第2話 霊媒師
2話です。よろしくお願いします。
茶髪の男に連れられ、俺はファミリーレストランへと入り、席に着いた。急にすまないねと、お詫びも兼ねて奢ってくれるらしい。
……正直、さっきまで死のうとした寸前だったので、あまり食欲は湧かないのだが……。
茶髪の男は話し始めた。
「じゃあ改めまして。私は「二階堂 光太」、霊媒師をやっている者だ」
茶髪の男、二階堂さんは次に、「君の名前はなんていうの?」と訊いてきたので、俺も「火野飛鳥といいます……」と軽く自己紹介した。
「飛鳥君だね。実は私はこの街には最近来たばかりでね。来た目的はさっき見せたこの石を捜すためだ」
二階堂さんはさっきの石をテーブルに置いて見せた。
「これは〝黒龍石〟と呼ばれているものだ。今から何百年も昔、一つの町を一瞬にして焼き滅ぼした〝黒龍〟という強力かつ凶悪な〝怪異〟が存在した。そいつを当時最強と評された一人の霊媒師により、五つの石に分けて封印された」
なんとも現実離れした話だな。霊媒師とか龍とか怪異とか話のスケールが異次元すぎる…。この人はただの頭のおかしな人なんじゃないかと思ったが、この人の顔と目は真面目で、冗談を言っているようにも思えなかった。
「その石がこの黒龍石。五つあるうちの二つが、私と君が持っている石な訳なんだけど、とここまでは理解してくれたかい?」
二階堂さんの話を聞き、俺も、まあ一応…と小さく頷いた。
「まあ、とにかくだ。その石はとても危険なものなんだよ。ちなみにその石はどこで手に入れたんだい?」
「俺が小学生の頃に、兄が俺にくれたんです…。公園で拾ったみたいで…」
二階堂さんは、そうかと言って、少し考え込んだ様子を見せた。
(黒龍石が公園に落ちていた?………そんなことあるか?この子の兄は、本当に公園で拾ったのだろうか……。なんだか色々と気になる点が多いな………)
「じゃあそれは君にとって大切なものなんだね」
「…はい。最近兄が事故で亡くなって、今ではこれが兄さんの形見みたいなものなんです」
「そうだったのか。すまない、いやなことを思い出させてしまった。……実を言うと、君がその石を持っていることはちょっと前から知っていたんだ。この街に来て、石の反応を頼りに石を捜していたら、石が君に強く反応していた。君が黒龍石を持っていることはすぐに確信したよ。けど、しばらく様子を伺っていた。なんせ、お兄さんが亡くなったようだったから……話しかけるタイミング無くってね」
「石が石に反応するんですか?」
「うむ。なんせ封じているものが強力だからね。お互いの石が強く引かれ合うんだ……。これを利用して、私は石を捜していたんだ。さっき、その石はお兄さんの形見と言っていたね……。とても言いづらいんだが、その石は危険だ。言い方がきついけど、それは君が持つべき代物じゃない」
「あの、そもそもまだ……二階堂さんの言っていることが、あんまり信じれていなくって……。その、霊媒師だの怪異だの、現実離れすぎて、失礼ですけど意味がわからなくって、どうゆう事なんですか?」
二階堂さんはゆっくりと説明してくれた。
「まあ、信じられないのは当然だよ。ふつうの人はこんな話を信じやしないさ。でも信じられないのは、こんな馬鹿げた話があるわけないと君が決めつけているからだよ。見えるものだけで判断して、見えないものまで見ようとしていないからだ。まあ見えないものを信じろなんてなかなか難しいけどさ」
「……そんなこと言われたって、よく分かりません………」
「うーむ……。まずは怪異というものが存在することを知ってもらえるとはやいんだけどねぇ…。霊視鏡は屋敷に置いてきちゃってるしなぁ……」
