第7話「社畜と悪役令嬢と、すれ違う仮面の舞踏」 エピソード⑫
セレスティア神聖国
王立学院・大講堂(午後)
――舞踏エキジビション、シャルロットの着席後。
王族席の後方――その陰から、青年が静かに一歩、前へ。
シャルロットの背後に、半身を寄せるようにして控える。
差し込む陽光が、銀の鎧をひときわ輝かせる。
深緋の外套に、紋章を刻んだ礼装剣。堂々たるその姿――。
一糸乱れぬ立ち姿は、まさに静かなる剣そのもの。
「あぁ……なんと凛々しい」
「あれって、“王女の盾”って呼ばれてるランスロット様でしょ……?」
「そうそう。次の団長候補って噂されてる、聖堂騎士団の副団長様だよ」
「でも拒否してるらしいよ……団長になると護衛任務できなくなるからって……」
男子生徒たちの間に緊張が走り、女子生徒の間にはふわっと憧れの色が流れた。
『そして始まる……騎士と王女の禁断の恋が……』
(……まひるさん、冷静になってくださいませ。何も始まっておりませんわ……)
*
そして少し離れた平民演者席では――
(ぐぬぬ……なによあれ。あんなに高貴オーラ纏って……!)
(見せつけてくれるじゃない、ルナリア様……!)
本番用のドレスに身を包み、黒髪をきりりと結った平民特待生、エミリー・フローレンスが、拳をぎゅっと握りしめていた。
見た目は完璧、表情も凛としていた。
けれど、胸の内では闘志がめらめらと燃えていた。
(……見てなさいよ、ルナリア様……今日こそは、実力で見せつけてやるんだからっ!)
(第16次ルナリア包囲作戦は完璧よ……今日こそ、舞踏会の主役の座は――もらったわっ!)
小さくガッツポーズ。
(……今日なら、きっと――)
(でも、“完璧”って、こんなにも遠いの……?)
次の瞬間、握り締めた拳が少しだけゆるんだ。
(……今日のために、何度も練習した。きっとできる……はず)
(でも……失敗したら、また“平民枠”って後ろ指さされるかもしれない)
(んーん……そんなのもう――慣れてる。慣れてきたけど……悔しい)
(それでも――今日だけは、ちゃんと見てほしい)
そのとき――震える気配を感じて視線を隣の席に移す。
(それはそうと……なんで……あんたがここにいるのよ……)
そこには、観客から隠れるように――
俯いて震える手を小さく握った公爵令嬢。
――ヴィオラ・ブランシェット。
輪舞の衣装を纏ったその身体は、まるでエミリーの影に身を寄せるように、小さく震えていた。
(あんた、公爵令嬢でしょ?
本妻の子じゃないからって、遠慮しないで“貴族席”に座んなさいよね……)
エミリーの視線に気付いたのか、ヴィオラはちらりとこちらを見て――ほんの小さく、微笑んだ。
うっかり微笑み返してしまった。
(なによ、もう……!)
(その目……あなたがいてくれてよかった……ってか?)
(まったく……わたしはあんたの保護者じゃないんだからね!?)
でも、ヴィオラの紫の瞳に宿った――
“信頼”のような光を認め、ほんの少しだけ自分の緊張の糸もほどけた気がした。
そしてもう一度拳を握りしめ直す。
(今日だけは、“特待生”としてじゃなく、エミリー・フローレンスとして――)
***
それぞれの想いで静かな緊張が満ちる中、開演を知らせる鐘が鳴った。
鐘の音が、空気に静かに溶けていく。沈黙が、場を包み込んだ――
指揮者が棒をかかげ、ティンパニーの一打を皮切りに、開幕を告げる演奏が始まった。
こうして、《創立五百年記念 舞踏エキジビション》の幕が上がった。
*
「皆様、静粛に」
優雅で張りのある声が響いた。
大講堂が静まり返る。
優雅に舞踏スペースの中央へ登壇したのは、グレイス女史。
かつて宮廷舞踏会で教導役を務めていたという名高い師範であり、学院でも舞踏科目の教鞭を執る女性である。
また、ルナリアもかつての妃教育では、彼女に師事していたこともある。
「本日は、前半は集団舞踏演技、後半に各ペアによる模範演技を披露して頂きます。
将来、王宮に立つであろう皆様にふさわしい姿――期待しておりますわ」
「それでは、はじめに……男子生徒による”蒼穹の騎士”、お願いします」
グレイス女史が静かに舞踏スペースを後にすると、その場には再び、厳かな静寂が満ちた。
講堂の空気が張り詰める。
白く磨かれた大理石の床に、観客のざわめきが静まり返る中――
天井のステンドグラスから射す光が、蒼き制服を浮かび上がらせた。
ひとり、またひとり。
剣を携えた少年たちが、舞台の中央にゆっくりと進み出る。
彼らは、“蒼穹の騎士”。
王国の守りを象徴する、未来の若き守護者たち。
一糸乱れぬ動きで、剣を抜く音が揃う。
