第8話 静原氷花
初仕事を終えてから一週間後、二階堂さんの屋敷、「二階堂屋敷」の敷地内にある近くの池に、俺は挨拶がてらレイと二人で河童さんのところへ来ている。初仕事の日と同じく俺は白いパーカーに黒の長ズボン。レイは白いシャツの上に、前を開けた黒いカーディガンを着て、黒い長ズボンを履いている。河童さんは普段はこの池に住んでいるらしい。
「へぇ……。昔はそんなに魚が取れたんですかぁ」
「ああ……。今じゃあ森林伐採なんかでな、自然も減ってきちまって、魚もどんどん住むとこ無くして、おかげで俺も食糧に悩まされる有様よぉ。君らも自然は大切にせなねぇ」
「はい……、そうですね」
愛想笑いで返す。なんだか高齢者の長話を聞かされている気分だ。まあ全然嫌な気なんてしてないけど。
レイが口を開いた。
「まあでも河童さん、魚取れない時とか二階堂さんによく飯食べさせてもらってますよね」
「えっ、そうなの?」
なんだ、それなら別に食料に困らないじゃないか。空腹で死ぬなんてことはないみたいだ。まあ怪異は祓われて消滅することはあっても、自然死的なものはないようだけど。まあそもそも死ぬって概念すらないか。
「まあねぇ、いつも二階堂さんには世話になってるよ。けど、俺だっていろいろ屋敷の掃除とかやってるし、まあWin-Winな関係だわな。ダハハハハハハハハハ!」
河童さん……。けっこうおっさんみたいに笑うんだな……。
河童さんと楽しく雑談していると、俺とレイのスマホからピコンと音がした。メールが届いたらしい。通知画面を見てみると二階堂さんからだ。内容を確認すると、『前に言ってた新しく入るバイトの子を紹介するから屋敷に戻って〜』とのこと。
そういえば神社の仕事が終わってから二日後あたりに、近々バイトの子が新しく入ると二階堂さんに告げられていたっけ。話を聞くと女の子のようだけど、こんな危険な仕事を受けて大丈夫だろうかと少々心配な気持ちもある。もう面接は済ませており、その子も今日から正式に霊媒師として働くみたいだ。
「じゃあそろそろ行くか。河童さん、また時間空いたら来ますね」
レイが河童さんにそう告げて、俺も軽く挨拶した。河童さんも「おう、またなあ」と、ちょっと寂しそうにしていた。もっと話したかったようだ。
河童さんを後にして、俺たちは、レイと初めてあった個室で待っている。俺がレイに話しかけた。
「新しく入る人、どんな人なんだろうね。俺も最近入ったばっかりだけどさ」
「さあな。けど、数あるバイトの中でこんな仕事を選ぶ時点で、まあ頭のネジは完全に外れているやつだろう」
レイは本当に辛辣だなあ。まあ確かに、言っていることはごもっともだけど。ちなみに歳は俺たちと同い年、つまり高校二年生みたいだ。同い年なだけ話しやすそうだけど、女の子みたいだからなあ。学校で女の子と話すこともないし、コミュ力が著しく欠けている俺にしっかり話せるのだろうかと不安と疑問が浮かぶ。
ぼーっとレイと雑談していると、横の襖が開いて、人が入ってきた。二階堂さんはいなくて、一人のようだ。どうやらこの子が新しく入る新人の子らしい。
俺とレイが襖の開く音に反応して、その子に視線を向けると、その子はひどく体が震え出した。
「ひっ!……あっ、あぅあ、……えっと……、その、私、「静原 氷花」って、言います……。あの、今日からバイトで働かせてもらうことになったので、あの、その……、よっ、よろしくお願いしますっ!」
と、その子はそう言って自己紹介してくれた。背は俺より頭ひとつ分くらい小さく、黒髪のポニーテールに、目は大きく顔はそこそこ整っていて完全に童顔だ。美人とか綺麗と言うよりも、可愛らしいという表現が似合う。水色のワンピースの上に薄いピンクのカーディガンを前を開けて着ている。印象的には控えめでおとなしく、引っ込み思案と言った感じがした。
にしても随分と緊張しているようだ。分かる、分かるよ。俺も人前で自己紹介とか挨拶するのは得意じゃないし、いつもわかりやすくキョドッてしまうから……。この子とは自分と同じ属性を感じる。気が合いそうだ。
