13.死にかけたから、ルルティアを想いたい
俺は今、レルテより西側に位置する森の中にいる。
道中にシドから聞いたが、依頼は薬草の採取。報酬は採ってきた分だけ支払われるようだ。
「ルルティア、薬草ってどんなのか知ってる?」
俺は少し後ろをメンヘラ女と一緒に歩くルルティアに訊いてみた。
「申し訳ありません。あまり詳しくないです」
農家の出のルルティアなら知識があると思っていたが、そうでもなかったようだ。まあ、農家だからって全ての植物について詳しい訳ではないか。改めよう。
「なあ、薬草ってどんなやつなんだ?」
仕方ないから、隣を歩くシドに訊く。
「何だ、知らなかったのか?後で教えるから安心しろ。それよりいいのか?」
「何が?」
「この先は魔物が出てくるぞ」
「…どんな?」
「ゴブリンとかウルフとかオークとか」
恐らくゴブリンだけなら何とかなるだろう。問題は残りの2つ。ウルフはまんま狼のことだろうけど、こういうのは1匹じゃなく群れでいるはずだ。まともに戦ったら死ぬ。あの2人に任せよう。オークに関してはワンパンで死ぬ。あの2人に任せよう。
「流石にオークが出たら俺たちが対処するが、ウルフの2匹くらいは倒してもらうぞ。冒険者の端くれならな出来るだろ?」
「言ってくれるね。俺にもプライドってのが………うん」
「無いのかよ…。まあそれについては否定はしないが、そんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない」
「本当か?」
「嘘」
「フハハ!お前って変な奴だな。でも実際、その鉄の棒だけでやっていけるほどお前強くないだろ」
「それは俺が一番分かってる。でも人間っていうのは身をもって経験しないと学ばない生き物なんでね」
「お前いくつだよ」
「10代後半だろうけど…見た目は子供、頭脳は大人、その名も『名探…」
「ふせろ」
「え…」
その瞬間、目の前のシドは剣を抜き、俺の背後からは茂みが激しく揺れる音がした。
俺は状況を理解する前にシドの言葉通りに頭を下げた。そしてすぐに、シドは茂みから飛び出してきたものを剣で横に両断した。
ゆっくり頭を上げると、胴が真っ二つになったゴブリンが地面に転がっていた。
「…ありがと」
「集中してないと死ぬぞ」
「…はい」
俺はそこから会話をやめてちゃんと周囲に警戒しながら進んだ。
ちなみに後ろの女子2人はというと、ルルティアがメンヘラ女に何度か話しかけていたようだが全て無視されていた。
それから、いくらかの薬草を見つけて基本的な説明をシドから受けた。正直、そこらの雑草と見分けがつかない…。こういう時に『鑑定』とかそういうスキルがあればクソ楽なんだけどな。しょうがない、見分けられるようにならねば…。
そう思ってシドの説明をそのままルルティアにしたら、なんか理解したようだ。
えぇ…。俺と彼女に何の違いがあるっていうんだ。神!!(怒)
それから10分くらい薬草を集めながら進んだ。すんごい癪だけどシドに確かめてもらいながら。
そしたら…。
「止まれ」
シドが俺たちに停止を指示する。
「運が悪かったな。ウルフの群れだ」
俺たちの目の前に1匹のウルフがジッとこちらを見て立っている。
「1匹だけじゃね?」
ヴァウ
ドスッ
「っ!」
俺の隣の草むらの中からウルフが飛び出し、あと10cmで俺の首に牙が触れるというところで、後ろのレミがウルフの頭を射抜いて助けてくれた。メンヘラ女とか馬鹿にしてすいませんでした。
「言っただろ、群れだって」
いつの間にか、そこら中からウルフの唸り声がしていた。
「こ、これ、何匹いんの?」
「10匹程度かな、マシな方だ」
「10匹でマシ!?…全部任せてもいいっすか?」
「これも言っただろ、2匹くらい倒してもらうって」
「やっぱり…」
「この周りの奴らは俺とアイツに任せろ。お前は彼女さん連れて真ん中突っ切って、最初に見つけた囮になってた奴を倒せ。多分1、2匹横から飛びかかってくるだろうから気をつけろよ」
「りょ、了解」
「さあ行け!」
「ルルティア走れ!」
「は、はい!」
俺はルルティアと一緒に最初に見つけたウルフに向かって真っ直ぐ走った。当のウルフはこっちから視線を外さず一切動かずにいた。囮として優秀すぎないかアイツ。
そう思ってたらそのウルフがこっちに向かって走ってきた。予想外の行動だったが、俺は立ち止まってバットを握って迎撃する体勢をとった。
ただこの時、何故か分からないが…間違った選択をしてしまったかのような嫌な予感がした。
向かってくるウルフが、バットで攻撃できる距離に到達するまであと3秒くらいの時だった。真横から別のウルフが飛び出してきた。
シドの忠告を頭の片隅に置いておいたおかげで飛び出してきたウルフはギリギリで躱すことができたが、そのせいで体勢を崩してしまった。
その間にももう一方のウルフは俺の喉元目掛けて突っ込んでくる。フルスイングできる体勢をとっている時間はない。
恐らく仕留められないだろうが、飛びかかってきたウルフの脳天に、片手でバットを振り下ろした。多少の手応えはあったが、やはり殺しきれていない。
だが隣を見ると、さっき避けたウルフがまた飛びかかってきていた。今度はバットを振る猶予もない。俺はそのウルフに左腕を差し出した。
左腕にウルフが強く噛みつき、激痛が走る。
「っ!!」
牙が肉に深く突き刺さり、全力で引っ張って俺の腕を食いちぎろうとしてくる。前世含め経験した中で一番の痛みが脳内を支配しようとするが、どうにか根性で耐えて頭を回す。
今の状況、1匹に左腕に噛みつかれて、さっきバットで殴ったもう1匹はすでに起き上がって今にも飛びかかってきそうだ。噛みついている方は距離が近すぎてバットでも大したダメージを与えられない。もう片方に対処しようにも、片腕に噛みつかれて暴れられてるから姿勢を整えられないし力を込めてバットも振れない。
…詰んだ?
俺の異世界生活ここで終了のようです。2巻くらいで打ち切りか、早かったな〜。ごめんなルルティア、あんだけ頼ってくれてたのにこんな不甲斐ない奴が主人で。ルルティアと結婚式とかしたかったなぁ、純白のドレスに身を包んだルルティアとかめっちゃ綺麗なんだろうな。ていうか俺、童貞のまま死ぬのか。キスくらい経験したかったなぁ〜。何はともあれルルティア…俺が食われてる間に逃げて、これから幸せになってくれよ。あの世で見守ってるぜ。
『主人公なのに死ぬなよ』
…え?
ガシッ
「ぐぅっ…!」
なんか声がしたと思ったらルルティアが、俺に噛みついていたウルフの口をこじ開けていた。あっという間にウルフは腕から離れ、ルルティアに口を無理矢理開かれて苦しそうに唸っていた。
ルルティア、こんなパワーあったんだ…。確かに牛系の亜人はどの作品でも…って、こんなこと考えてる場合じゃねぇって!片方のウルフが飛びかかって来てんのに。
さっきは片手でバランス崩しながらだったが、今度は両手で真正面からお見舞いしてやろう。
この一瞬だけ左腕の痛みに蓋をして、バットを振り上げて、同じ脳天に…。
ヴァウァァッ
「くらえぇぇ!!大根切りぃぃ!!」
ゴッッッッ
渾身の振り下ろした金属バットがウルフの脳天に炸裂し、鈍く重い音が響いた。