……もういい。自分から質問しておいてなんだが、これ以上は時間の無駄だ。そもそも全部もうどうでもいいんだ。本当にどうでもいい。今はもう人と話す気すらおきない…。怪異とか石とか、自分のこれからの人生とか、学校も何もかもが、もう全部どうでもいい。
兄さんは俺の全てだった……。兄さんがずっとそばにいてくれたから。俺は今まで生きてこれた。兄さんがいない世界で生きていたって………。
……しょうがないじゃないか………。
「あの……すいません。俺もう出ます……」
俺は席から立ち、その場からそっと離れた。体が鉛のように重い。どうやら俺の精神は兄さんが亡くなってからもうとっくに、限界だったのだろう……。
「ちょっ!君!待ってよ!まだ話が終わってないよ!?」
二階堂さんが引き止めるが、もう俺は誰かと話す気分にはなれないのだ。全部どうでもいい。
俺はファミレスを出て、それから途方に暮れながらあてもなく街を彷徨い続けた………。
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……ぼーっと歩き続け、やがてあたりはすっかり夜になっていた。死に場所を探して近くにある裏山の中へと入った。崖の上かどこかで飛び降りようと考えていたのだ。山奥に入り、立ち入り禁止と書かれている古びた小さな看板の先へと入った。死ぬところをあまり人に見られたくはないし、自分の遺体が人に発見されるのもちょっと嫌だったので、あまり人が来ないであろう山奥で死のうと考えたのだ。おまけに立ち入り禁止と書かれた場所の奥まで来たのだから、人なんてそう来ないだろう。
トボトボ歩いていたらやがて大きな滝を見つけた。高さも十分あり、たぶん上から落ちると下の水は完全にコンクリート状態だろう。ちょうどいい、ここにしよう。滝の上に登り、端まで立つ。
空をふと見上げると月が綺麗だった。小学生の頃、兄さんとよく俺は宇宙飛行士になって月に行くと言ってたっけ。今思えば本当に子供だった。それでも兄さんは優しく笑って応援してくれた。
その兄さんはもうこの世にはいないのだ。
もう疲れたな…………。
学校には居場所がない。とくに夢とか将来の目標なんてものもない。本当に退屈で、面白くなくて、平凡な人生だったと思う。
それでも兄さんがいつもいてくれたから、俺は生きてこられた。でも、兄さんはもういない。
兄さんに会いたい。そう考えると、不思議と死ぬことにそれほど恐怖はなかった。
だが、足を前に出した瞬間……。
『ガァオォォォ!!!!!』
突然背後から謎の雄叫び!背後にいた「何か」は俺に向かって大きな手を振りぶつけてきた。
ドゴオォォンン!!!!
俺に向かってきた大きな手は俺が立っていた地面に直撃!俺は咄嗟の反応とまぐれでなんとか回避できた。
月明かりで夜でもはっきり見えた。その俺の背後にいた「何か」は、大きな手足に目はないが大きな口に大きな顔、体全体はぱっと見十五メートル程だろうか。それはこの世のものとは思えないほどに凶々しく恐ろしい「バケモノ」だった。
急な出来事に俺は頭が回らなかった。手足がすくんで動けない。
だが何故か、ふと二階堂さんの言っていた言葉を思い出した。
「怪異」
「…………もしかして、これが怪異」
そのバケモノの大きな手は、また俺に降りかかってきた。
「あっ………」
その瞬間。スローモーションのように、今までの記憶が蘇ってくる。
子供の頃、ばあちゃんに読み聞かせてもらっていた絵本。
兄さんにもらった黒い石。
兄さんと買い物した時のことや、学校で一人小説を読んでいた時のこと。
あぁ……。なんで忘れてたんだろう。いや、忘れてはいなかった。けど、今までちゃんと思い出していなかったのかもしれない。小さいけれど、思い出がたくさん……。
「そうか…これが走馬灯か」
急に死に対する恐怖が込み上げてきた。
(死にたくない!!)
