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第2話「社畜と聖女と、悪役令嬢の婚約破棄フラグは正ヒロインに託します」 エピソード③

王立学院

舞踏会ホール・裏側のバルコニー(夜)


夜の帳が静かに降りる――王立学院の舞踏会ホールは、まさに幻想そのものだった。


天井から吊るされた巨大なシャンデリアが宝石のように輝き、優雅なワルツが絃と管の旋律を重ね、空気を柔らかく震わせている。


磨き抜かれた大理石のフロアには、色とりどりのドレスが咲き誇り、貴族の子息たちがその花々を優しくエスコートしていた。


――まるで、絵画が命を得たかのような幻想的な光景。


かさかさ――。


植栽をかき分け、裏手のバルコニーの柵にひょいとよじ登る人影。

そして、その煌めく世界を、柵から身を乗り出して覗き見る少女が一人。


――ルナリア(中身はまひる)であった。


「……おぉ~、まさに乙女ゲーの舞踏会イベント……眼福眼福……!」


けれど、その姿はといえば――。


濃紺だったはずのドレスは、泥と草でまだら模様。

裾はほつれ、スカートの端には小枝がひっかかり、金糸の髪には葉っぱが一枚。

胸もとにも、さっきの猫の毛がふわふわと……。


煌びやかなシャンデリアの光を背に、貴族たちが優雅に踊るその光景に――

泥まみれの“氷の百合”が、ぽつんと佇んでいた。


(……うん、どう見ても完全に“異物”だよね、わたし……)

(ていうか、これじゃ「迷子猫助けるつもりが自分が迷子になった令嬢」じゃん……!)


それでも、まひるは頬をほんのり赤く染め、うっとりとため息を漏らした。


(でも、いいの……! これが乙女ゲーの醍醐味だからっ♪)


視線の先――ホール中央。


二人が姿を現した瞬間、華やかな音楽の中に、ざわりとしたどよめきが走った。


「まぁ……あれは聖女様?」

「ラファエル殿下と……!?」

「ルナリア様はどうなさったのかしら……?」

「聞いたわ。最近、殿下は聖女様にご執心なんですって――」

「まぁ……なんてロマンチック……!」


煌めくホールの隅々で、貴族令嬢たちの囁き声が波紋のように広がっていく。


視線は一斉に、王子とセリアへ――。


金糸のように輝く髪をなびかせた青年。

王族の証たる純白と黄金の礼装に身を包み、その手にエスコートされるのは――淡い水色のドレスを纏ったセリア。


二人がゆっくりとフロアの中心に進み出ると、あちらこちらから、うっとりとしたため息が漏れた。


「まぁ……まるで絵本の王子様と姫君ね……」

「なんてお似合いなのかしら……」

「“聖女と王子”の舞踏だなんて……きっと歴史に残りますわ……」


ドレスの裾を掴んだまま、胸元に手を当てて見惚れる令嬢たち。

中には、ほんのりと頬を染め、夢見るように王子を見つめる者もいた。


「……はぁ……ラファエル殿下……」

「あの優しい眼差し、私にも向けてくださらないかしら……」


だが、その視線の先で、ラファエルは確かに――セリアだけを見つめている。


楽団が奏でる旋律に合わせて、二人は静かにステップを踏み始めた。

誰もが息を呑み、ただその幻想的な舞に心を奪われていた――。


やがて、楽団がひときわ優雅な旋律を奏で始める。

二人がステップを踏み出すと、さっきまで賑やかだったホールが沈黙に包まれる。


誰もが息を呑み、ただその舞に見惚れていた。


(……おぉ、観衆のこの反応……まさにイベントCG解放シーンじゃん……!)


まひるはバルコニーの柵にもたれ、その光景を夢見るように眺める。


王子がセリアの手を取って旋回するたび、ドレスの裾が花のように広がり、

金糸の髪が光をまとって舞い上がる――


――それは、見る者すべてを魅了する完璧な舞踏。


(ほわぁ……。これは……尊い……)


まひるは両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、思わず頬が緩む。


王子が囁くたびに、セリアが恥じらうように微笑み、繋いだ手は決して離れず――

まさに“絵画の中の理想のカップル”。


「わぁ……絵になる……めちゃくちゃお似合いすぎる……!」


まひるは頬に手を当て、うっとりと目を細める。


(これは永久保存版……! 国宝級! 押しカプ決定!)


心の中では、推しカップルの尊さに悶絶寸前だ。


「これでもう、“婚約破棄フラグ”は綺麗に消えたよね……!」

「あとは、セリアちゃんに任せて、さりげなく”婚約解消”に持っていけばオケ!」


「セリアちゃんも、すごく綺麗だったなぁ……清楚にして可憐。

 ドレス姿もふわふわで、あれは間違いなく正ヒロインだよね、うん」


貴族たちの羨望と憧れの眼差しを背に、二人の舞は続いていく――。


(……うん、もう大丈夫だよね♪)


「よっと……おっとっと!」


柵を乗り越えると、ドレスの裾を踏みそうになりながらも――

なんとか華麗(※当社比)に着地


煌めくホールの余韻を背に、まひるは足取り軽くその場を離れた。


(……うん。このまま何事もなく、平和に終わるはず――♪)


――ふと、王子と共に舞うセリアの視線がバルコニーに向く。

そこには、もう誰の姿もなかった。


(ルナリア様……どこかで見ていてくださったのでしょうか)

(大変な急用の中、殿下に恥をかかせないよう――私にこの役目を……)

(……わたしなんかで、本当に……でも――)


セリアはそっと微笑み、

静かに、けれど確かに心の中で誓った。


(出来る限り、がんばります……ルナリア様のために――)


そして、再びやわらかに微笑む王子の瞳をまっすぐに見つめ返した。


***


王立学院

舞踏会ホール・寄宿舎へと続く回廊(夜)


舞踏会ホールから寄宿舎へと続く回廊。

煌びやかな光が差し込む中、まひる(ルナリアの姿)は泥だらけのドレスのまま、寄宿舎に戻ろうとふらふらと歩いていた。


(いや~……流石にこれ目立つよね……。

 誰にも会いませんように……って、これフラグかな?)


