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第5話「社畜と悪役令嬢と、本命になれない王子」 エピソード①

第5話 「社畜と悪役令嬢と、本命になれない王子」


佐倉まひるは思った。


(……なんか、変なんだよね、この乙女ゲーム)


《七つの聖環》(セブンスリングス)とは設定こそちがうけど、

世界観は似てるし、ちゃんとヒロインも悪役令嬢も、攻略対象もいる。


だから、ここが“乙女ゲー世界”って考えても――たぶん間違いじゃない。


悪役令嬢としてのこれまでの破滅フラグたちは――


夜会での婚約破棄フラグは回避。しかもヒロインとお友達に。

奉仕日の暴言フラグも未遂に終わり、むしろ好感度爆上がり。

王女殿下の怒りフラグも発動しなかった上に、シャルロット様からの“お友達”宣言まで。


(……ルナリアさん、もしかして、もう破滅ルートから脱出しちゃってる……?)


でも、なんかおかしい。


イベントはちゃんと起きてる。けど、“物語のエンジン”が、なかなかかからない。


正ヒロインのセリアちゃんは、まったく恋愛ムーブを起こさない。

攻略対象のラファエル王子も、どこか迷ってる様子で――。


サブヒロインのシャルロット様に至っては、セリアちゃんともルナリアさんとも“お友達”状態。

この世界、”ヒロイン全員仲良し”ルートがハッピーエンドなの?


ランスロット様は……まあ、いつか何かあるかもだけど。

あと……薔薇の貴公子? たぶん、攻略対象ですらない。……ていうかモブ? いや、背景美術?


(……なんで、誰も“ヒロインらしいこと”してくれないの?

 ……って、まさか、これって“ヒロイン不在”!?)


(いやいや、まさか……そんな乙女ゲーないない!!)


そんなモヤモヤを抱えたまま、わたしの“乙女ゲーライフ”は、今日も静かに続いていく。

――悪役令嬢の中の居候として。


たとえば、今日みたいに――。


***


王立学院・寄宿舎

ルナリアの私室(朝)


朝の光が、レースのカーテン越しにやわらかく差し込んでいた。


その中で、少女は、まるで舞台に立つヒロインのように――静かに腰掛けていた。

視線を引く完璧な姿勢、息を呑むような美貌。


窓辺では陽光を受けた花がそよぎ、

白磁のティーカップからは、果実とハーブの香りがふんわりと立ちのぼっていた。


整えられた銀の混じった金髪が、肩にやわらかく流れ、

着こなしまで完璧な学院の制服の胸元には――

きらりと、月のペンダントが光を宿している。


――公爵令嬢、ルナリア・アーデルハイトである。


「……今朝の紅茶、とても香りがよいですわね」


「ラベンダーに、ほんの少しだけベルガモットを。

 お嬢様のお気に召すよう、昨日のうちに調合しておきました」


微笑みながら給仕するのは、ルナリア付きの侍女


――ミレーヌ・アルヴェール。


エプロンドレスに栗色のツインテールと大きな腰のリボン、

そして完璧な所作を備えた、ルナリアの侍女である。


そしてその侍女は、少々毒舌でもある。


「それにしても……お嬢様、今日は完璧なお目覚め、誠にありがとうございます」


そんな言葉で口火を切ったミレーヌに、ルナリアは怪訝そうな顔で視線を向けた。


「……?」


「寝起きの奇声もなく、寝癖もなく、お洋服も泥なし……。

 ミレーヌ、奇跡のような朝に感涙を禁じ得ません」

「本日のお嬢様、百点満点中の――五千点でございます」


「……ちょっと待って? そもそも、百点の基準がおかしいのではなくて?」


「まあ、“百点の基準”につきましては、大幅に変更がございましたことは否定いたしません。

 一週間前の朝、わたしがドアを開けたら、泥まみれのドレスが“ぬっ”と差し出されて――」


「ストップ。それ以上は語らないで、ミレーヌ。……本当に、朝食が台無しになりますわ」


「畏まりました、お嬢様。

 では本日……は、このまま平穏に一日が始まることを、ミレーヌ心より祈っております」


「……“本日こそ”ってつけようとしたでしょ?」


「あら……心の声が、ちょっと漏れかけましたかしら?」


ルナリアはティーカップを両手でそっと持ち上げ、一口含むと、

ふぅっと小さく息をついて、肩の力を抜いた。


ルナリアの脳裏に、魂の同居人まひるの心の声が、すかさず響く。


『え、何このやりとり……めっちゃ安心感ない……?』

『っていうかミレーヌさん、辛辣なのにすごく優しいし、絶対できる侍女じゃん……!』


『ああ……この家に生まれたかったなぁ……』

『朝食と紅茶と罵倒で目覚める優雅な生活……何より、その日のうちに寝られる生活……』


(あら、あなたも、もうこの部屋の住人ではなくて?)


