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第12話「社畜と悪役令嬢と、続・王女様のとっておきティータイム」 エピソード②

王立学院・寄宿舎

シャルロットの私室(夕方)


窓辺から差し込む橙色の光が、厚手のカーテンの縁を縫うように揺れていた。

外では、中庭の噴水がゆるやかに水音を立て、放課後の穏やかな空気を部屋に運んでくる。


白いカーテン越しに金色の空気が漂う室内。

丸いティーテーブルには、湯気の立つポットと焼きたてのフィナンシェ、三人分のカップが並ぶ。

制服姿のまま腰を下ろしたのは――シャルロット、ヴィオラ、そしてルナリア。


胸元のリボンや銀糸の刺繍が夕陽にきらめき、ティーカップの中の琥珀色の紅茶までもが夕映えを帯びている。


そして、次の瞬間――乙女ゲースイッチ全開のまひるが心の中で騒いでいた。


『……ちょっと待って。今ここ、姫×3空間じゃないですか!?』

『シャルロット様は金髪碧眼のギャップ系ヒロイン、ヴィオラ様は正統派清楚ヒロイン、そしてルナリア様はうちの最推し悪役令嬢改め学院の殿堂入りアイドル……!』

『しかも、みんな世界“制服”コンテストでぶっちぎり優勝のデザインを着こなす美少女揃い。背景に光のエフェクトつけたら完全にゲームの立ち絵ですって!!』


(まひるさん……世界征服って……どんなコンテストですの?)


『制服! 征服じゃないから!!

 そっちのコンテストならレオンハルト様ぶっちぎり優勝!』


(……けれど、結局、乙女ゲースイッチ入ってますのね?

 今朝は警戒しているようなことをおっしゃっていましたのに……)


『いやもうこれ、興奮するなって方が無理でしょ!!』

『だって、これ……完全に乙女ゲー的“親密度アップイベント”!! 王道中の王道ですよ!?』

『放課後、夕陽差すお部屋でお茶会とか……背景CGまで完璧!

 それに、この王女様のお部屋の香り……』


(まひるさん、くんかくんかは禁止です!)


『わかってますって!! 大人しく味わうだけにしますから!』


(……本当にわかっているのかしら)


そんな脳内会話をしていると――


「今日はお集まりいただき、ありがとう。

 たまには幼馴染の三人でお話ししたいと思いまして」


カップを置いたシャルロットが、ふっと目を細める。

夕陽の反射がその金の髪にきらめき、背後のカーテンに長い影を落とした。


「紅茶は最高級のセレスティア・リーフを、ハーブもいろいろご用意しましたわ。

 お菓子もたっぷり。楽しみましょう」


『出た、王宮式“お茶会フルコース”。しかもハーブで健康にもいいやつ……!』



それからしばらくは、他愛もない話が続いた。

最近流行のレース刺繍の色合わせや、おいしいパン屋やカフェの話。


やがて話題は――小さき花の革命や、創立記念パーティでの二人の活躍。

舞踏エキジビションでの聖女様の魔法の余波、幽霊騒動やミスティウッドでの出来事。

さらに学院新聞を賑わせた帝国使節の滞在や、聖剣祭の盛り上がりのことまで。


極めつけは、ベアトリスの底なしの行動力について――。


紅茶の香りと笑い声が、夕暮れの部屋をやさしく満たしていく。



やがて話題が一段落したところで、シャルロットがカップを置き――

視線を静かにヴィオラへと移した。


「そういえば、ヴィオラさん」


呼びかけられたヴィオラは、カップを持つ手をぴたりと止める。


「ブランシェット家が、あなたを正式に嫡子と認めるご意向と伺いましてよ。……おめでとう」


「……あ……ありがとうございます……」


返事の声は小さく、微笑もうとした唇の端がわずかに揺れていた。


『あれ?今、ちょっと“ん?”って顔しましたよね?

 普通なら笑顔MAXで返す場面なのに……なんか引っかかるやつだ』


ルナリアは静かに紅茶を口に運びながら、その様子を観察していた。


ヴィオラはそう答えたものの、その声はどこか遠く、笑みも少し固い。


(ええ、例のアルフォンス殿下との婚約話が動いているということではないでしょうか)


『え……ヴィオラちゃん、いやなのかな?

 もしかして……他に好きな人がいるとか?

