第4話「社畜と王子と悪役令嬢と、王女様のとっておきティータイム」 エピソード②
王立学院・中庭(寄宿舎につながる回廊近く)
春の陽ざしが木漏れ日となって、白い石畳をやさしく照らしていた。
やわらかな風が吹き抜け、庭園の花々がそっと揺れる。
何かが、そっと始まりそうな――そんなうららかな春の気配が、あたりを満たしていた。
寄宿舎と中庭をつなぐ回廊を抜け、まひる(ルナリアの姿)は《七聖環の園》で開かれる王女のお茶会に向かっていた。
陽を受けてふわりと光るサーモンピンクのドレス。
花咲く庭の中を舞うように歩く彼女の姿は、まるで“春そのもの”のようだった。
歩きながら、まひるは昨夜の“ふたりきりの女子会”を思い出していた。
大半は自分の質問攻めとテンション高めの解説だったけど――
ルナリアは、必要なことはちゃんと教えてくれた。
(そういえば……”お友達”の話は、結局はぐらかされたままだったな……。
そういうの、慣れてないのかも。 ルナリアさん……ひとりが多いのかな)
(でも、なんだかんだ、優しいところ……あるんだよな~)
そのときの会話が、ふとよみがえる。
(……元はと言えば、あなたの“善行”が原因でしたけど)
『えー!? むしろ破滅フラグ②「奉仕日の暴言」自力回避は、わたしの貢献度MAX評価で査定に反映されるべきでは!?』
(“暴言”……ふふ、そうですわね。確かに、少し前のわたくしなら――
“誠意ある忠告”が、そう受け取られていたかもしれませんわね……)
(それにしても……その“破滅フラグ”というもの、どうやって管理するのかしら?)
『それそれそれ! 今いちばん大事な話! ルナリアさん、ちゃんと聞いてくださいね!』
『――まひる流・破滅フラグリスク管理・三か条!』
『一つ、フラグは「折れた」と思うな、「寝てるだけ」と思え。
二つ、フラグは「立つ前」に潰せ、「立ってから」では手遅れと思え。
三つ、フラグを立てるのは「他人」ではなく、「自分」と心得よ!』
『ね、聞いてます?』
『ちなみに、すでに折ったのは“夜会の婚約破棄”と、“奉仕日の暴言”ね!』
『でも特に注意すべきは――やっぱり、第一条です! 油断して足元すくわれるパターン!
ね? ルナリアさん? 聞いてます??』
(すゃー……)
思わず、くすっと微笑みがこぼれる。
(ふふ、あの時、ルナリアさん落ちちゃって……結局、起こす羽目になったんだっけ)
(……でも、この一つ目が厄介なんだよな~。折ったと思ったら、ポンっと起き上がるやつ)
考え事をしながら歩いていたそのとき――
「……ルナリア」
ビクッ。
思わず肩が跳ねる。
背中越しに届いた声は、やさしくて、少しだけ胸の奥がくすぐったくなるような響き。
振り返る前から、誰なのかはわかっていた。
けれど、それでも――
ゆっくりと振り返ると、そこにいたのは――やはり
第一王子にして、ルナリアの婚約者。
――ラファエル・エリディウス・セレスティア。
風に揺れる金髪、淡く澄んだ青い瞳。
彼はその場に立ち止まったまま、やわらかな笑みを浮かべていた。
(――ッ!? ちょ、ちょっと待って!?)
頭の中に、“イベント発生”のSE(効果音)が鳴り響いた。
(――ラファエル王子と、予告なしのエンカウント!?)
(ゲームならセーブデータ3つは作り直すやつ!
でもこれは現実。ノーセーブ・一発勝負……ガチでミスれないやつなんですけど!?)
(やばっ、ど、どうしよ~。
あの“白亜の回廊”で、ルナリアさんが“気持ち”をぶつけて以来だし――
ルナリアさん起きて!! ルナリアさーん!! うぅ……まだ寝てるか……)
(今ここで、ルナリアさんとしてのベストムーブって……何!?)
(そうだ、こういう時こそ――乙女ゲー選択肢!)
(えっと……
“1. かわいく微笑む”
“2. そっけなく流す”
“3. ツンで誤魔化す”……)
(……あとは……“4. ダッシュで逃げる”は、この状況じゃ選択肢にないし!)
あたふたと騒ぐ心の中とは対照的に――
王子は落ち着いた声で話しかけながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「……おひとりで、お散歩ですか?」
(よし、“1. かわいく微笑む”!)
