第5話 落下
俺とレイは目的の神社がある山の前までやって来た。もうすっかり夜だ。レイと初めて出会った一週間前と同じく、レイの服装は白いシャツの上に黒いカーディガンを前を開けて着て、黒い長ズボンを履いている。そして俺は白いパーカーと黒の長ズボンを履いている。レイもそうみたいだが俺は同じ服を何着も持っている。理由はその日に着ていく服を選ぶのが面倒だから。レイも同じ理由らしい。そこは気が合いそうだ。
山の中を見ると神社へと続く長い階段があり、その階段の前には鳥居がある。
そして、とても凶々しいオーラを感じた。なんだろう……この感じは、上手くは言えないけど、なんだかすごく、怖い……。
「き、気のせいかな……。な、なんだかすごい怖そうな雰囲気があるね……レイ」
「悪霊の霊力が僅かだがここまで流れ出ているのかもな。お前が霊力を感じられるようになった証だ」
レイが背を向けながら俺の前に出る。
「ビビったんならここにいろ」
「びっ、びびってないよ……。行こう!」
夜のためあたりはもう真っ暗で、それが余計に恐怖を引き立たせたが、俺もレイの横に出た。そうだ、このくらいでビビってちゃダメだ!
神社に続く山道の階段を上がりながら、少しずつプレッシャーが強まってきた。なんかこう……、体がほんの少し重くなってくる感じがする……。
「ねぇ、レイ。この一週間のうちに二階堂さんにいろいろ教わったんだけどさ、怪異や悪霊は頭を潰せば除霊できるんだっけ?」
俺の質問にレイは応える。
「ああ。けどそれは基本的なやり方だ。中には呪文を唱えて成仏させる霊媒師もいるし、なんなら体ごと全部吹き飛ばすほどの霊力を持った規格外な人もいる」
へぇ。なんかすごそう……。
レイと話をしていると、少し緊張もほぐれてきた。
「そういえばレイはどこの学校に通っているの?」
「…………学校は辞めた」
「えっ、そうだったの?」
霊媒師という職は非常に特殊らしい。それゆえに、労働規定も他の職と比べて特殊だ。もちろん一般人にはこの業界のことは隠している形になっている。正式な霊媒師やバイトとして雇われている霊媒師も、皆、国から雇われている形になっているらしい。俺とレイもそう。俺たちは直接の雇い主である二階堂さんにいろいろ国との手続きはしてもらったけど、バイトはあくまで、国からと言うよりかは雇い主に雇われていると言った形になる。
けれど、霊媒師は国家機密の職であり、それゆえに給料もそれなりに良い。そして国からの援助もあり、学生バイトは学費を全額国が払ってくれるらしい。俺もそれで学校には今でも通っているが、レイはそれでももう学校には通っていないようだ。
いろいろ事情はありそうだけど、今は聞く時じゃないよな。今は仕事に専念だ。
階段を登り終えると、神社の本殿が見えた。本殿と俺たちの間には本殿に続く広い玉砂利の山道がある。
とうとう上まで登ってきた。俺も霊力の感知にはまだまだ疎いけど、それでも分かる、とてつもない霊力だ。けど、特に悪霊らしい姿は見当たらない。
「悪霊いないね。霊力は感じるのに」
「ああ、だが気は緩めるな」
レイはそう言うとズボンのポケットからお札を取り出した。
何それ?と俺が聞く間も無く、レイはその札に手から自身の霊力を込めた。すると……。
バフンッ!!!!
札は「バフンッ!」と煙を立てた。煙がだんだん消え去っていくと、何とさっきの札が、日本刀へと変化していた!
「えっ!?すごっ!何それ!?刀!?」
俺は興奮気味にレイに聞く。レイもいちいち騒ぐなという風に、気だるそうに答えた。
「さっきの札は霊媒師だけが持つ、特殊な呪いが込められた札だ。呪いを込められる霊媒師の人に頼んで、自分の私物に呪いをかけてもらうと、私物に込めた自分の霊力を自分の体に戻すことで一枚の札に変えることができる。逆に、札に自身の霊力を込めると、こんなふうに元の私物に戻すことができる。こうすれば、コンパクトで持ち運びにも便利だろ?」
「へぇー、なんかすごいね」
なるほど……。そんな便利なこともできるのか。というか、
「その刀かっこいいね。レイの刀?いつもレイはこの刀で戦っているの?」
漆黒の鞘と柄に、金色に輝く円型の鍔。まさに、男子なら誰もが憧れるであろう日本刀そのものだ。けど、ただの刀ではなさそう。刀からは霊力を感じるし、おそらく悪霊を祓うために作られた特殊な刀なのだろう。
「まあな……。ここだけの話、俺は術が使えない。普段は己の霊力で肉体を高めて戦っている」
「えっ、そうなの?」
「お前は術使えるんだよな。どんなだ?」
「えっと……、炎」
「……なんか強そうだな」
俺の術は炎。この一週間のうちに二階堂さんに教わった。術の使い方も鍛えられた。だから、俺もレイの足を引っ張らない程度にはやれるはず。
っと、こんな話をしている場合じゃない。悪霊を探さないと!
俺がはっとしていたら、レイもそんなことよりも!と思ったのか、レイは口を開いた。
「って、それより今は悪霊だな。さっきも言ったが、気はしっかりな。今回お前は半分見学みたいなものだが、ほんの少しの油断で命取りにな……」
ゾクッ!
「!?」
「!?」
背後にゾッとするような気配、レイと同時に後方を振り向いた。すると、その目の前には、
「……」
全身が真っ黒、まるで影そのもので、小さな少年のような黒いシルエットをした、怪異がいた。
「こいつが今回の悪霊!?」
俺は呟く。するとレイは、俺の前に出た。
「みたいだな、さっさと終わらせるぞ」
すると、その少年のような黒いシルエットをした悪霊は、右手をスッと上にあげた。
スッ
「!?」
俺の体がガクンと一瞬下に下がるような感覚がした。いや、というより、下に落ちるような感覚が。
「えっ?」
フワッ
俺が立っていた位置に、悪霊が手を挙げたと同時に真っ黒な丸い円が突然現れた。俺の体は一瞬フワッとした。そして、俺はそのまま何が起こったのか理解できないまま、その真っ黒な円の中、地面の下へと落ちた。
「飛鳥!!」
レイが叫ぶ。
けどもう声は聞こえない、どんどんと俺は闇の中へと落下していく……。
そして穴は消え、元の玉砂利の地面に戻った。