7.9.彼らの現状
「……随分、漠然とした頼みだな」
衣笠の言葉に地伝も頷く。
彼らは人間を恨んでいるはずだが、そんな人間に助けを乞うということはそれだけ追い詰められているということだろう。
やはり事情がある。
今度は地伝が口を開いた。
「貴様らは今何を生業として生きている」
「生業なんて……そんなものないですよ。毎日毎日その日暮らし……。この力がなければとっくに全滅です」
腕だけを獣の姿に変えながらそう口にする。
一部だけを変化させることができることに、地伝は興味を持ったらしい。
遠目ではあるがじっ……とその腕を見つめている。
さて……イドラの条件を飲むに当たって、まず彼らの事を知らなければならない。
助けてくれよ、と言われても何が問題なのか明確にしなければ解決策も打ち出せないというもの。
まずは……彼らの歴史を聞きたい。
「歴史……ですか? 現状ではなく?」
「経緯を知る必要がある、というだけのこと。手前らは何故にこのような地まで追いやられた」
イドラは顎に手をやって考える素振りを見せた。
それからポツポツと獣人の歴史を口にする。
「僕が知っているのは、獣人は人間と違って力が強く、タフであるため労働力として使われていた、ということです。あとは先程話した通りで……」
「人間に歯向かったわけだ」
「負けましたけどね。魔法は使えませんし、立ち上がったのは奴隷だったので戦力も少なかったと聞いています。ですが国王を追い詰めることまではできたようですよ。援軍がこなければ、ってうちの戦士がいつも口にしています」
「生き残りがいるのか」
生き証人がいるのであれば、彼から話を聞いてみたい。
衣笠は人間なので酷く警戒されるだろうが、地伝であればなんとかなるだろう。
しかしこの戦争は随分前のものだと予想していたが、まさか生き残りがいるとは。
彼は今いくつなのだろうか。
聞いてみると百五十歳だという。
なかなか長命だ。
「では、その戦争は何年前だ」
「百年ですね」
百年も前であるならば、忘れられていてもおかしくない歳月だ。
人間であれば世代が変わっているのだから。
とはいえ記録には残っていると思うので、少し調べれば簡単に獣人の話が出てくるはずだ。
人間はどのようにして百年前の戦争を記録しているのか、少しばかり興味が湧く。
だが今はこちらの事を優先しよう。
生き証人もいるようだし、詳しい話は彼から聞けばいい。
衣笠はイドラに別の問いを投げつける。
「獣人はどう戦う」
「肉弾戦が主で、得物は使わず、籠手や臑当に刃を仕込んだ武器を使います。飛び道具も使いません」
「まるで忍びのようだな」
獣の姿をする人間だ。
並みの人間より隠密行動には長けていると思う。
すると話を横で聞いていた地伝が若干不機嫌になりながら衣笠に声をかけた。
「衣笠。もしや、こやつらのために時間を浪費するつもりではあるないな」
「だが放っておいたら面倒になるぞ?」
「別に噛みついて来るならば好きにすればいい。だがその時は罪人だ。私が断罪してやる。今は急ぎの旅だ。このような小童相手の言葉を鵜呑みにし、歩みを止める訳にはいかぬ」
つまり……地伝はさっさと進んで刃天と合流したいということらしい。
彼にもそれ相応の理由があるはずなので、無視するわけにもいかないが……。
衣笠には考えがあった。
「手ぶらで行っても刃天は喜ばぬぞ」
「あやつの機嫌取りをするつもりはない」
「そうか。では一つ聞くが、刃天の村の戦力は如何ほどか」
地伝は記憶を探って戦力を数えようとしたが、そこでようやく衣笠が何をしたいか理解した。
目を見開いたが、すぐに細めて睨みを利かす。
「貴様……」
「成せば旅も短く済むぞ? 事を成すに必要な下準備には時をかけても良い。そうは思わぬか?」
自信満々に衣笠はそう口にする。
地伝は諦めたようにして白い息を煙草のように吐き出しながら肩をすくめた。
「では好きにせい……」
「よし。イドラよ」
急に名前を呼ばれて驚いているイドラに、衣笠は少し不気味な笑みを作った。
「その願い、なんとかしてやる。その代わり手前らの住処へ案内しろ」




