表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/199

第7話「社畜と悪役令嬢と、すれ違う仮面の舞踏」 エピソード⑫

セレスティア神聖国

王立学院・大講堂(午後)


――舞踏エキジビション、シャルロットの着席後。


王族席の後方――その陰から、青年が静かに一歩、前へ。

シャルロットの背後に、半身を寄せるようにして控える。


差し込む陽光が、銀の鎧をひときわ輝かせる。

深緋の外套に、紋章を刻んだ礼装剣。堂々たるその姿――。


一糸乱れぬ立ち姿は、まさに静かなる剣そのもの。


「あぁ……なんと凛々しい」

「あれって、“王女の盾”って呼ばれてるランスロット様でしょ……?」

「そうそう。次の団長候補って噂されてる、聖堂騎士団の副団長様だよ」

「でも拒否してるらしいよ……団長になると護衛任務できなくなるからって……」


男子生徒たちの間に緊張が走り、女子生徒の間にはふわっと憧れの色が流れた。


『そして始まる……騎士と王女の禁断の恋が……』


(……まひるさん、冷静になってくださいませ。何も始まっておりませんわ……)



そして少し離れた平民演者席では――


(ぐぬぬ……なによあれ。あんなに高貴オーラ纏って……!)

(見せつけてくれるじゃない、ルナリア様……!)


本番用のドレスに身を包み、黒髪をきりりと結った平民特待生、エミリー・フローレンスが、拳をぎゅっと握りしめていた。


見た目は完璧、表情も凛としていた。

けれど、胸の内では闘志がめらめらと燃えていた。


(……見てなさいよ、ルナリア様……今日こそは、実力で見せつけてやるんだからっ!)

(第16次ルナリア包囲作戦は完璧よ……今日こそ、舞踏会の主役の座は――もらったわっ!)


小さくガッツポーズ。


(……今日なら、きっと――)

(でも、“完璧”って、こんなにも遠いの……?)


次の瞬間、握り締めた拳が少しだけゆるんだ。


(……今日のために、何度も練習した。きっとできる……はず)

(でも……失敗したら、また“平民枠”って後ろ指さされるかもしれない)

(んーん……そんなのもう――慣れてる。慣れてきたけど……悔しい)

(それでも――今日だけは、ちゃんと見てほしい)


そのとき――震える気配を感じて視線を隣の席に移す。


(それはそうと……なんで……あんたがここにいるのよ……)


そこには、観客から隠れるように――

俯いて震える手を小さく握った公爵令嬢。


――ヴィオラ・ブランシェット。


輪舞の衣装を纏ったその身体は、まるでエミリーの影に身を寄せるように、小さく震えていた。


(あんた、公爵令嬢でしょ?

 本妻の子じゃないからって、遠慮しないで“貴族席”に座んなさいよね……)


エミリーの視線に気付いたのか、ヴィオラはちらりとこちらを見て――ほんの小さく、微笑んだ。


うっかり微笑み返してしまった。


(なによ、もう……!)

(その目……あなたがいてくれてよかった……ってか?)

(まったく……わたしはあんたの保護者じゃないんだからね!?)


でも、ヴィオラの紫の瞳に宿った――

“信頼”のような光を認め、ほんの少しだけ自分の緊張の糸もほどけた気がした。


そしてもう一度拳を握りしめ直す。


(今日だけは、“特待生”としてじゃなく、エミリー・フローレンスとして――)


