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第13話「社畜と悪役令嬢と、みんなの甘々大作戦」 エピソード⑧

王立学院

中庭・特設会場(放課後)


「では、皆さん――いただきましょう!」


セリアの宣言で始まった大茶会。


その喧騒が最高潮に達した、そのとき――

ラファエルが立ち上がった。


静かな視線が会場を見渡し、王太子らしい威厳を帯びた声が響いた。


「今日、この学院で示されたのは――力ではなく、知恵と絆が新しい時代を切り開くということだ。

 そして、その象徴こそ、我が婚約者にして未来の妃、ルナリアだ」


大きな拍手がわき起こる。

ティアナが思わず目を丸くして「まぁ……!」と小声を漏らし、隣のフローラが口元を押さえて頷いた。


(……婚約者なのだから、当然ですわね)


そう思いながら、ルナリアは静かに立ち上がり、胸の前で両手を重ねて小さく頭を下げた。


『よっしゃ来た!このタイミングで立ち絵差し替え!』


「ルナリア様――!」

「王妃様万歳!」


大きな歓声が一斉に巻き起こり、拍手がさらに大きく広がっていく。


その姿に、最前列のヴィオラが目を見開き、ベアトリスは誇らしげに顎を上げて見つめた。

セリアの瞳はきらきらと潤み、頷きながら拍手を送る。

ティアナとフローラも頷き合うと「ルナリアお姉さま!」と叫んで拍手を送った。


『きたーーっ!! これ絶対スチル!! イベントCG解放のやつ!!

 しかもラファエル様の公式な「我が妃」まで入ってる!?

 ああもう、尊さで私のライフはゼロですっ!!』


(……まひるさん、落ち着いてくださいませ)


――その喧騒の中。

アルフォンスは杯を指で弄びながら、わずかに肩をすくめた。

ふっと口元に浮かぶのは、挑むような笑み。


(やれやれ……兄上らしいやり方だ。けれど――ルナの想いは……)


ゆるやかに立ち上がり、アルフォンスの隣に並び立つ。

そして、ひょいと杯を掲げた。


ルナリアの瞳が見開かれる。


「兄上の言うことはもっともですが――」


青い瞳がちらりとルナリアを射抜き、胸が跳ねるのを抑えきれなかった。


「今日のルナリアは、婚約者でも、王族のものでもない。

 学院の皆と、この場に集った人々の“みんなのルナリア”だ」


「……!」


会場の空気が一瞬止まり、どよめきが広がる。


フローラはぱっと表情を明るくして、ティアナと目を合わせると――

にっこり笑い合い二人一緒に手を叩いた。

その無邪気な拍手に、すぐに大きな拍手が広がる。


(……っ。みんなの……? わたくしが……?)


胸の奥で、何か熱いものが揺さぶられる。


(……どうして、この方の言葉は、こんなにもわたくしを揺らすのでしょう)


『おおおっ、アルフォンス様カッコよすぎる! これはもう全員の心にぶっ刺さるやつ!』


(けれど……わたくしは本当に“みんな”に応えられているのかしら?)


微笑みながら視線を交わすラファエルとアルフォンス。


「あらあら……」


シャルロットは楽しそうに微笑み、両手を胸の前でぱちぱちと叩いた。


「まあまあ、お二人とも。――でも、それだけ嬉しいのでしょうね」


それぞれの想いを重ねた王族三人の笑みが広がり、会場は祝祭の頂点を迎えていた。


(そうなのですね――今、わたくしは皆さんと共にある……)


ルナリアは心の中でそっと微笑んだ。


(妃教育で教え込まれたのは、常に孤高であること。

 でも――孤高より、こうして共に笑い合う方が、ずっと誇らしい。

 それだけは間違いありませんわ)


(――今日の光景も、香りも、音も、笑顔も。一生忘れませんわ)


『……ルナリアさん。本当に、ここまで来られてよかったですね』


(……まひるさん……)


『でも気づいてます? 今のって、王子ルートと第二王子ルートが同時に火を吹いたやつですよ!?

 完全に“逆ハーレムルート突入”じゃないですか!』


(……やっぱり乙女ゲームですの?

