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第14話「社畜と悪役令嬢と、仮面なき仮面舞踏会」 エピソード⑩

王立学院・舞踏会ホール(夜)

立食パーティ


会場の誰もが声を失い、ただ燭火の揺らめきだけが壁に影を投げていた。


プリシラは微笑みを崩さず、なおも口を開きかける――

けれど、その場を支配していた沈黙を破るように、低い声が割り込んだ。


「……もう十分だ」


アルフォンスだった。

長身の影が人々の間を抜け、ルナリアの隣へ歩み出る。

碧眼に宿るのは静かな光。けれど、その内には確かな苛立ちが揺れていた。


「これ以上は、神聖国の誉れとは言えないね。

 プリシラ嬢、この場は――」


場を収めようとするその声音を、すっと割り込むように柔らかな声が遮った。


「あら……これは第二王子殿下。ご機嫌麗しゅうございます」


プリシラ・リリエンベルク。

青銀の百合をあしらったドレスの裾を優雅に払うと、小さく会釈した。

しかしその笑みには、第二王子を前にしても畏れの気配がない。


ルナリアと、その隣に立つアルフォンスを見比べるように視線を巡らせる。


「こうやって拝見いたしますと……大変お似合いなお二人でいらっしゃいますわね」


目を伏せ、まるで恥じらうように言葉を続ける。


「殿下とルナリア様……まあ、随分と仲睦まじいご様子と伺っておりますのよ。

 その……淑女の口からはあえて申し上げにくいのですけれど、先日の城下町での”デート”というものかしら?

 まるで将来の”義姉と弟”以上のご関係、とのお噂まで――」


扇を口元に広げ、上品に「おほほ……」と笑う。

周囲の令嬢も「まあ」「それは」と声を潜めて追随した。

それさえも、プリシラの演出であることは明らかだった。


『ぐぬぬ、ほんと、上品の皮を被った下品な女! 何が淑女だよ!』


ルナリアの中で、まひるは拳を握りしめて怒りの声を上げる。


(まひるさん。言葉には品を。

 それでは、彼女と同じになってしまいますわ)


『わかってるけど、わたしならもうひっぱたいてるかも!』


まひるは心の中でシュッシュッとスパーリングを決める。


(あらあら。でも、まひるさん。

 こういった場では、感情も効果的に使うものですわ)


ざわり、と会場が揺れる。

囁きが幾重にも重なり、視線がアルフォンスとルナリアに注がれた。


「それは――」


アルフォンスが眉間を寄せて口を開きかけたところを、ルナリアが小さく首を振って視線で制す。

プリシラはその反応すら愉しむように、唇の端をわずかに上げた。


満足げにアルフォンスから視線を外すと、プリシラは円卓の端に立つ少女へ微笑を向ける。

その眼差しは一見柔らかい。だが、絹に刃を包んだような光が宿っていた。


「――ブランシェット公爵家のヴィオラ様。

 わたくしにも、お祝いを述べさせてくださいます?

 嫡子にご認定となられたとのこと、誠におめでとうございますこと」


美しいカーテシーが、滑らかに繰り出される。


「……!」


ヴィオラの肩がびくりと揺れた。


『来た、ターゲット切替デバフ! この令嬢、ヘイト管理が巧妙すぎる……!』


「ただ……」


プリシラは小首をかしげ、ことさらに微笑む。


「お耳にいたしましたのよ。その、園芸部でしたか。

 それと、新しく出来る料理研究会に所属なさるとか……」


『社食で手作り弁当派だったら、「節約?」って笑われたの思い出しました。

 こちとら栄養と生存のためなんですけど!?』


プリシラは眉根を寄せると、困ったような顔で続ける。


「わたくしたち貴族の仲間入りを果たされたからには、

 かつて庶民だった頃のように、泥遊びや厨房遊びなどしているお時間がございましたら――

 そのお立場にふさわしい嗜みを、しっかりと身につけられるのがよろしいのではなくて?」


『「貴族の仲間入り」とか、「庶民だった頃」とか、「泥遊びや厨房遊び」とか!

 いちいち癇に障るんですけど!』


(……けれど、乗って差し上げるには安すぎる挑発ですわね)


プリシラが目を細め、口元に扇をあてる。

取り巻きの令嬢たちは「まあ……」「ごもっともですわ」と声を合わせ、

周囲の卓からも小さな嘲笑が漏れはじめた。


「もう一つ。古より、ブランシェット公爵家は徒党を組まず、独立を是とする家門。

 嫡子となられたばかりでは、何もご存じないのは致し方ありませんけど……。

 お友達は――しっかりと選ばれることをお勧めいたしますわ」


ヴィオラの頬がかすかに赤くなり、腰元で組んだ指にぎゅっと力がこもる。

俯きかけた視線を必死に上げる。弱さを見せまいとする、その意地が痛々しかった。


ヴィオラの肩が震えた瞬間、アルフォンスの拳も無意識に固く握られる。

ルナリアはそっと視線を送り――その瞬間、ベアトリスの銀の瞳も鋭く光った。


――そのとき、まひるは直感した。


これ、もし本来の乙女ゲーシナリオなら、正ヒロインの試練イベント。

選択肢次第で王子のどちらかがかばって、恋愛フラグが立つやつ。

でも今のヴィオラちゃんには――元・最強の悪役令嬢、ルナリアさんがついてる!


