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第11話「社畜と悪役令嬢と、皇子と帝国の影」 エピソード⑦

王立学院・円形闘技場コロッセオ

《聖剣杯・開会》


高く晴れ渡る空の下、王立学院の由緒ある円形闘技場には、

白く大理石で縁取られた特設観覧席が設けられ、神聖国の貴族や王族、そして招かれた客人たちが整然と腰掛けていた。


最上段中央には、王族代表としてラファエル王太子とシャルロット王女の姿。

静かに貴賓席に座すラファエルの涼やかな佇まいに、口元に添えられた扇子の奥からシャルロットの上品な微笑が添えられる。


その隣、ひときわ目を引くのは――

黒を基調として赤のラインが特徴的なドレスをぴたりと身体のラインに沿わせた装いで、

椅子に浅く腰かけた、凛とした女性の姿。

すらりとした肢体に、思わず目を奪われるような曲線美。

だが、その顔に浮かぶのは控えめで落ち着いた微笑みだった。


フェルディア帝国第三皇女、ベアトリス・ディア・フェルディアである。


その横には、金の刺繍を施した黒の礼装に身を包んだ堂々たる体躯の男


――ベアトリスの兄にして、帝国皇太子レオンハルト・ヴィ・フェルディアの姿もあった。


帝国からの使節団の中でも、並び立つ二人の姿に、

観客席からは、ベアトリスへの感嘆の声と、レオンハルトへの畏怖を込めた囁きが広がる。


――楽団による開会のファンファーレが高らかに響き、式典が本格的に幕を開けた。


「それでは、選手代表として――

 アルフォンス・エリディウス・セレスティア殿下より、開会のご挨拶をいただきます!」


司会の女性の声に促され、ステージ中央へと進み出る第二王子アルフォンス。


颯爽とした礼装に身を包み、落ち着いた足取りで壇上へ。

ゆっくりと一礼すると、癖のある金髪が春の風のように揺れ――

その下で、朗らかな笑みを浮かべた。


「……本日は、このように晴れやかな空のもと、

 《聖剣杯》を迎えられたことを嬉しく思います。

 剣を交えるすべての皆様に、女神アルフェリスの祝福を――

 そして、各々、悔いのない戦いを期待しています」


少しの間を置き、茶目っ気たっぷりに付け加える。


「そして、僕自身にも、ほんの少しの幸運を分けてもらえたらありがたい」


どっと笑いが広がり、場内から拍手と喝采が湧き上がる。


――その余韻を残したまま、司会が続けた。


「最後に、特別参加選手についてご報告いたします。

 本年の《聖剣杯》には、両国親善の一環として、当学院在籍中の留学生――

 フェルディア帝国第三皇女。

 ベアトリス・ディア・フェルディア殿下のシード参加が決定いたしました!」


次の瞬間、会場全体の視線が、貴賓席の一角――彼女のもとに集中する。


あまりの衝撃に、会場は一瞬静まり、次いでどよめきに包まれる中、

貴賓席では、帝国皇太子レオンハルトがにやりと口の端を吊り上げていた。


「まあ……神聖国の聖剣杯に、他国の方が!?」

「……前代未聞ですわ!?」

「ベアトリス殿下って、あの噂の……?」

「どんな男子も一撃って噂の……」

「あのチート体形が動くとこ見られるの、ちょっと楽しみかも……」

「おい、それ聞かれたらしょっ引かれるレベルだからな……!」


一方、生徒席のルナリアは表情を少しも変えないまま、闘技場を挟んで正面、

貴賓席に座すベアトリスを静かに見つめていた。


「……」


『え、今なんて……!?』


ルナリアの中でまひるの驚愕がこだまし、

隣席のヴィオラも、思わずルナリアの袖を引き、心配そうに見上げている。


その熱気のなか、ベアトリスはゆっくりと立ち上がった。


紅と黒のドレスがしなやかに揺れ、すっと背筋を伸ばすと――

