7.2.調達
脅しをかけたまま、衣笠は男を放り投げる。
脚を怪我しているのでろくに受け身を取れなかったようで、強かに腰を打つ。
だがそんなことはお構い無しに命令を下した。
「案内せねばこの場で処す。案内すれば私は見逃そう」
「ぐっ……。わ、分かった……! 分かったから……それを仕舞ってくれ……」
己が所持している武器より遥かに短い小太刀に酷く怯えている。
滑稽なものだ、と胸のうちで呟いた衣笠は静かに納刀した。
ここで村への道案内を任せたのは必要な物資分けてもらう為だ。
鬼はどうか知らないが、人間は飲まず食わずのまま山を越えるのは不可能だ。
死んでしまったらもとも子もないのだし、ここは地伝のはやる気持ちを押し退けてでもやらなければならない。
とはいえ地伝も理解はあるようで、村に立ち寄ることを渋りはしなかった。
彼もこの地域についてはよく知らない。
現地の人間がいるのであれば、話をして安全な道を確保することくらいはできるだろう。
双方の目的を共有した後、盗賊に道案内をさせる。
怪我をしているので移動するのに時間がかかってしまっったが、無事に村までたどり着いた。
到着した村は畜産を主にしておるようだった。
その証拠にこの広大な土地を使って牛が放牧されている。
遠くの方を見やればいくつかの建造物を発見できた。
どうやらそこが居住区のようだ。
「こ、ここです……。ホルという村です。見ての通り牛を育てている村で……餌の確保に苦戦してるって聞きました……」
「賊はそのようなことも調べるのか?」
「ま、まぁ……」
略奪するのにそこまで調べなければならないのだろうか、と思いながら衣笠は地伝に視線を向ける。
彼は一つ鼻で笑ったあと、盗賊の後頭部を鷲掴みにした。
「ガッ!? なっなにを……!」
「んん? 私が口にしたことをもう忘れたのか? 『案内すれば私は見逃そう』と言ったのだ」
「そも口約束など盗賊如きが安易に飲み込んで良いものではない」
地伝がそう伝えると、手に少しだけ力を入れる。
すると頭蓋が破壊される音が聞こえ、盗賊は何度か痙攣してだらんと脱力した。
死んだことを確認すると濡れ雑巾のように投げ捨てる。
「これでいいんだろう?」
「ハハ、分かっているではないか」
さて、邪魔者はいなくなった。
改めてホル村を眺めてみると、少しばかり荒された形跡がある。
盗賊が場所を知っていたのだから何度か略奪されているのかもしれない。
そう考えると村の自衛能力は低そうだ。
衣笠は周囲を注意深く観察しながら進んでいき、その後ろを地伝が興味なさそうに付いてく。
ここで食料を調達したいと考えていたのだが、この様子だと難しいかもしれない。
何とかならないだろうか、と思案しながら進んでいくと突然子供が飛び出してきた。
気配で家の陰から子供が飛び出してくることが分かっていた衣笠は、余裕を持って立ち止まる。
思い通りにぶつかることができなかった子供は少し驚いた様子で二人を見上げた。
「……ツノ?」
「呼ばれているぞ」
「見られているだけだ」
「知らない人が来たよー!!」
すたたーと走り去っていく子供は、大きな声を出しながら村民にそう触れ回った。
その声を聞いた人はすぐさま武器を持って駆け寄ってくる。
あっという間に十名ほどの大人に囲まれてしまった。
だが彼らも衣笠からしてみれば雑魚である。
とはいえ自衛をしようという姿勢は褒めるべきだろう。
さて、こちらに敵対する意思はないのではあるが、彼らの表情からするに話を聞いてくれそうな様子ではなかった。
「よそ者が何の用だ!!」
「……長旅の途中だ。食い物を分けて欲しいのだが」
武器を強く握り込む音が聞こえた。
どうやら随分警戒されてしまっている様だ。
すると地伝が前に出た。
その瞬間大人たちは一斉に身を引く。
(ああ、こいつらこの地伝が恐ろしいのか)
衣笠は彼の肩を掴み、強制的に立ち止まらせる。
地伝がこの場を何とかするのは不可能だと判断したのだ。
しかしさすが鬼というべきか……引っ張っても微動だにしない。
結局声をかけて止まってもらうしかなかった。
とりあえず地伝の動きを止めることはできたが……これから先は彼らとの交渉が必要となる。
さて、鬼を恐れている彼らを説得できるかどうか。
交渉は得意ではないのだが、やるしかないか、と嘆息してまずは両手を上げた。
「この場で争うつもりはない。……状況から察するに、盗賊共に襲われた後か?」
「……そ、そうだ……。もううちらに余裕なんてねぇんだ……!」
「ふむ、なるほど。したらばその賊から奪われた物を取り返せば、話を聞いてくれるか?」
「なんだって?」
衣笠の言葉を聞いて村民がざわついた。
略奪にあったのは最近の事なので、使える物資も彼らが未だに保持しているかもしれない。
まずは信頼を獲得しなければ。
そのために先ほどの賊をもう一度探して物資を全て没収する必要がある。
相手は犯罪者だ。
なにも遠慮する必要がないので好きに動くことができる。
さて、こちらは提案をした。
あとは彼らがこの提案に乗ってくれるか否かなのだが……。
さすがに今し方ここに来たよそ者を完全に信じ切ることは難しいようで、村民同士の話し合いは難航していた。
「し、信じていいと思うか……?」
「でもよそ者だ。おまけに二人だぞ? 行かせたとしてもどうせ奪い返しちゃくれないさ……」
「やらせてみる価値はあるんじゃない? 僕たちの村に損失はないよ?」
「そりゃそうだが、失敗したら俺たちが見殺しにするみたいじゃないか」
「相手はよそ者だ。構うことなんかねぇよ」
「ううーん……」
「そもそもあの角の生えた男はなんだ……。気味が悪いったらありゃしねぇ」
聞き耳を立てていると、そんな会話が聞こえてくる。
これは今しばらく結論は出そうにない。
彼らの判断がなければこちらも動くことはできないので、その場に座って待つことにした。
地伝は面倒くさそうに空を仰ぎ、嘆息する。
「……人間は面倒くさいな……。助けてやると言っているのだからさっさと飲み込めばいいものを」
「損得で動く人間は地位を持つ人間が多い。人間、縄張り意識は強い故、恐れる方が多いのだ」
「そんなものか」
「そういうものだ」
この会話を最後に沈黙が続く。
別に会話をするようなこともないので、双方が己から話しかけるようなことはしない。
暫く待っていると、ようやく話がまとまった村民の一人が近づいて来た。
武器を手に持っているのでまだ警戒は解いていないようだが……今はそれでいい。
彼は意を決したように口を開き、確認を取った。
「本当に……やってくれるのか?」
「ああ」
「では……頼む」