『うぅ…そのコメントは……社畜に思いやりは、薬を通り越してもはや毒……バタリ』


(ふふ……)


じっとルナリアの顔を眺めていたミレーヌ。


「……今の顔、なにか面白いことでも思い出されました?」


「い、いえ。お紅茶が……ほんの少し、熱かっただけですわ」


そう言いながら、ティーカップのふちを指先でゆっくりとなぞる。

視線はカップに落とされたまま。頬に、微かに熱が宿る。


ミレーヌはクスッと笑って、そっとナプキンを差し出した。


「では、登校前に何かあれば、お申しつけくださいませ。

 ……今日のご予定は、特に目立ったものはございませんが……」


「お嬢様に必要な情報かどうかは、ご自分で判断して頂くとして……念のため」


「最近、“親密そうな姿”を目撃されたとうわさのラファエル王子殿下と、

 ティーパーティーの後に“長時間ふたりきり”とささやかれるシャルロット王女殿下は、

 そろって国内視察にてご不在とのことです」


ルナリアは、ティーカップに唇をつけたまま、ほんの一瞬、思案するように動きを止めた。


「あわせて、聖女セリア様と、ユリシア様も神聖教会の要請で、当面学院を離れるとか」

「なお、くどいようですが……ミレーヌには、必要かどうかの判断はつきかねますので……」

「あくまで、世間で囁かれている“うわさ話”でございますから――ふふ、あくまで“うわさ”ですわ」


ルナリアは、まるではるか遠くの“誰か”を見るように、窓へ視線を向けていた。


「その言い方、なにかひっかかりますけど……ええ、教えてくれてありがとう、ミレーヌ」


そう言ってルナリアが紅茶に口をつけた時、胸元のペンダントが光を受け、小さく揺れた。

それは、まるで“静かな決意”を胸に灯した印のようで――。


ミレーヌはそのヘーゼルの瞳でじーっとルナリアの顔を覗き込みながら、

両手を後ろで組んで、わずかに背を傾けた。

揺れたツインテールの髪先が、ルナリアの肩をかすめる。


「今……がっかりされましたよね?」


その瞬間、ルナリアのまつげがぴくりと揺れ、唇がほんのわずかに引き結ばれる。


「……いえ、まったく」


満足げに小さく頷くと、ミレーヌは斜め上からジト目でルナリアを見下ろす。


「それなら、いいです」


ミレーヌは小さく咳払いをし、口元を手で押さえながら――

あえて少しだけ芝居がかった口調で続けた。


「でも、最近のお嬢様は注目を集めております。

 くれぐれも、“奇行”はほどほどになさってくださいね。

 次は、本気で辞表出しますから。……たぶん」


そう言いながら、ミレーヌは腰元の大きなリボンを、きゅっと締め直す。


ルナリアはふっと小さく息を吐くと、微笑みを浮かべた。

そして、いたずらっぽい光を宿らせたアメジストの瞳を上げ

――ミレーヌの目を、真っ直ぐに見つめた。


「それでは、わたくしは――推薦状を用意しなければいけませんわね」

「どこへでも通用する“優秀な侍女”として……」


片目を伏せ、わずかに口角を上げる。


「……ふふ」


「ぐぅ……これはまさかの切り返し……ミレーヌ一生の不覚でございます。

 お嬢様、さては“やる気”ですね!?

 では、ミレーヌは早速辞表を準備しておきますので」


静かに笑いあうふたり――。


そんな様子を、ルナリアの目を通して見るまひるは想う。


……改めて考えてみると、これって……まるで、すごく仲のいい主従って感じ。

私が来たばかりの頃は、お互いぜんっぜん心開いてなかったのに。


こうして、冗談言い合って、笑い合って――。


……うん。これが、本来のルナリアさんなのかもしれない。

きっと、ミレーヌさんの順応力も、その背中を押してくれたんだと思う。


主従なんて枠を越えて、心から笑い合える相手がいる。

変わってきてる。ほんの少しずつ、でも確実に。


(……それって、ちょっと、嬉しいな)


でも……なんだか、順調過ぎて、少し不安になる。


ミレーヌさんの話では、ヒロインも攻略対象も不在。

しばらくは、のんびりと穏やかにすごせそうな感じ。


でも、何か大事なことを見落としているような……。


ま、これまでだって、なんとかなってきたし。

何かあっても……その時はその時。


炎上したらしたで、徹夜で対応すれば大丈夫――

こんな時こそ、社畜式・なんとかするリスクマネジメント発動です!


――こうして、“いつもの”朝は、何事もなく始まった。

だがこのときのルナリアとまひるは、まだ知らなかった。


今日、“運命の歯車”を強引に回そうとする“ある人物”が、学院に姿を現すことを――。

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