静原さんの挨拶に続いて、レイと俺も軽く自己紹介した。
「竜崎レイだ。よろしく」
「火野飛鳥です。よろしくお願いします」
二階堂さんはまだ来なさそうだし、軽く三人で談笑でもしようか。レイはあまり他人に興味を示さないし、たぶん自分からは無理に話をしないだろう。けど、これから一緒に仕事をする仲間になるわけで、今のうちに少しでも仲良くなりたい……。俺はあまり人と会話するのは得意じゃないけど、ここは俺が何か話かけたほうが良さそうかも。
「まあ座りなよ、二階堂さんはまだみたいだし」
「あっ、はい。ありがとうございます」
三人とも座布団の上に座った。静原さんは正座で、俺は体操座り、レイはあぐらをかいていて、それぞれ個性が出ていた。
俺はふと思い浮かんだ率直な質問をしてみた。
「ところで静原さんは、どうしてこの仕事を選んだの?」
けれど、言い終わった後に俺はしまったと感じた。仕事が仕事だし、急にこの質問は無かったかも。言ってしまった後に気づいたけど、まあでももう聞いちゃったし、しょうがない。それに、考えすぎな気もする。といっても、そこまで失礼な質問じゃないはずだ。静原さんが口を開く。
「あ、えーっと。お給料が良かったんで……」
「……………え?」
「あっ、いや!そのっ、お家によく霊媒師バイトの募集のチラシが届くんです。それで、見てみたらお給料が他のバイトと比べて結構良くて、あと私、あまり人と話したりするの苦手で、接客業とか絶対できないし、霊媒師なら、接客とかないし、祓うだけだし、私でも行けちゃうんじゃないかなぁ……って、は、ははは」
………いや、マジかこの人。いやまあ確かに、命懸けだし、国が直接絡んでるし給料はわりかし良いけど、志望動機があまりにも安直だ……。そんな理由でこんなイレギュラーな仕事を選べる根性がすごい。いや、というよりあんまりこの仕事の厳しさを理解していないのかも。
静原さんは話を続けた。
「私、小さい時から、普通の人が見えないようなものが見えていたんです……。それが怪異と呼ばれていると言うことは、後々知ったんですけど……。それでよく、近所でよく人に憑いて、肩凝りをおこしたり気分をどんよりさせたりする低級レベルの悪霊をたまに除霊していたんで、お祓い経験なら少しはあります!」
なるほど、なら俺よりは経験がありそうだ。
「それくらいの悪霊なら人よりもほんのちょっと霊力があって、怪異が見えていれば誰でも簡単に除霊できる」
とレイがそんなんで経験ありって言われても、といった感じで言う。そして俺はふと疑問に思った。
「あのさ……そもそも霊力ってなんなの?あんまり深くは理解できてないんだけど」
レイは「はぁ……」、やれやれと説明した。
「生物や怪異が皆持っている、魂に秘められたエネルギーみたいなもんだ。だから霊媒師じゃなくて一般人にも、誰だって霊力は持っている。まあ霊媒師になれるやつや怪異が視認できるやつよりかはかなり量は少ないがな。霊力量が多ければ多い分、そいつの魂の強さを示し、それはつまり自身の力の大きさを表す。一般人は基本無理だが、霊媒師並みの霊力を持ったやつなら修行や戦いの鍛錬、精神統一なんかを行い続けると、少しずつではあるが霊力を増やすこともできる。俺はそうやって霊力を増やしている」
そうか。つまりはエネルギーみたいなものか。
「あと、静原。お前、給料の良し悪しで決めたんならこの仕事はやめとけ。下手したら死ぬんだぞ」
レイは静原さんに告げた。
「……そ、そうですね。でも、私だって、誰かの役に立ちたいと思っていますし、他の人が持っていないような力を自分が持っているなら、私も自分にしかできないことを……仕事にしたいんです!」
引っ込み思案な印象だった静原さんは、今度は強く、自分の覚悟を伝えてきた。……と、そうこうしているうちに襖の戸がスライドし、二階堂さんが入ってきた。