6.16.Side-地伝-地の利の過信
第七章書けましたので4月も投稿できそうです。
そろそろ話が大きく進みそうですね。
遅いね(ごめんなさい)
冷たい潮風が白い砂浜を通り抜ける。
障害物がないことをいいことに、びょうびょうと勢いを更に増しているように感じた。
砂浜で胡坐をかき、すべてを説明した地伝は男を見る。
彼の名前は『衣笠義真』。
刃天と関りのある人間であり、最も重い罪を背負って地獄に落ちた罪人だ。
阿鼻地獄にて罪を償っていたのだが……地伝が彼を連れ出した。
腕を組んで話をすべて聞いた衣笠は首を回してコキコキと音を鳴らす。
ただ聞いているだけでは何を話しているのかさっぱりではあったが、これが刃天と何か関りがある話だと知ってなんとか飲み込んだ。
神だの兎だのと妙なことを口走っていたが……要はこの地に住まう異なる世の神が、何かしら策を講じて大きな戦を引き起こさせようとしている。
地伝はこれを阻止したいらしい。
「ようわからん」
「すべてを理解する必要はない。だが、貴様の協力が必要だ。刃天は間違いなくこの世にいる」
「で、あるからどうした」
「む?」
「鬼。一つ間違いを正してやろう」
地伝が瞬きをした瞬間、衣笠は目の前に接近していた。
目を見張って伸ばしてきた手を弾いて立ち上がり、距離をとる。
「……」
「あのなぁ、鬼よ。私はお前らにどれ程殺され続けたと思う」
それを聞いて、地伝は目を細めた。
話を聞いてくれたのでなんとかなると思っていたが、救われた恩より殺された恨みの方が大きいようだ。
だがある意味当たり前の反応だ。
いくら大きな恩があったとはいえ、彼はこの姿勢を崩すことはないだろう。
これは地伝が鬼だから、ということが大きな要因だろうが、それ以外にも思い当たる事はあった。
すると衣笠が腰に差していた小太刀を一振抜く。
地伝もそれを見てようやく戦闘態勢に入り、静かに構えをとった。
「生身の人間が鬼に勝てるとでも?」
「したらばそれを成してしてみせい」
舐められたものだ。
死なない程度に加減しなければならないな、と思いつつ腰をおとした。
小指と薬指を折り込み、他の指は伸ばす。
手刀と握り拳を即座に作れる構えだ。
そのままじっ……と待ち先手を譲る。
衣笠は棒立ち。
全身を脱力しているようで力が入っているようには思えない。
動きがあればすぐに分かる。
だがその考えとは裏腹に……衣笠は予備動作なしで地伝に迫った。
反応が遅れた!
「フッ!」
「ほぉ。よい反応だ」
地伝は大袈裟に後退して再び構えた。
目を細めつつ今の動きを頭の中で整理する。
衣笠の動きはこの世にきてから得た力ではない。
今のは純粋な彼の実力。
あの攻撃に反応できたのは半ば奇跡だ。
一度でも瞬きをしていれば、今頃首をかっ切られていたことだろう。
予備動作がない。
スッ……と音もなく近づいて来たようで、反応が大きく遅れた。
地伝は彼の流派……もとい武芸を知らない。
厄介な、と胸のうちで舌を打ち、今度は己から攻める。
まずは地面を踏み込んだ。
鬼の力であれば大地を揺らすことなど容易い。
地震と共に大量の砂がぐわっと持ち上がり、衣笠を飲み込むようにして襲いかかった。
「器用な鬼だな」
「本命はこちらだがな」
いつの間にか衣笠の背後を取っていた地伝は、拳を叩き込む。
しっかり手加減して軽く吹き飛ぶ程度に調整したが、衣笠は半身でそれを回避して回転しながら小太刀の柄頭を地伝に叩き込んだ。
「ぐ……!」
「単純」
そのまま蹴りを繰り出したが、流石に鬼を蹴り飛ばす事はできなかった。
不動を貫いて耐え、ギョロリと目玉を動かす。
腹部に未だ押し込まれている足を握り、持ち上げて投げ飛ばす。
衣笠が大地に足をつける前に八卦の構えを作り、空気を押し込んだ。
ドゥッ! ……と空気が圧縮されて押し出され、砂を巻き上げながら衣笠に迫る。
流石に不可視の攻撃は対処できなかったらしく、もろに食らって相当な距離を移動した。
ようやく大地に足をつけたが勢いに負けて転倒し、何度も転がってからようやく立て直す。
「ぺっぺっ……! んだよ阿鼻地獄の鬼とは違うのか」
「当たり前だ」
声が聞こえた瞬間、衣笠は小太刀を突き立てる。
またしても反応が遅れた地伝は苦い顔をしながら体をのけ反らせて回避した。
(なぜ反応が遅れる……!)