そんなことを考えながら、スカートの裾についた泥を軽く払おうとしたその時――


振り返れば、月明かりの下に浮かび上がる三つの影。


どこまでも上から見下ろすような冷たい笑み――空気がひやりと凍る。


「まぁ、ルナリア様……?」


ねっとりと絡みつくような声が、見事なユニゾンで背後から響いた。


振り返れば、三人の令嬢が、揃いも揃って意地の悪い笑みを浮かべて立っていた。

全員、異なる色の華やかなドレスに身を包み、見下すような視線を送っている。


「まぁまぁ、なんてお姿……」

「泥まみれのドレスで舞踏会に? 随分と、庶民的ですこと」

「……ああ、もう“捨てられた”から、気にする必要もないのでしょうけれど♪」


クスクスと笑い合う三人。


明らかに「ここぞ」とばかりにルナリアを貶めようとしているのが見え見えだった。


(うわ~、出た出た……。こういうテンプレモブ。

 ……さて、どう返そうかな~♪)


まひるは、ルナリアの顔でぽやっと微笑んだ。


「うん、そうなのよね~。捨てられちゃったの♪」


さらりと肯定すると――

令嬢たちは、面食らったように目を見開いた。


「えっ……?」

「え、ええ……?」

「ほ、本当に……?」


戸惑い始める三人に、まひるは首をかしげながら続けた。


「でもね――セリアさんと王子様、すっごくお似合いだったから、満足してるの」

「ちゃんと正ヒロインが幸せになるのが、一番だよね♪」


意味がわからない、といった顔をする令嬢たち。


その困惑ぶりに気づかず、いや、気づいていてまひるはにこにこと微笑んだ。


「それに、あなたたちも大変よね?

 これから、どなたかの“空席”を巡って必死にアピール合戦でしょ?」


まるで天使のような笑顔。だが、その言葉は鋭く令嬢たちの心を突いた。


「……っ!!」


令嬢たちの顔が引きつり、三人そろって声を荒げる。


「そ、そんなこと――!」


「ふふっ、まぁ……せいぜい頑張ってね?」

「”選ばれる”ことが、どれだけ難しいか――分かっているなら、だけど」


「――まぁ……努力しても、選ばれるとは限らないし……

 そのポジションが幸せかどうかは――運とタイミングと上司次第だけど♪」


にこっ。


その瞬間、令嬢たちの顔から血の気が引いた。


「くっ……覚えていなさいませ……!」

「次は絶対に、私たちが“選ばれる”んですから……!」

「うう……ぐすっ……」


まひるは、涼しげにターンしてドレスの裾を翻す。

泥がひらりと舞い、背を向けたまま最後に一言。


「泥はね、洗えば落ちるけど――

 こびりついた“浅ましさ”は、なかなか落ちないものよ?」


まるで天使が悪魔に微笑むような、清らかで無垢な一言だった。


「――っ!!」


とどめを刺された三人は言葉を失い、その場に立ち尽くすしかなかった。

震える手でドレスを握りしめ、悔しさに唇を噛む。


誰よりも“高貴”であるはずの自分たちが、泥まみれの婚約者に“捨てられた”令嬢に完全敗北したという事実に、震えが止まらなかった――そうな。


まひるはその背後で広がる沈黙を感じつつ、鼻歌交じりに歩き出す。


くすっと笑いながら、小さく呟いた。


「……わたし、ちょっと性格悪かったかな……?」


けれど、足取りは軽く、どこか晴れやかだった。


(でもでも……スッキリしたぁ~♪)

(ルナリアさん、こんな連中に絡まれてたんだね……)


(よーし、もっと圧倒的に善行ムーブして、こういうの寄せ付けないようにしようっと♪)


そう心に決めて、まひるは寄宿舎へと歩き出した。


――その背中は、どこか誇らしげだった。


だが、その凛とした背中を、

柱の影からじとっと見つめる視線があったことを、まひるはまだ知らない。


静かに揺れるぼろぼろのドレスの裾とともに、

夜の回廊には、気配だけがひっそりと残されていた――。


***


まひる(ルナリアの姿)と令嬢たちが去った後、廊下の陰から見ていた男子生徒たちがヒソヒソと……。


「……今の聞いたか?さすがルナリア様……」

「泥をまとっても、あの気高さ……本物だな」

「浅ましさって……あの三人のこと、的確すぎる……」

「やっぱり“選ばれし令嬢”は格が違うよ……」

「でも……ルナリア様、なんであんなに泥だらけだったんだろう?」

「……? なんでだろう?」


――と、まひるもルナリアも知らないところで、ルナリア株が爆上がりしていたそうな。

※最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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