6.10.冬を越す準備
ディバノたち四人が新しく村に入ったが、思ったよりも馴染むのは早かったように思う。
その理由は豊富な知識と確かな実力があったからだ。
チャリーからの説明があったとはいえ、やはり村民からは暫くの間警戒されていた。
距離を取ったり、ぼろを出さないように話しかけないことがしばらく続いた気がする。
これを解消したのはディバノとアオの存在だった。
四人はアオの瞳を見た時は大層驚いていたが、それと同時にトールとクティはこの村が目的とするものを何となく把握した。
この瞳を持つ人間が、こんな辺境の村にいるわけがないのだ。
この事について言及される事はなかったが、いつか話す時が来るだろう。
それまでは特に気にする必要はない。
話を戻すが、初対面だったアオとディバノはすぐに仲良くなった。
村民もアオの事は信頼しているし、この村に必要不可欠な存在なので、二人が仲良くしている姿を見て次第に心を許していったという次第だ。
だがまぁ……歳も近いし境遇も似ているし親しみやすかったのが一番の理由だろう。
どちらも名のある家の子供だ。
アオはそのことをしっかりと隠せているし、頭もいいのでボロを出すことはない。
それを抜きにしても仲はいい。
ディバノも貴族としての接し方はここではやめて欲しいと言っているし、こちらとしてもやりやすい次第だ。
しばらく観察していて思ったのだが、ディバノも若干ではあるがアオと同じような気配がする。
言葉遣いからも英才教育を受けてきたことがよく分かるし、アオと同じように知識は多くあった。
だが明確に違うのは知識の種類だ。
アオは政について良く知っており、魔法についてとても明るい。
これは今までに戦ってきたあの二人の師匠のお陰だろう。
そして頭がいいので他者の言葉の端々から多くの情報を読み取る力を持っている。
先のこともしっかり考えているし、子供の姿をした大人と対面している気持に幾度となく錯覚させられた。
ディバノは生活の基盤の維持、そして剣術に明るかった。
剣術に関してだが、実力こそまだまだなものの、流派については熱心に勉強していたらしい。
一本の剣を持っても多くの戦闘スタイルがある。
これに強く心を惹かれ、剣術に更に磨きをかける様になっていったのだという。
生活の基盤の維持を知っているのは、カノベール家が国境にあり領土を強固なものにする必要があったから学んだ知識らしい。
これはトールから直接聞かせてもらった。
村から街へ、街から国へと変わりゆく過程を知って統治の理解力を高める……というのが教育の方針の一つとしてあったらしい。
開墾して生産物を増やしたり、新たに村を起こして領土を拡大、保持をする必要があるかもしれない。
カノベール家はダネイル王国の領土から行って最前線に当たる領土を所持しているのだ。
今ある村や街を管理するだけではなく、自ら領土を広げるといった試みを既にいくつか実施しているらしい。
これは戦争が終わった後、攻め落とした国や街の管理、維持にも応用が利く。
大体の説明をトールから聞いた刃天は『カノベール家は計画的な一族だな』と感じた。
村、街、国の管理をすぐさま実施できるということは、攻め落としたとしても“略奪はさせない”はずだ。
これにより村民や町民、国民の心証は少なからず良いものになるだろう。
していいこと、してはならないことの分別がしっかりついている統治者には、多くの者が付いていくものだ。
これにより生活が楽になれば民の心持も大きく変わるだろう。
内政に強い、というべきか。
もし本当に学んだことが実を結んでいれば、己らにとっても重要な存在になることは間違いない、と刃天は確信した。
と、こういう話があったなぁ……と刃天は宙を見ながらボーっとしていた。
目の前で行われている会議に終わりが訪れない。
何とか拵えた雨風の通らない家屋の中で、ディバノたちの幌馬車が持ってきた大きな絨毯が敷かれており、その上には木製の机と椅子が配置されている。
