第11話「社畜と悪役令嬢と、皇子と帝国の影」 エピソード⑧
王立学院・円形闘技場
《聖剣杯・女子の部》
ルナリアの二回戦終了後、闘技場では、帝国第三皇女――
ベアトリス・ディア・フェルディアの二回戦が始まろうとしていた。
一回戦では、打ち合う間もなく一気に間合いを詰めての瞬殺勝利。
そのしなやかな肢体を包むのは、漆黒の軽装甲冑。
胸元を優しく包み上げる曲線と、銀糸のような髪、月光を宿した瞳――
気品と威厳を纏ったその姿は、まるで戦場の幻。
腰には帝国の紋章が織り込まれた布がタバードのように垂れ、
一歩ごとにちらりとのぞく引き締まった太腿と滑らかな脚線美が、見る者の理性を試す。
「……おおっ……ッ!?」
「脚っ……脚線っ……ご褒美……っ」
「あれ絶対狙ってないのがまたヤバいんだって……!」
男子生徒の魂がゆさぶられるたび、隣の女子たちの瞳が冷えていく。
「…………男子、絶滅しろ」
「滅べ」
「国交断絶ね」
「“眼福”って言った瞬間、マジ刺す」
「違う! これは剣術を支える肉体美への感動なんだよ!」
「そうそう! 技と筋肉の動きが連動していて――」
「は?――ずっと脚ばっか見てたよね!?」
「くっ……見ないほうが失礼なんだよぉ……!」
「皇女殿下に踏まれたいのは……本能なんだよ……!」
「開き直った!!」
「保健室行け!! 頭か下半身かは選ばせてあげるから!!」
鐘の音とともに、剣が交わる。
鋭く、無駄のない足運び。
しなるように突き、払うたびに――
ぷるん。
「おおっ……!」
男子生徒たちが、思わず同時に声を漏らす。
「今の動き、見たか……」
「いや、見たくなくても見える……!」
「剣の軌道と……別の軌道が……!」
「脳が、脳が処理しきれねえ……!」
女子の冷ややかな視線が再び容赦なく突き刺さる。
「……うるさいわよ、変態」
「“斬ってください”とか言い出さないでよね」
「剣筋と別の軌道って、言語能力まで腐ってる」
「でも――あの動き、本物よ……ほら! 見て!」
――カランッ。
剣を落とす音が響いた。
「……ま、参りました……もう、許して……っ」
尻もちをつき、涙目で両手を上げる対戦相手の首筋には、
冷たく両手剣の“峰”が押し当てられていた。
剣を振り下ろしたあとでさえ、まったく乱れのない呼吸。
ベアトリスはぴたりと動きを止め、
ほんの一瞬、相手の目を見つめる。
それは侮蔑か、嘲笑か――いや。
ベアトリスは剣をそっと引き、膝を折った。
「怖い思いをさせてしまいましたわね――ごめんなさい」
手を引かれた女子生徒は驚いた顔をしながら立ち上がる。
「少しだけアドバイスさせていただいても? 」
涙を拭う対戦相手に、ベアトリスは手を握ったまま続けた。
「あなたの剣とてもきれいでした。でも――
少し型どおり過ぎましたわね。
もう少し、実戦をイメージした研鑽を積まれると良いと思いますわ」
剣を制しながらも、穏やかに手を差しのべる――
礼節の中に、“譲らぬ覇気”を忍ばせて。
これが、ベアトリス・ディア・フェルディアという少女だった。
そして――
「尊い……てっきり、踏みつけるのかと思った……」
「え? あ、あのお御足で……ふ、踏まれる!?」
「……いや、むしろ踏んで頂ける……!?」
「うん……踏みつけられながら、ゴミを見るような目で蔑まれたい……」
男子生徒たちは異なる意味で白旗を掲げた。
――それは敗北ではなく、全面降伏という名の崇拝だった。
◆
試合の終わりを告げる鐘の音が鳴り響いた。
ベアトリスの試合を、選手控室からじっと見つめていた
ルナリア・アーデルハイトは、ふうと小さく息を吐いた。
(……やはり、あの動き。まぎれもなく“本物”ですわね)
『うんうん! でもそれより“ぷるん”が視覚暴力すぎて!
もし相手が男子だったら、あの一撃で即死だよ、KOだよ、KO!』
(まひるさん、真面目にご覧なさい!)
『見た!? あれ絶対、銀河帝国の暗黒卿、女版!
黒い装甲、無言の圧、迫る剣――
もしかして……ベアトリスさんって「フォース」で首締めちゃったりする系!?』
(……フォースとは何ですの……?)
『でも最後……手を差し伸べてたじゃん……
あれってさ、完全に「改心した暗黒卿が息子に手を伸ばすシーン」だったよね……!
やだもう……推せる……ベアトリスさん、推せる……!』
(……対戦相手を推してどうなさるの……?)
『うん……でも男子たち、みんな踏まれたがってた。
ルナリアさん、もし、もしもだよ……。
負けちゃったら……ベアトリスさん踏んでくれるかな?』
(……あなたたち、全員まとめて恥を知りなさい!!)
***
既に決着はつき、観客席には、しばし余韻とざわめきが漂っていた。
ベアトリスが剣を収め、観客に向けて一礼するその姿を、
生徒席の中ほどから、アルフォンスは静かに見つめていた。
「……強いね」
ぽつりとつぶやいた声に、近くの生徒たちは気づかない。
あの日――彼女と過ごした茶会のひととき。
真剣な眼差しで、まっすぐに僕を見つめながら、
あくまでも優雅に、穏やかに、彼女は問いかけた。
「殿下は、どのような女性がお好みですの?」
そんなふうに、真正面から気持ちをぶつける。
それが彼女の流儀だった。
そして今日――誰も寄せつけぬほどの気高さと、しなやかな力強さ。
でも……その中には、誰にも見せぬ“葛藤”のようなものがある気がした。
なぜだか、そう思えた。
彼女もまた、それでも――立っている人なのかもしれない。
「……けど、ルナ。君なら――どうする?」
問いかけは、そこにはいない少女に向けられたものだった。
*
一方、観覧席の最上段――貴賓席。
ベアトリスの姿を見下ろしていた帝国皇太子、レオンハルト・ヴィ・フェルディアは、
丸太のような腕を組みながら、あからさまに渋い顔をしていた。
「ぬるい。ぬるすぎる。だから、あやつはポンコツなのだ!」
語気を強めたが、すぐにふっと表情をゆるめる。
「まあ、しかし……だ。そこが、あやつの良いところでもあるのだがな」
ほんの少しだけ茶目っ気まじりにそう呟いたその横顔は、
帝国では滅多に見せることのない、“兄”の顔だった。
シャルロット王女は、その様子を扇子の奥からじっと見つめ、
そっと目を細める。
(まったく……王族というのは、皆、妹に甘いものなのかしら)
ほんの少し呆れながらも、どこか優しいまなざしを浮かべて。
***
準決勝を勝利で終えた後、ルナリアの中。
『ルナリアさん、次はいよいよ決勝ですね……!
全力で応援します。「フォースとともにあれ!」』
(……応援ありがとうございますわ。
“フォース”というものはよくわかりませんが、決勝も、あなたと共に戦いますわ)
『ルナリアさん……すき……だいすき……』
(……はあ。せめて、邪魔だけはなさらないでくださいね、まひるさん。
あと、決勝後にでも、その“薄い本”の詳細、しっかり聞かせていただきますわ)
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