彼女の視線が、真正面、遠くに座るルナリア・アーデルハイトをまっすぐに見据えた。


その視線を受け止めたルナリアは、ほんのわずかに息を呑む。


すると、ベアトリスはほんの一瞬、深々とではなく――

舞台上で踊るかのように――優雅に、軽やかに。そして、ほんの一拍の静寂をまとって。


一礼した。


挑むでもなく、それでいて謝罪するでもなく。

ただ、「お手柔らかに」と告げるような仕草だった。


(そう……。いつもご一緒しているのに何もおっしゃらなかった。

 つまり……これはわたくしへの宣戦布告、ということですのね)

(簡単に優勝、という訳には参りませんわね……」


『ねえ、ルナリアさん……。

 これって……アルフォンス様をかけた戦いってことじゃない!?』


(……いえ。わたくしはそんなつもりはありませんわ。

 友として、そして帝国と神聖国の女の矜持を懸けた戦い、ということですわね)


『もう、相変わらず素直じゃないなー』


(うるさいですわよ、まひるさん……。

 ――さあ、もうすぐ試合の時間です。準備に参りましょう。

 試合中は、くれぐれもお静かに)


『へい!合点承知。 社畜的に善処いたします!』


ルナリアは静かに席を立つと、袖を握ったままのヴィオラにそっと笑いかけた。

ヴィオラは一瞬目を伏せ、その睫毛がふるりと揺れたが、すぐに顔を上げ――


「ルナリア様、がんばってください」


「ええ、ありがとうございますわ、ヴィオラさん。行って参りますわね」


ぎゅっと袖を握ったヴィオラの手に、ルナリアは軽く手を添え、優しく微笑む。


『ヴィオラちゃん、すっかり恋女房ポジなんですけど……。

 でも、この子は「軽く捻っちゃってください」とか絶対言わないの、ずるいよね』


(ふふ……まひるさん、ふざけてないで行きますわよ)


けれど、この胸の高鳴りと、身体の奥に灯る熱は――

果たして試合への期待ゆえか、それとも。


ざわつく観客席の視線の先――

驚きと熱気、そして波乱の予感をはらんで。


学院最古にして最高峰の武技大会、

聖剣杯せいけんはい》が、いま、華やかに幕を開こうとしていた。


***


《聖剣杯・女子の部》


「……参りました」


こめかみに冷汗を浮かべた対戦相手の女子生徒が、震える声で剣を落とした。


ぴたり、と首筋に向けられていたルナリアの剣先が、すっと引かれる。

その動きは寸分の狂いもなく、まるで舞のように美しかった。


汗一つかかぬまま、くるりと優美な細剣を振ると、陽光が刃にきらめいた。


細剣をするりと鞘に納めると――


カチンッ。


鍔がわずかに鳴り、ルナリアは涼やかに一礼した。


遅れて観客席から歓声が沸き上がる。


「きゃー! ルナリア様!」

「今日も最高に素敵ですわ!」

「わたくしの首筋にも剣を当ててくださいまし!」

「愛してる――!!」


『ルナリアさん……百合の香りが大量に発生してますよ……』


(何のことですの? 特に……お花の香りはしませんわね……)


くんくんしながら闘技場を退出するルナリアの中で、まひるは笑いを堪えるのに必死だったという。


――女子の黄色い声援が飛び交うなか、隣の空席に手を添えてそれを聞いていたヴィオラは微妙な顔で拍手を送っていた。


(……なんだか、今日のルナリア様、いつもと違います……)


そんなヴィオラに、周囲の男子の声が届く。


「今日のルナリア様ってさ、相変わらず気高いけど、

 なんかこう……近寄りがたいって感じじゃないよね」

「うんうん、ちょっと可愛く見えるっていうか――」

「あの太ももとか……なんだか、ドキドキする……」

「やめとけ……聞かれたら死ぬぞ、マジで……」


その瞬間、ヴィオラの眉根が寄った。


(聞こえてます……こんなときに、人を殺してしまおうと思うものなのですね?)


