表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/182

第4話「社畜と王子と悪役令嬢と、王女様のとっておきティータイム」 エピソード①

第4話 「社畜と王子と悪役令嬢と、王女様のとっておきティータイム」


――奉仕日の翌朝。休日。


春風にカーテンが揺れる朝――

ルナリア・アーデルハイトは、豪奢なベッドに沈み静かに眠っていた。


前夜、“予想外に本気を出した奉仕活動”で心身を酷使し、

さらにその後、脳内でまひると延々と会話を繰り広げた結果――


珍しく、深夜まで眠れなかった。


そして今――


――爆睡。


陽の光をうっすらと受けたレースの天蓋、

ふかふかの羽毛布団、なめらかなシーツ。


やわらかな寝具に包まれ、まるで王子の接吻を待つ眠り姫のように眠るルナリア。


こんこん──ガチャ。


「お嬢様、ミレーヌです。失礼いたします」


静かに扉を開けたのは、黒を基調としたクラシカルなエプロンドレスをまとった少女。

栗色のツインテールをなびかせ、腰の大きな白リボンがふわりと揺れる。


小さく背伸びして、リボンの端を軽くつまむと、指先でそっと整える。


彼女の名は――ミレーヌ・アルヴェール。


王立学院に通う中等部の生徒でありながら、特例で寄宿舎への住み込みが許された存在。

そして、気高き“氷の百合”――ルナリア・アーデルハイトの専属侍女である。


若き使用人ながら、その忠誠心と、時に鋭利すぎる“正論毒舌”で知られる、少し風変わりな侍女でもある。


「……あら? ルナリア様……?」


ベッドに近づいたミレーヌの目に映ったのは――

まるで”眠り姫”のように微動だにせず、深い呼吸を繰り返す“氷の百合”の姿。


(……おかしいですね。休日のこの時間なら――

窓際で紅茶を口にしながら、すました顔で本を読んでいるはずなのに)


これはまさかの――爆睡。


ミレーヌはわずかに眉をひそめ、小さく首をかしげた。


(また……昨夜も、何か“ご活動”があったのでしょうか)


ちょっとした悪戯心が芽生えて、ベッドにそっと歩み寄ると――

ルナリアの形の良い耳元へ、少しかがんで口を寄せ、小声で囁いてみた。


「――噂では、昨日、王子様をお背負いになって階段を駆け上がったとか……」


「ひぃっ!? そ、それっ、筋肉全振りで好感度が地面にめり込むルートぉおおっ!」


ばっ!


跳ね起きた“ルナリア”に、ミレーヌはびくんと肩を震わせ、思わず半歩後ずさる。


「……え? い、今のがそんなに……? ほんの冗談のつもりだったのですが……」


(……ほんのひと刺しのつもりでしたのに。どうやら、ちょうど琴線に触れてしまったようで)


ぱたん。すゃ~。


わけのわからない悲鳴を残して、再び寝息を立てるルナリアを見下ろしながら――

ミレーヌはふぅっと小さく息を吐いた。


(やっぱりこのお方、“氷の百合”なんかじゃありませんわ……)


そのとき――


「ふぁああ……おはようございますぅ~」


まるで先ほどの悲鳴などなかったかのように、

のびをしながら、ふわっと瞼を開いた“ルナリア”。


だが――それは眠り姫の皮をかぶった社畜。

まひるの目覚めだった。


「あ、ミレーヌさんこんにちは……えーと、今って、何時ですか?」


その気の抜けた口調に、ミレーヌは一瞬、ぽかんと目を見開いた。


(……え?)


「お目覚めには違いありませんが……。

 失礼ながら、今日のルナリア様……寝起きの抱き枕のような雰囲気と申しますか……」


ミレーヌは眉をほんの少し寄せると、寝ぼけたルナリアの顔を、じとり、と目を細めて見つめた。

そして、小さくため息をつく。


(まるで別人……いつものルナリア様が彫刻の女神様なら、今日はもう、“粘土細工の女神様”です)


