねぇ……やっぱりルナリアさん、変だよ! 絶対、何かの前触れだよ!』


(はいはい、演技に集中ですわ。舞踏は――舞台に上がる前から、もう始まっておりますのよ)


グレイス女史が視線を向けると、ユリシアは椅子に剣を立て掛け、すくと立ち上がって軽く一礼した。


「それでは、代役ではありますけれど……どうぞ、よろしくお願いいたしますわ」


銀髪をきっちりとまとめた一段と長身のその中性的な立ち姿に、見守る生徒たちは思わず感嘆の声を上げる――まさに淑女との舞踏を静かに待つ騎士の装いだった。


セリアは胸元に手を当て、そっと目を上げた。

微笑みながら、こくりと頷く。


ユリシアもわずかに目を伏せ、柔らかく微笑んで――

それから、静かに頷き返した。


『はい来ましたー!信頼度MAXのアイコンタクトぉ!』

『ユリシアさん、その微笑みに百合の風が吹いたの、気付いてます!?』

『……あの目線だけで意思疎通とか。

 絶対、“チャットじゃ表現できない”コンテキストなんですけど!?』


(はぁ……もう演技に集中したいのですけれど……

 ええ、わかりましたわ。何かご褒美考えますから、静かになさって……)


『ええご褒美! シャトーブリアン? それともリンゴ飴!?

 社畜はボーナス査定に敏感ですから! 合点承知です!』


次に、目元に柔らかな笑みを浮かべたグレイス女史の視線は――

ルナリアへと注がれる。


微笑む妃教育の師範に対し、ルナリアは静かに立ち上がると、スカートを優雅に摘んで一礼した。


「――承知、いたしました」


その声は静かに響き、けれど確かにホールの空気を変えた。


ざわり、と誰かが息をのむ気配。


「あの一言だけで、空気が変わった……」

「やっぱり、ルナリア様って、本当に“本物”」

「あの立ち方……さすがは”氷の百合”。いや、あれはもう”王妃”の気品だよ……」


その静かな感嘆の渦の中――


エミリーは唇をかすかに噛み、瞳を細める。


(……ああもう、ずるいくらい、完璧なんだから……!)

(……でも、今日だけは違う。わたしの勝ちが、もう決まってるんですから! ルナリア様!)



ルナリアの登場で舞台の空気が一変したそのとき――

観客席、王族の列。


ひとり、肘掛に手を添えたまま、静かに思案していた少年がいた。

そして、周囲の空気が変わるその一瞬を見定めるように――静かに、腰を上げた。


わずかな椅子の軋み音が、沈黙を切り裂くように響いた。

その瞬間、場内に、抑えきれぬざわめきと息を呑む気配が広がる。


ざわりと空気が変わった次の瞬間。


「――その代役、僕が引き受けよう」


静かに、しかし決意のこもった声が、大講堂に響いた。


壇上のグレイス女史が目を見開き、

場内には、微かなざわめきが広がった。


ルナリアは、思わず振り返った。


そこには――立ち上がり、まっすぐにこちらを見つめる第二王子、アルフォンスの姿。


「王族として兄の代わりに踊ること、何か問題がありますか?」


グレイス女史は、わずかに戸惑ったように目を伏せたが、すぐに頷く。


「……ええ、かまいませんわ。第二王子殿下」


アルフォンスが胸に手を当て、ユリシアに一礼する。

ユリシアは、静かにアルフォンスへ会釈すると――観客に涼やかに一礼し、黙して席へと戻っていった。


まるで最初から、そうなることを予測していたように。

その背には、微かな満足と、静かな誇りが滲んでいた。


『え、えぇぇっ!? そっち!?

 ユリシアさんじゃなくて、アルフォンス殿下がルナリアさんと踊るの!?』

『てっきり“百合ペアで優雅に”かと思ったら、ここで王子ぶっこんできます!?』

『これもう、乙女ゲー最終章ルート確定演出なんですけど!?』


(ええ、わたくしも……驚きましたわ。

 ……まさか、アルが自ら手を挙げるなんて……)


グレイス女史はちらりと一つの空席を見た後、ルナリアの視線を移して口を開く。


「改めまして、本日のフィナーレ。

 アルフォンス第二王子殿下とアーデルハイト公爵令嬢によるペア演舞をご覧ください」


ルナリアは、予想だにしなかった展開に戸惑いながらも、

高鳴る胸の奥で、そっと呟いた。


(……アル、どうして……?)


