第13話「社畜と悪役令嬢と、みんなの甘々大作戦」 エピソード④
王立学院
大厨房(放課後)
その日の午後には、すでに次の面々が参加予定として名を連ねていた。
聖女&護衛騎士:セリア&ユリシア
第一王女:シャルロット
双子王女:フローラ&ティアナ
帝国第三皇女:ベアトリス
公爵令嬢:ヴィオラ
薬草実習で縁を結んだ少年:ライエル(強制参加)
ルナリアの侍女:ミレーヌ
男爵令嬢:クラリッサ
例の令嬢三人組
そして大勢の“お菓子作りに挑戦したい生徒たち”
――学院史上初となる「大規模・共同お菓子製作会」が幕を開けようとしていた!
ちなみに“白一点”となったライエル少年は、
「なんで僕が……」と不満をこぼしつつも、
聖女に名指しで誘われた以上、逃げられるはずもなかった。
彼に残された道は――粉まみれの未来だけであった。
『両脇を聖女と王女に固められたら、そりゃ反逆罪レベルですよ!!』
*
学院の厨房は、普段は生徒の立ち入りを禁じられている“神聖な場所”。
高い天井、銀に輝く調理器具の列、大釜や石窯、香辛料の香りが漂う空気――
そこは、選ばれた職人のみが足を踏み入れられる“食の聖域”だった。
だが今日に限っては、ルナリア・アーデルハイトの命により、特別に扉が開かれていた。
中央に立つのは、制服の上から“サーモンピンク”のエプロンを纏ったルナリア。
その色合いは可憐で――だがその気品に、誰も「可愛い」と口に出せない。
ただ一人、同居人を除いて。
『おおー、恋する乙女色! ルナリアさん、今きっと恋愛イベント突入です!』
(……ちがう。ただの気分よ)
『いやいや、絶対照れてます!』
(そんなことは――ない!)
ルナリアは黙ってエプロンの紐をぎゅっと締めた。
『いたっ、いま照れ隠しにわたしの心を締め上げましたね!?』
(……いいえ。ただの“心の準備”よ)
壁際には、スパイス瓶が整然と並び、石臼や大豆の詰まった麻袋が積まれている。
『おお……大豆! これ納豆にしたら白ごはん無限ループですよ!』
(……納豆? 何かの呪文かしら)
『ちがいます! 粘って糸を引いて、独特の香りがして――あっ、この世界には無いんですよね!?』
(食欲が無くなりますわね……ええ、ぜひそのまま無いままでいてほしいわ。
まひるさんは、その納豆という食べ物がお好きなのかしら?)
『いえ、本職の癒しはコーヒーとお菓子です。大好物は“乙女ゲー”と“推し”と、あと猫です!』
(納豆、出てきませんのね……。
それに、癒しと好物が逆転している気がするのだけど――)
『はい、社畜脳ではこれが正解ルートです!』
*
コツコツと大理石の廊下に靴音が響いた。
「失礼いたしますわ」
扉の向こうから、軽やかに響く声が重なった。
調理台の奥にいた調理係たちが、反射的に姿勢を正す。
だがルナリアは、いつも通りの口調で迎えた。
「お待ちしていましたわ。さあ、お入りになって」
シャルロットとセリアが優雅に姿を現す。
それぞれ、学生服におそろいのエプロン。気品漂う白銀のエプロンを身につけ、エプロン越しでも高貴なオーラがただよってくる。
「この色、シャルロット殿下のイメージに近いと思って……勝手におそろいです」
「ふふ、うれしいわ、聖女様とおそろいなんて」
「この刺繍は、妹たちが選んだのよ。……意見が合わなくて、左右に二つあるの」
ルナリアもセリアもゆるやかに微笑む。
続いて、ふたりの後ろから、そわそわとした双子王女たちが顔を覗かせる。
「うわ~、ほんとに厨房だぁ……!」
「ここでケーキ作るの? わくわくする~!」
二人のかわいらしいデザインのエプロンは、ティアナは赤、フローラは青。
対照的な二人の性格を表しているようだった。
「赤にしたら、ティアナに“負けず嫌い色”って言われた~!」
フローラが不満げに言うと、ティアナが返す。
「赤はわたしの方が似合うんだから。でも、フローラは青が一番だってば」
続いて、いつもの騎士服ではなく、エプロン姿のユリシアが現れる。
その、エプロンをしていても凛とした姿に、場の空気がきゅっと引き締まる。
その隣には、なぜか視線を泳がせる少年の姿。
「……なんで僕がここに……」
彼は、何故かエプロンではなく白衣。
白衣の袖をぎこちなく引っ張りながら、やや不満げにつぶやく。
ルナリアが、振り返らずに声を返した。
「あら、ライエル。セリア様にお願いしたのはわたくしよ。
文句を言うなら、手を動かしながらにしてくださる?」
「ルナリア様!?」
一気に青ざめる少年に、厨房は笑いに包まれた。
*
続いて、有志の生徒が入室し、前代未聞の“豆のケーキ”調理大作戦が始まった。
ルナリアが手袋を外し、豆の麻袋の前で堂々と宣言した。
「今回は、“小麦粉を使わない”代わりに、この豆を潰して、ケーキの生地にします」
「まぁ……豆のケーキなんて、想像できませんわ。
軍の糧食をお菓子に仕立てるなんて……豆は栄養もあって無駄がない。
それに……戦場で兵士にケーキを配給できますわね……。
さすがお姉さまですわ!」
『いや、ベアトリスさん、もはや発想が帝国軍人なんですけど……!』
ベアトリスが手を胸にあてて感極まると、シャルロットが応じた。
「豆粉のパンは一部地域にあると聞きます。面白い試みですわね」
『豆のたんぱく質は加熱でふくらむから、
すりつぶして卵と混ぜて焼くと、意外とフワっとなるんですよ~!』
(よくわからないけど、作ったことなくても知識だけはあるのね?)
