第4話「社畜と王子と悪役令嬢と、王女様のとっておきティータイム」 エピソード③
――静寂が流れる中。
ほんの数歩前、「寂しかった」と言った彼――
ラファエルは、まひるを見つめながら、
その淡く青い瞳を縁取る金色の睫毛を、そっと伏せた。
「あの日の回廊で、本当に伝えるべきだったことは、僕のこの気持ちだった。
でも、君は――僕の想像よりもずっとまっすぐに、君自身の想いを伝えてくれた」
まるで、呼吸の間のように、そっと息を吐いた。
「僕は、あの時……いや、もっと前から――
ちゃんと君のことを見ていればよかったのかもしれない」
「……っ」
ラファエルの言葉を受けて、まひるは思わず小さく胸元を押さえた。
自分の胸の奥で、何かが小さく、でも確かに震えていた。
ラファエルは、一瞬だけ視線を伏せた。
けれど次の瞬間、迷いを払いきったように顔を上げ、まひるをまっすぐに見据える。
「だから、君が“今”を生きようとしているように、僕も――覚悟を決めようと思うんだ」
その言葉とともに、春の風がそっと吹き抜けた。
まひるの中の震えていた何かが、確かに――音を立てて揺れた。
それが“自分”の想いなのか、“ルナリア”の想いなのか――もう、わからない。
胸の奥がふわっと揺れて、言葉を編むどころか、何を感じているのかさえ――。
ラファエルは、まひるの顔を静かに見つめる。
まひるは、思わず目を伏せた。
心臓は高鳴ったまま――
唇を開きかけ、言葉が喉の奥で揺れていた。
返したい。何か伝えたい。
けれど、それは――
(わたしじゃ、駄目なんだ)
ルナリアさん“自身の言葉”で、返さなくちゃいけない。
それだけは、はっきりとわかった。
まひるが唇を震わせたまま見つめ返すと――
ラファエルは、少しだけ、何かを察したように――その目を細め、微笑んだ。
そして、そっと一歩、距離を取るように後ろへ下がってから、穏やかに告げた。
「そろそろお茶会のお時間ですね。また、お会いしましょう」
ラファエルは、返事を求めることなく、静かに背を向け――歩き出した。
春風がふわりと通り抜ける。
その残り香だけが、まひるの横顔をそっと撫でていった。
ラファエルの声が風に混じって残っているみたいで……耳の奥が、まだ少しだけ熱かった。
(ただの“代役”なのに――なんでこんなに、心がざわつくんだろう)
(ルナリアさん、いま、わたし……気づいたら、“あの人の言葉に応えたい”って――思ってました。
……でも、これはルナリアさんのため。きっと、ね?)
まひるは軽く首を振ると、頬の熱を冷ますように両手で顔を包む。
そして、名残を引くようにそっと王子の背中を見やった。
(ちょ、ちょっと待って!?)
(これ……まさか、“攻略ルート突入”ってやつじゃ……)
(いやいや、落ち着けまひる。そんなわけない。第一条、第一条……!)
まひるは、混乱した心を抱えたまま――
どこかふわふわとした気持ちで、その背中を見送っていた。
春の風に、春色のドレスの裾が揺れる――
……王子が残した風、きっと……ルナリアさんの胸にも、届いてるはず。
だって、こんなにも――わたしの胸の奥にも、震えながら残っているのだから。
それはまだ、小さな芽吹きだけれど――
春の光に照らされて、やがて花開く気がした。
……それが、“誰の想い”なのかさえ、まだ――わからないまま。
***
――王立学院・中庭の一角
中庭の一角――
純白のティーテーブルに、白い椅子。
いつもなら真ん中に据えた花瓶に控えめに生けられた花が目に入るところだが――
今日は色とりどりの三本の日傘が、仲良く丸く並んでいた。
休日にもかかわらず、茶会の噂を聞きつけた――
例の令嬢三人組が、開いた日傘に隠れてひそひそと顔を突き合わせていた。
「ねえ、まず確認ですわ……ルナリア様って“フラれた”のでは?」
「殿下は“新しい聖女様”にご執心で、もう”婚約者”とは終わったって……」
「だから私たち、“かわいそうな令嬢”に優しくしてあげるはずでしたわよね?」
パニック状態の3人、口元を押さえながら目を見開く。
もはやいつもの見事なユニゾンやアルペジオではなく、完全に不協和音だった。
「今日のお茶会だって、ルナリア様は空気になる予定だったのに!」
「だからさりげなく“私たちがいて良かったわね”ってマウント取る作戦だったのに……」
「……この“気遣いの花束”だって、“純粋な友情”って名目で渡す予定でしたのに……」
(うわああああああああッ!!)
――心の中で叫ぶ音が、回廊の屋根を突き抜けそうだった。
「“春そのもの”ですって? 殿下があんな……っ、まさか、こんな形で逆転なんて……!」
「“昔よく着ていた”ですって!?――幼馴染、再点火だなんて!」
「あの“氷の百合”が春風まとって、あんな笑顔を!? 私たち、もう風に散らされる花粉以下……扱いなんて!」
もはや動揺と悔しさで崩れ落ちそうな三人。
でも、地面に倒れ込む代わりに――日傘をそれぞれ、そっと閉じた。
「……っ! 淑女たるもの、感情に呑まれてはいけませんわ……!」
「そうよ、わたくしたちは令嬢。誇り高く、静かに撤退するのですわ……」
「くっ……! とりあえず……この“気遣いの花束”は……置いていきますわ……!」
「このあと、“どうやって今日の恥を忘れるか”について話し合いましょう!」
「あの木陰のベンチで……いちごジャムはわたくし持ってきましたの……っ」
「……わたくしたちって、こういう時でも一緒なの、ちょっとだけ嬉しいかも……」
三人はくるりと背を向け、レースの日傘を揃えて開き、何とも言えない哀愁を漂わせながら、日陰へと消えて行った。
三人のいたティーテーブルの花瓶には、華やかな“気遣いの花束”が、
誰にも贈られることなく――風にそよいでいた。
その哀愁はまるで――
文化祭前日に推しにフラれた実行委員のようだった――はずだったが。
「……でも次こそはって、またちゃっかり登校してくるのが――わたくしたちの強さですわ」
「ええ、見事に散ったとしても――何度でも咲いてみせますから」
「ですから、“次の作戦会議”も、ちゃんと開きますの! お茶といちごジャムを用意して!」
立ち直りの早過ぎる三人の背中からは――
なぜか、次の勝利を信じている気配が、確かに漂っていた。
*
――その頃、春風の残り香と一緒に、まひるの心もまだ、ふわふわと揺れていた。
(うう……そろそろ、お茶会に行かなくちゃ)
そう思って歩き出そうとした、そのとき――
目的地、”特設ティーガーデン”のある《七聖環の園》の方角から、やたらと自信満々な鼻歌が聞こえた気がした。
聞いたことあるような……それに……これは、薔薇の香り!?
(……え、なんか……嫌な予感しかしないんですけど?)
(今回は全力で回避です! 社畜的には、地雷案件は即撤退が基本!
転生してまで残業したくありませんので!)
まひるは小さく首を振りつつ、足を速めて特設ティーガーデンへと向かった。
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