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第4話「社畜と王子と悪役令嬢と、王女様のとっておきティータイム」 エピソード⑥

王立学院・中央庭園《七聖環の園》


――春の陽射しが降り注ぐ中、特設ティーガーデンには、どこか張りつめた空気が漂っていた。


シャルロットがティーカップをそっと置き、

まひる(ルナリアの姿)に向かい、穏やかに話しかけた。


「……春は、こうして庭でお茶をいただけるのが嬉しい季節ですわね」

「ええ。緑と陽の光が……とても癒されますわ」


(……たぶん、こう言っとけば貴族っぽく聞こえるはず)

(てゆうか、会話が薄っ……! これじゃあ、乙女ゲーの背景モブ貴族その1だよ!?)


まひるの受け答えのあと、誰もが口を閉ざした。静けさの中に、ティーカップの音だけが響く。


……そんな中、セリアがふと微笑み、口を開いた。

その声が、張りつめた空気をそっと揺らす。


「この紅茶、とても優しいお味ですね。……白桃と、それから……お花の香りでしょうか?」

「ふふ、お察しの通り。ジャスミンの花冠を少しだけ、香りづけに加えておりますの。お気に召して?」


「はい……なんだか、懐かしい気がして。とっても、好きな香りです」

「それは……嬉しいわ」


シャルロットはティーカップを手に、微笑みながら答える。


(おお、セリアちゃんが“ちゃんとお茶会してる”……!)

(……ていうか、セリアちゃん、そもそも貴族令嬢ですもんね……。

 なんなら、わたしなんかより断然“貴族してる”気も……)


そんなふうに――

穏やかで、どこか型どおりなやりとりが、ゆっくりと繰り返されていた。


当たり障りのない会話。完璧な所作。優雅な言葉遣い。背筋の伸びた姿勢。


(……よし、発言も含めてちゃんと“ルナリアさん”、演じられてる)

(でも……なんか、”型”どおりすぎて、逆に不安になるなぁ……)


まひるはそっと息を吐き、ティーカップに口をつけた――が、

緊張のせいで指先にわずかに力が入っていたのか、カップの縁が小さく揺れた。


(うぅ……まだ、ちょっと手が震えてるかも……)


そっと視線を上げれば、シャルロット王女が穏やかな笑みを浮かべながら、静かにこちらを見ていた。 まひるは、慌てて背筋を正す。


(……何かを見極めようとしてる? ううん、違う……たぶん、“見守ってくれてる”だけ……だよね?)

(なんでだろ……ちゃんとやってるのに、空気がまだピリッとしてる気がする)


一見、優雅な時間のようでいて――

その沈黙はまるで、劇の“幕開け”を待つ舞台袖のような、張りつめた静けさだった。


そんな空気のなか――

ふわり、と春風のような声が響いた。


「今日のルナリア様のピンクの御召し物、とっても素敵ですっ!」


セリアだった。


無垢な瞳を輝かせながら、まっすぐこちらを見つめてくる。


その瞳は、まるで宝石を見つけた子どものように純粋で――

そこに、嘘や冗談の気配は一切なかった。


「なんだか……春の草原で、うとうとしている妖精さんみたいで……。

 ふわふわ、ぷるぷる……あっ、このジャムみたいに、とろ~りってしてて……!」


「もう……食べちゃいたくなるぐらいかわいいのです!」


そう言うやいなや、スプーンに乗せた薄桃色のコンフィチュールを――ふわふわのぷるぷるを、

迷いなく口に運んで、ぱくっ。


にっこり。


――その瞬間。


「ぶふっ……!?」


まひるは、含んだ紅茶を吹き出しかけた。


慌ててナプキンで口を押さえ、なんとか被害を最小限にとどめる。

ティーカップを置いた音が、カタンと静寂に響く。


ユリシアが、小さく肩を揺らした。

一瞬、口元に浮かんだ笑みを指で隠すようにしながら、そっと目を伏せる。


近くに控えていたランスロットまでも、わずかに視線を逸らし、手を口元に当てて、そっと俯いた。

笑いを堪えているのは明らかだった。


(いや待って!? 服の話だったよね……?)

(なんで最後“おいしそう”で締めるの!? しかも……本当に食べてるし!?)

(ていうか、今のわたし――“昼寝してるジャム”……!?)


……もう無理、耐えられないんですけど……!


緊張していた肩の力が、すっと抜けていくのを感じる。

セリアはと言えば、満面の笑顔で、うんうんとうなずき――


「このコンフィチュール、とっても美味しいですっ!

 なんだか、ルナリア様みたいで……その、ふわっ、とろっ、ぱくっ……って……」


セリアは、はっとして口に手を当てると、顔を真っ赤にして俯いた。


沈黙。でも、それはただの沈黙ではなく、あたたかな振動だけが伝わる沈黙。


まひるは肩を震わせ、ナプキンを握りしめながら、小刻みに笑いを堪えていた。


(く……く……、もう、許して……セリアちゃん……!)


