表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

175/180

第15話「社畜と悪役令嬢と、王家の休日」 エピソード㉒

グランツハイム城下町・湖畔通り

レストラン《ル・ボール・デュ・ラック》・テラス席


「……どうやら、第二代皇帝に即位するのは僕のようだ」


アルフォンスが椅子を引き、ゆっくりと立ち上がった。

その表情には、いつもの柔和さとは少し違う、妙に真剣さが宿っている。


(……アルフォンス様が皇帝……?)


『あ、これ……絶対ルナリアさん狙いですよ!』


太い棒を引き、そっとひっくり返すアルフォンス。

そこに記されていたのは――


「……『頭を撫でる』、か」


その瞬間、彼の目がきらりと光った。


(ルナに……撫でられたい……かも)


少し頬を赤らめつつ、息を整えるアルフォンス。

その胸中を知る者はいない――はずだったが、まひるだけは察していた。


『うわ〜〜〜顔に出てるよアルフォンス様!

 乙女ゲーならここ、ヒロインががっつりフラグ立てるポイントですよっ!』


アルフォンスはわざとらしくゆっくりと視線を巡らせ――


「では……①番!」


ぴくり、とルナリアは小さく肩を震わせ……なかった。


(……④番、ですものね。わたくし……)


『おおっと!? これは誰からも反応なし! 空振りッ!!』


アルフォンスの顔が、「期待」から「えっ……」に一瞬で変わる。

視線を泳がせ、あからさまにしょんぼりした彼に、セリアがにこにこと微笑みかけた。


(どうなさるのかしら?)


『今、アルフォンス様の頭は間違いなくフル回転中です!』


その読み通り、策士アルフォンスの脳内は高速で回転していた。


(……誰も動かない……ということは①番はルナじゃない。

 ポーカーフェイスが得意な人と考えるのが妥当。

 ならば、候補は……ベアトリス、姉上、兄上……。

 セリア様は……)


ちらりとセリアを見れば、いつも通りのにこにこ顔。まったく読めない。


(兄上がルナの頭を撫でる――それだけは……避けたい!

 兄上の左がルナ。だから、左はナシだ……)


正面を見る。ベアトリスがその銀の瞳でじっと見つめている。

右か正面を選んだ場合――


(もしベアトリスが①番なら、撫でられるのは……僕。なんか負けた気がする……)


となれば――残るはひとつおき。

姉上にルナが撫でられる可能性はあるが……それは、まあ許容できる……。


(いや、ちょっと待てよ?)


もう一度、隣のルナリアをちらりと見る。


目を伏せて肩をすくめ、腕を膝の上で組みながら――はにかんだように微笑んでいた。

それは――何かを期待している顔……のように、アルフォンスには思えた。


(も……もしかして!)


ルナは僕の頭を撫でることを期待している!?


(ルナは再び“当たり”を引いていて、一回戦の教訓を活かしている可能性も!?

 左を選べば、ルナに撫でてもらえる――かもしれない!?)


だが――兄上が①番だった場合、ルナが撫でられてしまう――

それだけは避けなければならない。


アルフォンスは深呼吸をひとつして、腹をくくった。


(……ままよ! ええい、賭けだ……!)


「……ひとつおき、で!」


「あっ……」


反応したのは――ラファエルだった。

その瞬間、アルフォンスは凍り付いた。


「……ああ、僕か」


何でもない顔で立ち上がる兄。

その余裕の表情に、アルフォンスは内心で「ぎゃあああ」と叫んだ。


(な、なぜだ……なぜよりによって兄上……!?

 でも、これは……“左”を選ばなかった僕の勝ちでもあるのでは!?)


ラファエルは、なぜか勝ち誇った顔をしている弟の背後に回ると――ためらいなく、頭をわしゃわしゃと撫でた。

癖のある金の髪が、夏の陽射しを受けてきらきらと輝く。


「よしよし」


「うぐぐ!!」


突然のなでなでに、アルフォンスは顔を真っ赤にして身をよじる。


『出ました! イケメン兄弟強制仲良しイベント!! これはCG差し込み案件です!!』


(うふふ、なんだか子供の頃みたいですわ)


周囲は爆笑に包まれた。


「ふふっ……まあ、兄上もアルも。兄弟仲がよろしいですこと」


シャルロットが扇で口元を隠しながら、くすくすと笑う。


セリアは「ふふ」と喉を鳴らして、楽しそうにその様子を眺めている。

ヴィオラは少し目を丸くしてから、口元に手を当ててくすっと笑い、

ユリシアは肩をすくめ、小さく「仲良きことは美しきかな」とでも言いたげな表情を浮かべた。


「素晴らしい……これぞ皇帝ゲームの醍醐味ですわ!」


ベアトリスは目を輝かせ、ぱちぱちと拍手を送る。


(……アル……なんだか満足そうなお顔なのに、同時に悔しそうですわね)


