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第6話「社畜と悪役令嬢と、二人の王子と約束の行方」 エピソード①

第6話 「社畜と悪役令嬢と、二人の王子と約束の行方」


王立学院・寄宿舎

ルナリアの私室(休日・朝)

 

レースのカーテンを透かして、朝の光が静かに食卓を照らしていた。


磨き上げられた白磁の食器に、ふわりと湯気を立てるスープと焼きたてのブレッド。

窓辺の花瓶には、季節の花がさりげなく飾られている。


ルナリア・アーデルハイトは、いつも通り端正に椅子に腰かけ、

カトラリーを持つ手にも一切の無駄がなかった。


その隣には、エプロンドレス姿の侍女が控えている。


――ミレーヌ・アルヴェール。


栗色のツインテールに腰元には大きなリボン――

王立学院・中等部に籍を置く、れっきとした貴族令嬢だが、今や“氷の百合”の侍女として有名だった。


「お嬢様。今朝は温かい白桃のスープと、ハーブバターのブリオッシュでございます」


「ありがとう、ミレーヌ。……ええ、とても香りがいいですわ」

 

ふわりと香る桃とバターの香りに、ルナリアの中でまひるの意識が軽く浮き立つ。


『うわー、いつものことながら、朝からこんな優雅な食卓……!』

『うぅ……わたしなんて、休日も朝からパンくわえて、モニターとにらめっこでしたよ……』

『しくしく……』


「……本日は、月に一度の城下視察を予定しておりますので、朝食後は早めにご準備を」


しかし、ミレーヌが落ち着いた声でそう告げた瞬間――

 

『えっ、えっ!? 今日は城下町ですか!?』


胸の奥で、まひるのテンションが一気に爆発した。


『待ってましたー!! 乙女ゲーあるあるの“お忍び街歩きイベント”!』

『……てゆうか、私、まだこの世界で外に出たことないですよね!?

 初めての! お・で・か・け!!』


(……落ち着きなさいな、まひるさん。あくまで視察です)

(それより……外に出たことがない? それは少々聞き捨てなりませんわね)

(“花壇に飛び込み”、は?)


『あ……善行イベントx3のことでしょうか……? あれは若気の至りでして……てへ』

『でも、あの時は学院の周りをちょろっと歩いただけというか……』


(ふふ……ちょっとまひるさんの凹んだ声も聞きたかっただけですわ)


『うー、ルナリアさん、最近……時々、

 勝手に添削してやり直しって言ってくる意地悪上司みたいですよ?』


(うふふ、なんですの、その“意地悪上司”って)

(そうですわね。わたくしとしては、“添削しがい”のある社畜さんがいて、楽しいですけれど)


『ねえ、ルナリアさん、ひょっとして部下を育てるタイプの“できる上司”だったりします?』


(あら、それは――否定しませんわ)


スープを口にしながらルナリアが思わず微笑みを零す様子を見たミレーヌ。


「お嬢様……? もしかして、まさか……何か“楽しい”お考えでも?」


「いいえ、全く。それにしても、ミレーヌが用意するスープ、いつも楽しませてもらっているわ」


ミレーヌはジト目でルナリアを見る。


「ミレーヌとしてはお褒め頂くのは大変光栄ですが――

 そういう顔をなさったお嬢様は、大抵、翌朝お目覚めがよろしくないと存じますので」


「大丈夫ですわ。今のところ、“花壇に飛び込み”も、“夜会の突然の欠席”も、予定はありません」


いたずらっぽい目で見上げるルナリアを見て、ミレーヌは呆れたようにため息をついた。


「“今のところ”でも結構です。今日も、いつも通りミレーヌも同行いたしますので」


「ええ、よろしくお願いしますわ」


『ねえねえ、ルナリアさん』

『やっぱ下町って、屋台グルメとかあるんでしょ!? りんご飴的な!』

『洋服屋さんとか、アクセサリー屋さんとか、あと絶対スイーツ系行きますよね!? よね!?』


(……わたくしは、視察に行くのです)


『うん、知ってる。でもスイーツも!』

 

目の前で優雅にスープを口にするルナリアの姿は、まさに完璧な令嬢。


けれど、内側では跳ね回るまひるのテンションが、ひそかに食卓の空気を弾ませていた。

 

「ミレーヌ。今日は“あれ”をご用意くださる?」


「はい。お嬢様のお忍び用の平民服一式、ご用意しております」


「ありがとうございます。……それでは、食後に」

 

『えっ、その服って……! こっちの世界の庶民コーデ!?』

『どんな感じだろう……レースたっぷりのカントリー風?