その視線の先で、アルフォンスが一歩、歩み寄る。


「……踊ってくれるかい? ルナリア」


問いかけるその声音は、いつになく真剣で――

けれど、どこか不器用な優しさを宿していた。


ルナリアはほんの一瞬、驚いたように目を瞬かせたが、

やがて、静かに――美しく、頷いた。


「ええ。……喜んで」


(……子供の頃は……わたくしがあなたの手を引いていたというのに……)

(今では、そうやって……ふと気付けば、わたくしの手を引いてくださるのね……)


(……距離を置くと、そう決めたはずなのに。

 ……なぜか……あなたを拒否できないわたくしがいるのです……)


その一言に、会場が再びざわめく。

そして――

エキジビションという名の物語、その最後の幕が、いま静かに上がろうとしていた。



「……これは勝ったわね」


鼻を鳴らしながら、エミリーは心の中で舌を巻く。


(そう来たのね、第二王子アルフォンス殿下)


まさか、練習もせずに本番に出る気……?

王太子の代役よ? 片手間でどうにかなるほど、甘くないのに。


(ふん。即席ペアでうまくいくはずがないわ)


エミリーは余裕たっぷりに腕を組み、演者席から舞台のふたりを見る。


(だいたいルナリア様は、本来ラファエル殿下と組む予定だったはずでしょ?

 急な相手変更で、まともに合わせられるわけが――)


(……まあ、ユリシア様とだったら、ちょっと警戒したかもだけど)


……でも、どこかで引っかかってる。この既視感……。


脳裏に浮かぶのは――あの日のカフェ《ラ・シュエット》。

春の陽光の下、花に囲まれたテラス席で、寄り添うふたりの姿。


第二王子が何かを囁き、ルナリア様がふわりと笑って頷いた。

テーブル越しに視線を交わしながら、まるで世界にふたりきりのようだった――そんな記憶。


(……え? あれってやっぱり、デートだったのかも!?)


瞬間、エミリーの中で警報が鳴る。


(ちょ、ちょっと待って!? なにその雰囲気。

 立ち位置も、表情も、間合いも……めっちゃ“息ぴったり”なんですけど!?)


ぐらりと揺れる思考を、エミリーは強引に打ち消す。


(まだよ、まだ慌てる時間じゃない。あれはたまたま……そう、たまたまよ!)


必死に平常心を保とうとするものの、観客席からの歓声がやけに大きく聞こえる。


(う、うそ……でしょ……?)

(まさか、こっちが――負けるとか……?)


祈るように演者席のクラウスに目をやる。

彼は片足を変な方向に曲げながら、やたらと背筋だけは正しく伸ばしていて――


(……ちょっと、少しは緊張しなさいよね!

 なんであんた、まるで“天を仰ぐ彫像”みたいなポーズしてるのよ!!)

(なによ! そんなふうに”天を仰いで”たら、負けちゃうみたいじゃない!!)


幸いにもエミリーは声には出さずに我慢した。

結果、「いや、君のせいだろ」と、実際に誰かがツッコむことはなかったそうな。



観覧席にて――。


「やっぱり――あの夜、《ル・ミロワール》で見かけたのは」

「……“デート”だったのかしら?」

「確定――とまでは申しませんけれど」


三人の視線が、舞踏の中央で踊るふたりに向かう。

その動きと表情は、まるで一幅の絵のように自然に重なっていた。


「でも……演技を見れば、何となく伝わってきますわよね」

「ええ? わたくしたちに分かるものなの?」

「いいえ。分かってしまうのが、“わたくしたち”ですわ」


ひとりがふっと笑みをこぼし、レースの扇を肩にのせる。


「……けれど、選抜されなかった私たちが言っても」

「僻みと思われてしまいますもの」

「だからこそ、沈黙を守るのが貴族のたしなみ」


三人は視線を交わし、今度は少し低い声で。


「……あの奇天烈な演技を披露したエミリー・フローレンスが察してしまうかも……」

「ですわね……でもこれって、王太子殿下への宣戦布告ですの?」

「つまり、ルナリア様おひとりをめぐって、王子おふたりが……?」

扇を伏せると、三人はそろって頬を染め、うっとりと目を細める。

そして――静かに、息を揃えた。


「ロマンチックですわ……」


――もはや、すっかりルナリア様を敬愛しているかのような令嬢三人組であった。



そのとき、楽団の奏者たちが――静かに、Aの音を奏でた。

それはまるで、運命の鐘のようだった。


静寂が訪れる。


――そして、ふたりの物語が、今、始まる。

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