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【閑話】「社畜と悪役令嬢と、薔薇の貴公子」

【閑話】「社畜と悪役令嬢と、薔薇の貴公子」


――王立学院・中央庭園《七聖環の園》の薔薇園。


奉仕日の午後のこと。


パチ……パチ……。


枝葉を丁寧に取り除く、乾いた音だけが、静寂の中に響く。


風が、薔薇の花弁をふわりと揺らし、

銀を帯びた金糸の髪を、そっと宙に舞わせる。


静謐な庭園の一角にある薔薇園の中心で、彼女は――

優雅な所作で、そしてどこか冷ややかに、ひとり剪定バサミを動かしていた。


「……なんで、わたくしがこんなことまで」


ため息交じりに呟きながらも、その口元はどこか楽しげに緩んでいる。


その静寂の中で――

剪定の音すら、この薔薇園の静けさを構成する一部のように、自然に響いていた。


王立学院の敷地内、中央部に広がる庭園――

そこは、七柱の英雄像が環を成して並ぶ“聖環”に護られた、学院随一の格式を誇る場所である。


中央の泉から湧き出す澄みきった水には、建国叙事詩に謳われし七英雄の加護が宿るとされている。

その泉を取り囲むように、四季折々の花々が咲き誇り、昼は陽光に、夜は月光に照らされて――

まるで花々が、“光の王冠”を編んでいるかのように見えるという。


そして今――

“光の王冠”の中でもひときわ輝く、薔薇園の静域に。

気高い光をまとい、そこに佇んでいたのは――ルナリア・アーデルハイト。


そこだけが、まるで時間に取り残されたかのように――凛とした気配をまとい、静謐に、美しく在った。


そんなとき――


「おや……この薔薇園に、これほどの華が咲いていようとは」


静謐な空気を、突如――

ねっとりと艶を帯びた声が、無遠慮に切り裂いた。


絵画のような静けさを、見事なまでに四散させ――

満面の笑みを浮かべた男が、まるで主人公のように颯爽と現れた。


薔薇の濃密な香りが漂う中、キラキラ・サラサラな髪が風に悠然となびく。


「ルナリア様。本日も、その気高さと美しさに、私の心は撃ち抜かれました」


クラウディオ・ベルトラム男爵令息。


整った顔立ちと、どこか芝居がかった艶やかな所作――

だが、すべてが、どこか“惜しい”。


ルナリアの瞳にこの男が映り込むと、脳内にまひるの声が響き渡った。


『キター! この薔薇を差し出す系美男子! 絶対サブ攻略ルート!!』


(……まひるさん、静かになさい)


風が、薔薇の間をすり抜け、薄く甘い香りを運んでいた。

その香りを胸いっぱいに吸い込むように、クラウディオは満足げに目を細めた――


「今日もまた、土にまみれた麗しの君よ」

「舞踏会を照らしていた月も、君の瞳ほどには輝いていなかった……。はず……たぶん……」


『あれ……セリフ、だいぶ雑じゃない……?』


(それより、“今日もまた”って……どういうことですの? まひるさん?)


『えっ、いやそれはその……記憶にございません!』


(……後で詳しく聞かせていただきますわね?)

(ま・ひ・る・さん)


『ひぃっ……!』


クラウディオはと言えば、そんな会話が交わされているとも知らず――

金糸の髪をふぁさとかき上げ、風に乗って煌めく光の粒が舞う。


そして――まるで当然のように、先ほどまでルナリアが剪定していた枝から、薔薇を一輪、くいっと摘み取った。

美しく整ったルナリアの眉が、ほんのわずかに――ぴくりと動く。


「この薔薇のように、貴女の棘すら愛おしい。本日もまた、受け取って頂けますか?」


『まさか……まさかね……?』

『……うん、違った。完全に量産型チャラ男だコレ』


(……この薔薇男、肥料に回した方が有意義ですわね)


