表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/199

第6話「社畜と悪役令嬢と、二人の王子と約束の行方」 エピソード⑬

――王都の夜を背に、王城へと戻る馬車の中。


カーテン越しにゆるやかに夜風が通り過ぎる中、沈黙が続いていた。

ルナリアの馬車とは別に、アルフォンスとレイモンドが乗る王家の装飾が施された専用馬車。


ふと、アルフォンスが口を開いた。


「レイモンド。……今日の護衛、意図的に減らしたな?」


「ご不満でしたか?」


「いいや。君は、僕の意図を理解してくれた。……それだけだ」


再び、しばしの沈黙。


静かな馬車の中で、レイモンドは目を伏せたまま、ゆるやかに頷いた。


老執事は、銀縁眼鏡に指を当てると、静かに口を開いた。


「……殿下。本日は、少々お近づきになりすぎたのでは?」


アルフォンスは、外を流れる景色に目を向けたまま、答えない。


「私ごときが申すのも僭越ですが……

 王太子殿下とのご関係を考えれば、本日のご行動は“誤解”を生むものかと」


それでも、しばしの沈黙の後――

アルフォンスは、ふっと鼻で笑った。


「……兄さんかい?」


レイモンドの手が、膝の上でぴたりと止まる。


「兄さんが、今さら“婚約者”を気にしてるってわけ?」


「……殿下」


「兄さんがどれだけ彼女に無関心だったか、レイモンド。あなただって知ってるだろ?」


その声には、冷たさと怒り、そして――ほのかな痛みが滲んでいた。


「婚約者と言いながら、学院で彼女を支えたこともない。

 社交の場にもろくに同伴せず、優しさ一つ見せなかった。

 それが、今日になって“兄の婚約者だからやめろ”って?」


「……王家の体面と、立場を守ることもまた責任でございます」


「なら聞くけど――

 彼女が、ルナが誰よりも冷遇され、孤独に立たされてきたのは、誰の“責任”だったんだい?」


レイモンドが、言葉を飲み込む。


「……僕が兄さんに遠慮する義理なんて、最初から無いさ」


「兄さんが果たさなかった“婚約者としての責任”――

 なら、僕が代わりに果たす。それだけのことさ」


静寂。


車輪の音だけが、馬車の床を静かに揺らしていた。


レイモンドは小さくため息をつくと――


ふと、目尻をわずかに緩め、懐かしむように口を開いた。


「いやはや、僭越ながら――少し昔話を。

 年寄りの独り言として流して頂けますれば」


アルフォンスは視線をレイモンドに向け、小さく頷いた。


「実は、私も若かりし頃は、“殿下のように真っ直ぐな恋”をしたこともありましてな」


「“真っ直ぐ”……ね」


アルフォンスがわずかに眉をひそめる。


「ええ、真っ直ぐに──三人ほど同時に、ですが」


「…………」


「……結果、三人ともに扇で打たれまして。うち一人の父上には本気で決闘を申し込まれましたわ」


「それ、真っ直ぐじゃないよね?」


「いえいえ、若気の至りではございますが、三人全員に真っ直ぐでございました。

 若さとは、常に直進。そして時に、破滅を伴うものです」


「……つまり、“控えめにしろ”ってこと?」


「むしろ、“どうせ転ぶなら、気高く――姫を守る騎士らしく”と、申し上げたく」


アルフォンスはしばらくじっと窓の外を見つめると、ふと口を開く。


「……そのお父上に申し込まれた決闘はどうなったんだい?」


「はい、堂々とお受けいたしましたが――負けました。ええ、それはもう、見事に」


アルフォンスが目を瞬いた。


「でも……その時、私は確かに、彼女の名誉を守ったのです。

 無様ではありましたが、それでも“騎士のように”振る舞ったつもりでして」


「…………」


「怪我をした私の世話を、彼女はずいぶんと献身的にしてくれましてな。

 気づけば、彼女こそが我が愛する妻となっておりました」


アルフォンスは呆れたように笑い、肩をすくめる。


「……やっぱり、あなたのこと嫌いじゃないよ、レイモンド」


「それは光栄です。ですが、どうか転ぶときは――殿下も、気高くあられますように」


レイモンドは、静かに瞼を閉じた後、遠く夜の街並みに視線を移した。

まるで――かつての自分を、そこに重ねるかのように。


しばらくの沈黙の後、再び視線を主に戻すと――街頭の灯りを受け、銀縁眼鏡がきらりと光った。


「ですが、このレイモンド、王家の執事として申し上げねばなりますまい……

 陛下にも“殿下のご視察の成果”について、ご報告申し上げるつもりです。

 ……ええ、“全て”ではございませんが」


その口調には、どこか慈しむような響きが宿っていた。


「構わないさ、レイモンド。“全部”でもいいよ。

 どうせ――父にも、知っておいてもらいたいと思っていたから」


馬車の窓の向こう、城下町の灯が静かに遠ざかっていく。

車輪が石畳をゆるやかに刻み、揺れが夜の静けさと溶け合っていく。


アルフォンスはもう何も言わず、

カーテンの隙間から射す微かな光に、その瞳を細めた。

その表情に――迷いはなかった。


***


王立学院・寄宿舎

ルナリアの私室(夜)