キン――と、鋼が空気を裂いた。
指揮棒が振り上げられると、楽団は勇壮な交響曲を奏で始める。
重厚な演奏とともに、剣舞が始まった。
剣の光が交差し、足捌きが床を滑るように連なっていく。
編隊を組み、背を向け、また回り込み、舞台全体がひとつの絵となって躍動する。
その姿は、まさに“守るための美しさ”。
激しく、そして誇らしげに剣を振るうたび、観客席から思わず息を呑む声が洩れる。
『えっ……なにこれ……殺陣とはまた違った……普通にかっこよくないですか……?』
まひるの心の声が、ルナリアの胸元で小さく震えた。
そして――
演目の終盤、演奏がクライマックスを迎えるとともに、
輪になった少年たちが一斉に宙を舞った。
そして最後の一打が、空気を切り裂く音が響き、剣の刃が揃って空を斬る。
その瞬間、大講堂に差し込む光が演者すべての剣に、一斉に反射した。
一糸乱れぬ動きで、それぞれが剣を胸に垂直に戻し――
沈黙のまま、深々と礼をした。
静寂。
観客の誰もが、息を飲んだまま動けずにいた。
剣を納めた演者たちが一礼し、舞台を去ろうとした、そのとき。
一拍遅れて――
さらさら、きらきらと金髪をなびかせた青年が、ひとり中央へ進み出た。
その動きは、騎士というよりも舞踏会の貴公子。
白手袋を添えて一礼すると――
彼は、懐から一輪の赤い薔薇を取り出し、口元に咥える。
そして、軽やかにターンして片膝をつき、そのまま観客席へ深々と頭を下げた。
「――お嬢様方。今宵の薔薇を、あなたに」
そして、口に咥えた薔薇を掲げ、観覧席中央――王女シャルロットへ、眩しいほどのウィンク。
講堂に、ざわ……と波が走った。
クラウディオ・ベルトラム男爵令息。
それは、学院内では“薔薇の貴公子”として名高く――
女子寮前では出禁となっているという噂の、ある意味伝説の存在であった」
その瞬間――
「きゃあああっ! クラウディオ様~!」
「素敵……! 本物の貴公子みたい……!」
「シャルロット様、羨ましすぎる~っ!」
客席の女子生徒たちから、黄色い歓声が弾けた。
薔薇の香りすら漂いそうな空気に、講堂全体がふわりと染まる。
「な、なにこの現象……え、人気あるの!?」
「あいつ、またやってるよ……懲りないな……」
「まだ“シャルロット様命”で活動中かよ……」
「てか、その前はルナリア様推しだったよな? 何人目だよ……」
男子生徒たちの一部が、露骨に顔をしかめたのも無理はなかった。
一方、貴族令嬢たちの間で、扇子を口元にあてながら小さな悲鳴が漏れる。
「わたくし、実は彼から薔薇を頂いたことがございますのよ……」
「え……わたくしも頂きましたわ……」
「わたくしもですわ……」
「…………わたくしも……」
もはや、観劇というより“観賞”の視線が舞台に向けられていた。
王族席。
シャルロットはわずかに視線をそらすと、涼やかな扇子を口元にあてた。
その背後――
ぴくり、とランスロットの眉が動く。
無言のまま、彼はほんの少しだけクラウディオを睨みつけた。
それだけで、あれほど眩しかった貴公子の笑顔がピタリと止まったのは――
気のせいだった、のかもしれない。
ルナリアが横目でシャルロットをちらりと見る。
扇子の下でシャルロットの口角が少しだけ上がり、ほんの少しだけ彼女の肩が震えていることを、まひるは見逃さなかった。
ふと、心の中にルナリアの声が響いた。
『シャルロット様……なんだか楽し気ですね。
やっぱりべただけど、薔薇を差し出す系男子って王道なのかな……』
(わたくしも……でしたわね? まひるさん?)
『ぐはぁ!! 黒歴史キター……っ!
そ、そうやって背後から静かに刺すのやめてくれません!?』
(ふふ……彼の将来は、わたくしも少しだけ楽しみにしておりますわ)
*
「……華やかな“余興”をありがとうございました」
いつの間にか舞台袖に戻っていたグレイス女史が、わずかに眉を上げて一言。
彼女の手が演台を軽く叩くと、場の空気がびしっと静まり返った。
「それでは、気を取り直して――女子生徒による舞踏《聖花の奉舞》。準備を」
ルナリアの心の中で、声を潜めてまひるが問いかける。
『でもさ、ルナリアさん。実際、演目に入れててもいいぐらい面白かったよね?』
(まひるさん……それはありませんわ。これは演劇や喜劇ではなく、“公開舞踏演習”ですから)
『ちぇ~。……あ、でも次の演目はセリアちゃんに、ユリシアさんに、ヴィオラさんも!?』
『これは、見逃せませんね……!?』
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