まひるは、少し引きつりながらも、なんとか微笑むことに成功……した……たぶん。
「殿下……。ええ、少し……シャルロット王女殿下に、お茶会にお誘いいただきましたの」
(やばっ、なんでこんな時に妹さんの名前を……変に聞こえてないといいけど)
まひるの心拍数が跳ね上がる。
「シャルロット……妹とは、今でも仲がいいんだね」
(大丈夫そう……だけど)
(“妹とは、今でも”って……なんか、引っかかるなぁ)
ラファエルの視線が、一瞬だけふわりと揺れた。
「……その春色のドレス。懐かしい色だね。昔、よく着ていた色……」
「少し驚いたけど……すごく、似合ってる……まるで――春そのものだ。
……また、こうして春色の君を見ることができて、僕も嬉しいよ」
(喜んでくれてるんだ……なんか、わたしも嬉しい……かも)
(でも……それ、ミレーヌさんも言ってたっけな。ここでベストな返しは……)
その一瞬――まるで、ルナリアさんがそっと代わってくれたかのように。
自然と、微笑みが浮かんでいた。
そして、気がつけば――
「……少し、懐かしくなりまして」
と、まひるは静かに言葉をこぼしていた。
すると、ラファエルははにかんだような笑みを浮かべ、小さくうなずいた。
(よし、通った!……たぶん通った!)
(さあ、王子との会話……ここからが、大事な大事なフラグ管理ゾーン……!
次は……わたしからあのことを――)
(ん? それ、聞いちゃっていいんだっけ?)
(夜会で、王子がセリアちゃんの手を取って囁いて、セリアちゃんも微笑み返して……
その後もふたりの手は最後まで離れなかった……。
あれって――やっぱり「好き」ってやつ……なのかな?)
(あのセリアちゃんの”天然爆弾”の時も、ルナリアさんは“聞かない”って決めてたよね。
なのに、いまの私は――なぜだか、どうしても気になってしまう……けど)
(……だめだよ。ダメに決まってる。そんなの――裏切りだよ)
(でも、乙女ゲー攻略とかじゃなくて、心が勝手にざわついて――聞かずにいるのは苦しいよ)
まひるは、ぎゅっと両手を握った。
(だから、せめて……ほんの少しだけ。遠回しに――ルナリアさん、許してくれるかな)
小さく息を吸い、顔を上げる。
「――そう……あの、先日の夜会で……」
話し出すと、ほんの少しだけ、胸がちくっとした。
「……セリア様とのご様子、とても素敵でしたわ。
本当に……お似合いでいらっしゃいました」
(皮肉になってないよね……うん、きっと大丈夫)
そう言ったまひるの声は、どこかよそよそしく、それでいて――
ほんのかすかに、震えていた。
まるで、“誰のものでもない感情”が、声の奥でひっそりと揺れていたみたいに。
ラファエルの視線が、少しだけ伏せられた。
「そう……、見ていたんだね」
(……やっぱり、セリアちゃんのこと……好き、なのかな?)
そう思った途端、胸の奥が、誰にも見えない針でちくりと刺されたみたいに――痛んだ。
やがて、ラファエルはふっと微笑んで言葉を紡ぐ。
「誰の心にもまっすぐ届く笑顔を持つ聖女様は、まさしく昼の光だ。
でも――月の光もまた、夜にこそ、人の道を照らすものだと、僕は思う」
その言葉を聞いた瞬間、心臓が跳ねた。
(詩人か! おっと、つっこんでる場合じゃない)
(セリアちゃんのことも褒めてるし……ルナリアさんのことも……
どっちを見てるの? それとも――両方?)
頬が少し熱くなるのを感じる。
そして、胸が、少しだけ締めつけられる。
だが――
「けれど……」
ラファエルの声の調子が変わる。 視線が、真っ直ぐにこちらを見据えていた。
「僕が知っている君もまた……誰にも見せない強さを持っていた。
誇りと、意志と、そして……月のように、誰にも気づかれずに、夜に灯る優しさもある」
まひるは思わず息を呑んだ。
「……今の君が、時折見せる笑顔を見ていると――
あの頃の君が、少しずつ戻ってきているように思えるんだ」
(……あれ? え? なんか思ってたより……ルート分岐フラグ……?)
(やばい、ルナリアさん! これどうしたらいいの!?)
(……こんな時のテンプレ選択肢、どこかにあったっけ……)
もう、選択肢どころか言葉も……出てこなかった。
自分が今、どんな表情をしているのかもよくわからない。
視線を逸らすこともできず、ただ――目の前のまっすぐな瞳を、見つめるしかなかった。
ラファエルは、ひと呼吸おいてから、そっと一歩だけ距離を詰める。
そして、まるで秘密を打ち明けるように、やさしく囁いた。
「……あの夜、君が来てくれなかったとき――少しだけ……寂しかったよ」
その一言が、胸の奥に染み込むように、静かに広がっていくのを感じた。
これはもう……乙女ゲームのセリフ回しでも、選択肢でもない。
(――あ、いまの……ほんものだ)
頭の中で流れていた“BGM”が、ふっと消えた。
その瞬間、自分の中で――カチン、と乙女ゲー脳のスイッチが音を立てて切れた気がした。
気づけば、まひるの中には、現実の風と、彼の声だけが――しん……と残っていた。
そして――胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
……どうして、こんな気持ちになるんだろう。
そもそも、これが“自分の気持ち”なのかさえ、わからない。
ただひとつだけ、はっきりしていたのは――
今回のエンカウントイベントでは、
もう、“シナリオ通りの選択肢”は、浮かんでこないってこと。
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