表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/199

第7話「社畜と悪役令嬢と、すれ違う仮面の舞踏」 エピソード⑮

セレスティア神聖国

王立学院・大講堂(午後)


――舞踏エキジビション。ペア舞踏、平民選抜生徒の部。


ハプニング続きの集団舞踏から一転して、後半のペア舞踏は順調に進んでいた。


「――おふたりとも、素晴らしい演技でした。

 では平民生徒のペア舞踏、最後の一組――

 エミリー・フローレンス嬢とクラウス・エーデルシュタイン君」


演台にすっと姿勢よく立つ、グレイス女史の声が響いた。


「……はい!」


隣の席から不安そうに見上げるヴィオラに、軽くウィンクを飛ばすと、

背筋を伸ばし、きびすを返すように一歩踏み出すエミリー。


(――ふふん、来ましたわね)

(この日のために、密かに練習してきたんですのよ)


黒髪をきりりとまとめた横顔に、どこか勝気な笑みが浮かぶ。


クラウス君と並んで進み出る途中――

エミリーは、ちらりと楽団席の指揮者に視線を送り、

すれ違いざまに、ほんのひとことだけ耳打ちをした。


「後半のアレ、お願いね?」


小さな声に、指揮者が目を丸くし、思わず首を傾げる。だが、こくりと頷いた。


ルナリアの視線に気づくと、エミリーは得意げに笑った。

まるで、「今から驚かせてあげますわよ」とでも言いたげに――。


(見てなさい、ルナリア・アーデルハイト。

 あなたの“完璧”にだって、私の本気は負けないんですから!)


まひるの脳内実況もざわめく。


『この感じ……まさかの曲改変!? いや、え、そんなことしていいの!?』

『お願いクラウス君、正気を保って! エミリーさんはもうダメだ!!』


(あの様子ですと……振り付けを自作で加えてきますわね)


『やっぱそう思う!? やっぱヤバいやつだよねあれ!!』


――演奏、開始。


序盤。


ゆったりとした宮廷舞踏の旋律にのせて、エミリーのステップは実に優雅だった。

背筋はぴんと伸び、腕から指先の動きまで滑らか。


クラウス君との動きも調和し、まさに“完璧な舞踏”そのもの。


「すごい……」

「さすがは平民特待生……主席というだけのことは!?」

「あれが、かの平民の氷姫……」

「いいなークラウス君、エミリーさんと手を取り合って……」

「エミリーさん……舞っている姿も最高にかわいい……」

「おい、この前、怒ってるエミリーさんが最高って言ってなかった!?」


観客たちが息を呑む中、

彼女の瞳は確かに、ひとりの公爵令嬢を捉えていた。


(どう? あなたにだって、“ここまでの優雅さ”は無理でしょう?)

(――でも、ここからですわよ)


ちょうど舞踏の中盤、旋律が一度落ち着いたその瞬間。


指揮者のタクトが、ふっと上がった。

次の瞬間、曲調が――変わった。


テンポが速く、軽快に。


まるで貴族の社交会の夜が、華やかにきらめくようなリズム。


「なっ……曲が……!?」


グレイス女史がわずかに目を見開き、ルナリアがそっと視線を細める。

その瞬間、まひるの声がルナリアの脳裏に響き渡る。


『うわっ……これって……!』

『やっぱりまさかの“曲改変”……!? それも、本番で!?』


(ふふっ。驚きました?)

(これが、“エミリー・フローレンス”の真骨頂!)


エミリーのステップはさらに勢いを増し、

ターンも、アームも、まるで精巧な機械のように正確。

一見、すべてが完璧だった。


――ただし。


クラウス君はといえば、

完全にテンポに置いていかれていた。


「え、ちょっ……! エミリーさん!? は、速い、ですって……!」


次の回転。エミリーがひねりを加えたリードで急角度に旋回――

クラウスが反応しきれず、つま先がもつれ――あわや。


「……っっあああぁああっ!!」


しかし、エミリーはすかさず足をぐいっと一歩踏み出し、クラウス君を強引に支える格好に。


「ちょっと、落ち着きなさい。

 大丈夫だから、わたしに任せて」


そこから先は、かわいそうなクラウス君はエミリーの操り人形と化していた。


開き、閉じる。回転し、支え、反る。


エミリーとクラウスはまるで、二人で一つのようにアップテンポな旋律に併せて舞った。


そして、最後の旋律が空気に消えてゆくと……。


そこにはエミリーに腰を支えられ、体を反らせながらも足が変な方向に出たクラウスと、

実に優雅にポーズを決めたエミリーが残されていた。


しん、と静まり返る会場。


ややあって――


客席から、どよめきと、控えめな拍手が混じる。


エミリーの完璧なフィニッシュに感嘆しつつ――

クラウス君の見事に反った身体と“ぐねった足”に、そっと目を逸らす者もいた


『えっ……えええぇぇ~~~~っ!?』


脳内実況のまひるも絶叫する。


『いまの……神演舞! でも、男女逆転してない!?

 ていうか、クラウス君の足、地面についてなくない!? 事故なのに美ポーズ!?