『ルナリアさん、せめてドライフラワーにして記念に! いやもうだいぶ乾いてるかもだけど!』


ルナリアは、その薔薇に視線すら落とさず、

冷えた空気をまとうように――音もなく、一歩、前へと進み出た。


静かに、土に汚れた白い手袋を脱ぎ――その指先で、剪定バサミをゆっくりと持ち上げる。


「先日のことなど、記憶にありませんが――

薔薇の扱いも知らずに、薔薇を語るとは。……滑稽ですわね」


バサリ。

空気を裂くような鋭い音とともに、剪定バサミの先端が、クラウディオの胸元へと突きつけられた。


「そんなに“切る”のがお好きなら――」


にこり、と冷たい笑み。


「その“手癖”が本物か、存分に試してごらんなさいな」

「枯らさぬように。せいぜい、腕を磨くことね?」


そして、もう一歩。ルナリアは腰をかがめ、囁く。


「薔薇が美しく咲くには――

“余計な枝”を、きちんと剪定しておく必要がありますのよ」


ルナリアの紫の瞳が冷たく光り、細くなる。


「それとも……わたくしの手で、あなたの“余計な枝”を剪定して差し上げましてよ?」


シャキン。


鋭い金属音が耳元を震わせる。

そして次の瞬間、クラウディオの手には剪定バサミが握らされていた。


「……くっ……その冷たい瞳もまた、美しい……!」


頬を紅潮させたまま、彼は恍惚と呟く。


ルナリアは踵を返し、背を向けたまま告げた。


「わたくし、雑草は見つけ次第――容赦なく、根ごと引き抜く主義ですの

――覚悟して、しっかりと根を張りなさいませ。ベルトラム男爵?」


揺れる薔薇の香気が、彼女の後ろ姿を淡く包みながら、ルナリアは園を後にした。

その背に漂っていたのは、薔薇の棘どころか――美しき刃のような、鋭い威圧感だった。


残されたクラウディオは、手の中のハサミを見つめながら――


「……あれが、“高嶺の薔薇”……いや、まさに触れれば傷つかずにはいられない薔薇そのもの……!」


陶然と呟くと、彼はその剪定バサミをそっと胸に抱き――


「……これが、彼女が遺した“試練”……いや――選ばれし者だけに託された、“運命のハサミ”……!」


そして次の瞬間、真顔でつぶやく。


「……剪定……まさにこれこそが、薔薇と気高き乙女を愛する者の極意……!」

「そうか……花は語るより、育てるもの……! ふふ……完璧だ……!」


その瞳は、なぜか剪定技術の習得に燃える男のものになっていた。



その様子を遠巻きに見ていた学院生たちは、呆れたようにヒソヒソと囁き合う。


「つーか、クラウディオ様、また撃沈してるし……」

「でもルナリア様、今日はバッサリで最高だったな」

「ほんと、あの冷たさがたまらん……! 俺、あんな風にバッサリ斬られてみてぇ……」

「やめとけ。下手すると“雑草認定”されて根っこごと抜かれるぞ」

「いやいや、“雑草”扱いされたのに、さらに燃え上がっているクラウディオ様もある意味すごいだろ……」


――そして後日。

彼は、懲りずにハサミと一輪の薔薇を携え、再び《七聖環の園》に現れることになる。

それが、新たな“悲劇”――いや、“喜劇”の幕開けとなることも知らずに。



クラウディオと別れた後、校舎へと戻るルナリアとまひる。


『ねぇルナリアさん、もしまたあの人、変なポエムとか持って来たらどうします?』


(そのときは――そうね。無駄な言葉も、余計な枝も……スッと喉元から剪定するのが一番ですわ)


『喉元って何!? 今、一瞬……音が消えたんですけど!? いま、斬られた薔薇の気持ちがわかった……!』


(ふふ……。それで――まひるさん。先日の話、詳しく)


『いやいや、“根ほり葉ほり”聞き出されたら、死にます……ほんとに……』


***


王立学院の寄宿舎(夜)


月の光が、ルナリアの眠りを優しく照らす頃――

寄宿舎のとある部屋では、一枚の封書が、そっと開かれようとしていた。


王家の封蝋が施された、一通の手紙。

宛名は――「公爵令嬢 ルナリア・アーデルハイト」


月明かりの下、白い手が封書の封を静かに割った。

静寂の中で響いた、その音は――新たな物語の始まりを告げていた。


それは新たな“破滅フラグ”の予兆か、それとも――。

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