『ルナリアさん、今ですよ! 最強の悪役令嬢ムーブでやっつけちゃってください!

 セリアちゃんも、アルフォンス様も、そしてヴィオラちゃんまで……

 あの女、もう許せません!』


(あら……また悪役令嬢ですの?

 ふふ。けれど、ええ――潮時ですわね。

 ……乙女ゲー選択肢、その四。参りますわ)


『はい! ルナリアさん、反撃の時間です!』


次の瞬間、ルナリアの紫水晶の瞳が、まっすぐプリシラを見据えた。


「わたくしの”友”にご忠告頂いたこと、心より感謝いたしますわ」


プリシラの眉がわずかに寄り、目がほんの少しだけ細くなる。

一方、ヴィオラの目が見開かれ、その瞳がにわかに潤む。


『……やば、いきなりさりげなく敵にデバフ、かつ味方にバフ!

 やばい、わたしもう、泣きそう……』


ルナリアは、ほんの少し首を傾げるとそのまま続ける。


「ええ、ヴィオラ嬢自身がお友達を選ぶ――

 まさしく、あるべき姿ですわ。心より賛同いたしますわ」


テーブルのグラスの縁をなぞりながら、プリシラを横目に見る。


次に、眉をほんの少し寄らせ、同情するように。


「けれど――もしかして、お気付きではないのかしら?」


キーン。


軽くグラスを弾いた鋭い音がホールを裂くと同時に、

凛とした声が響き渡る。


「すでに、彼女はわたくしたちを選び、わたくしたちも彼女を選んだのですわ」


ざわり。


『ルナリアさん、すごいよ。じんと来た……』


眉を下げて耐えていたヴィオラの睫毛が震える。

次の瞬間――小さく笑ったその頬に一筋の涙が伝った。



アルフォンスは黙したまま、ヴィオラの頬を伝う涙を見つめていた。

そして脳裏で繰り返されるのは、彼女の凛と響いた声と、揺るぎない眼差し。


(……やはり。君は僕などより、ずっと強い)


胸の奥にかすかに熱が宿る。

同時に強くあったのはやはり、彼女への揺るぎない敬意だった。



プリシラは平然としながらも、笑みを保とうとして口角がわずかに引きつく。

扇の骨が、かすかに指先で鳴った。


ルナリアは彼女に向き直り、にこりと微笑む。


「それと――聖女様はヴェルダイン辺境伯領のご出身ですわね。

 ご存じの通り、辺境伯は王国の盾として幾世代も国境を守り、民と共に畑を耕し、山を切り拓いてこられたお家柄ですわ」


周囲がざわめく。

セリアは胸の前でそっと指を組み、俯いたまま祈るように瞬く。

傍に控えるヴェルダイン辺境伯令嬢ユリシアは、目を細めながら小さく頷いた。


視線が集中する中、ルナリアは一片も臆することなく一歩を踏み出す。


「泥にまみれることを嘲るのは、その民の営みを嘲ること。

 厨房を貶めるのは、民の糧を軽んじること。

 そして――

 それを恥ずかしいと申すことこそ、王家ならびに王の盟友たる辺境伯家を、ひいては聖女様をも愚弄することに他なりませんわ」


一瞬のうちに笑い声が止み、空気が張り詰める。


『ルナリアさん。今の一撃、聖女バフと王の盟友バフ、重ねがけでクリティカルヒットです!』


ルナリアは視線をやわらかく巡らせ、穏やかな笑みを浮かべた。


「わたくしは王太子殿下の婚約者。この国を支える者。

 泥にまみれることも、民と共に汗を流すことも。


 ――すべて、わたくしの誇りです」


その言葉の響きは、鐘の音のように会場へと広がり、いつまでも消えなかった。

笑い声も囁きも断たれ、沈黙が重く降り積もる。

ただ一人の声が、貴族の子弟に、従者に、侍女に――場にいるすべての人々に深く沁み入っていた。



アルフォンスの胸に、幼き日の記憶がよぎる。

春の花壇で笑っていた少女。どれほど時が過ぎても、変わっていない。


(……そうだ。彼女はずっと、あの頃のまま……)


視線が自然と彼女の胸元に輝くペンダントへ滑り、思わず唇に笑みが浮かんだ。


――ルナリアの視線がそっと流れ、そのやわらかな微笑みがアルフォンスへ向けて重なる。


「それに――アルフォンス殿下とは幼馴染ですの。

 国内外にわたる高いご見識と、広いご経験をお持ちの殿下に――

 国政について良き相談相手となって頂くこと、何か不都合でもありまして?」


その瞬間、「アル、わたくしの隣に座りなさい」そう言って自分を傍に座らせた、かつての少女の姿が、今のルナリアに重なり――

ドクン、と胸が高鳴り、どうしようもなく喉の奥が熱くなった。

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