――シャルロットは、静かにティーカップを戻した。

その表情に、いつもの微笑がほんの少しだけ深まる。


(少し前のあなたなら――笑いは軽率、冗談は無礼、そんなふうに思っていたのではなくて?)

(セリアの言葉に眉をひそめて、冷たい視線を送っていたでしょうね、きっと)

(でも今、あなたは――)


シャルロットは、そっと紅茶に視線を落とす。

その湯気の向こうに、肩を震わせて微笑む“今の彼女”の横顔が霞んで見えた。


「……ようやく、そんな笑顔を見せてくれるようになったのね」


誰にも聞こえぬ声で、紅茶の香に紛れるように、小さく呟いた。


(これで……“今”のあなたと話ができそうですわね、ルナリア)


シャルロットの瞳に、わずかに覚悟の色が宿った。

その眼差しはもう、“王女”でも、“婚約者の妹”でもなく、“友”としての眼差しだった。


陽射しのなか、紅茶の湯気が春風に溶けていく。


本物の笑顔が、紅茶の香りに交じるようになった――

それが、本当の意味でのお茶会の始まりだった。


***


王立学院・中央庭園《七聖環の園》の木陰


――遠巻きに見える、優雅なティーガーデン。


春の花々に囲まれ、貴族たちが穏やかに微笑み、気品に満ちた会話を交わしている。

その光景を、エミリー・フローレンスは木陰からじっと睨みつけていた。


そして今、視線の先で――


ルナリア・アーデルハイトが、第一王女と聖女セリアと並んで笑っている。


(あの笑顔も、あの所作も……全部“誰かに見せるため”のもの。わたしには、そうとしか思えない)


(……信じられない……)


聖女セリア。


唯一、“本物”だと信じていた存在。

清らかで、誰にも分け隔てなく接する聖女様だけは、貴族たちとは違うと――そう思っていたのに。

それに……わたしにあの、“誓いのスコップ”をくれた。


(あのとき、ただ一人わたしに手を差し伸べてくれたのは、聖女様だったのに――)

(その聖女様まで……あの女に、懐柔されるなんて……)


胸の奥に、じくじくとした痛みと怒りが渦巻く。


昨日の泥だらけの草むしりも、今の柔らかな笑顔も、全部――計算された“偽善”にしか見えなかった。


(結局、貴族は貴族。どれだけ取り繕っても、根っこは同じ。

 “上に立つ者”として、下の者を手懐けて、満足しているだけ……)


爪が手のひらに食い込むほど、強く拳を握りしめる。


(たぶらかされた聖女様が気の毒だわ……)


ルナリアがセリアに向けて微笑む姿が、エミリーの目には毒の花にしか映らなかった。

――その瞬間、エミリーの瞳に、冷たい光が宿る。


(……少し、思い知らせてやらないとね)


(貴族様の“仮面”が剥がれたら――聖女様も、目を覚ましてくださるはずよ)


エミリーは、心の中で静かに計算を始めていた。

――どうすれば、“ルナリア・アーデルハイト”の化けの皮を剥がせるか。


(早速……次の包囲作戦を考えなくちゃ!)


にやり、とその形の良い唇の端を上げる。


春風に揺れる花々とは裏腹に、エミリーの胸の内には――

ルナリア・アーデルハイトを完全包囲する、“緻密で狡猾な策略”の芽が、静かに芽吹いていた。


そして、ゆっくりと踵を返し、誰にも気づかれぬよう、その場を立ち去った――はずだった。


――ズンッ。


「いったっ……!?」


振り向いて歩き出した瞬間、思いきり背後の木に額をぶつける。


「……っ!」


痛みで顔をしかめつつ、慌てて周囲を見渡すエミリー。


(……べ、別に考え事してただけだし!)


ちょうど通りかかった不幸な男子生徒と目が合う。


「あっ……だ、大丈夫ですか?」


と心配そうに声をかけられ――


エミリーは、真っ赤な顔でそのかわいそうな男子生徒を鋭く睨みつけた。


「……なによ、アンタのせいじゃないんだからねっ!」


理不尽な一言を残し、ツンツンと早足で去っていくエミリー。

ちなみに、ぶつかった拍子か、前髪がひと房だけ、ぴょこんと飛び出していた。


男子生徒はボーっとしながら呟いた。


「……俺、見てただけなんだけど……」

「あれが……“平民の氷姫”って噂の子か……。

 うちの学年でも何人か、告白しかけて秒で撃沈したって……」

「見た目は可愛いのにな……」


春風が吹き抜ける中、エミリーの怒りと羞恥だけが、中庭に取り残された――。


……その時は、まだ誰も気づいていなかった。

春の午後のその片隅で、こうしてひとつの“反転の芽”がひっそりと息づいたことを。


――そしてその“作戦コードネームだけ”は、既に決まっていたらしい。


『第十三次ルナリア包囲作戦(作戦詳細は未定)』


……ちなみに、エミリーの前髪はその日ずっと、ぴょこりと立ったままだったそうな。


***


王立学院・中央庭園《七聖環の園》

特設ティーガーデン


春の光の中、ティーテーブルの隅に風が小さな花びらを届けた。

シャルロットは、それに指先でそっと触れる。


(……そろそろ、かしら)