 もはや感動と笑いが渋滞してるぅぅ!!』


エミリーはくるりと回転して直立した。

スカートの裾をそっと整え、肩で息をつきながら、隣のクラウスにギロッと視線を送る。


「え、終わりました? よかった……生きてた……」

「……クラウス君。もうちょっと、ちゃんとリードしてくださらないと……」

「え、えええっ!! それは無理ってもの……」

「何? なんか文句あるの?」

「す、すみませんでした……!」

「ふん……!」


だがその直後、彼女はふっと表情を引き締め、

クラウスの手を取り、ふたりはぴたりと優雅な“ラストポーズ”を取った。


一礼。


堂々と、深く、誰よりも美しい所作で。

観客がざわつく。


「……あれ、最後の挨拶、めっちゃかっこよくない?」

「うん……なんか途中で男女入れ替わったような気もするけど……」

「なんか全部“演出”みたいな……」

「結果的に、一番記憶に残ったかもしれない……」

「確かに……エミリーさん、最高過ぎる。でも、クラウス君には黙祷を送りたい……」


一礼を終えたエミリーは、スカートの裾を軽くつまみながら、会場をぐるりと見渡した。

そして――真っ直ぐに、貴族席の中央にいる公爵令嬢へと視線を向けた。


ルナリア・アーデルハイト。


目が合った瞬間、エミリーはにんまりと、これでもかというほど勝ち誇った笑みを浮かべた。


(――どう? 驚いたでしょ? これがわたしの“全力”ですわ!)


ルナリアは、ほんの一瞬だけ目を見開いた。


だがすぐに、舞台上のエミリーを静かに見つめ直し――

唇の端をわずかに上げて、ふわりと笑った。


(……えっ? なにそれ……その余裕の微笑み……!?)


エミリーの脳裏にわずかな混乱が走る。


一方、ルナリアの中では、まひるの声が響いた。


『えっ、まさか……ルナリアさん、褒めてる!? いや、でも完全に上からの微笑みじゃない!?』

『エミリーさんの全力、まさかの“ノーダメージ”……!? え、精神戦……ここで!?』

『ていうかそれ、ルナリアさんの“笑顔フィニッシュ”って、ラスボス演出じゃないですか!?』


(ふふ……宮廷舞踏としては0点ですわね……でも、とても楽しい演技を拝見できましたわ)


『え……。なんか、ルナリアさん、そのコメント上から過ぎて怖いんですけど……』


エミリーは、混乱を鎮めようと、小さく呟く。


(……負けてない。わたし、ちゃんとやりきったし――

 あの余裕の笑みだって、きっと……ほんの、負け惜しみのはず!)


エミリーはふんと鼻を鳴らし、肩をそっとそらす。


(いいんです……今のわたし、とってもキマってましたから!)

(勝ったわね。第十六次ルナリア包囲網、ついに完成ですわ!!)


そんななか――


ルナリアの隣、王族席からシャルロット王女が立ち上がる。


シャルロット王女はまっすぐにエミリーを見つめ――

微笑んだ。


「……素敵でしたわ、エミリーさん」

「貴女だけの舞踏……確かに見せていただきました」


その一言で、

エミリーの頬が、少しだけ赤く染まった。


(まさかの、王女殿下……ま、まぁ……これも計算通り、ってことで……いいですわよね?)



グレイス女史が一歩、演台へと進み出た。

一瞬、目を細めてエミリーに視線を移すが……すぐにごく小さく咳払いし、姿勢を正して観客席を見る。


「……これにて、平民選抜生徒によるペア舞踏はすべて終了です。

 どの組も素晴らしい演技を見せてくれました。努力の成果がよく表れていましたわ」


観客席から、拍手が広がる。


エミリーとクラウスはややぎこちなく並びながらも、誇らしげに一礼をした。


「では、続いて――」


女史の手元の名簿に目を落とし、少しだけ声のトーンを整える。


「貴族生徒によるペア舞踏に移ります。どうか、引き続きご観覧くださいませ」


楽団席では、次の演奏準備が進み、

演目表に目を通した観客たちが、わずかにざわついた。


(……とうとう、次は貴族生徒の番ですわね)


ルナリアは膝の上に両手を重ね、静かに息を整えた。

その脳裏に、まひるの声がひょいと囁くように響く。


『……あれ、でも。ラファエル様がいませんよね?』


一瞬、胸の奥が小さく波打つ。


(――ええ。……この状況では、ユリシアさんとの演技になるでしょう)


淡く、確かに。そう思った瞬間、

ルナリアの中に、どこか安堵にも似た感情が芽生えていた。


(……正直に言えば……ほっとしていますわ)

(舞踏は対話ですわ……ですから、今はまだ殿下との対話は、ほんの少しだけ勇気が要りますの……)


『……なんか、ルナリアさんが素直で怖いんですけど……あ、セリアちゃんの奇跡のせいかな?』


(ちょっと……! まひるさん!)


『えへへ……でも、ちゃんと話をしてくれて嬉しいです!』


(もうっ……まひるさんの意地悪……)


ルナリアはほんのりと頬を染めながら、少しだけ、幻の夜会に想いを馳せた。

それは本当に、何かの予感だったのかもしれない。


次の演者が舞台に呼ばれ、演奏が、静かに、会場を包み始める。

※最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 もしお気に召しましたら、評価やブックマークをいただけますと、とても励みになります。

 評価・ブクマしてくださった皆さま、改めてありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