『うわー! 完全に読みを外して、自分が兄上になでなでされるオチ! おいしいなー!!』


アルフォンスはぐったりと椅子に座り直し、わしゃわしゃで乱れた頭を押さえながら小さくぼやいた。


「……ふふふ、僕の勝ちだ……けれど、なんでだろう。負けた気がして……悔しい」


それはまさに、勝負に勝って試合に負けた男の、独り言だった……そうな。


***


アルフォンス皇帝が撃沈した頃、その隣の丸テーブルでは――。


「――ねえ、ライエル。私たちもしよう?」

「うん、しよ!」


ティアナとフローラが、目を輝かせながら同時に言った。


「――えっ!?」「いや、ちょっと待って!?」


エミリーとライエルは思わずハモって小さく悲鳴を上げる。

顔を見合わせたその表情は、まるで「悪い予感がしたときの常識人コンビ」。


「支配人さ~ん!」


ティアナが手を挙げると、支配人は何も言わずスッと現れ、カラン、と音を立てて棒とペン一式を置き、深々と一礼して去っていく――熟練の手際である。


ティアナとフローラはさっそく①~③、そして「皇帝」と記入し、太い棒を二枚ずつ配った。


「ちゃんと面白いこと、書いてくださいね!」

「そう、面白いこと!」


双子姫はぴったり息を合わせ、きらきらと目を輝かせながら顔を寄せ合う。

もはやいたずらを企む小悪魔コンビである。



ライエルはペンを握りしめ、眉間に皺を寄せて思案中。


(……はあ。なんで僕、昼下がりのティータイムで頭脳戦してるんだろう……)


とはいえ、脳はフル回転していた。


(丸テーブルだから“ひとつおき”は意味がない。右・左・正面の三択。

 実行役と対象役が毎回一人ずつ――つまり、二分の一の確率で僕が“やる”か“やられる”。)


(……そしてあの双子が無策で来るわけがない。絶対に、連携攻撃してくる……!)


ちらっと双子を見ると、「あれにしよ」「うん、あれあれ」と囁き合いながら、いかにも悪い顔をしていた。


(……だったら、せめて僕の札は“守り”に徹するしかない!)


目を上げると、そこには唯一の味方と思われる人物が。

正面のエミリーも目を伏せ、うーん、と悩んでいる様子。


(よし、エミリーさんも悩んでる。年上だし、きっと僕と同じ常識的な結論のはず!)


ライエルはカッと目を見開き、ペン先を走らせる。


「合図をする」「変な顔をする」――完璧な安全札。無害。むしろギャグで乗り切れる内容だ。


(ふっ……甘いぞ双子姫。君たちの攻撃、受けて立とう……!

 これでいいですよねっ! エミリーさん!)


内心で謎の勝利ポーズを決めるライエル。



一方、真正面のエミリーは――。


(……ど、どうしよう。これ、書いたら……それをライエルと……!?)


顔を真っ赤にしながら、棒とインクを見つめて固まっていた。


(「手を握る」とか……「頭を撫でる」とか……きゃあああ! エミリー何考えてるの!? 期待してない、期待してないからね!?)


ちらちらと目を上げ、ライエルの顔を盗み見ては、また俯く。


すごく真剣な顔――。


そして、自分がぼーっと見惚れていることに気づき――


「……っ!」


ぱんぱんと頬を叩いて我に返るエミリー。

やがて、ほんのり震える手でペンを走らせた。


その瞳には、ほんの少しの照れと……隠しきれない好奇心のきらめきが宿っていた。



その頃――双子は完全に“作戦会議中”。


「こっち先にやろっか?」

「うん、それでライエルをこうして……ふふふっ」


二人は顔を突き合わせ、時折「きゃっ」と小さく笑いをこぼす。

悪巧み中の顔が見事にシンクロしている。


ライエルは背筋に冷たいものを感じつつ、そっと覗き込んだ。


「ライエルがお姫様だっこする」

「ライエルが肩をもむ」

「ライエルがわたしの好きなところを十個言う」

「ライエルがクッキーを半分こして、わたしとティアナに食べさせてくれる」

「ライエルが――」


「…………」


(主語、全部僕……! 相手、全部君たち……!!)


ライエルはガタッと立ち上がり、拳を握りしめた。


「却下だッ!! 僕はやらない!!」


「え~~!! なんでぇ~~!?」


「なんで、じゃない! 理由は言わなくても分かるでしょ!!」


ぷくーっと頬を膨らませる双子姫。だがライエルは腕を組んで譲らない。

まるで幼稚園児と先生の攻防戦である。


そのとき――ライエルの視線が、エミリーの手元へとふと滑った。


……え?


エミリーは反射的に両手で棒を抱きしめ、真っ赤になってそっぽを向く。

その瞬間、ライエルは確かに見た――「頭を撫でる」と「手を握る」の文字を……!


(エ、エミリーさんっ!?)


ライエルは心の中で絶叫し、その場にへなへなと崩れ落ちた。


(攻撃は双子だけじゃなかった……内側にも敵がいたんだ……!)


――彼の脳裏に、静かに“敗北”の鐘が鳴った。

※最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 もしお気に召しましたら、評価やブックマークをいただけますと、とても励みになります。

 評価・ブクマしてくださった皆さま、改めてありがとうございます(=^・^=)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