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第15話「社畜と悪役令嬢と、王家の休日」 エピソード⑧

クローネベルク迎賓館

西館三階・ルナリアのスイートルーム(夕方)


先導していた侍女が恭しく身をかがめ、ルナリアをスイートルームへと案内した。


「お嬢様、こちらでございます」


侍女が両開きの扉を開けると、夕陽を浴びた広々とした一室が現れる。

分厚い絨毯は足音を吸い込み、漆喰の壁には精緻な装飾が施され、窓には金糸を織り込んだカーテン。

侍女はすぐさま窓辺に歩み寄り、軽やかに茜色に染まったカーテンを引いた。


「……夕景が美しゅうございます。当迎賓館自慢の景色にございます」


金糸を織り込んだ蒼のドレスに身を包み、ルナリアは窓辺に歩み寄った。

窓から見えるのは、西日を浴びて遠く真紅に燃える、雄大な白竜山脈。

その麓に果てしなく広がる草原が茜色に染まり、空と大地とがひとつに溶け合うように輝いている。


「……ええ、確かに――素晴らしい景色ですわ」


夕陽を受けたルナリアの髪は、銀を帯びた金糸のようにきらめき、纏ったドレスの金の刺繍とともに、光を反射して幻想的な輝きを放っていた。


「これが、”太陽と月のご令嬢”ルナリア様……」


侍女は思わず息を呑み、ついうっとりと見入る。


「……失礼いたしました」


はっとして頭を下げる侍女に、ルナリアは静かに微笑んだ。


「御用があれば、こちらの呼び鈴をお鳴らしくださいませ」


慣れた手つきで銀の呼び鈴を卓上に置くと、一礼して退室する。


「それでは……ごゆっくり」


扉が閉まった瞬間、広すぎる静寂が耳を打つ。

ひとり、ぽつんと取り残されたルナリアは、ほんの刹那、胸の奥に冷たい孤独を感じた。


(……今日はこの後、お食事でしたわね。丘の上のレストランを貸し切られているとか)


『うん! 旅先での食事ってなんだか上がるよね!?』


ふと差し込んだまひるの声に、ルナリアはなんだか少しほっとした。


自然と視線は、部屋の片隅に置かれた白い旅行鞄へと向かう。

蓋にはアーデルハイト家の紋章――ミレーヌが整えてくれた旅支度である。


そっと留め金を外し、鞄を開ける。

整然と畳まれたドレスや装飾品が目に入り、ルナリアは小さく息をついた。


(……さて、どの服を着ていきましょうか。まひるさんも一緒に選んでくださる?)


『はい! 世界一の美少女コーデは、この乙女ゲーマー歴二十年のわたしにお任せください!』


(そんな、世界一だなんて……)


『断言します。ルナリアさんは、世界一の美少女です』


(もうっ……世界はそんなに狭くないのですわ)


でも、ほんの少し嬉しそうに微笑んだルナリアはひとつ、またひとつと衣装を取り出す。


下着や装飾品の小袋まできっちり詰められていて、ミレーヌの几帳面さが偲ばれる。


(……やはりミレーヌは完璧ですわね。どこまでも……)


そう思った矢先だった。

……その奥に畳まれていたものは――。


「……これは……なんでしょうか?」


ルナリアは両手でその布を摘まみ上げながら思わず声を漏らした。


広げて表裏をひっくり返す。


(これは……? 布袋……? この刺繍は……)


『……っ! あはは……あはははは……!!』


脳内に突然響くまひるの笑い声。


(ちょ、ちょっとまひるさん!突然なんですの?)


ルナリアはもう一度、その布袋の表裏を確かめる。


それは……表と裏にそれぞれ”はい”と”いいえ”の文字が大きく刺繍された、白地の……枕カバー?


『ぷっ……! やだ、これって! イエスノー枕じゃないですか!

 夜のお誘い用! まさか異世界にもあったなんて!』


(よ、夜のお誘い用……!? そ、それはつまり……!?

 ち、違いますでしょう……! これは、たぶん、なにか他の――)


必死に理屈を探すルナリアの脳裏に、ふと数日前の光景がよぎった。

――ミレーヌが実家へ発つ朝。寄宿舎の玄関先での彼女の言葉。


「それでは、思う存分揺れて来てくださいませ」


にっこり笑って……。


(……っ! あのときの……!?)


ルナリアは耳まで赤く染め、慌ててその”はしたない”枕カバーを鞄の奥へ押し戻す。


もちろん、ルナリアとて何も知らない訳じゃない。

妃教育で……いわゆる……その……夜伽のことぐらいは……。

そ、そんな……でも、未婚の身でそのような……。


そう思った瞬間、ルナリアの耳はもう夕陽よりもまっかっか。

もはや、頭でお湯が沸かせそうな勢い。


『あはははは! ミレーヌさん、やっぱり仕込んでたんだ!

 あれってそういう意味だったのね!

 さすがは完璧侍女!! く、くるし~! 死ぬ~!!』


もう、まひるの笑い声は止まらない。

心の中で床をばんばん叩いて笑い転げる。


(~~~っ! や、やめてくださいまし!

 もうっ!ミレーヌったら!! 帰ったら厳重注意ですわ!)


ルナリアは頭を抱え、声にならない呻きを漏らす。


(……だめですわ。落ち着いて準備しなくては。

 今夜は――皆様とのお食事なのですから)


――火照った頬を両手で冷やすように押さえ、ルナリアは努めて落ち着こうと深呼吸をひとつ。


けれど、そんなルナリアを他所に、笑い転げるまひるの声は盛大に響き渡り――

まだまだ止みそうになかった。



クローネベルク迎賓館・ロビー。


半刻後――。


「ルナ、どうしたのかしら?」


ざわざわと会話に花が咲くロビーのソファに深く腰掛けたシャルロット。

足を組み、扇を口元にあてて壁の大時計に視線を移す。

長針が丁度十二時を指そうとしたその瞬間。


ざわめきが吸い込まれるように消え、皆の視線がロビーの入り口へ吸い寄せられた。


視線の先に現れたのは――

爽やかな水色のドレスに身を包み、小走りに裾を摘まんだルナリアだった。


従業員の感嘆の声、「お姉さま」「ルナリア様」という友の声。

そして、その可憐でありながら、淑女の気品と大人の艶が同居した姿に思わず見とれる兄と弟。


「なんとか間に合いましたわ……。お待たせいたしました」


皆が笑顔で彼女を迎えた。

ラファエルがにこりと笑って立ち上がる。


そして、「お待ちしてました、ルナリア」と胸元に手を当てるが――


「お支度に少々手間取ってしまいましたの」


そう言いながら、少し視線を逸らすルナリア。

どうしてもラファエルを直視できなくて――。


ラファエルが首を傾げる中――ルナリアの頬には、まだほんのちょっぴり夕陽の色が残っていて――

その理由を知る者は、ここには誰もいなかった。


けれど――。


――くしゃん!


その頃、実家の邸宅のテラスで紅茶を傾け、夕陽を眺めていたミレーヌは――

突然のくしゃみにぱちくり。


「お嬢様――。思う存分揺れて来てくださいませ」


応えるように、カップの紅茶が夕陽を映して朱に揺れ――ミレーヌはふふ、と微笑んだ。

※最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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