***


それぞれの想いで静かな緊張が満ちる中、開演を知らせる鐘が鳴った。


鐘の音が、空気に静かに溶けていく。沈黙が、場を包み込んだ――

指揮者が棒をかかげ、ティンパニーの一打を皮切りに、開幕を告げる演奏が始まった。

こうして、《創立五百年記念 舞踏エキジビション》の幕が上がった。



「皆様、静粛に」


優雅で張りのある声が響いた。


大講堂が静まり返る。


優雅に舞踏スペースの中央へ登壇したのは、グレイス女史。

かつて宮廷舞踏会で教導役を務めていたという名高い師範であり、学院でも舞踏科目の教鞭を執る女性である。

また、ルナリアもかつての妃教育では、彼女に師事していたこともある。


「本日は、前半は集団舞踏演技、後半に各ペアによる模範演技を披露して頂きます。

 将来、王宮に立つであろう皆様にふさわしい姿――期待しておりますわ」


「それでは、はじめに……男子生徒による”蒼穹の騎士”、お願いします」


グレイス女史が静かに舞踏スペースを後にすると、その場には再び、厳かな静寂が満ちた。


講堂の空気が張り詰める。

白く磨かれた大理石の床に、観客のざわめきが静まり返る中――

天井のステンドグラスから射す光が、蒼き制服を浮かび上がらせた。


ひとり、またひとり。

剣を携えた少年たちが、舞台の中央にゆっくりと進み出る。


彼らは、“蒼穹の騎士”。

王国の守りを象徴する、未来の若き守護者たち。


一糸乱れぬ動きで、剣を抜く音が揃う。


キン――と、鋼が空気を裂いた。


指揮棒が振り上げられると、楽団は勇壮な交響曲を奏で始める。

重厚な演奏とともに、剣舞が始まった。


剣の光が交差し、足捌きが床を滑るように連なっていく。

編隊を組み、背を向け、また回り込み、舞台全体がひとつの絵となって躍動する。


その姿は、まさに“守るための美しさ”。

激しく、そして誇らしげに剣を振るうたび、観客席から思わず息を呑む声が洩れる。


『えっ……なにこれ……殺陣とはまた違った……普通にかっこよくないですか……?』


まひるの心の声が、ルナリアの胸元で小さく震えた。


そして――


演目の終盤、演奏がクライマックスを迎えるとともに、

輪になった少年たちが一斉に宙を舞った。


そして最後の一打が、空気を切り裂く音が響き、剣の刃が揃って空を斬る。

その瞬間、大講堂に差し込む光が演者すべての剣に、一斉に反射した。


一糸乱れぬ動きで、それぞれが剣を胸に垂直に戻し――

沈黙のまま、深々と礼をした。


静寂。


観客の誰もが、息を飲んだまま動けずにいた。


剣を納めた演者たちが一礼し、舞台を去ろうとした、そのとき。


一拍遅れて――

さらさら、きらきらと金髪をなびかせた青年が、ひとり中央へ進み出た。


その動きは、騎士というよりも舞踏会の貴公子。

白手袋を添えて一礼すると――

彼は、懐から一輪の赤い薔薇を取り出し、口元に咥える。


そして、軽やかにターンして片膝をつき、そのまま観客席へ深々と頭を下げた。


「――お嬢様方。今宵の薔薇を、あなたに」


そして、口に咥えた薔薇を掲げ、観覧席中央――王女シャルロットへ、眩しいほどのウィンク。


講堂に、ざわ……と波が走った。


クラウディオ・ベルトラム男爵令息。


それは、学院内では“薔薇の貴公子”として名高く――

女子寮前では出禁となっているという噂の、ある意味伝説の存在であった」


その瞬間――


「きゃあああっ! クラウディオ様~!」

「素敵……! 本物の貴公子みたい……!」

「シャルロット様、羨ましすぎる~っ!」


客席の女子生徒たちから、黄色い歓声が弾けた。

薔薇の香りすら漂いそうな空気に、講堂全体がふわりと染まる。


「な、なにこの現象……え、人気あるの!?」

「あいつ、またやってるよ……懲りないな……」

「まだ“シャルロット様命”で活動中かよ……」

「てか、その前はルナリア様推しだったよな? 何人目だよ……」


男子生徒たちの一部が、露骨に顔をしかめたのも無理はなかった。


一方、貴族令嬢たちの間で、扇子を口元にあてながら小さな悲鳴が漏れる。


「わたくし、実は彼から薔薇を頂いたことがございますのよ……」

「え……わたくしも頂きましたわ……」

「わたくしもですわ……」

「…………わたくしも……」


もはや、観劇というより“観賞”の視線が舞台に向けられていた。


王族席。

シャルロットはわずかに視線をそらすと、涼やかな扇子を口元にあてた。


その背後――

ぴくり、とランスロットの眉が動く。

無言のまま、彼はほんの少しだけクラウディオを睨みつけた。


それだけで、あれほど眩しかった貴公子の笑顔がピタリと止まったのは――

気のせいだった、のかもしれない。


ルナリアが横目でシャルロットをちらりと見る。

扇子の下でシャルロットの口角が少しだけ上がり、ほんの少しだけ彼女の肩が震えていることを、まひるは見逃さなかった。


ふと、心の中にルナリアの声が響いた。


『シャルロット様……なんだか楽し気ですね。

 やっぱりべただけど、薔薇を差し出す系男子って王道なのかな……』


(わたくしも……でしたわね? まひるさん?)


『ぐはぁ!! 黒歴史キター……っ!

 そ、そうやって背後から静かに刺すのやめてくれません!?』


(ふふ……彼の将来は、わたくしも少しだけ楽しみにしておりますわ)



「……華やかな“余興”をありがとうございました」


いつの間にか舞台袖に戻っていたグレイス女史が、わずかに眉を上げて一言。

彼女の手が演台を軽く叩くと、場の空気がびしっと静まり返った。


「それでは、気を取り直して――女子生徒による舞踏《聖花の奉舞》。準備を」


ルナリアの心の中で、声を潜めてまひるが問いかける。


『でもさ、ルナリアさん。実際、演目に入れててもいいぐらい面白かったよね?』


(まひるさん……それはありませんわ。これは演劇や喜劇ではなく、“公開舞踏演習”ですから)


『ちぇ~。……あ、でも次の演目はセリアちゃんに、ユリシアさんに、ヴィオラさんも!?』

『これは、見逃せませんね……!?』

※最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 もしお気に召しましたら、評価やブックマークをいただけますと、とても励みになります。

 評価・ブクマしてくださった皆さま、改めてありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