6.11.めんどくさっ
芯から冷えるような寒さで目が完全に覚めてしまった。
部屋の中はまだ暗い。
外を見やれば随分雪が積もっているということが分かる。
びょうびょうと音を立てながら通り抜けていく風が、降りしきる雪を家屋や木々に叩きつけていた。
「随分積もったな……」
近辺には獣の気配すらない。
この暴風と積雪で棲み処に閉じこもってしまっているのだろう。
しかしチャリーには感謝しなければならない。
街で衣服を購入して来てくれたおかげで、村民の全員が去年とは日にならない程温かくして過ごすことができている。
その資金を作った刃天も感謝されていたが……己のことは別にいい。
刃天はおもむろに立ち上がり、外に出てみることにした。
馬が心配になったのだ。
扉を開けてすぐに閉じ、顔に当たる殴りつけるような風を片手で凌ぎつつ馬の様子を見に行く為に新雪を踏みしめる。
馬がいるのは人が満足に住むことができないぼろ小屋の中。
あそこは隙間も大きく、穴も多く空いている家屋だ。
一時的に馬を飼育するために用意させたが……この吹雪では凍えてしまっているかもしれない。
「ん?」
いくらか移動して件の小屋の前まで来てみれば、何やら中が明るかった。
首を傾げつつ扉を開けてみると暖かな空気が顔に触れる。
それと同時に『ひょわっ!』と情けない声が聞こえた。
「……なにをしている」
「えっと、いやぁ~そのー!」
小屋の中に居たのはテナだった。
両腕を前に出し、魔法で作り出した黄色い球体を維持している。
どうやらあれがこの家屋を温めている様だ。
良く周囲を観察してみれば、空いていた穴が塞がれている。
だが新しい木の板を張り付けたとかではなく、冬の時期でも葉を付ける針葉樹の枝を詰めて穴を塞いでいる簡素なものだった。
足元の穴は雪が積もって完全に塞いでいるようだ。
「……面倒を見ていたのか」
「あ。えっと、まぁ、はい……。そうですぅ……」
「お前、寝ていないだろう」
「それは刃天さんもじゃないですかぁ……。私はほら、起きてないと魔法使えませんし」
それはそうかもしれないが、こんな時間に馬小屋で人と会うとは予想していなかった。
雪が本降りになるより前に彼女はここに居たのだろう。
馬を見てみると、立ったまま寝ているようだった。
ディバノたちが連れてきた白馬だけは、刃天が来たことに気付いてこちらに顔を向けている。
警戒されているようではあったが、すぐに顔を逸らされた。
「それにほら、この白馬はカノベール家の子ですから丁寧に面倒を見てあげないと」
「ほぉ。よい心構えだな。だがその魔法……」
「あ、これですか? 全然大丈夫ですよ。魔力消費は取っても少ないんです!」
「そうじゃねぇ」
「え?」
テナは首を傾げて疑問符を浮かべた。
刃天は彼女に分かりやすいように警告する。
「この時期に暖を取れる魔法は重宝されるだろう。人の為ではなく馬の為に力を振るっていると不満が出るやもしれねぇぞ?」
「え……!」
「まぁ今は問題ないとは思うがな」
そう言い残し、小屋を後にした。
とりあえず馬は無事だったので良かったとしよう。
テナに軽く忠告はしたが……この村にはまだ大きな上下関係は生まれていない。
なので今は問題ないだろう。
とはいえそれまでに設備を強化すればいいだけの話なのだ、結果的には問題ないのかもしれない。
しかし彼女の魔法はこの冬を生き抜くうえでは重宝されるものだ。
これは覚えておいて損はないだろう。
「寒いな」
襟巻でも巻いて来ればよかったか。
そんなことを思いながら刃天は戻っていった。
◆
朝になると吹雪は止んでいた。
だが積雪量は尋常ではなく、既に腰の高さまではある。
一日でこの調子だとここで過ごすのは大変そうだ。
「積もったな……」
「この辺じゃ普通ですね」
「いつもはどれ程積もるんだ?」
「まぁ背丈くらいですよ」
「お前ら二年間も良く生きてこられたな」
雪かきをしているラグムとそんな会話をする。
去年まではドライフルーツや干し肉と言った物ばかりだったが、今年は狩ったばかりの新鮮な肉を多く食べることができた。
そのため若い者たちは力が余っているらしく、なかなか早い勢いで雪かきを完全に終わらせてしまった様だ。
新調されたシャベルを地面に突き刺したラグムは、額に浮いた汗を拭って満足げにしている。
鍛錬もあって体力面では問題ないらしい。
短い期間ではあるが着実に己の力になっている様だ。
それが実感できているのか、更に励むと刃天に言い残して走って行った。
リッドとローエンも鍛錬と称して木を切りに行ったらしい。
チャリーが購入してきた斧を使っているので、伐採速度はやはり段違いだ。
クワやツルハシを使って切り株すら引っこ抜いているとの事。
この調子だと畑となる場所が完成するのも早いかもしれない。
「刃天おはよぉ~……」
「おう。よく寝てたな」
「寒い日はよく眠れるよね~……。んん~!」
のび~と体を伸ばして欠伸をかみ殺す。
アオは高く積もった雪を見て考え事をし始めた。
「まずは生活基盤を整えないと……」
「家屋の修繕を急ぐか」
「そのためにも木材の加工が急務だね。でもなぁ~……」
「なんだ?」
「鉄がない」
確かに、と刃天は頷いた。
木材はあるし、村民も自主的に動いて生活を支えようとしているが、鉄工技術を持つ者がこの村には居ないのだ。
ここに居る多くの者は、追いやられた者たちの寄せ集め。
碌な生活を送ることもできずここに流れ着いたのだから、これといった技術がないのは仕方がない。
だが鉄が扱えないとなると、鉄製品はすべて輸入に頼るしかなくなる。
此処をどうにか自分たちで何とかできないか……というのが以前ディバノが提案していた議題だった。
「板があっても釘がなきゃあ修繕はできんしな。この世ではそうだったな?」
「そうだよ。家を建て直すだけの労力はないしね~……。大工さんはいるけどさ……」
「めんどくせぇ~」
やりたいことができない。
解決する方法はあるにはあるが、これが途方もなく遠いように感じた。
どこから鍛冶師を連れて来ればいいのやら。
それに鉄を溶かす炉はどうするのか。
その前に鉄鉱石はどこから採掘すればいいのか……。
これらもすべて魔法で何とかできればいいのだが、そうはいかない。
だが釘に関してはチャリーが購入してきた分がいくらか残っている。
しかしこの調子だと早い段階でまた街に行かなければならなくなりそうだ。
この雪では難しいかもしれないが。
「そんで? ディバノはどこ行った」
「木材を加工しないといけないからそこにいると思うよ」
「あいつ、大工の真似事ができるのか?」
「それは無理だと思うけど……」
とりあえずそちらに赴いてみることにした。




