9.またおっちゃんに会ったから、楽しくおしゃべりしたい
俺は今、再びレルテ(家から一番近くの街)に来ている。
検問には相変わらず昨日と同じ騎士が2人立っている。
「おはようございます」
「おはようさ〜ん」
俺は陽気に騎士2人に手を振った。
「今日も買い物ですか?」
「そうそう、あと友人にも会いに来たんだ」
「そうですか。では、ステータスの提示を」
「イピカイエー」
「?」
ステータスを見せた後、レルテの街に入る。
ルルティアは家で留守番をさせてる。なぜかというと、手枷を外した奴隷をどう見られるか分からなかったからだ。この世界じゃ奴隷は手枷をつけているのが普通である。ルルティアのは俺が魔法で外したが、今朝ステータスを確認するとルルティアは奴隷のままだった。つまり嫌でもあそこの検問でバレるということだ。
バレても何も無いかもしれない。でも万が一、ルルティアが騎士に捕まってしまうようなことがあれば、彼女を助けた意味が無くなる。ちょっとでも危険があるならば、出来るだけ避けて通りたい。今日はそれを含めて、またいろいろ訊くためにおっちゃんを訪ねるのだ。
ルルティアには正午ごろには戻ると言ったが、何もさせずに置いておくのもアレなので、ジグソーパズルとルービックキューブとリコーダーと迷路の本と『ミッケ!』と『走れメロス』と漢検5級の問題集と料理本を作っておいた。いや、めちゃくちゃ子ども扱い!
ん?異世界人に日本語読めるのかって?おいおい、俺が何も考えないでセリヌンティウスや漢検本を作ったと思ってんのかい?まあ確かにこういう異世界転生モノでは、異世界語を主人公がスキルかなんか使って翻訳したり、字が違うのに何故か読めたりするもんだ。でも驚くなかれ、この世界の言葉はもろ日本語なのだ。発音だけじゃなくて文字も。いや良いよ、良いんだけどさ…こういう西洋の街並みに日本語しかないのすげえミスマッチなんだよ。
慣れるしかないのか…。
そんなことを考えながら路地裏に入っていく。
「うい〜、大将やってるぅ?」
「お前かよ。俺が言うのもなんだが昨日の今日で来るとこじゃないだろ」
「だってこの街におっちゃん以外の知り合いいないんだもん」
「悲しいなお前の人間関係…」
「そんなことより、今日もおっちゃんにいろいろ訊きたくて来たんだよ」
「じゃあ俺からも一個質問いいか?」
「あぁ…いいよ別に」
「お前ん家に女の奴隷来てないか?」
「…」
「長い黒髪で身長と胸がデカくて獣人の奴隷だ。片目に髪がかかってたかなぁ」
(ご、誤魔化すべきか?一瞬黙ってしまったことで俺が何か知っているのは確定させてしまった。近くを通ったのをたまたま見ただけってことにすれば…)
「いるんだろ?お前の家に」
「いや、家の近くで…」
「変な嘘つかなくていい。無事が確認できればそれでいい。わざわざ取り返そうなんてことは考えてねえから安心しろ」
「そ、そうなの…?」
「昨日、仲間の奴隷商と運んでた奴隷たちが魔物に襲われた。仲間のおかげで奴隷たちは逃げられたが、森に入る際に別々に走ってバラバラになっちまった。ある程度は見つけたが、他は別の仲間が今も捜索してる」
「その、奴隷を運んでたお仲間は?」
「残念ながら、死んじまった。だがそいつのおかげで奴隷たちが助かったのも事実だ。あいつは最後まで仕事を全うしたんだ」
「そうだったんだ…」
「…すまねえな、湿っぽくなっちまって。ほら、俺に訊きたいことがあんだろ?」
「あ、うん…ただちょっと待って」
死んでしまった仲間の人には、感謝と共に黙祷を捧げよう。
「………」
「…」
「…。じゃあ、早速質問を」
気を取り直して、今日もおっちゃんに訊きたいことを訊いた。まず一番の憂いだったルルティアと検問の件だが、あの騎士2人がおっちゃんの仲間らしく、話を通しておくから明日からはルルティアも手枷無しで問題なく通れるらしい。
…おっちゃんってこの街の裏側牛耳ってたりするんじゃね?そうとしか思えないほど権力持ってんじゃん。
次は、金を稼ぐ方法。法に触れないやり方で、と念を押しておく。そしたら「当たり前だ」と呆れられた。「ルフィ………助けて…」と言ったら引っ叩かれそうになった。金を稼ぐ方法として、主に3つあると教えられた。
1つ目は、物を売ったりサービスを提供したりすること。卸売市場から商品を仕入れて売ったり、宿を提供したり。これは一番安全で誰でも出来る金の稼ぎ方だそうだ。
2つ目は、ギルドで依頼を受けたり、素材やら材料やらを持っていき換金すること。値打ちのある物を見つけたり難しい依頼を達成すればそれだけ報酬も弾むが、その分危険が伴い身の丈を知らない奴が調子に乗ればすぐにくたばるそうだ。こわ。
3つ目は、ギルド職員や騎士になることだと言う。めっちゃ難しい試験を合格して、なることができれば毎月多額の給料が出るそうだ。元の世界の公務員みたいなものかと思い、もっと詳しく訊いてみた。おっちゃんによると、ギルドは王都にある『ギルド中央本部』ってところの所属。そんで騎士はそれぞれの土地を治めてる貴族が所有してるって話らしい。なんでも、騎士の仕事は街の治安維持や周辺警備くらい。それに比べてギルドの仕事は依頼の請負、鑑定と換金、税金の支払いの確認、学校の経営、市場の総括、その他諸々の仕事があるらしい。社畜もいいところだ。
「今日はこのくらいかな」
「そうか」
「そろそろ市場に行かないと。帰りが遅くなったらまずいから」
「ちょっと待ってろ」
そう言っておっちゃんが路地の奥に入っていく。
相変わらず路地には奴隷たちがずらりと並んでいる。その人たちを見てると、女の子が1人チラチラとこちらを見ている。
俺が近づくと、女の子は隣の人の後ろに隠れる。俺はしゃがんで女の子と同じ目線になる。
「やあ、昨日水を持ってきてくれた子だよね」
「…」
女の子は隠れたまま顔半分だけ出してこっちを見ている。
「お礼に、これをあげるよ」
俺は女の子にけん玉を差し出す。だけど女の子は受け取ろうとしない。
「…これは、俺の故郷のおもちゃでさ。大体の子どもたちはこれで遊んだことあるんだ。俺も極めたから、今から遊び方見せてあげるよ」
俺は立ち上がってけん玉を構える。
まずは大皿、続いて小皿、大皿、中皿、けんの世界一周。思った通りこの技で、女の子は出てきてけん玉を凝視している。よし、ダメ押しの…玉を持って遠心力でけんを二回転させた後、玉の上に乗せる。その名も『二回転灯台』。
目を輝かせている女の子に、けん玉を渡す。
「おっちゃんには内緒だぜ」
それを聞くと女の子は小さく頷いた。
それからすぐにおっちゃんが帰ってきた。そして俺に金貨を1枚くれた。
「え、俺パチンコやったことないけど…」
「『ギャンブルで稼いでこい』じゃねえんだよ、何でその発想に至った。お前の家に来た奴隷、そいつを助けてくれたお礼だ」
「そんなの、当たり前のことをしただけだよ。まあ、貰えるもんは貰っとくけど」
金貨を貰って、俺は路地裏を後にした。