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第11話「社畜と悪役令嬢と、皇子と帝国の影」 エピソード⑩

王立学院・円形闘技場コロッセオ

《聖剣杯・女子の部 決勝》


「――開始ッ!」


号令と同時に、白と黒、二つの影が地を蹴る。


交差の瞬間――

迷いなき斬撃が、ほとばしった。


二本の剣が空を裂き、火花が散る。


刹那――キィンッ。


鋼の衝突が、静まり返った観客席の空気を震わせた。


一合。


打ち合いののち、ふたりは音もなく距離を取る。


肩越しに見えるその瞳は、真っ直ぐで、曇りがない。


(……真っ直ぐですのね)


今の一撃に込められたものが、何か。

言葉にはされずとも、肌でわかる。


(まるで――その想いのよう)


ふと、胸の奥がざわめいた。


(でも……わたくしは、そうではありませんの)


想いなど、あってはならない。

あっても、口にすべきではない。


けれどその剣は、わたくしよりずっと素直で――


(……少しだけ、羨ましい……)


再び距離を取り、呼吸を整えるふたり。


息を呑む気配すら聞こえそうな、張り詰めた空気の中、

じりじりと間合いを測る足音と、交わる視線。


静寂の中、再びふたりは――刃を交わす準備を整えていた。


――動いたのは、黒。


銀の閃き、しなやかな足運び。

踏み込み、薙ぎ、突く。流麗なる帝国剣術、“連舞”。


「はっ!」


(……情熱的な剣ですわ……)


一瞬の隙を突き、鋭い切っ先がルナリアの右肩を狙う――

しかし、その切っ先には、わずかな迷い。


(わたくしが、“友”だから、かしら……?)


刃が肩に触れる寸前、

ルナリアは踊るようなステップで後退し、剣圧を滑らせるように受け流す。


(けれど、誘いには乗りますのね!)


一筋の火花が散ると、くるりと剣を返す。

流れるような動きで逆撃へ――


(勝負を譲るつもりは、ありませんの!)


「くっ……!」


ベアトリスが両手剣を振り上げ、間一髪で防ぐ。


その動きに、ルナリアの瞳が細くなる。


(……やはり、この程度の誘いでは防がれますわね。

 魔物なら――迷いなどなく食いついてきますのに)


(いえ、覚悟を決めたつもりでしたのに……

 わたくし自身にも、まだ迷いが――)


目にもとまらぬ攻防に、感嘆の声と共に会場はさざめきに包まれた。


そしてその中――観覧席のアルフォンスが、小さく呟く。


「……参ったな」


癖のある金髪の奥、その瞳はわずかに揺れていた。


ベアトリスの剣に込められた想い。

あの銀の瞳は、あの日の茶会で――僕をまっすぐに見つめたときと、同じだった。


彼女の中には、迷いがあった。

けれど――その想いの強さが、ルナリアの剣を揺らした。


(……君は、まだ揺れているのか)


膝の上の拳が、そっと握られる。


(ならば僕も……まだ終わらせるわけにはいかない)



