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第14話「社畜と悪役令嬢と、仮面なき仮面舞踏会」 エピソード①

第14話「社畜と悪役令嬢と、仮面なき仮面舞踏会マスカレード


王立学院・舞踏会ホール(夜)


天井に吊るされた大シャンデリアが幾千もの光を散らし、壁際には王国の紋章と学院旗が誇らしげに掲げられていた。

年に四回、季節ごとに開かれる「貴族生徒限定の晩餐会」。

高等部に所属する貴族生徒同士の交流を深める華やかな場――通称、「夜会」。


晩餐会での懇親の後に続くのは、きらびやかな舞踏会。

春の夜会ではルナリアが欠席し、代わりにラファエルとセリアが舞った姿が話題をさらった。

今回こそ、ラファエルとルナリアが大トリを務めるのか――それが生徒たちの最大の関心事だった。

もし彼女が再び現れなければ、“やはり聖女様こそ王太子妃にふさわしい”という噂が決定的になるのではないか、と囁かれていた。


ホールに満ちる空気は張り詰め、まるで舞台の幕が上がる直前のよう。

ざわめきがシャンデリアのクリスタルに反射し、きらめきとなって壁に踊る。

奏でられる弦楽は祝祭の華やぎを煽り、場の熱気を一層高めながらも――一抹の空虚感。


それもそのはず。


既に開宴の一刻前――。


煌びやかな場に、王族や高位貴族の子弟たちが着席し、色鮮やかな前菜や飲み物とともに静かな弦楽が流れている。


その一角――王家の円卓。


第一王女シャルロットは落ち着いた紫のドレスを纏い、白金の礼装を着た聖女セリア・ルクレティアと軽く談笑していた。

その隣には、騎士の礼装を纏った辺境伯令嬢ユリシア・ヴェルダインが背筋を伸ばして控えている。


純白の礼服に身を包んだラファエル王子は、まだ来ぬ誰かを探すように視線を巡らせていた。

胸に波立つのは不安よりも、強く願う気持ち。


(必ず来る――。心を鎮め、彼女を迎える準備を整えよう)


胸を打つ鼓動は、緊張よりも待ちきれぬ期待のせいだった。


対照的に、黒の礼装のアルフォンスは、グラスを傾けて楽しげに微笑んでいた。


(兄上がどうであれ――今日は必ず僕として彼女と踊る。その瞬間を夢見てきた)


胸に広がるのは執念ではなく、昂ぶる挑戦心。


(兄上、勝負ですよ。ルナは必ず現れる。その時――彼女の手を取るのは僕だ)