 それとも、シンプルなワンピース系?』

『ていうか変装とか大丈夫? 街で“美しすぎる平民”とか騒がれたらどうしよう!?』


(……まひるさん。落ち着いて。あんまり煩いと、置いていきますわよ)


『ええーー!! 分離って……幽体離脱案件!? ルナリアさん、天才か!』

『そっかそっか。たとえば、夜中に~……』 


(ふふふ……)


まひるの暴走気味なテンションにつられて、ついルナリアの口元に笑みが浮かぶ。


それを見たミレーヌは、眉をひそめながらも、思わず口元がほころんだ。


(今日のルナリア様、なんだか楽しそう)


ルナリアは、ふと表情を緩めて紅茶を口にしながら、

今日もまた、騒がしい心の中と共に、少しだけ特別な一日を始めようとしていた。



朝食を終え、窓辺に移動してティーカップを傾けるルナリア。

その陽光を含んだ金糸の髪を、レース越しのやさしい風が揺らしていた。


ミレーヌが手際よく朝食の片づけを終えるのを見計らい、

ルナリアは軽く頷き、部屋の奥――大きな衣装棚の前へと向かった。


「ミレーヌ。“例の服”をお願い」


「はい。お嬢様のお忍び用、こちらにございます」

「今回は、あのお店に少し無理を言って、控えめな雰囲気のものを仕立てていただきました」


ミレーヌが扉を開けると、中には数着の“庶民服”がきちんと整えられて並んでいた。

高級感を抑えた布地ながら、縫製は丁寧で、さりげない上質さを感じさせる。


『うわ、こういうの……まさに“平民風カジュアル”って感じ!』

『レースは少なめだけど、ブラウスの刺繍とか、ちゃんと可愛い……!』


ルナリアは、淡いグレーのスカートと白のリボンブラウスを選び、

鏡の前で髪を低くまとめながら、ふとミレーヌを見やる。


「ミレーヌも、今日は動きやすい格好で」

「かしこまりました。こちらを着用いたします」


ミレーヌもまた、ルナリアの言葉にうなずくと、手早く落ち着いた栗色のワンピースに袖を通した。


ツインテールの髪はそのままだが、リボンを地味な焦げ茶に変え、

左右の高さを微妙にずらすことで、“らしさ”を薄めていた。


まるで“公爵令嬢の侍女”の影を、わざと滲ませたかのように。


『ミレーヌさん、変装のセンス抜群すぎません!?』

『……しかも、地味なのに、絶妙にオシャレでかわいい!』


そして、ルナリアの瞳を通して見る、その姿。

どれだけ質素な服に身を包んでも――

整いすぎた顔立ち、淡い紫の瞳、所作ににじむ気品は、どうしても隠しきれない。

鏡の中には、“町娘になりきれない”町娘が、確かに立っていた。


『ていうかルナリアさん、せっかく変装しても、

 今度は“美人すぎる庶民”でメディアに追いかけられそうなんですけど!?』


(……まひるさん。浮かれてばかりいないで、気を引き締めなさい)

(あなたも、わたくしの“同居人”ですもの。

 視察の“目”、ちゃんと働かせてくださいましね)


『はーい! でもでも、テンション下がる要素、ゼロですっ!』


ルナリアがうっすらとため息をつくと、ミレーヌが微笑んでひとこと。


「では――そろそろ、馬車をお呼びいたしましょうか」


「ええ。参りましょう、ミレーヌ」


そして心の中でそっと付け加える。


(まひるさん。参りますわよ)


『はーい! お忍び視察、いざ出発です!』



寄宿舎の中庭には、すでに一台の馬車が用意されていた。


アーデルハイト家の紋章は外され、町用の簡素な外装が施されている。


御者台には、学院に仕える老従者が、背筋を正して控えていた。


ルナリアは、ひとつ深く息を吐いた。

これは、ただの街歩きではない。“未来の妃候補”としての目――そう、自分に言い聞かせるように。


「お嬢様、お手を」


ルナリアとミレーヌは手を添え合いながら、馬車へと乗り込む。


扉が閉まる音とともに、車輪が静かに動き出した。


『出た……異世界おでかけイベント、発動です!』

『てゆうか、馬車も初めて! 思ったよりも揺れないし、すごく快適!』

『これ絶対、何か起こるやつですよね!? お土産買います?街角カフェあります!?』


(……視察です。わたくしは、妃候補としての使命で行くのです)


『はい、でもカフェ!寄り道してもバレなきゃセーフです!』


(ふふ……寄り道など、断じて、認めなくてよ)


『ええ~!?』


馬車に揺られ、柔らかく微笑むルナリアを視界に収めながらミレーヌは心の中でつぶやく。


(今日は、とんだ一日になりそうな予感がしますね……)


車窓の外では、学院の門が開き、朝の城下町へと続く道が広がっていく。

まひるは、目の前に広がるその光景に、静かに息を呑んだ。


心の奥に灯る、言葉にならない高鳴り――

――今日は、“初めての世界”が、まひるを待っているのだから。

※最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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