絨毯の高級さとそれ以外の素朴さが何とも目立つ空間。
落ち着いた木目の室内に目立つ配色の絨毯があればなおのこと浮くというもの。
そこでアオとディバノは紙を広げて会話を続けていた。
簡易的に描かれた村の地図である。
村民が暮らす居住区、特産品の生産場所である果樹園、将来農作物を育てる予定のある土地……。
現在木材を伐採している場所や、アオが作り出した水源の位置、山道と街道を繋ぐ道やある程度の山の地形など事細かなことがどんどん書き足されていっている。
「アオの水魔法ってどの範囲まで効果があるの?」
「国の一個や二個は管理できるよ。ダネイル王国だったらできると思う。前にお父様と一緒に遊びに行ったことがあるから分かるよ」
「ん~、この地図じゃ範囲までは分からないね」
「この土地って水の元素の濃度が濃いって話はしたよね。これを正常値に維持するのにちょっと力を使ってるんだ」
「てことは……ここにアオがいれば、もっと広い範囲を管理できるってこと?」
「少なくとも水の管理は今まで以上にできると思う。魚でもいればいいんだけどね」
「何か変わるの?」
「テレンペス王国もそうだろうけど、ダネイル王国の都市には僕に近い力を持ってる人がいるんだよね。もちろん蒼玉眼。んで、綺麗な場所にしか棲めない魚とかが居て……」
「高級食材ってことで高く売れるわけね?」
「そういうこと」
想像できない規模感。
横文字、魔法の云々。
聞いているだけでは理解できない単語が今までにも何度か飛び交った。
理解しきれない会話は聞いていて眠くなる。
何故己はこんなところに付き合わされているのだろうか……と思いながら欠伸をした。
とりあえず分かることと言えば……。
二人共凄い、ってことくらいだろうか。
膝に載っているロクの体を撫でながら目をつむる。
「刃天~」
「……あ?」
目を閉じたところで、アオから名前を呼ばれた。
顔を上げてみれば村の地図を片手に持っており、それをこちらに見せつけている。
「ロックブレードベアの目撃場所ってどこ?」
「……乾の方角だ」
「いぬい?」
「ああ~……。あっちだ」
乾とは北西の方角である。
親指で方角を教え、ある程度の距離も口頭で説明したが理解してくれなかった。
なので村の地図を見てロックブレードベアを狩った場所を指で示す。
さすがに地図の中には収まり切らいない距離なので宙を指さすことになったが、二人は理解してくれたようだ。
「二匹ともそこで狩ったの?」
「そうだ」
「これが番だったらいいんだけどね……。他にもいる気配はあった?」
「ああ。まだ十頭はいるだろうな」
「「十頭!?」」
アオとディバノは口を揃えてそう言ったあと、すぐに顔を見合わせた。
「ロックブレードベアは冬になると姿が見えにくくなる……」
「僕のいたレスト領でも冒険者ギルドで問題になってたと思うよ……。ていうか群れで行動するの……?」
「魔物についてだったらチャリーが詳しいよ。あとで聞いておこう。対処法も考えなきゃだけど、やっぱりまずは冬が来る前にできる事を確認しないとね」
「もう大体出尽くしたと思うけどなぁ~。保存食も確認したし、狩猟ができる道具もあるし……。薪も今皆が頑張ってくれてるから何とかなりそう」
「道具が手に入ったのは大きかったなぁ~」
ディバノの言う通り、既に今できる事の案としてはできっているように思う。
これは以前アオとチャリーとで考えた方針と変わらない。
やはり今のこの村ではできる事が少ないのだ。
村の維持を最優先としつつ、余力ある範囲で可能な限り村の発展に努める。
今のところ時間はあるのだ。
少しずつ大きくしていければいい。
ふと窓を見てみれば、大雪となっていた。
どうやら今日から本格的な冬が訪れたらしい。
終ぞ水売りは来なかった。
これで山への入山は難しくなるはずなので、こちらが準備できる期間は更に長くなった。
あとは春までにこの村と村民を鍛え上げるだけだ。
「ハッ、やること多いなこの村は。暇しなさそうだ」
「シュイ?」