貴賓席では、ラファエルが小さく頷き、

シャルロットは扇の動きを止め、静かに目を細める。


「まったく……あのふたりの舞い、まるで会話のようですのね……」


一方、その隣。身を乗り出していたのは、帝国皇太子 レオンハルト。


「……ふむ。まだまだ、ぬるいな」


低く呟いたその声は、どこか楽しげだった。


「剣に迷いが――あれは友情か、それとも……別の感情か。

 ふん。いずれにせよ、あやつは“よき友”を得たようだ」


にやり、と口角が吊り上がる。


「だが……あの隙の作り方、あれは戦場の剣だ。

 見紛うことなき、実戦経験のある者の動き――」


ぱし、と膝を打つ音が、貴賓席に響いた。


「佳い。実に、佳いではないか……!」


その眼差しが捉えるのは、誇りをかけた一閃と、揺るぎない意志――

そして未来の帝国皇后、すなわち己の妃たるべき少女の姿だった。



小さな攻防が続き――

やがて二人は、再び距離を取り、静かに息を整えていた。


そのとき。

ベアトリスの頬を伝った一筋の汗が、地面に落ちた――


その瞬間、先に動いたのは――白だった。


踏み込み、そして左へ跳ねる。


――重心を崩さず、フェイントすら織り交ぜた華麗な剣。


対するベアトリスは、その動きを正面から受け止める。


「ふふっ……楽しくなってきましたわ!」


帝国の剣が、煌めいた。

三連、四連と畳みかける“連舞剣”。


華やかでいて、実戦を見据えた鋭さを秘めた連撃。

その速さ――


(速い……でも、少し“前のめり”すぎですわね)


ルナリアは刃を滑らせるようにして、その攻めをわずかに逸らす。

そのとき――重心の揺らぎを見逃さなかった。


「そこですわ!」


たった一歩の踏み込み。

“静”の中に潜む“制圧”。


瞬時に崩れた重心を戻し防御に回ろうとするベアトリス。


その隙を――突く。


かと思いきや、ルナリアが、宙を舞った。


金糸の髪が陽光を纏い、しなやかな弧を描く。

回転しながらの跳躍――

その軽やかさはまるで舞姫、だが、放たれる斬撃は鋭かった。


意表を突かれたベアトリスが構えるより早く。

ふわりと着地する――いや、着地より前。


ルナリアの切っ先が閃いた。


「……っ!」


鋭く、正確に、両手剣の柄を弾き飛ばす。


ベアトリスの剣は宙を舞い、ざくり、と地面に突き刺さった。


一瞬の出来事。


ルナリアは、刃を突きつけることもなく――

静かに一歩下がると、美しく、あくまでも優雅に、剣を鞘へと戻す。


勝負は――ついた。


静まり返る観客席。


「……勝者、ルナリア・アーデルハイト様!」


審判の声が響き渡る。


――そして、どよめき。


それはやがて、万雷の拍手へと変わっていった。


「ルナリア様、万歳!」

「神聖国、万歳!」

「我が国の誇りだ!」


まるで、吹き荒れる帝国の猛威を――

気高い乙女が、たったひとりで打ち払ったかのように。



ルナリアは観客席へと向き、深く一礼した。


(今日のところは……わたくしの勝ち、ですわね)


そして――

剣を失ってなお、気高さを崩さぬ少女


ベアトリスは、悔しさを微塵も見せず、ふっと微笑んだ。


「……完敗、ですわね。

 たとえ国は違えど、あなたを友と呼べることを、誇りに思います」


そして、少しだけ声を落とす。


「でも――まだ……負けるわけにはいきませんの」


意味深なその言葉に、ルナリアは一瞬、きょとんと目を瞬かせ――


『ほら! 来た! 例の流れ! “勝った方が告白するルート”ってやつ!』


(……っ! わたくし、告白などするつもりはありませんわ!)


熱が一気に顔へとのぼり、頬がかっと染まる。


ベアトリスが小首をかしげると、ルナリアは慌てて背筋を伸ばし――一礼した。


「……いえ、勝負は時の運。

 わたくしを、友と呼んでくださるあなたと戦えたことを、誇りに思います」


ふたりは、互いの手をしっかりと握り合う。


国家を超えて――

乙女と乙女、凛とした微笑みを交わして。


歓喜と感動の渦が、観客席を包み込んでいった。



そのふたりの姿を、遠くから見つめながら――

レオンハルトは、ぽつりと呟いた。


「……ほう。我が妹を倒すか。

 悪くない。いや――とびきり、だ」


その眼差しは真剣で、どこか愉しげでもあった。


(しかし、だ。帝国の顔に泥が塗られたか。

 ふむ。これは、仕掛けるには好機かもしれんな)


そう内心で呟くと、レオンハルトはふと背後へ目を向ける。

控えていたのは、漆黒の甲冑に身を包んだ帝国騎士。


目配せひとつ――

それだけで、騎士は無言のまま、音もなくその場を離れていった。

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