ドガァン!!!!
俺は地面に叩きつけられ、気づけば目の前には月があった………。
痛い……。いや……それすらよく分からない……。意識が朦朧としていた………。視界がぼやけて……耳鳴りがする……。
けれど……すぐに理解できた……。
(あぁ……。俺……死ぬのか…………)
兄さん………ごめん…………。
俺の意識はここで無くなった。
意識を無くした飛鳥に向かって、その怪異はまた大きな手を振りかざしたが、その瞬間!!
ドゴォォォン!!!!
その怪異に天から勢いよく衝撃が走る。その怪異の頭上に男は乗っていた。ビリビリっとした電気が怪異に走る。
二階堂光太。それはまさしく、天からの雷のようであった。
「悪いね。除霊させてもらうよ」
怪異は手を二階堂に振りかざしたが、光の速さで二階堂は怪異の前方に回避。
二階堂は次に「札」のような物を着物から取り出し、札に霊力を込め、怪異に目掛けて投げた。怪異に張り付いたその札には「爆」という字が刻まれていた。
怪異に張り付いた札は爆発を起こし、怪異はよろけて体の三分の一ほどが欠損していた。怪異は再生しようとしたが、それを待たず二階堂が畳み掛ける。
怪異の真下にまたしても光のごとく一瞬にして移動。そのまま右足を怪異に目掛けて振り上げ、怪異は天に放り上げられた。
二階堂は左手を天にかざし、唱えてみせた。
「怪奇妖術。雷」
天はゴロゴロと鳴き、光だした。
ドゴォォォォォンン!!!!!!!
怪異に向かって天から雷が炸裂!!怪異の体全体に強烈な電気が走る。
怪異はそのまま消滅し、祓われた。
静かな空気が一瞬流れたが、二階堂は倒れた飛鳥の元にすぐさま駆け寄った。
飛鳥の体を起こし何度か呼びかけだが、返答はない。
(死んでいるな…………いや、だがまだ間に合う!)
二階堂は飛鳥の胸に手を当て、術を施す。
暗い山の中で、その場のみ、光だした。
★
★
★
俺はゆっくりと目を覚ました……。まだ視界がぼやけているけど、それはあまり関係がなかった。なんせ目を覚ますと、周りが文字通り真っ白な空間にいたのだから。
俺は困惑している。
「ここは……一体……」
「目を覚ましたかい?」
声が聞こえた方を見ると、すぐそばに二階堂さんがいた。
「二階堂さん。ここは………」
「君の意識の中だよ。今私は君の意識の中に直接語りかけている感じだ。だからまあ、君の体自体はまだ目覚めてないんだけどね」
そうか。この真っ白な空間は俺の意識の中か……。いや、まだよく理解はしていないけれど、さっき怪異も見たし、今は意識の中にいるというのもまあ、あり得るのかも。まあそういうことなのだろう。あまり深くは考えないようにしよう。
そんなふうに今の現状に自分なりに納得しようとしていたら、二階堂さんは説明してくれた。
「実は……君はさっき死んでしまったんだよ。あの怪異に襲われてね」
「えっ、やっぱり俺………死んだんですか………」
「ああ。けれど私の術を使って蘇生することができた。私は蘇生術も使える。まあ、成功する確率は極めてあり得ないんだけどね。今回はまだ死んでからそれほど時間が経たないうちに術を施したから、なんとかなったけど、それども蘇生できたのは奇跡だったよ……。まあまだ君の体は目覚めてはないけどね。もうそろそろ目を覚ますと思うけど」
そして二階堂さんは、俺に頭を下げた。
「さっきは、本当にすまなかった……」
「……えっ」
「私の説明が君にちゃんと伝えられなかった事だよ。君を困らせてしまった。その結果、君が怪異に襲われて君を死なせてしまった。本当に申し訳なかった」
いや違う、悪いのは俺だ。もう全部どうでもよくなって、急に立ち去ってしまったのだから。