いつもの冷ややかで気品ある佇まいとは真逆の、ふにゃっとしたルナリア。

言葉づかいも所作も、どこか“らしくない”。


「ルナリア様がこの時間までお寝坊するなんて、わたしの方が時間を間違えたかと思いましたけど……」


「んと、ルナリアさんはちょっとお疲れで、いまは……えーと、寝てて……」


「は、はあ……?」


ミレーヌは困惑したまま、眉根を寄せてその寝ぼけ顔をじっと見つめる。


(いつもなら、背筋をぴんと伸ばして目を細め、

『ティーセットの準備は?』っておっしゃるのに……

今日は、なんですかこのふにゃふにゃ具合)


「……まあ、理由はよくわかりませんけど。元気そうなら、それでいいです」


そう言いながら、くるりと背を向け――

腰元の大きなリボンがふるり、と揺れる。


そしてミレーヌは、目を伏せたままスカートの裾をそっと握りしめて、

少しだけ声を低くし、ぽつりとこぼした。


「……もう少し手加減してくださいね。次に花壇に飛び込んだら、今度こそ本気で辞めますから……」


けれど、その手をほどくように深く息をつく。


「……ただし、どうしてもって仰るなら――せめて、泥が目立たない服を選ばせてくださいませ」


(……ほんとに辞めちゃう夢、見たんですからね。結局、起きたらしれっと着替えてましたけど……)


と、そのときミレーヌが目を見開き、口元に添えていた指先がぴたりと止まる。


「……あっ、いけない……!」


思わず背筋を伸ばし、ぱたぱたと小走りでデスクに向かうと――

胸元から一通の封書を取り出し、包み布を開きそっと置いた。


王家の封蝋が施された、それはまさしく――シャルロット王女殿下からの手紙だった。


「王家より、お茶会のお誘いが届いております。

第一王女シャルロット殿下より、正式にご指名を賜っております。

会場は王立学院《七聖環の園》の特設ティーガーデンにて――」

「……お時間につきましては――

お嬢様のお目覚めが少々“優雅”すぎましたので、モーニングティーを召し上がるご猶予は……ないかと存じます」


「お、お茶会……!?」


乙女ゲーの香りがするワードに、まひるの脳内にスパークが走る。


(……待って、第一王女って、攻略対象の妹で、しかも……周辺人物!?

てことは……高確率で破滅フラグ案件じゃ――!?)


「……行きます。というか、今行かないとまずい気がします!」


一瞬で“乙女ゲーモード”に切り替わるまひる。


「承知しました! では、ドレスを……」


ミレーヌが衣装棚を開くと――

ずらりと並ぶドレスたち。色とりどり、布地も刺繍も超一流(たぶん※まひる注)。


まひるは、しばしの間、目を奪われる。


(うわ……きらきら……ほんとにご令嬢なんですね、ルナリアさんって……)


まひるは目を輝かせながら、宝物に触れるように、ひとつひとつのドレスにそっと指先を滑らせていく。


そのとき――指先が、ふわりとやわらかな布に触れた。


触れた瞬間、胸の奥が不思議な温かさで満たされる。


それは、淡い光をまとったような、サーモンピンクのワンピースドレス。


「……これ……かわいい……」


まるで、いまの自分の気持ちに、そっと寄り添ってくれるみたい――

そう思わせる、やさしい色だった。


ミレーヌは、ふっと息を呑んだ。


(えっ……暖色……? いつも通り、紺か青系統をお選びになるかと……。

 今日のお嬢様……なんか、やわらかすぎて逆にこわい……)


まばたきも忘れ、ルナリアのほっそりとした指先と、光を帯びたその生地から――目が離せなかった。

ゆっくりと、言葉を探すように、けれど警戒心を隠しきれない声で口を開いた。


「……そのドレスの色、妃教育が始まる前、よくお召しになっていた色……ですね」


「えっ、そうなんですか?」


「はい……ですが、妃教育の指南役から“王妃にふさわしい色ではない”と却下されて以来、一度も……」


ミレーヌは一呼吸し、ほんのわずかに視線を伏せた。


(でも……衣装選びのとき、あのドレスの前で指が止まることは、何度か……ありました。

 ほんの数秒。でも……あれは、迷っていたのでしょうか? それとも――)


まひるは、そっとそのドレスを胸に当てて、鏡を見ながら微笑む。


「ふふ。じゃあ、今日はこの色、着てみます」


「……っ!?」


ミレーヌは、ルナリアのその無邪気な微笑みに、思わず胸元で手を重ねた。


(え……こんな顔、いつ以来……?

 今日のお嬢様、なんだか……かわいすぎませんか……?)


