8.1.大失敗!
しんしんと降り積もった雪ではあったが、しばらくは降ることもなく太陽がいつも顔を出してくれていた。
溶けた雪は水気を帯びて太陽の光を反射する。
誰も足を踏み入れていない場所は銀世界と呼ぶに相応しい光景で、まだ幼い子供たちはそれを見てははしゃいで真っ白な世界に飛び込んだ。
生活が豊かになってきたことで大人たちにも余裕が見え始めたらしい。
仕事をしている傍ら、笑い声や楽し気な話声がよく聞こえてくる。
良い兆候だ、とアオは力強く頷いた。
これぞ国民のあるべき姿である、と思っている風でもある。
隣にいるロクもそれに合わせて適当に頷いていた。
さて……それは別にいい。
問題は今刃天が呆れながら見ている物にある。
パキッ! パキキキッ……バキンッ。
凄まじい家鳴り。
これは以前建築した小屋なのだが、これから木が割れる音が何度も聞こえていたのだ。
建築当初は特に問題なかったのだが、しばらく経ってからこんな音が鳴り始めた。
この原因は何だろうか、と探していたのだが……。
「乾かしてない木材を使っちゃいけねぇ理由が分かったぜ……」
「凄い音だねー」
アオの言葉の直後、一際大きく鳴り響いた音に肩を跳ね上げる。
丸太の一本に大きな亀裂が入ったらしい。
丸太は乾かす時、表面から芯に向かって乾燥していく。
だがその過程で木が割れてしまう事が多いのだ。
それを防ぐために『背割れ』といって、丸太に切れ込みをあらかじめ入れておき割れを防ぐといった手法を取るのだが……。
今回に至ってはそれすらやっていない。
だが今は冬だ。
乾燥しにくいはずなのでこんなにも割れることはないとは思ったのだが、どうやら凍結によってこの割れが発生しているらしい。
砥石でも、冬場に使ったままにしていると中の水分が凍結し、膨張して割れてしまうのだ。
生きている木でも発生する事があるのだが、切り倒して年輪が露出しているのであればさらにその可能性は高まる。
今まで割れなかったのが不思議なくらいだ。
「だから木は夏に切るんだな……」
「そうなの?」
「夏に水を良く吸う、と聞いたことがある。皮をむけば水が多く出てくるんだと」
「へぇー」
「シュイ~」
一人と一匹が感心したようにそう言った。
特段気にするような必要性を感じなかったことではあるが……。
こうして自分たちの事になってくると、意味の無い知恵でも何処かで使えるのだな、と実感する。
だがこうなってくると、家を増築するのは時間がかかる。
丸太を乾かす時間が必要になるのだ。
家を建てるとなれば更に時間を要する。
更に言えばこの家は使えない。
木がどのように割れ、曲がり、変形して家屋に影響を与えるかわからないのだ。
失敗は成功のもと、というのでこれを糧に次に活かせばいいのだが、この結果に最もダメージを負ったのは大工である。
彼は内装作業を得意とする大工だったので建前はこれが初めての経験だ。
とはいえ木の性質をすっかり失念していたらしく、その事に相当落ち込んでいた。
数名の村民が慰めていたことをよく覚えている。
「まぁ、経験だな」
「でも冬の間に家は建てられそうにないねー。どうする?」
「柵であれば用意できるだろう。敵の通り道などに罠を仕掛ける、という手もある」
「雪がある程度溶けないとできそうにないね。でも作業ができるように木材は少し切り出しておかないと」
「いっそのこと細い木々を使った方がいいだろう」
「割れることを前提としてやるつもりだよ」
アオは腕組をして思案しようとしたとき、あっと声を出してなにかに気づいたようだった。
滑らないように注意しながら小屋の方まで近づき、丸太に手を置く。
それを見たロクがなにかに気づいたように跳び跳ねた。
なんだ、と思っていると小屋から鳴り響いていた木鳴りがピタリと止まる。
「……おお。もしや、木の中にある水を抜いたのか」
「シュシュッ」
アオは水魔法を得意としているのだ。
空間を掌握して他者に水魔法を使用させないようにすることだって可能だし、木の中にある水分を抜き取るなど朝飯前だろう。
だが、その発想に至らなければできないことだ。
実際に木の中の水分を抜き取ったアオも、本当にできるとは思っていなかったといった顔をしている。
できることが一つ増えた瞬間だった。
「いいじゃねぇか」
「これなら冬の間でも家を建てられるかな!」
「十分だ。おまけに木も割れてねぇ。背割れをする必要もねぇかもしれねぇな」
「ディバノに伝えてくる!」
「おう」
元気よくそう告げたアオは、パタパタと走っていってしまった。
これで一つ問題が解決しそうだ。
冬の間に家屋を増築できるのであれば、生活水準を上げるだけではなく防衛にも使える。
本当にこの村はアオがいてこそ成り立っているように感じられた。
本当に大した子供だ。
「シュイ……」
「またか」
ロクがまたなにもない方角を見てじっとしている。
最近こんな行動を取るようになったのだが、この真意はやはり誰にもわからない。
なにかを気にしているということはわかるのだが……。
人の言葉を理解しているロクも、これだけは答えたがらないのだ。
全く、変なウサギである。
確かあの方角は……ずっと行くと海がある場所だったか。
ただその距離は途方もないらしいが。
「お前はやはり、珍妙なやつだなぁ」
「シュイ」
ロクの頭をこねくり回したあと、深呼吸をして空を見た。
もうじき太陽が隠れそうだ。
今晩は降るかもしれないな、と思いながら木こり場へと向かったのだった。




