第4話「社畜と王子と悪役令嬢と、王女様のとっておきティータイム」 エピソード⑦
シャルロット王女は、いつだって完璧だった――誰もがそう思っていた。
周囲の視線を軽やかに受け流しながらも、誰よりも気高く、冷静に。
まるで、扇で口元を隠した、心を見せない氷の彫像。……その美しさすら、ちょっと威圧的なくらいで。
それが、彼女の“いつもの顔”。
けれど、今日の彼女は――ほんの少しだけ、足早だった。
それだけで、まひるの背中にひやりと冷たい汗が走る。
(こ、これ……絶対ヤバいやつじゃない!?)
怒っているのか、いないのか。その涼やかな横顔からは、まるで感情が読み取れない。
ただひとつ、ハッキリしているのは――
今、自分は、「シャルロット王女の私室」に――しれっと連れ込まれている。
乙女ゲー的に言えば、これは”確定演出付きの破滅フラグイベント”でしかない。
(うわぁぁぁ、なんで!? 姫様の呼び出しって、どう考えても“ガチで詰みルート”なんですけど!?)
『ところで、ルナリア。最近のあなたの振る舞いについて、少し話をしたくて』
静かに、けれど確実に迫る“終焉の鐘”のように――
シャルロットの声が、まひるの心に響き渡った。
……破滅フラグ③『王女殿下の怒り』、発動である。
(えと、えーっと……部屋についてからの王女殿下のセリフ予想はといえば……)
①:柳眉を逆立てて、
「ルナリア。あなたの品位にもとる行為――王族として、これ以上は見過ごせなくてよ」
②:窓辺へ進み、振り返らず、
「あなたは……大切なお兄様にふさわしくない。妹として、そう思いますの」
③:重苦しい沈黙の後、
「今日はずっと、あなたのふるまいを見ておりましたわ。――あなた、誰なの?」
(うわぁぁぁぁ、どれもこわいやつじゃん!!)
(とりあえず謝る? よし、こんな時こそ、乙女ゲー選択肢!)
“1:素直に謝る”……うん、なんならジャンピング土下座を決めるのもあり。
“2:かわいく謝る”……テヘペロって……絶対許してくれそうにない。
“3:開き直る”……善行? 貴族として当然の務めですわ。おほほほ……これは、絶対ない!
“4:ダッシュで逃げる”……うう、もうさすがに無理だよね……。
(一日で王子と王女の両方に乙女ゲー選択肢を迫られるとか……
こんなの、運がなさすぎってレベルじゃないし……
もはやこれ……乙女ゲーって顔した“労災フラグ満載デスマーチ”じゃん……!)
寄宿舎の入り口の衛兵は、シャルロットの姿を認めると、背を正し、深く一礼する。
ランスロットが軽く会釈をして先に進む。
王族用の寄宿舎は貴族用、平民用とは別棟にある。
十分に豪華なルナリアの貴族用寄宿舎ですら霞むほど、それはそれは豪華絢爛であった。
普段のまひるなら――天にも昇る心地で、きょろきょろ&そわそわしていたに違いない。
けれど今の彼女には、そんな余裕は……1ミリもなかった。
手を前に固く結んだまま、
(……せめて最後の晩餐ぐらい……明太おにぎりとブラック缶コーヒー……それでいいから……)
と心の中でつぶやくのがせいいっぱいだった。
――それでも歩みは止まらない。
まるで、辞表を胸に抱え、お世話になった役員の部屋へと向かう社畜のように。
ただし今回は、“王族仕様”――逃げ場なしのスーパーエリート社畜コースだった。
廊下の突き当り、一際大きい扉の前で一行は止まった。
まひるに続いていたランスロットが、すっと前に出て部屋の扉を開け、一礼する。
軽く会釈をして部屋に入るシャルロットに続き、まひるも覚悟を決めて部屋へ足を踏み入れた。
……バタン。
重厚な音を立て、背中越しにドアが閉まる――まるで裁きの時を告げる鐘のように。
――その時は、来た。
背中を向けたシャルロットの豊かな黄金の髪が目の前に。
そして――その肩はふるふると震えていた。
もはや、まひるには爆音を奏でる心臓の音しか聞こえない。
(ヤバいヤバい、これ……ガチギレ案件じゃん!?)
(なんか言わなきゃ言わなきゃ…)
(えっと、さっきまで考えてた選択肢のどれが……ベストなやつ? ……ええと……)
「あ、あの、シャ……シャル……ロット王女殿下? す……すびば……」
“1:素直に謝る”を選択したまひるの声は、少し……いや、だいぶ震えていた。
――その瞬間、シャルロットは振り向き――
ふわっとした笑顔が、まひるの目に飛び込んだ。
「やめてよ、二人っきりで“殿下”なんて。昔みたいに、“シャル”でいいでしょ?」
そして、次の瞬間――ハイヒールを脱ぎ捨て、ベッドにダイブ。
「は~~~、やっと二人きりになれたぁ……!」
振り向いて半身を起こしたシャルロットは、サイドで結い上げていた髪飾りを外し、ぱらりと金の髪を揺らした。
まるで鎧を脱ぐように、その姿は“王女”ではなく、一人の少女へと戻っていた。
(ええぇ!? なんですかこのギャップ姫……!?)
「わたくしだって、“シャルロット王女”を演じてばかりで……たまには疲れちゃうのよ?」
(ん? えーと、破滅フラグ③『王女殿下の怒り』は? どこ?)