ほんの一瞬、胸の奥がふわりと熱を帯びる。


(……これ、寝起きテンション? “女神の気まぐれ”ってやつ?

 それとも、新たな“奇行カテゴリ”の発掘……?)


内心で軽く混乱しながらも、思考を立て直す。


「……今日のお嬢様、ほんとかわいいですけど……ちょっとずるいです」


でもその声音には――呆れと、ほんのり甘さの混ざった響きがあった。


(……今日のお嬢様が“かわいい”のは、どう考えても反則ですが……。

 でもまあ、こんなお嬢様も、わたしは嫌いじゃないですよ……たとえ朝からぐだぐだでも。

 ……ええ、仕方ないですわ。お嬢様の“かわいい”は、最強ですもの)


***


ミレーヌの手伝いでなんとかドレスアップを終え、学院の中庭へ向かうまひる(ルナリアの姿)。


(うふふ、まるで乙女ゲームのイベント前ムービーみたい……!)


淡いサーモンピンクのワンピースに、控えめなリボン帽。靴も色味を合わせて、全体はやわらかな春の装いにまとまっている。

ドレスに合わせた、ミレーヌの見事なコーディネートである。


小鳥がさえずり、風は穏やかに頬をなでる。


まひるはすっかり上機嫌で、破滅フラグのことも――

まるで春のやわらかな風に溶けてしまったかのように――

ぜんぶふわっと忘れ、軽やかに歩く。


(わあ、花が……咲いてる。風も、きもちいいなあ……)


こんな何気ない朝に、こんな気分になるなんて――

……ちょっと、贅沢かも。



「……なに、あれ。ほぼスキップじゃないですか。あんなの、かわいすぎ、です……って……」


その背を、部屋の窓辺に肘を添えて見送っていたミレーヌが、ぽつりと呟く。

その丁寧な口調とは裏腹に、声にはむくれと、わずかな照れが混ざっていた。


手には、さっきまでルナリアの部屋の掃除に使っていた羽根はたき。

いつの間にか動きを止めたまま、その柄を胸元で両手に抱えて――じっと見つめていた。


春風がそっと吹き抜け、栗色の髪の上でヘッドドレスがふわりと揺れる。

けれどその視線は、風に流されることなく、ただ一心にその背中を追っていた。


「しかも、“似合ってますわ”って言った瞬間……あんな笑顔で返されるなんて……

ほんと、ずるいにもほどがありますわ……」


そっと顔をそむけ、小さく拳を握る。


(……またしても、不意打ちでときめかされた気がします。

 ほんと、あのお嬢様には油断も隙もありません)


ふぅっと息を吐いて、ミレーヌはぽつりと続けた。


「……なんかこう、“春の化身”って感じですよね……」


(きっと、もともと“ああいう方”だったのかもしれない――。

 ……だとしたら、わたしは今まで何を見てたんでしょうね)


「……ほんともう、照れて損しましたわ……」


照れ隠しのように頬をふくらませながらも、視線はそっと、名残惜しげに

――その背中を見送り続けていた。



一方、その姿を見た学院の生徒たちは、すでにざわめき始めていた。


「……ルナリア様? えっ、あんな明るい色……?」

「似合いすぎる……」

「……わ、ほんとに……」

「なんか、やわらかい雰囲気……でも、気品はそのまま……!」

「あの“氷の百合”が……春の陽気で溶けた!?」


最初は戸惑い、次に驚き、やがて、息を呑むような静けさが広がっていく。


見守る侍女たち、生徒たち、教師たち。

それぞれが、目の前に現れた“変化”に言葉を失っていた。


ただ美しいだけの人形ではない。

内面からあふれる生命力と、気まぐれな春風のようなやさしさ。


──まるで、本物の“春”が、人の姿で歩いてくるようだった。



うららかな庭園を春風をまとうように歩く、ひとりの令嬢。

その姿は、まさに“春そのもの”だった。


けれど――春が芽吹かせるのは、草花ばかりとは限らない。

すれ違う”ふたつの心”にも、まだ名もなき芽が、そっと顔を出し始めていた。

※最後までお読みいただき、ありがとうございます!


お気に召しましたら、評価やブックマークをいただけると嬉しいです。

★やブクマをしてくださった皆さま、本当にありがとうございます!

皆さまの励ましを糧に、これからも毎日更新、がんばります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