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【完】異世界にてやりなお死  作者: 真打
第七章 人・鬼・獣
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7.8.獣人


 呆けた顔を晒しながら、二人は声の主をしかと見る。

 雪に埋もれて身動きは取れないようだが、相手は虎だ。

 細心の注意を払いながら声をかけた。


「……今の声は……手前か?」

『はいぃ……。僕です……』

「おい地伝。聞いておらぬぞこのような物の怪のことは」

「私もはじめて知った。刃天を見張っていたときはこのような存在と会うことはなかったぞ」


 何度思い返してみても、喋る獣とは接触したという記憶はない。

 とはいえ地伝からすれば割かし普通の存在だ。

 地獄の獣は言葉を発する。


 とはいえこの世にも似たような存在がいることは驚きだ。

 興味深そうに虎を眺めたあと、首根っこを掴んで持ち上げた。


『ひえぇ……』

「なんと情けない……」


 虎だというのに子猫のように見える。

 地伝はポイッと投げ捨てるように虎を放り投げると、空中で体勢を立て直して見事に着地した。

 だがすぐに木の陰に隠れてしまい、カタカタと震えながら二人を覗き見ていた。


 逃げて気分を損ねさせてはならない、とでも思ったのだろう。

 今しばらくは逃走する気配はない。


「んで? 手前はなんなんだ」

『じゅ、獣人って……言われる種族です……。この世界じゃ……絶滅危惧種みたいな種族ですけど……』

「ほん? 喋る獣を獣人と呼ぶのか?」

『い、いえ……。えっと……』


 虎は再び木の陰に隠れる。

 すると反対側から顔を出したのだが、その姿は獣に耳が生えた人間の姿をしていた。


「に、人間から……獣に変化できる獣を……獣人と呼びます……。逆もまた然りってことで……」

「これはたまげた」

「ほぉ……」


 人間の姿にはなっているが、ずいぶん獣の面影が残っている。

 虎の耳、虎模様の刺青が顔中にあった。

 だが模様と耳が生えているだけで、それ以外は人間の姿をしている。

 虎ということもあって筋肉量は細身ながらしっかりとしていた。


「名は?」

「イドラと言います……。殺さないで……」

「別に殺すつもりはない。足になればよいと思ってけしかけたまでのこと」

(この鬼に手心はないようだな)


 だが圧倒的実力の差を見せつけられて完全に戦意を喪失している。

 その点で言えば成功だったのかもしれないが、明らかにやりすぎである。

 相手を従わせるのに山の一部を吹き飛ばすほどの暴力は不要だ。


 地伝の台詞を聞いたイドラは、嫌そうな顔をする。

 そのあとどこか不安そうにしながら後ろを振り向いた。


「どうした」


 衣笠が聞けばびくりと体を跳ね上げて驚く。

 すぐに視線を戻して頭を下げた。


「い、いえ! なな、なんでも……!」

「と、言う風には見えなんだな。手前、仲間がいるだろう」

「うぐ……」

「やはりなぁ」


 反応が非常に分かりやすい。

 若い男の姿をしているし、まだまだ若い個体なのだろう。

 それに、人とあまり接触した事がなさそうだ。


 こんな山の奥地で遭遇するくらいだし、よっぽど人目を避けて過ごしているに違いない。

 絶滅危惧種と己から口にしていたくらいだ。

 個体数も少ないのだろう。


 だからこそ彼は仲間の身を案じたのだ。

 それが先程の行動に全て現れている。

 彼がここに出現したのも、人間が住み処の近くに来たことに気づいたからだろう。


「どうする地伝。こいつは行きたくなさそうだぞ?」

「うっ……! いやあの……」

「そうだな。まぁもとより期待はしていない。事情があるならば戻るがいい」

「え……! い、いいんですか……?」

「構わん」


 地伝としても、意志疎通ができる相手を無理矢理酷使しようとは思っていない。

 罪がないのであればなおさらだ。


 予想もしていなかった対応に、イドラは驚きを隠せていない。

 だが……彼は首を横に降った。


「だ、だめです!」

「お?」

「あ、貴方たちが強いのはわかりました……。で、ですがこのまま見逃せば、貴方たちが僕の事を何処かで口にするかもしれない……! 僕を連れていくならまだしも、なにもなしで逃がすなんておかしい! 人間なら……僕たちの事を欲するはずだ!」


 言葉の端々に強い意志が感じられた。

 これは恨みに近い……。

 彼らをこんな山奥に追いやったのは、人間なのかも知れなかった。


「なるほどな」

「どうする衣笠。このまま進ませてくれそうにはないぞ?」

「私たちではどうすべきか判断しかねる。ではイドラよ。どうすればよい?」

「……え」


 考えてなかったらしい。

 ガクッと肩を落とした衣笠は大きなため息をつくしかなかった。

 と、いうより根本が違っている気がする。

 それに気づいていないイドラもそうだが……とりあえず説明してやることにした。


「おいイドラ……」

「なっ、なんですか……!」

「手前ら獣人なんて心底どうでもいい。手前らを殺してなにか得があるのか?」

「えっ!? だ、だって人間は僕たちを労働力や商品にしか使わないじゃないか! その結果反乱が起きた! だけど……負けた……」


 随分はしょった説明ではあったが、なんとなく理解することはできた。

 つまりこの世界の人間は、獣人を奴隷として扱っていたのだろう。

 立派な毛皮は商品としても高価なものになるだろうし、家畜と同様の扱いを受けていたのかもしれない。


 そして反乱が発生した。

 どこの国でそれが起きたかは分からないが、今もなお人間が繁栄しているということは、獣人たちは敗北したとわかる。

 しかし獣人は刃天が歩いてきた場所では一切見当たらなかった。


(むごいことをする。獣人の反乱をきっかけに他の獣人も反乱因子として殺処分されたか?)


 もしこれが事実であれば……この反乱は相当昔に起きた事のはずだ。

 今では獣人のジの字も見当たらないのだから。


「だが私たちが獣人に興味がないのは本当だ。手前が言い触らすな、というのであれば約束しよう」

「信じられません……!」

「まぁそうか。ではどうすればいい?」

「ここで死んでもらうのが一番なんですがね……」

「悪いがそれはできぬし、させもせぬ」

「だったら……」


 イドラは意を決して言葉を投げつける。


「僕たちを助けてくれよ!」


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