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第13話「社畜と悪役令嬢と、みんなの甘々大作戦」 エピソード⑩

王立学院

中庭・特設会場(夕刻)


――シャルロットによる開会宣言より数刻が過ぎ、大茶会も終盤に差し掛かっていた。


傾き始めた陽が、空をゆるやかに茜へと染め上げる。

西日を浴びた会場には、テーブルに並ぶ色とりどりの菓子やカップが金色に照り返り、まるで舞踏会の舞台装置のような華やぎを添えていた。


「そろそろ、ですわね」


『……?』


その中央で、ルナリアがふと椅子を下げて立ち上がる。

風に揺れる銀の混じった金糸の髪は夕陽を受けてひときわ輝き、薄紅の空を背にした姿は一枚の絵画のよう。


隣に座っていたヴィオラが、はっと息を呑み、紫水晶のような瞳に憧憬が宿り、胸の前でそっと両手を握りしめる。


一方でベアトリスは、誇らしげに背筋を伸ばし、まるで「彼女こそ我らが友」と示すように堂々と顎を上げた。


高貴な気配に包まれ、自然と視線が彼女へと吸い寄せられる。


「皆さん、有志で工夫をこらした、この“太陽と月のケーキ”。

 豆から作ったこのケーキは、パン以上に滋養があり、健康にも良いものです」


しん――と静まり返る会場にルナリアの澄んだ声が響き渡る。


「この豆からケーキを作る――これは、わたくしの心の友、社畜さんの発案なのです!」


(心の友……)


王族席の傍らにいたセリアが、ふわりと意味深に微笑んだ。

その瞳には、ただの誤解ではない、静かな確信が宿っている。


(……やはり、アストレイア様の仰った通りですね。ルナリアさんの中には――。

 でも……社畜さん? 薬師さんだと思っていましたが……多才な方なのですね)


セリアは、ただ柔らかな笑みを浮かべたままカップを口に運んだ。

会場の誰も気づかぬ中、その微笑みだけが一人、真実を映していた。


一方、会場がざわりと揺れた。


「しゃ、社畜……?」

「家畜……ではないのか?」

「いや、ルナリア様のご友人らしいぞ」

「ルナリア様のご友人……きっと立派なお方に違いない!」


観衆は妙に納得し、感嘆の声が広がっていく。


『……ちょ、ちょっと待ってルナリアさん!?なんで私の前世の呼び名バラすの!?

 うわーっ!社畜様とか言われてるー!いやいやいや!立派とか誤解だから!』


――そんなまひるの悲鳴をよそに、ルナリアは凛と顔を上げた。


「今、この国は小麦の不作に苦しんでいます。

 ですから、わたくしからの提案です!」


一同、息を呑む。


「……パンがなければ――」


ざわ……と会場の空気が震える。

誰もが息を呑み、固唾を呑んで彼女の口元を見守る。


夕陽を浴びたルナリアが、ゆるやかに右手を掲げる。


「……ケーキを食べればいいのです!!」


『これは!! ……最強の破滅フラグ!! ……終わった……』


――沈黙。


次の瞬間。


「「ルナリア様ぁぁぁーーーっ!!」」

「「社畜様ぁぁぁーーーっ!!」」


『え?』


左右から、別々に上がった歓声が、まるで波のように会場を覆い尽くしていく。


「ルナリア様!」「社畜様!」

「ルナリア様!」「社畜様!」


『えええ?』


交互に、呼応するように叫ばれ、声は渦を巻いて夜空に昇っていった。


ついには合流し、


「「ルナリア様!社畜様!ルナリア様!社畜様!」」


『えええええ!!?』


全員一致の大合唱となる。


『ちょ、ちょ、ちょっと!?やめてぇぇぇ!!社畜様コールやめてぇぇぇぇぇっ!!!』


まひるの悲鳴など誰も届かず、嵐のような喝采は止むことがなかった。


……そして。


「その通りです!このケーキならいくらでも食べられます!」

「さすがルナリア様!含蓄のある名言!」

「健康にもいいのか!」

「豆ならうちの領地でも沢山備蓄があるぞ!」

「もっと食べたい!おかわり!」


そして、カトリーヌ、ベル、アンナの令嬢三人組はなぜか嬉しそう。


「やっぱりルナリア様は次元が違うわね……」

「……でも、少しでも近づきたいわ」

「ええ、私たちも……ルナリア様みたいに」


三人は互いに頷き合い、ケーキをほおばった。


会場が「ルナリア様! 社畜様!」のコールに揺れる中――。


エミリーはテーブルを叩きそうな勢いで身を乗り出した。


「ちょ、ちょっと! 何よその“社畜様”って!?

 どこの誰だか知らないけど、そんなの持ち上げすぎじゃない!?」


(……べ、別に……ルナリア様のお友達なら……悪い人じゃないんでしょうけど……。

 なによ、なんかモヤモヤするじゃない……!)


ヴィオラは瞳を揺らしながら胸元に手をあてた。


「……社畜様? 一体、どなたなのかしら」


(ルナリア様に“心の友”と呼ばれる方……わたくし以外に、そんな存在が……?)


ベアトリスは口元に微笑を浮かべたまま、ほんの一瞬、視線を伏せる。


「心の友……? まさか、わたくし以外に……」


(……認めたくはありませんわ。けれど、胸の奥がざわめいて……)


ミレーヌは、正面でにこやかに拍手するクラリッサを眺めていたが、静かに瞼を伏せた。


(……ルナリア様の奇行に関わっている方?

 やはり……お嬢様の背後には常に謎がある。その答えの一つでしょうか)


王族席にいたアルフォンスは、立ち上がりかけて拳を握りしめた。


「ルナ……。まさか、頼りにしている人が…兄上以外にも?」


(……僕は、その“社畜様”に勝てるのか?)