ぽかん、としたまひる(ルナリアの姿)を目にとめて、
シャルロットは、くすくすと笑いながら言った。
「びっくりさせちゃった? ごめんなさいね、ルナ。あれ、ただの“見せかけ”よ」
「……え?」
「あ……“ルナ”って、いま……?」
「ふふ、だって……あなた、本来の“ルナリア”に、戻ろうとしているのでしょう?」
「だったら、あなたは“ルナ”。わたくしが、心からそう呼んできた――大切な、あなたの名前ですわ」
「わたくしの大切な……名前……」
シャルロットはふっと微笑んで、ぽすんとベッドに腰を下ろした。
両手ですっとあごを支え、小さく足を揺らしながら――
そのきらきらした瞳をまひるに向けて、
まるで内緒話を打ち明けるみたいに、ぽつりと言葉を継ぐ。
「ずっと、ね。あなたのことを、わたくし――心配していたのよ」
「妃教育が始まってから、あなた……ずっと“妃らしく”あろうとしていたでしょう?
言葉も、仕草も、感情まで――すべて、ぎゅっと閉じ込めて」
「そして、“最近の品位に欠ける行動”……何かあったのかしらって。
実はね、全部、わたくしのところにも報告が来ているのよ?」
(ひぃ〜〜〜っ、お見通しでいらっしゃるっ……!)
まひる(ルナリアの姿)は、みるみる青ざめていく。
そんな彼女をよそに、シャルロットはふと目を伏せ、小さく呟くように言った。
「でもね……わたくしは、むしろ嬉しかったの」
そう言いながら、指先でティーテーブルの上――空のティーカップの縁を、静かに一周なぞる。
その仕草に、懐かしさと、ほんの少しの寂しさが滲んでいた。
「届いた報告は、“品位に欠ける行動”だけじゃなかったのよ」
「“氷の百合”が、市井に降りて、身分も気にせず、誰かに笑いかけていた――って」
(もしかして、善行×3……ミレーヌさん命名の“花壇にダイブ”事件のことでございましょうか……)
「それに、奉仕日には……あなたの行動が、学院の空気を変えたって」
(……確かに、それは――ルナリアさん自身の行動だった)
シャルロットは静かに立ち上がると、まひるの前へと進み出た。
そして、まひる(ルナリアの姿)の手をそっと取り――
その透き通るような青い瞳で、まっすぐに見つめた。
「ねぇ……わたくしたち、覚えてる?」
「小さい頃。まだ、兄様の婚約者になると決まる前。
兄様と、わたくしと、あなた。春の花壇で、手を取り合って遊んでいた頃――」
「もっと、自由で、もっと無邪気で……でも、誰よりも優しい、あなたがいた」
まひるの胸が、じんわりと熱を持つ。
痛いような、嬉しいような、不思議な気持ちが広がっていく。
「今日、わたくしは……“今のあなた”こそが、“本来のルナリア”だって――確信しましたの」
シャルロットは、そっと視線を落とす。
――静かな沈黙。
そして、ゆっくりと顔を上げ、まひるをまっすぐに見つめながら――
「だから……もう一度、あの頃みたいに……わたくしたち、お友達になりましょう」
その言葉とともに、シャルロットの指先が、そっとまひるの手の上に重ねられた。
あたたかくて、優しくて、少しだけ震えていて――
「……っ」
(……ああ、なんか、ずるいよ……)
声を出したら、泣いてしまいそうだった。
そっと息を吸って、きゅっと唇をかんで――なんとか、こらえた。
(てゆーか……ルナリアさん。ここにいるのが、わたしで……ほんとに、ごめんなさい)
――けれど。
その胸の奥に、ほんの少しだけ――誇らしさが、芽生えていた。
(……この気持ち、忘れないようにしよう)
それは、誰かの真似じゃない、“わたし”としての、小さな一歩だった。
「だめ……かしら?」
シャルロットの問いかけに、まひるは小さく首を振った。
俯いたまま、涙をこらえ、そっと小さく――それでも、しっかりと。
その想いが、ふたりの間に静かに流れ込み、空白の時間をゆっくりと埋めてゆく。
そして、シャルロットは、重ねた手でまひるの手を優しく包みこんだ。
胸の奥が、そっと揺れる。じんわりと、なにかがほどけていくような感覚。
それが“自分”の気持ちなのか、“ルナリア”の気持ちなのか――まひるには、わからなかった。
でも、どちらでもよかった。
このぬくもりが、“ほんとうの気持ち”だってことに、変わりはなかったから。
シャルロットに導かれ、並んで腰かける。
彼女は、静かに二人分の紅茶を注いだ。
ふわりと立ちのぼる蒸気とともに、果実の甘やかな香りが、部屋いっぱいにやさしく満ちていく。
(……この香り、どこか懐かしい)
その時、まひるの脳裏に、ふと浮かんだのは――
春の庭園、花壇の前で並んで笑っている、三人の子供たち。
見たこともないはずなのに、くっきりと、鮮明にその情景が浮かぶ。
風に揺れる花びらの中、手を取り合って微笑み合う、小さなシャルロットと、ルナリア。
そして、ふたりをやさしく微笑んで見守る、少年のラファエル。
――それは、“ある春”の記憶――まだ、誰も仮面をかぶっていなかった頃。
まるで、その記憶ごと、この空間にやさしく溶け込んでくるようだった。
――この静かな時間が、これからの“始まり”でありますように。
そんな願いをそっと込めて、まひるはティーカップを手に取る。
……あの春の日。微笑む“ルナリア”の面影を見つめながら、“わたし”の気持ちが、そっと重なっていく気がした。
小さな一歩が、今――紅茶の香りとともに、確かに、始まっていた。
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