 まひるさんは、どこまでもまひるさんですわね)


ルナリアへと向けられた拍手は、初夏の澄み切った空へと吸い込まれ、いつまでも響いているようだった。


***


やがて大茶会はゆるやかな宴へと移っていった。


長いテーブルに並べられた料理やケーキを囲み、生徒たちは思い思いに紅茶やケーキを手に取る。

華やいだ熱気はまだ残っているものの、先ほどまでの嵐のような歓声は、談笑と甘い香りに溶けていった。


白いクロスのかかった長テーブル。

その中央――ひときわ目を引く席に腰を下ろすルナリアの両脇には、ベアトリスとヴィオラが。

金糸に銀糸、栗色の髪が陽光に揺れ、花のような笑顔が零れるこの席には――

生徒たちの視線が絶えず注がれていた。


そこへ――。


「やあ、ルナ」


声とともに差し込む影。

アルフォンスが歩み出て、ルナリアの正面の席に腰を下ろした。

陽光を受けた青銀の髪が煌めき、柔らかな笑みの奥には、研ぎ澄まされた真剣さが潜んでいる。


「小麦の代替品という話をしたけれど……まさか、こんな形で実現するとは。本当に君には驚ろかされるばかりだ」


「……お褒めいただき光栄ですわ」


ルナリアはわずかに目を伏せ、微笑を浮かべる。


「そうなんですの! わたくしのお姉さまは素晴らしいのですわ!」


隣でベアトリスが身を乗り出し、うっとりとアルフォンスを見上げる。

そして、目の前のケーキを指さして――


「殿下、ご覧になって! わたくし、心を込めて魔導戦艦を作りましたの。

 凛々しくて、可愛らしくて、それでいて雄々しい。そうは思いませんこと?」


「……ああ、実に個性的だ。素敵だと思うよ、ベアトリス」


「まあ、わたくし、アルフォンス様に褒められてしまいました」


ベアトリスは嬉しそうにルナリアに語りかけ、アルフォンス同様苦笑いで応える。


だが反対側のヴィオラは、どこか複雑そうに唇を結んでいた。

その視線は、アルフォンスの眼差しがルナリアへと注がれるたびに、ますます揺らいでいく。


やがて、アルフォンスの視線がルナリアの皿に落ちた。

ほとんど手を付けていないケーキ。


「……全然、食べていないじゃないか」


「いえ……お話が楽しくて、つい……」


「なら――僕が」


そう言ってアルフォンスは迷わずフォークを取り、ふわりとケーキをすくい取る。

そして、そのままルナリアの方へ差し出した。


「どうぞ」


一瞬にして空気が張り詰める。


注目の視線が集中し、ラファエルの瞳が遠くから鋭く光る。

シャルロットは扇子で口元を隠し、楽しげに目を細めていた。


(こ、これは――!)


ルナリアの背筋に電流が走る。

まひるの声が頭の中で木霊した。


『食ーべーろ! 食ーべーろ! 食ーべーろ! 今ここで食べたら好感度MAX確定!』


(も、もうっ……まひるさんの意地悪……!)


視界がぐにゃりと歪み、気が遠くなりそうになる。

勇気を振り絞り、ルナリアゆっくりと顎を上げる。


可憐に開こうとする唇に、アルフォンスの胸は割れんばかりに高鳴り――


(やはり、君は……! 僕のことを――)


――ぱくっ。


「……え?」


凍りつく空気。


フォークの先をさらりと奪ったのは――隣に座っていたヴィオラだった。


「アルフォンス様。ご馳走様でした」


――時が止まったかのような沈黙。


にっこりと微笑む彼女に、ベアトリスがぽかんと目を丸くし、アルフォンスは目を見開く。

一方のルナリアは硬直し、周囲の生徒たちは「え、今なに?」「ヴィオラ様が……?」とざわついた。

ラファエルの眉間に深い皺が刻まれ、シャルロットは扇を震わせながら肩を揺らし――。


『ヴィ、ヴィオラさん!? このタイミングでそれやる!?』


(……な、なにが……起きましたの……?)


