7.5.ここに居てくれ!
地伝は持っている荷物を一切ふらつかせることもなければ、一つとして落とすこともなくホノ村へとたどり着いた。
己の背丈を優に越える荷物を両手で持っているのに、だ。
いくら整理して箱にまとめているとはいえ、大量の荷物を一つの体で運搬できるのはさすが鬼といったところだろうか。
とはいえ村民には酷く驚かれた。
そもそも得体の知れない存在であり、地伝は恐れられていた。
大量の物資を持ち帰ったことで彼はとんでもない馬鹿力を有している存在だと知れただろう。
地伝は持っていた荷物を静かに下ろし、積んでいた物を全て横に並べていく。
食料、武器、衣類、金品、そして高価な品……。
奪われた物資は地伝が持ってきた一割にも満たないはずだったが、他に返す当てもなければあの場に放置して朽ちるよりも人間の手に渡っていた方が良いというもの。
口を開けたままの状態で突っ立っている村民に、衣笠が説明する。
「持ってきたぞ。これでいいか?」
その言葉にはっとしたのか、一人の男性が近づいてきて荷物を軽く確認する。
その全てが使える物であり、中にはこのホノ村から略奪された物資も入っていた。
この二人は確かに盗賊を仕留め、ここに物資を持ち帰ってきたのだ。
約束は果たされた。
「先程は申し訳ありませんでした……。三日前に山賊に襲われたばかりで……皆、気が立っていたんです」
「理解はできる。それより、これで手前らの信頼は得られたか?」
「はい。本当にありがとうございます」
男が深々と頭を下げると、他の者たちも頭を下げる。
それから物資の仕分け作業が村総出で行われた。
量が尋常ではないので、全てを分配する頃には日が暮れているかもしれない。
さて、信頼も得られたことだし今度はこちらの要望を聞いてもらう。
衣笠はその男に声をかけた。
「では、食い物を分けてもらうことはできるか? 長旅の道中でな。水もあるとありがたい」
「ええ、構いませんとも! ですがぁ……」
急に難色を示したので衣笠は首をかしげる。
苦笑いを浮かべながら頭を掻くその姿は、なんだか見覚えがあった。
すると、彼は口を開く。
「もうすぐ雪が降ります。長旅の途中とは聞いていますが、真冬の旅は危険です。もしよろしければ冬が終わるまでこちらに滞在してはいかがでしょうか」
よい提案ではある、と衣笠は思った。
とはいえ少しばかりの懸念が拭えず地伝に視線を向ける。
この旅は地伝が筆頭となっているので彼の意見を聞いておかなければならないのだ。
視線が合うと意図を読み取ったらしく、すぐさま首を横に振った。
やはり冬が過ぎるのを待つつもりはないようだ。
と、いうことであればその旨を伝えなければならない。
冬の旅が危険なのは二人が理解していることだし、もとより覚悟していることだ。
ここで時間を食うわけにはいかない。
「急ぎの旅でな。ありがたい話だが今すぐにでも出たい」
「え……」
「さて、食い物と水を分けてほしい。いいだろうか」
男が小さく呟いたのを聞かないことにして、すぐに次の言葉を放った。
すると周囲の視線も少しだけ変わったように思う。
衣笠と地伝が来たときのように警戒しているわけではなかったが、どうにも困っているようだ。
そこで衣笠は耳を澄ませる。
「ど、どうしよう……」
「なんとか引き留めないと……! このままじゃ……」
「だけどこの村の問題だろ……?」
「分かってるよそんなことは……! でも解決できねぇじゃん……!」
「そうよそうよ」
「ううん……」
衣笠は耳が異様に良い。
遠く離れた会話もしっかりと聞き取り、聞き分けることすらできる。
人間の言葉は獣よりも聴きやすく、うるさいのだ。
さて、話の内容から察するにどうやらここの村民は二人を逃がしたくないらしい。
これは盗賊を討伐している間に村民が集まって決めていたことなのだろう。
彼らはこの村の問題に二人を巻き込もうとしているようだ。
冬を理由に滞在を許可すれば留まってくれると思ったのだろう。
引き留める理由としては申し分ない。
今回は運が悪かったのではあるが。
地伝も話の成り行きに雲が掛かったことを読み取り、眉をひそめた。
このままでは面倒なことになりそうだ。
「衣笠よ」
「ああ。どうやら……この村は私たちを行かせたくないらしい」
「うっ……!」
分かりやすい反応。
図星だったようであからさまに動揺した男は一歩下がる。
衣笠としてはこの村の問題に付き合わされるのはまっぴら御免だ。
それは地伝も同じ気持ちらしい。
こんなところで躓く訳にはいかないのだ。
それに、盗賊から奪い返した物資には金もある。
それを使えば大抵のことはなんとかなるはずなので、衣笠は再度要求を口にした。
「食い物と水を分けてくれ」
「……ぅぅ」
「そうか。地伝」
「致し方ない」
衣笠に呼ばれると、地伝は回収してきた物資の一つを持ち上げた。
これは衣笠が仕分けた保存食と水袋、そして衣類の入った箱だ。
これさえあれば旅をするのに困ることはない。
「悪いが、私たちは善人ではない。貴様らの事情に付き合うほどお人好しでもない。物資を全て奪わぬだけ感謝しろ」
「……うぅ……」
「約束を違えたのは手前らだ」
そう吐き捨てて二人は歩いていく。
背後からは膝から崩れて地面を殴る音が聞こえたが……聞かなかったことにした。