初めて感じる感情に、ヴィオラ自身も困惑していた。


でも、たしかに今日のルナリアは、普段の完璧すぎる“公爵令嬢”ではなく、

あの時、森での薬草実習のときと同じ、どこかくだけた服装だった。


ショート丈のプリーツスカートに、ロングブーツ。

白のブラウスの上には、白銀の装飾が施された胸当てが添えられている。


凛とした印象はそのままに、どこか軽やかで――

以前のリナリアなら、誰にも見せなかったであろう隙のようなもの……

そんな、きっと本来の彼女と思える姿を、ほんの少しだけ垣間見たような気がして――


(なんだか……ほんの少しだけ、ルナリア様が遠くに行ってしまいそう……)


その頃、闘技場に面した選手控室に戻ったルナリアの中。


『ねえ、ルナリアさん。

 もしかしてこの、まひるセレクト美少女剣士コーデ、気に入ってくれたとか?』


(そうですわね。森での戦いで実績のある服装、それだけのことですわ)


まひるの問いに、ルナリアは心のなかで淡々と答える。


(でも……悪くありませんわね。動きやすさも申し分ないですし)


その頬に、ほんのりと朱が差したのは――観客の声援のせいか、それとも。


一方、貴賓席では。


「うむ。あの娘、ルナリアといったか。実に佳き娘であるな」


帝国皇太子レオンハルト・ヴィ・フェルディアは、腕を組んだままうなるように頷いた。


「気高く、強く、そして美しい。

 帝国広しといえども、これほどの娘、そうはおるまいよ」


――その言葉に、ラファエルの眉がぴくりと動いた。

扇子をたたんだシャルロットは、わずかに息を呑む。


(レオンハルト殿下、まるで、兄上が存在しないかのように、

 その婚約者を堂々と自分のもののように、“佳き娘”などと……)


(兄上はお辛いでしょうに)


シャルロットはそっと隣の兄、ラファエルを見やるが、

彼は口を挟むことも無く、静かにルナリアを見守っていた。


そしてもう一人、同じようにルナリアを見つめている姿があった。


王族席の傍にひときわ凛々しく立つ”王女の盾”


――聖堂騎士団・副団長、ランスロット・ヴェルダイン。


白マントに白銀の鎧を纏ったその騎士は、ちらりと視線だけを横に動かす。

視線に呼応するようにシャルロットも、ごくわずかに頷いた。


言葉は交わさない。

けれど――そこに交わされた意志は、ひとつ。


(“備えておきましょう”)


そんな静かなやり取りだけが、

最上段の貴賓席の片隅で、人知れず行き交っていた。



生徒席で観覧していたアルフォンスは、静かに目を細めていた。


「……あの服、気に入ったのかな?

 ……いや、違う。すごく似合ってるって、知ってたんだね」


森でのかつての出来事が、アルフォンスの脳裏に浮かぶ。


魔物との戦いで彼女が負った、太ももの傷をとっさに応急処置した時のこと。


血を流す彼女に、心配でたまらなくなった僕は思わず駆け寄った。

ふと顔を上げれば、真っ赤になって恥じらいに耐える彼女の姿。


(……ごめん。実は、あのとき――僕も平静を装うので精一杯だったんだ……)


(でも、あのとき……君のあんな顔を見たら……。

 我慢できなくて、つい……あんなふうに囁いてしまったけど

 ――今、君は……僕の言葉をどう受け止めているのかな)

(ルナ、君に届いてると信じたい。あれは……僕の心からの願いだから)


淡々と、けれどわずかに苦笑をにじませながら、

ルナリアの姿を、まっすぐに目で追い続ける。


彼の想いなど、露知らず。

ルナリア・アーデルハイトは、静かに、順調に、聖剣杯を駆け上がっていく。

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