そして、ベアトリスは――


(……そうですわ……! ヴィオラさんは、ルナリアお姉さまがアルフォンス様に傾くのを止めてくださったのですね! なんと……なんと心強い味方!)


うっとりと手を胸の前で組み、頬を紅潮させながら――


(ああ……わたくしも、いつか“ヴィオラさんもお姉さま”と呼べる日が……!)


と勝手に妄想を膨らませていた。


当のヴィオラは、そんなこと露ほども知らず、悪びれることもなく静かに微笑んでアルフォンスから視線を外しただけだったのだが――。


その刹那。


「――アルのやつ……もう無理だ」


低く吐き捨てるような声が小さく響く。

振り向けば、ラファエルが王族席から歩み寄り、椅子を引いてアルフォンスの隣に腰を下ろした。


「兄上……!」


互いに火花を散らす視線。

その緊張感に、会場の空気が凍りつく。


「さぁ、ルナリア」

「食べるのは僕のだ」


二人同時にケーキを掬い――

ルナリアの前へ差し出す。


「――――っ」


周囲が息を呑む中、ただ一人、ヴィオラは胸の前でぎゅっと手を握りしめた。


(ルナリア様は……どちらを……?)


瞳が揺れ、胸の奥が苦しくなる。けれど、彼女から目を逸らせなかった。


ルナリアの脳裏にまひるの声が脳裏に響く。


『来たぁぁぁぁ! このシチュ、乙女ゲーマー歓喜確定!

 食―べーろ!! 食―べーろ!!』


(もう……っ、どうしてこうなるのですの……!?)


『食―べーろ!! 食―べーろ!!』


(これではまるで――まひるさんの言う、乙女ゲームの修羅場イベントですわ!)


『おお! ルナリアさん、わかってきましたね。

 食―べーろ! 食―べーろ!』


(ああ、もう! まひるさんうるさいですわ!!

 わかりました。わたくしも覚悟を決めましたから!)


『そうです。ルナリアさんは学院のアイドルですから!』


(ええ、そうですわ。

 ここで逃げれば、わたくしは“学院のアイドル”――ってなんですの?

 そうではなく、”アーデルハイト家のルナリア”ではなくなってしまいますわ!)


注目が集まる中、ルナリアはすっと背筋を伸ばした。

息を呑む声さえ聞こえそうな、しんと静まり返る空気――


その中で、ルナリアの金の睫毛がふるりと動き、そっと目を閉じる。

そして、ゆっくりとその可憐な唇を開き――


(ルナ、僕のケーキを……!)

(ルナリア、僕のを……!)


二人の心が同時に燃え上がった、その瞬間――


ぱっと紫の瞳が開いた。


「――二人とも、おあがりなさいな」


がしっ。


両手でラファエルとアルフォンスの手首を掴むと、左右同時に――

二人の口へ、ケーキを突っ込んだ。


「!?!?」


「……っ!」

「……なっ……!」


二人が同時に固まり、周囲が爆笑と悲鳴に包まれる。


「これは――皆で分け合うためのものですわ」


涼やかに告げるルナリア。


二人が「んぐっ…!」とむせる中、観衆が総立ちになり、

その凛とした姿に、歓声がわき起こった。


「さすがルナリア様!」

「最高にカッコいい!」

「……いや、可愛い……!」


口いっぱいにケーキを頬張りながら顔を見合わせたラファエルとアルフォンスは同時に――


「美味しい!」


――その瞬間、どっと笑いと拍手が湧き起こる。


扇子で口元を隠したシャルロットは、肩を震わせ――


「……ふ、ふふっ……あはははははっ!

 ああ、なんて……兄弟揃って、なんて愛らしいのかしら!」


とうとう堪え切れずに、声を上げて笑い出した。


『こうして学院の大茶会は、ルナリアさんの無双劇によって

 さらなる伝説を刻むこととなった――!

 だが、この先に待つのは愛と友情と波乱の恋愛バトル!?

 次回、“空飛ぶケーキと乙女心”――お楽しみに!』


(……まひるさん。次回って何ですの!?

 勝手に変なナレーションを挟まないでくださいまし!)

※最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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