グラスを置く音が軽やかな合図のように響き、瞳は舞台を楽しむ演者のように輝いていた。


アルフォンスの左右には、帝国皇女ベアトリスが所在無げにカップを揺らし、

正式に貴族籍を得たブランシェット家のヴィオラは、初めての夜会に少し緊張した面持ち。

視線はただ、主のいない空席へと注がれていた。

――膝の上で組んだ指は力んで白くなっていたが、それは期待の裏返しでもあった。


ラファエルの隣、空いた席。

その“空白”が、華やかな光景の中でひときわ目を引いていた。


――その時。


半刻を告げる鐘が、ホールの外から高らかに響き渡った。


弦楽は一瞬よろめいたが、すぐに立ち直り、かえって場を盛り上げる。

視線は自然と空席へ集まり、王家の円卓を中心にざわめきが広がった。


「やはり“氷の百合”は……」

「また欠席か? 今度こそ――」


小声のさざめきは、やがて抑えきれぬ波紋となって広がっていく。


小さき花の革命、森での調薬、聖剣杯、太陽と月の奇跡――ルナリア・アーデルハイトの名を轟かせた数々の偉業にもかかわらず、彼女を認めぬ声はなお残っていた。


「やはり“氷の百合”は逃げたのかしら」

「王太子殿下と聖女様のお隣なんて、座れるはずがありませんもの」

「やっぱり“氷の百合”は張り子の花ですわね」

「帝国へでも逃げたのではなくて? このまま欠席でよろしいのでは?」


嘲りの声が重なる。


だが、別の卓からすぐに反論が差し込んだ。


「でも、奉仕日での振る舞いは見事でしたわ。分け隔てない公正な方、それがルナリア様です」

「ええ、その通りですわ。それに毒蛇からフローラ姫を救った勇気と機転」

「聖剣杯での優勝も然り。帝国の暴挙を止めたのも彼女の人徳あってのこと。――公爵家のご令嬢にふさわしい」

「そうですわ。あの大茶会で見たのは、まさに国を想う心。そして誠実さ」

「むしろ、王太子妃の器だと、ますます思います」


揶揄と賞賛、さらに冷静な観測者の声までもが重なり、場の熱はますます高まっていった。

ルナリア本人がいないのに――“存在感”だけが膨れ上がっていく。


シャルロットは細い指先でグラスを揺らし、琥珀の光をちらりと反射させる。

次の瞬間、ぱしん――と扇を打ち合わせる音がホールに響き渡った。


シャンデリアの光がきらりと反射し、場全体が一瞬で静まり返る。


ざわめきが吸い込まれるように止み、深い碧の瞳が全員を射抜いた。

わずかな微笑を浮かべつつも、その光は威厳に満ちている。


しかし、シャルロットはふっと微笑み、やわらかな声を張った。


「皆さま。噂話もほどほどに。

 あんまりなときは――生徒会長としてお仕置きいたしますわよ?」


冗談めいた調子に場から小さな笑いが漏れる。


「シャルロット殿下のお仕置き……」

「おいクラウディオ、何妄想してんだよ!」

「ああ、薔薇を捧げたらお仕置きしてくださるだろうか?」

「まじでやめとけ、空気読めよ! つーか、また薔薇持って来てんの!?」

「……お前イケメンだしモテるのに、なんでそうなんだ……」


不届きな輩もままいる中、シャルロットの一言で空気はたちまち整った。


壁際に目をやれば、長年王家を取り仕切る老執事――レイモンド・バーリントンが背筋を伸ばして控えていた。

視線を受けたレイモンドは静かに頷き、丸眼鏡が照明を受けてきらりと光る。

軽く手を上げると、侍従や侍女たちが一斉に動き出した。


通常より早く並べられた銀の皿。

香ばしく焼かれたロースト肉に、蜂蜜で照りをつけた根菜のグラッセ。

真紅の果実を散らしたコンポートは宝石のように輝き、甘やかな香りが場を満たす。

祝祭を告げる彩りと匂いに、誰もが思わず息を呑んだ。


「……さすが姉上だ」


アルフォンスが小さく笑みを漏らす。

生徒会長としての采配――夜会は滞りなく進んでいると示すために。


会場はすぐに会話の花が咲き、和やかに華やいだ。

それでもなお、視線は無意識のうちに――あの“空席”へと戻っていく。

豪華な料理や音楽でも埋められぬ欠落感が、むしろ際立っていた。


「……ルナリアは出席と、確かに連絡がありましたわよね?」


シャルロットの問いに、卓の全員の背筋が伸びた。


「はい……昼食をご一緒した時もそのように。ヴィオラさんも、ご一緒でしたよね?」


カップに手を添えたセリアの声音は落ち着き、揺るぎない信頼を帯びていた。

その微笑みは穏やかだが、眼差しには確かな誠実さ。軽い慰めではなく、場を支える証言として響いた。


不意に名を呼ばれたヴィオラは、はっと顔を上げ、遠い目をして答える。


「……ええ。確かに。ルナリア様は、今夜の晩餐会にご出席されると。

 そのとき……どこか楽しげに、そうお話されていました」


続いて、ベアトリスがゆるやかに微笑む。

帝国第三皇女としての矜持を漂わせつつ、その声音は姉を慕う妹のように柔らかい。


「はい。お姉さまとご一緒するのを、わたくしも楽しみにしておりましたの。

 ……あら? きっとご登場の瞬間まで焦らすおつもりですわね。

 帝国でもこうした“間”は人気がありますのよ?」


その軽口に、シャルロットの口元がほんの少し緩む。

ユリシアも無言で頷き、剣の柄に添えていた手を静かに離した。


ラファエルは拳を膝の上で固く握った。だが、それは絶望ではなかった。

爪が食い込む痛みよりも、彼女を信じる想いが勝っていた。


(まだだ――彼女は必ず来る)


前夜に伝えた「好きだ」という自らの声が胸の奥で反響し、彼を支えていた。


一方、アルフォンスは笑みを浮かべたままグラスを置き、眼差しだけを鋭く光らせる。


(控室にいるはずだ。まだ迷いがあるのかもしれないけど……。

 彼女なら、すぐに――現れる)


シャルロットは軽く扇を閉じ、すっと立ち上がる。視線が集まり、彼女は場を一望して口元に笑みを添えた。


「皆さま、どうぞご心配なさらず。

 今宵の主役は、きっと最高のタイミングで姿を現しますわ」


その一言に、会場は再び華やぎを取り戻す。

誰もが胸を高鳴らせながら――その“空席”を見つめた。


「控室にいるはずです。……何か手違いがあったのかもしれません」


セリアが控えめに言葉を添えると、シャルロットはグラスを卓に戻し、扇を軽く掲げた。


「確認が必要ですわね。――ただし、静かに。騒ぎにならぬように」


「控室とミレーヌ嬢の所在を確認して参ります」


シャルロットの傍に控えていたレイモンドは静かに一礼し、ホールを後にした。


「はい。わたしも少し、周囲に声をかけて参ります」


セリアは優雅に一礼し、会場の隅へと歩みを進めた。

その先では、立ち話をする令嬢たちの囁きが交錯していた。


耳を澄ませば聞こえるのは、“奇行令嬢”という言葉。

そして、“欠席”という、聞き捨てならない噂。


静かに近づくセリアの微笑みは変わらない。

けれど、その蒼き瞳の奥だけは――静かに、凛と光を宿していた。


会場を包むのは華やぎと期待、そして拭えぬ違和感。

その中心に――“氷の百合”の名があった。

空席はただの椅子ではない。


未だ見ぬ姿こそが、この夜会を揺るがす“主役”であることを――

誰もが、息を潜めて待ち望んでいた。

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