 ほら、ルナリアさんの殿下への気持ちは知らないと思うし……』


(ちょっと、まひるさん!? そんなこと……)


『いや、私も乙女ゲーム脳だからさ、こういう時のフラグ反応に敏感なんですよ』


ルナリアは内心で額に手を当てながらも、外見は微笑を崩さずティーカップを口に運んだ。


「アルフォンス――わたくしの弟とは順調ですの?」


シャルロットの問いに、ヴィオラは一瞬だけ瞬きをしてから、控えめに答える。


「ええ……まぁ……」


「先日、お二人で遠乗りに出かけられたと伺いましてよ?」


「え、えぇ……父から是非にと言われまして……」


「乗馬はお好きなようですわね?」


その質問に、ヴィオラは一瞬俯く。


「はい、昔から好き……です……」


その声は落ち着いているのに、視線はどこか彷徨い――

ちら、ちらとルナリアの方を盗み見ていた。


(……わたくしに、何か?)


『マジ! それってデートじゃん!!』


(そんなことが……全く知りませんでした……)


『やばいですって、ルナリアさん! ヴィオラちゃんの第二王子ルート、進んじゃってますってば!』


(……いえ、わたくしには関係のないことですから……)


『……(いや絶対あるやつ……)』


沈黙が落ちる前に、ルナリアは微笑んで口を開いた。


「乗馬はお好きですのね、ヴィオラさん。今度、ご一緒に――」


「っ……!」


ヴィオラの指先がぴくりと跳ね、カップの紅茶が小さく揺れた。

顔を上げかけたが、すぐに俯き、耳まで赤く染まる。


『あーー! 今それは“手綱”じゃなく“地雷”ですって!!』


シャルロットはその様子を面白そうに眺め、唇の端をわずかに上げた。


「まあ……それは是非、三人でご一緒いたしましょう?」


シャルロットは金のスプーンで紅茶をゆっくりとかき混ぜ、その小さな音をわざと響かせる。


カラン。


表情は微笑んだまま、視線は決してヴィオラから外さない。


『シャルロット様、キレ良すぎですって! ――暴れ馬か!

 もっとお手柔らかに。どうどう……どうどう(手綱)』


ヴィオラはカップの縁を指先でそっとなぞり、かすかに息を呑んだ。


「……はい……」


ヴィオラはフィナンシェの敷き紙をくしゃりと握り――

はっとして伸ばした指先が、また小さく震えた。


ルナリアはその返事を受けて、小首を傾げる。

その何気ない仕草に、ヴィオラはさらに頬を赤くして視線を落とした。

シャルロットの瞳が、悪戯を思いついた猫のようにきらめく。


まひるは心の中で「これ絶対なんかあるやつ」と確信していた。


ヴィオラはしばし黙って紅茶を見つめ――そして、ふっと息を吸う。

その瞳に、覚悟の色が宿った。


「……でも、わたし――」


ヴィオラは紅茶の表面に揺れる光を見つめ、ゆっくりと口を開く。


「殿下はとてもお優しいし、お話も楽しいです。

 ……でも――彼の視線の先、いつも“同じ方”なんです」


(……っ)


『――イベントログ更新:真相フラグ+1。

 てか……それ、もしかしなくても……だよね?』


ルナリアは思わずカップの取っ手を握りしめた。


「……そうですの、ヴィオラ。あの子は優しいけれど、不器用ですわ。

 きっと自分の気持ちを人に見せるのがまだ下手なのです。

 ……でも、一度決めたら、簡単には手放しませんわよ?」


シャルロットはカップを持ったまま、ゆっくりと縁を指先でなぞった。

その仕草は、言葉の奥に隠された含みを静かに強調していた。


その言葉に、ヴィオラは唇を噛み、ちらりとルナリアを見た。


「それに、わたし……婚約とか、まだよくわからないので……」


その声は夕暮れに溶けそうなほど小さく、けれどルナリアの耳にははっきり届いた。


『……うわぁ、これはもう確定ですね。この視線、恋ですよ!』


(……まひるさん、女の子が女の子をそんな風に見るなんて……)


『アリです! 全力でアリです!』


(…………)


ほんのわずか、指先が熱を帯びる。ルナリアは気付かぬふりをして紅茶を口に運んだ。


「ヴィオラさん、父王も『慌てることはないだろう』と仰っていましたわ。

 ベアトリス様の件もありますし……ゆっくりお考えになればよろしいです」


「……ありがとうございます、殿下」


にこりと微笑むヴィオラ。

その横顔を淡く照らす夕陽が、ルナリアの胸に小さな波紋をそっと広げていった。


『……親密度ゲージ、ちょい伸び……!(たぶん)』

※最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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