部屋には、湯気とともに立ちのぼるハーブティーの香りがやわらかく漂っていた。


身を清め、髪を上げ、夜着に着替えたルナリアは、

薄く金の縁取りが施されたカップを手に、静かに一口――

そのまま、湯気とともに立ちのぼるペパーミントの香りを、胸いっぱいに吸い込んだ。


窓の向こうには、静かな夜の庭園が広がり、

遠くの街灯が、ひとつ、またひとつと滲むように灯っていた。


重厚なデスクに向かうと、

白紙の便箋に、羽根ペンのペン先がさらさらと静かな音を立てて走り出す。


ルナリアはゆっくりと手を動かしながら、

言葉にできない胸のざわめきを抑え、どうにか今日の”視察”を文字に変えようとしていた。


けれど――


ふと、ペン先が止まる。


目を閉じれば、浮かんでくるのは、”アル”のまっすぐな眼差しと、その手のぬくもり――


そして、あの“金色のペンダント”。


その瞬間、胸がきゅっとなり、思わずペン受けにそっとペンを戻した。


ナイトガウンの胸元に揺れる、月の意匠をたたえたペンダント――

今日も変わらず薄布越しに、かすかに光を受け、仄かに光っていた。


ルナリアは、ふと何かを求めるように――指先でそっと、胸元をさぐった。


繊細なレースの上からペンダントに触れる――まるで、胸元にこぼれた想いを、すくい上げるように。

そこには、暖かさと、不思議な安らぎがあった。


びくん。


そのとき、ふと誰かの気配がして、肩が跳ねた。


(……まさか、ほんとうに……?)


扉が、こんこん、と控えめに叩かれる。


「ルナリア様、夜のお支度にまいりました」


ミレーヌの澄んだ声が聞こえた。


(……っ、わたくし、何を考えて……)


頬の熱を隠すように、手をぱたぱたさせながら、ルナリアはゆっくりと振り向く。


「どうぞ、お入りになって」


扉が開き、静かに閉じられる音。


そして、ふわりと部屋に入ってきたのは――

いつも通りの大きなリボンのエプロンドレスに身を包んだ、ミレーヌの姿だった。


ミレーヌは一礼すると、すっとルナリアの前に歩み寄る。


その視線が、そっとルナリアの頬の紅潮にとどまり、

彼女は小さく「ふむ」と息を吐いた。


そして、ごくさりげなく、けれどどこか愉快そうに口を開く。


「お嬢様。……残念ながら、今のところ王子様は現れませんね」


「~~っ……!」


ルナリアは、手を止めて視線を逸らすと、再び扇ぐように手をぱたぱた。


「……べつに、何も期待などしておりませんわ」


ミレーヌは後ろに手に結んだまま、満足そうに頷くと、にっこり笑いながら言った。


「お嬢様。本日の“ご視察”、とてもお楽しみでしたね?」


「……ええ、とても……」


ルナリアは、扇ぐ手を止めると、ほんのりと微笑みながら目を伏せた。


「…………」


「……なんだか、棘のある言い方ではありませんこと?」


ちらとミレーヌに目線を向ける。


「はい。お嬢様にご自覚して頂けますと――

 ミレーヌの安眠につながりますので。

 あえて棘を込めさせていただきました」


ミレーヌは黙って、木製の櫛を手に取ると、そっと後ろに回った。


「……お嬢様。せっかくのお美しい髪、乾く前に整えてしまいましょう」


「……ええ、お願いするわ」


ルナリアは湯上がりの髪を無造作にまとめていたが、

後ろ手にそっと持ち上げると、ナイトガウンの衣擦れの音がしんとした部屋に溶けていった。


ミレーヌは露わになった髪留めに手をかけ―― 指先が、ルナリアの真っ白なうなじにふれる。


湯上がりの肌は、しっとりと、わずかに熱を帯びていた。


小さく首を傾けたミレーヌのツインテールのリボンが揺れ、

その影が、頬にふわりと落ちる。

長い睫毛の下で、瞳がかすかに揺れ――ミレーヌは、小さく息を吐いた。


髪留めが外され、金糸のような長い髪が、滝のように肩へ、背へと流れ落ちた。


「やっぱり……王子は現れませんね」


「……?」


「いえ。女子寮ですので、当然かと。

 むしろ現れてくだされば、ミレーヌは喜んでたたき出しますが」


ミレーヌの冗談に、ルナリアはむっとしたように眉をひそめる。


けれど、その頬はほんのりと染まっていて、

睫毛の影に、わずかに揺れた視線が隠れていた。


「……っ、意地悪ですわね、ミレーヌ」


ミレーヌはくすりともせず、無言で髪をとかしはじめる。

ゆったりと流れる時間のなかで、ふたりだけの静けさが部屋を満たしていく。


――そして、会話は続いてゆく。

※最後までお読みいただき、ありがとうございました!


もしお気に召しましたら、評価やブックマークをいただけると、とても励みになります。

評価・ブクマしてくださった皆さま、改めてありがとうございます!

皆さまの応援を糧に、これからも毎日更新、がんばってまいります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