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【完】異世界にてやりなお死  作者: 真打
第七章 人・鬼・獣
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7.6.あの村の問題とは?


 ホノ村から遠く離れ、誰も追ってきていないことを確認した衣笠は一息つく。

 もうそろそろ日が落ちる頃合いなので、この場で野営をするつもりだ。

 小枝を拾いはじめたことに気づいた地伝もその場に荷物を置く。


 あっという間に焚き火の準備が整った。

 地伝が刀で火をつけると、衣笠は片手で感謝を示す。

 この間、一切の会話はない。

 しかしそれを必要とする間もなかったように感じた。


 地伝は物資の入った箱をまさぐり、水と干し肉を取り出す。

 衣笠にそれを放り投げた。


「食ってみろ」

「手前は?」

「千年を生きると食事を必要としなくなる。食せるがただの娯楽だな。霞で十分だ」

「ほう……。興味深い話だな」


 渡された干し肉を噛み千切って咀嚼する。

 二度噛んだところで目を見開き、手にしていた水を一気にあおった。


「っ……! 塩辛い……!」

「保存させるために塩を塗り込んでいるようだな」

「塗りすぎだ……! これは酒の肴だな……」


 舌を出しながら再び水を飲んだあと、干し肉を小刀で薄くスライスしていく。

 表面には塩が多く含まれているので、斜めにスライスして肉の中心を多くした。

 ペラペラになった干し肉を食べてみると丁度いい塩加減となる。

 これなら食べられるが……多くは要らない。

 二枚食べたところで手を止めた。

 干し肉を地伝に返し、仕舞ってもらう。


 鳥鍋が食いたいな……と思いながら空を見上げる。

 そしてふと、村のあった方角を見た。


「気になるか」

「少しな」


 あんな振る舞いをしながら立ち去ったが、彼らがどうして二人を引き留めたかったのかは理解していない。

 話も聞かずにここまで来たのだ。

 知る由もないのではあるが、彼らも理由を口にはしなかった。


 ここまで隠されると逆に気になるというもの。

 しかし地伝はすべて知っている風な口ぶりだ。

 衣笠が顔を向けてみれば、彼は空を指さした。


「ここならばまだ見えるはずだ。見てみるがいい」

「ほう?」


 道中、確かに大きな障害物や山は存在しなかった。

 この場から『鷹の目』を使用すれば村を見ることはできるだろう。

 衣笠は目を閉じる。


 村はどこだ、と周囲を見渡してみればすぐに発見することができた。

 そちらを注意深く観察していると、妙な行動を取っている村民がいる。


 泣いているのだ。

 あれは女性だろうか……?

 それだけであれば問題はなかったのだが、彼女が涙を流している場所は、衣笠と地伝が道案内をさせた盗賊の死体がある目の前だった。


「……そういうことか」

「あの村と盗賊は手を組んでいたのだ。村が荒れていたように見えたのはいつもあんな風に細工をしているからだろう」

「いつから気付いていた」

「最初からだ。貴様は気付かなかったのか? 賊が村一つの事をあそこまで詳しく知っているわけがなかろう」

「……そうだな」


 地伝はそれから注意深く周囲を観察していたらしい。

 強い警戒心は盗賊との関係性が露見するのを恐れていたのかもしれない。

 村民たちは盗賊討伐の話を飲み込んだが、本当に二人だけで盗賊を仕留められるとは考えていなかったのだろう。


 恐らくあのままホノ村に滞在していれば、数日の間に暗殺されている。

 地伝はそれが分かっていたので滞在する気は一切なかった。

 だから盗賊を皆殺しにした洞窟で衣笠に必要な物資を一つにまとめさせたのだ。

 引き止められても村を発つことを決めていたのだから。


「となると、村の問題は私たち……ということか」

「だろうな。村の維持を手助けする盗賊が消えたのだ。敵を討とうと躍起になったのだろう」

「しかし村民の考えに否定的な人間もいたように思ったが」

「全員が全員人を殺したいとは思っておらん、ということよ。あの男は情状酌量の余地がある」

「……手前は罪を軽くするか?」

「知っていて見ぬふりをしているのだ。するわけがなかろう」

「あ、そう」


 じゃあ『情状酌量の余地』などという言葉を使うな、と胸の内で呟く。

 これだから鬼というのは分からない。


 しかし、あの村に滞在しなくてよかった。

 ここばかりは地伝の機転に感謝するべきだろう。

 盗賊と協力関係にある村があるなど、誰が予想できるだろうか。

 この世の人間たちは日ノ本の人間より狡猾なのかもしれないので、今後は気を付けるべきだろうと胸に刻む。


 まったく面倒くさい世だ。

 一つ息を吐き、口を窄めて口笛を吹く。

 だがすぐにハッとして口笛を吹くのを止めた。


「……どうした」

「別に何でもない。昔の癖よ」

「鷹匠の癖か」

「……まぁな。雛から育てた奴だったか。……この世じゃ役に立たぬやもしれぬが」


 集めた木の枝を焚火に投げ入れる。

 小さな火の粉が飛び散って消えていく。


「私の力でも畜生はこの世に引っ張ってこれなんだ。試したのだがな」

「試す必要があったのか?」

「貴様への交渉材料になると思ったのだよ」

「ハッ。よく回る頭よの」

「人間と畜生は堕ちる先が違うからな。今頃新たな生を楽しんでいる」

「ならいい」


 どうでも良さそうに振舞っていた衣笠ではあったが、最後の言葉は少しだけ上擦っていた。

 人間と過ごした時間より、獣と過ごした時の方が長い衣笠だ。

 咎人の考えはあまり理解したがらない地伝ではあったが、今回ばかりは小さく笑った。


 ひんやりとした風が吹き抜ける。

 風が運んできたのだろう雪が焚火の中に飛び込んだ。


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