ラファエルは薄く目を細めたが、すぐに表情を和らげる。


「男性……ではないな。ルナリアに限って」


(とはいえ……気になるな。その“社畜様”とやらの正体が)


そしてシャルロットは、楽しげにカップを揺らし、唇に小さな笑みを浮かべる。


「まあ……恋敵の登場、ということかしら?」


(兄上とアル……ますます面白くなりそうですわね)


「それよりも……パンがなければ――ケーキを食べればいい……ね。とってもルナらしいわ。

 “太陽と月のケーキ”は、わが国にとってパンに代わる新たな希望。

 ふふ、国中に広めてしまいましょうか?」


そして、ふわりと振り向くと、豊かな金髪をゆらしながら言った。


「ね、お兄様」


ラファエルは小さく、しかし力強く頷いた。


双子姫によって王族席に拉致されていたライエルは、小声でぽつりと呟いた。


「……社畜って、会社で働く家畜って意味だったと思うけど……。

 それって……褒め言葉、じゃないよな?」


近くにいたティアナやフローラが「ちょ、ライエル! 空気読んで!」と慌てて口を押さえる。


姫二人の柔らかい手で口を押さえられてあたふたしながらも、ライエルは首を傾げた。


(……ルナリア様、もしくはその周りの誰かが……? まさか、ね)


――社畜様。

ただの一言が、会場の空気をざわめかせ、人々の胸にさまざまな想いを刻み込んでいた。


そんな中――。


――まひるの心臓は一気に冷え、頭の中の「破滅フラグ」警報は鳴りやまない。


『ちょ、ちょ、ちょ、まって!?それ言っちゃう!?

 それって定番破滅セリフじゃん!! 即ギロチン確定のやつ!!』


まひるはルナリアの意識に抗議する。


『ルナリアさん! 今のナシで!

 なぜか歓声が上がってるけど、あれ、国によってはアウトですからね!?』


(あら?そうなんですの? まひるさんの世界の素晴らしい淑女の名ゼリフなのではなくて?)


『いやいや、マリー・アントワネットの話は確かにしましたけど、あれは破滅フラグの例で話したんですってば!?

 ガチで首飛びますよ!?』


すると、ルナリアは歓声に包まれる会場を見渡し――

ほんの少しだけ、誇らしげに微笑んだ。


(破滅フラグ? ふふ……それを乗り越えてこそ、貴族の器ですわ)


『……やっぱりルナリアさん、強すぎる……。推せる……。好き……!』


『おっと、つい推し負けてしまった。そうじゃなくて……』


まひるは心の中でため息をついた。


***


シャルロットが立ち上がると手を掲げ、熱狂をすっと収めた。


注目の中、涼やかに宣言する。


「本日より“太陽と月のケーキ”の配合と作り方は学院の名で無償開放します。

 各領地の厨房へ写本を送るわ」


すかさずラファエルが王印を捧げ持ち、アルフォンスと目を合わせると、兄弟は静かに頷く。


「加えて王家は豆の買上げ支援を行う。民がすぐ作れるよう流通も整える」


轟く喝采。歓声は先ほどを超えて、夕空を震わせた。


そして、歓声が収まった頃、再びシャルロットは手を上げると静寂が落ちる。


「最後に――王立学院理事・生徒会長、シャルロット・アストレイア・セレスティアの名において宣言します。

 本日より学院に『料理研究部』を設立します」


どよめき。


「初代部長はエミリー・フローレンス。

 副部長はヴィオラ・ブランシェット、ライエル・サンダーボルトとします。

 ルナリアとわたくしも、サポートに入るわ。

 部員は貴族、平民、男女関係なく参加可能。

 ――異論は認めません」


ルナリアも小さく頷き、ぴしり、と場が整い、次いでどよめきと拍手が広がる。


「は、はぁぁ!? ちょ、ちょっと待ってよ、わ、わたしが部長って――

 ……い、いや、べつにイヤじゃないけど! その、責任重大じゃない!」


エミリーは真っ赤になって立ち上がり、頭を下げる。

ツンと横を向きながらも背筋はやけに真っ直ぐだ。


「こ、光栄です……! 写本と標準レシピの清書、すぐに取り掛かります」


ヴィオラは胸に手を当て、瞳をきらきらさせて丁寧に一礼する。


「え、僕が……? なんで……!?」


ライエルが困惑しながら立ち上がると、両脇のティアナとフローラが「ライエル君、部員立候補します」とにっこり。


シャルロットは扇子を持ち上げ口元に寄せると、満足げに頷く。


「では料理研究部は、“太陽と月のケーキ”の普及と改良、パンへの応用を第一の課題とするわ。

 善は急げ。国中があなたたちの成果を待ってるわ。動きなさい――今日から」


『え!? シャルロット様って生徒会長だったの!? しかも理事って!?

 そんで今日からって……ブラック企業の上司と同じ香りがするよぉぉぉ……』


新たな拍手が、夕刻の中庭に重なっていった。


ちなみに、度重なる大ニュースに、新聞部のカレンは号外を連発。

『社畜様を追え!?』というコーナーは見当外れではあったが、人気を博したそうな。


***


拍手に包まれながら、まひるは一人ごちる。


はぁ、ここに来てからというものいろいろあり過ぎだよ~……。でも――


『――もう……わかりました。どんなフラグでも私が折ってみせますから!』


まひるは決意を新たにしながら、ルナリアの目を通して夕空に浮かぶ月を見上げていた。


『頼むから、これ以上の破滅フラグが降ってきませんように……!』

※最後までお読みいただき、ありがとうございました。第13話 甘々大作戦、もう少しだけ続きます。

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