再び距離をとった。
衣笠の攻撃はどうしたことか一瞬反応することができない。
あれが彼の持つ本来の力ならば……小太刀を得物に選ぶ理由も分かる。
衣笠は、刃を打ち合う気がない。
「やはり鬼には効かぬか。人間であればすぐなのだがな」
「……」
手加減しているとはいえ……人間の身でここまでやるとは。
並みの獄卒であればすぐに仕留められてしまうだろう。
だが彼が阿鼻地獄にいたとき獄卒が殺されなかったのは、灼熱の業火に身を焼かれて衣笠が本来持っている力を使わせなかったからだ。
「とんでもない人間がいたものだ」
「刀を抜け。次は仕留めるぞ」
そう言いながら衣笠はもう一振の小太刀を抜いた。
龍と虎が彫刻されているようだ。
目立つように赤漆が塗られている。
「私が勝てば共に来るか?」
「構わぬぞ。その代わり……正々堂々真剣勝負だ」
「相分かった」
地伝はようやく腰に携えていた刀を握る。
鯉口を切った瞬間、赤い火花が飛び出た。
「ぬ……?」
「阿鼻地獄で打たれた刀だ。鬼でも扱える硬度を持ち、切れ味は血肉を切ることで修繕される。だがこいつは少し曲者でな……。生意気にも主を選ぶ」
刀身が露になる度、ボッボッと赤い炎と火花を散らして燃え盛る。
切っ先が空を切りながら鞘から完全に抜き放たれると一際大きな炎が発生したが、地伝は柄頭を手の平で叩きつけると一瞬で炎が消え去った。
阿鼻地獄で打たれたその刀は真っ黒な刀身を持ち、光を全てのみ込んでしまいそうにも見える。
炎を押さえ続けるのは難しいのか、時々小さな火花が弾けた。
「さて、正々堂々真剣勝負だったな。なら、火は使うまい。だが一つ問う。本気でやるのか?」
「……お前みたいな鬼は見たことが無い」
「鬼に金棒、というだろう?」
「桁が違う」
衣笠は地伝の強さを認めつつも、構えを解くことはしなかった。
どうやら勝負が決まるまで戦い抜くことを選んだらしい。
手加減をしながら実力を披露するというのはあまり得意ではないのだが、彼を従えるためには必要な事のようだ。
地伝は八双に構える。
衣笠は二振りの小太刀を上段と中段に構えた。
その切先は地伝にしっかりを向けられている。
「死ぬなよ?」
ぐっ……と地面を踏み、大地を蹴り飛ばす。
自身の持てる最高速度を持って接近し、衣笠の目の前で大きく踏み込んだ。
それと同時に、砂浜が吹き飛ぶ。
鬼の踏み込みに耐えられなかった砂浜は大きな穴が開き、そこに海水がだばぁーと流れてくる。
この衝撃によって衣笠は遠くへ吹き飛んでおり、今ようやく音を立てて背中をしたたかに打ち付けた。
受け身を取ることができなかったようで咳き込んでいる。
地伝は八双の構えのままその様子を見ていた。
彼は刃を振るうことをせず、ただ一歩の踏み込みだけで片を付けたのだ。
これは衣笠にとって衝撃的な事実でもある。
刀を使わなかった……それつまり。
この刀を使う程の相手ではない。
ということなのだ。
「ゲッホゲホ……! やって、くれる……!」
「並の鬼はこの程度だ。貴様の技であれば幾らかは仕留められるだろうな。だが覚えておけ。私の力は今ので二割だ」
「物の怪が……」
「伊達に閻魔の側近をしてはおらぬのでな。それ相応の実力が求められる」
「つまりなんだ。手前が鬼最強か」
「鬼最強? 笑わせるな」
ヂンッと少し苛立たし気に刀を納刀する。
「地獄最強だ」
「はっ……そりゃ、勝てねぇなぁ……」
(閻魔にだけは契約上勝てぬがな)
腕を組みながら胸の内でそう呟く。
あの術で鬼を縛れるのは閻魔だけだ。
そもそもあの杓子が厄介極まりない。
拘束の術さえなければ胸を張って地獄最強であると名乗れるのではあるが……今くらい見栄を張ったっていいだろう。
さて、最後に確認を取らなければならない。
地伝は衣笠の傍まで近づき、手を差し出す。
「貴様には仔細を省く。さて、共に戦ってくれるな?」
「……この私が、鬼の手を取ることとなるとはな……」
衣笠は力強くその手を取った。
ぐいっと簡単に持ち上げられたので少し体勢を崩すが直ぐに立て直し、服に着いた砂を払いながら小太刀を納刀する。
「で? 何から始める」
「まずは山を越える。刃天と合流する事が当面の目標だ」
「承知。……待て、あの山を越えるのか……?」
「左様。これから随分歩くぞ」
「勘弁してくれ……」
霞のかかった山に向かって地伝は歩みを進めた。
その背中を見ながら大きく嘆息した衣笠ではあったが、男に二言があってはならない。
頭を掻きながらトボトボと歩いていったのだった。
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