『はい! 社畜として基本の知識です!』
(社畜さんって、ずいぶん博識なのですね……)
『はい。ブラック企業を生き抜くためには必須の知識ですから!』
(やっぱり大変ですのね、社畜さんって……)
*
「皆さん、豆をこの臼で潰して、ふるいにかけてください。粗すぎると粉にならないので注意して」
ルナリアが言うと、女子生徒たちが「は、はいっ!」と慌てて臼に群がる。
「セリア、卵を割って、泡立てて」
「わ、わかりました! やってみます」
「ティアナとフローラ、蜂蜜を量って。規定は3分の2杯。少なめで」
「了解っ!」
「きゃっ……! ごめんなさい、くしゃみで粉が……!」
ふるいを振るっていたクラリッサが、真っ白な粉を勢いよく撒き散らす。
「あはは、私たち、ほんとにケーキ作ってるんだね……!」
「次は顔じゃなくて、ちゃんとボウルに降らせてね?」
*
ふと視線を移せば――。
無表情のミレーヌが、泡立て器を手に、卵白をひたすら一定のリズムでかき混ぜ続けていた。
腕の筋肉は微動だにせず、まるで精密機械。
「……ミレーヌさん、もう十分ではないでしょうか?」
ヴィオラが恐る恐る声をかける。
「いえ、あと二百回でございます」
『え、カウント制なんですか!? 社畜労働の鬼か!』
ヴィオラはため息をつきつつ粉の計量を進めていた。
慣れた手つきでさっと量りにかけ、ボウルへと移す動きは、明らかに周囲の令嬢方よりも手際がよい。
「……あの、もしかしてこういうの慣れておられるの?」
とシャルロットが不思議そうに尋ねると、
ヴィオラは少し頬を赤らめて答えた。
「小さい頃、母とよく焼いたんです。……でも、公爵令嬢になってからは、あまり……」
『さすがは正ヒロイン! デフォで女子力レベル99!』
その声音に、周囲が一瞬静まる。
だがすぐにルナリアが笑みを浮かべて告げた。
「今は存分に楽しめばいいのですわ。
ヴィオラが加わってくださるだけで、ずっと心強いのですから」
ヴィオラは思わず顔を上げ、ぱっと花が咲いたような笑顔を見せた。
『はい出ました、アルフォンス様顔負けの口説き文句!』
(……っ、ち、違いますわ。ただの事実を申し上げただけで……!)
視線を逸らして粉の計量に没頭するルナリアの耳朶は、ほんのり紅に染まっていた。
*
粉まみれの厨房で、令嬢三人娘は緊張しながらも、懸命に作業をこなしていた。
そこにルナリアが近付く。
「ベル、蜂蜜は規定量と言いましたわよ?」
ルナリアの冷たいが的確な指摘に、ベルがビクッと肩をすくめる。
「は、はいっ……!」
「カトリーヌ、その混ぜ方では空気が入らないわ。もっと丁寧に」
「も、申し訳ありません……っ!」
アンナが小声で二人に囁く。
「だ、大丈夫……ちゃんとやれば、きっと……」
『……うんうん、これ、完全に“鬼教官イベント”だよね』
まひるの声が脳内で響く。
しばらくして、ルナリアがふと三人に目を向け、静かに言った。
「……悪くありませんわ。その調子で続けなさい」
一瞬、三人は呆然とした後、ぱっと顔を赤らめた。
「い、今の……」「褒められた……!?」「ルナリア様に……!」
小さく歓喜しながら、三人はより一層真剣に作業へ打ち込んだのだった。
『ほら来たーーー!! 好感度爆上がりイベント発生!!
……次回予告:“私たち、ルナリア様親衛隊になります!” って展開、待ってます!』
ルナリアは、まひるの脳内テンションには気付かないまま、いや、気付かないふりをしたまま、静かに作業を見守り続けた――そうな。
『……本日開店! 王立学院調理部!
そこのお嬢さんもお兄さんもお爺さんもお婆さんも先生も!
王族の皆さまも校長先生も通りすがりの商人もみんなみんな寄ってらっしゃい見てらっしゃい!
豆粉ケーキは数に限りがありまーす! 今なら、あの”ルナリア様”の笑顔もサービスだよっ!
らっしゃい、らっしゃい!!』
(……誰も買いませんわよ)
※最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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