(思ったよりも……名残惜しくなるものですわね)


つい先ほどまで、笑顔とやわらかな笑い声が絶え間なく咲いていた――そんな、夢のようなひととき。


彼女は静かにティーカップをソーサーに戻し、

ゆったりと立ち上がると、集う者たちへと微笑を向けた。


「……本日は、皆さま本当にありがとうございました。

おかげで、春のひとときが、たいへん素晴らしいものとなりましたわ」


その言葉に、セリアがふんわりと微笑み、

ユリシアは静かに一礼する。


そして――ルナリア・アーデルハイトは、ほんの一瞬、何かを迷うように間を置き、

それから、手をそっと胸にあて、ゆっくりと頭を下げた。


その所作は淀みなく、完璧な礼儀だった。

……けれど、シャルロットの目には、かすかに震えた指先と、

わずかに緩んだ唇の端が映っていた。


シャルロットは一人、心の中でふわりと微笑む。


(少し前のあなたなら――

感情など一切見せず、ただ“完璧”であることに執着していたでしょう)


ティーガーデンには、ほのかに紅茶の香りが残り――

春風が、シャルロットの髪をそっと揺らしながら、静かに庭園を撫でていった。


──生徒たちが遠巻きに見つめる中、

ざわめきと視線、うっとりとした感嘆を遺し、お茶会は和やかに幕を閉じた。


ランスロットがシャルロットの椅子を引き、後ろに控える。


シャルロットは優雅に一歩を踏み出した――つもりだった。

けれど、ほんのわずかにドレスの裾を踏んでしまい、つるりと足元がぐらつく。


「っ――あっ……!」


とっさに伸びたランスロットの手が、シャルロットの細い腰をしっかりと支える。


「お気をつけください、姫様」


シャルロットは一瞬、驚いた表情を浮かべ――次の瞬間、ぱっと頬を赤く染めた。


(この程度で動じるなんて……はしたないわ。落ち着きなさい、シャルロット)


「大丈夫ですわ。ありがとう、ランスロット」


そう言うと、すぐにすました顔に戻った。


しかし――その紫の瞳を見開いたままのまひる(ルナリアの姿)は、見逃さなかった。

表情筋に力を込め、顔が緩みそうになるのを必死で抑える。


(……わ、わー、これは絶対フラグ立ってますー!?)

(てことは、王女はサブヒロイン? それで、騎士ルートの禁断イベント!?)

(なんか……見てはいけないもの……いや、いいもの見ちゃったような……やばい……ドキドキが止まらない~)


ランスロットの手を離れ、シャルロットは息を整えるように姿勢を整えた。

その一瞬、テーブルの空気が――すっと、静まった。


――次の瞬間。

すっと立ち上がった、シャルロットの和やかだった雰囲気が、少しだけ変わった。


それまでの柔らかな微笑みを、ほんの僅かに引き締める。

その瞳は、王家の威光を宿す“第一王女”のものへと変わっていた。


ふと、シャルロットの青い瞳がまひるに向けられ――一歩近づく。


ほんの一瞬の静寂ののち、まるで何気ない口調で、それは告げられた。


「ところで、ルナリア。最近のあなたの振る舞いについて、少し話をしたくて」


まひる、フリーズ。 さっきのドキドキは一瞬で凍り付いた。


「……え、あの……わたくし、なにか……?」


セリアもそっと目を伏せ、ユリシアが背後で静かに一礼する。


ランスロットは微笑んだまま言った。


「姫様がそうお思いなら、私から言葉を重ねる必要もないでしょう」


(ひぇっ!? これ完全に破滅フラグじゃないですか!?

 まさかの……破滅フラグ③『王女殿下の怒り』唐突に立っちゃいましたっ!?)


「では、ルナリア……。わたくしの部屋へ、来てくださる? ええ、それでよろしくて?」


「……はい……」


ごくりと唾をのみ込むと、すーっと冷や汗が背中を伝う。


(断れるはずもない……。王女様のお部屋ってことは、もしかして、隠しイベント……!?)

(いやいや、てゆーか、これって……女社長に「ちょっと話がある」って、居酒屋の個室に呼び出された時の気分……え、早くも今日、わたしの命日ですか?)


春の光が満ちるこの場所で一つの仮面が剥がれ――

別の場所で、もう一つの仮面が、誰にも気づかれぬまま、静かに外されようとしていた。

※最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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