「いや……、俺も、急に立ち去ってしまって……。しかも、立ち入り禁止って書かれたところに勝手に入ったくせに、怪異に襲われて、二階堂さんにご迷惑をかけちゃいました。……ごめんなさい」
俺も謝ると、二階堂さんは言葉を続けた。
「いや、君が謝ることはない。あの山は最近悪霊が出ると私も聞いていてね。まあ立ち入り禁止の立札もあるから、除霊に行くのは後回しにしていたんだけど、まさか君が入っちゃうとは。私も早く祓いに行けば良かったんだ。まあ、それはそうと、これで気も信じてもらえたかい?怪異の存在を」
俺は首を縦に振った。ほんの少し、夢なのではという気持ちもあるけれど、それは違う。今でも信じられないけれど、これは現実だ。今でもさっきの大きな怪物の、悪霊の手が俺に降りかかるのを思い出すと、体が震える。
「あと、君はお兄さんを亡くして、自暴自棄になって死のうとしたようだったけど、勿体ないと思わないかい?」
「勿体無い?」
「だってさ、人間本気で死のうと思えばいつでも死ねるわけだよ。だったら、今死んでしまうのはあまりに勿体無いと私は思うなぁ」
勿体無い……。
「つまり、私が言いたいのはさ、もっと生きてみるのもありなんじゃないかって事だよ。死ぬのは、これからも生きて、生きて生きて、もう本当にどうしようもないって思った時でも遅くはないはずだ。だからさ、もうちょっとだけ、この世界を楽しんでみたらどうだい?人生はそれほど悪いものでもないよ」
……………。
そう、かもしれない。俺は、やっぱりまだ死にたくない。兄さんが俺をここまで育ててくれた。その命を自分で断つわけにはいかない。だけど………。
「だけど、俺………。この先どうすればいいんでしょう……。一人で……」
「……………………。もし、君が良ければだが、私たちと一緒に働かないか?霊媒師として」
「えっ?」
「君は一度死んだことにより、怪異になりかけた。生物は死ぬと、基本的には無に還るんだけど、生に強い意志を持ったりするものはごく稀に怪異になるケースもある。君は今回後者のようだ。蘇生術を施している時、君から霊力をとてつもなく感じたからね。君はまだ死にたくなかったんだろ?」
「………」
「それで、その怪異になりかけた状態から、生き返らせたわけなんだが、一度死んで怪異になりかけた影響で、今君の中にはほんの少しだが、怪異の部分が残っている……。つまり、今君は霊媒師並みの霊力がある状態だ。術も使えるはずだよ」
「えっ、俺にそんなことが……」
「まあ、術や霊力の使い方は後々私から教えよう。どうだい?私のところでバイトという形で働く気は?……もちろん、命懸けの仕事になる。並大抵の覚悟じゃ無理だ。けど、どうしても生きる希望が見えないって言うのであれば、霊媒師として、誰かの助けになるという道もある……。どうだい?」
「……………」
………あまりにも急だ。でも、こんな俺に生きる理由が少し見えたかもしれない。さっきの悪霊を見て思った。怖いと。
だけど、こんな俺でも、誰かの役に立てるなら、自分の、生きたいと思える理由ができるなら。
「………はい。俺も、誰かの役に立ちたいです。俺に戦い方を教えてください!!」
二階堂さんは優しく笑った。なんだろう、俺はこの人の笑顔が好きだ。
「うっ」
ゆっくりと意識が戻り、目を覚ますと空は青く、朝焼けが綺麗に輝いていた。
そして横には二階堂さんがいた。
「起きたかい?じゃあ、行こうか!」
俺は、二階堂さんと共に、歩き出した。
今まで見えなかった世界に、俺は足を踏み入れる。
ここから、
〝俺の、世にも信じがたく、
不思議で奇妙な物語は始まる。〟
ちょっと長くなっちゃいました。
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