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【完】異世界にてやりなお死  作者: 真打
第六章 冬
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6.7.Side-チャリー-厄介事


 崩壊した村、テノ村の中心で馬車二台が並んで停まっていた。

 風を遮るようなものが何もないので山から吹き下ろされる冷たい風が足元を通り抜ける。

 もうすぐ冬なのだ。

 この調子なら早い段階で雪が降ってくれるかもしれない、と期待しながらチャリーは目の前にいる数名に視線を移した。


 そこにいるのは女騎士が二人、執事が一人、子供が一人だ。

 他に誰か乗っているのではないかと期待したのだがどうやら四人しかいないらしい。

 これは大外れだったかもしれないな、と肩を竦める。

 若い大人が居ればカノベール家のご子息がいたかもしれないのに……。


 とはいえ彼らは村の戦力になり得る存在だ。

 連れ帰ったとしても四人程度であれば何とかなるだろう。

 いい方向へ考えを向けさせて、とりあえず名前を聞くために自己紹介を挟む。


「改めまして……。私はチャリーと申します。街で物資を調達してきたので帰る途中でした」

「引き留めてしまって申し訳ない。改めまして……。カノベール家の騎士として仕えているクティ・ライセフトだ。よろしく頼む」


 クティは綺麗な騎士礼をした。

 彼女は長い金髪の髪の毛を後ろに流している。

 背も高く体系にも恵まれているようで、豊満な肉体が鎧越しでもよく分かった。

 しかし……性格は厳しそうだ、とチャリーは思った。

 もう少し顔を緩めれば可愛いらしいのに、と残念に感じたのだ。


 チャリーがそんなことを考えていると、クティの隣りでもう一人の女騎士が同じように騎士礼をする。


「お、同じく! カノベール家の騎士として仕えています! テナ・リストローメ、です!」


 彼女はクティとは違い、小柄な少女だった。

 可愛らしい容姿をしていてとても騎士であるようには思えない。

 どちらかといえばお姫様といった位置に属するような人間なのではないかと思う。


 しかし彼女が手にしている槍は明らかに重量がある。

 それを小柄なテナが片手でぶら下げているのだ。

 それなりの鍛錬を積んでいるということがそれだけで分かった。


 二人に続き、執事である男も綺麗なお辞儀で挨拶をする。


「カノベール家三男、ディバノ・レ・カノベール様専属執事、トール・ミカルロでございます。以後お見知りおきを」


 洗練された動きだ。

 流石執事というだけの事はある。

 そして最後に残された子供の方に手を向けて紹介する。


「そして、こちらの方こそがカノベール家三男、ディバノ・レ・カノベール様です」

「よろしくお願いします」

「へぇー……。えっ?」


 軽く内容を飲み込もうとしたが、この子供がカノベール家のご子息であることには驚きを隠せなかった。

 騎士がカノベール家の護衛であるということは聞いていたが、なにかの使いだろうと勘ぐっていた。

 だが実際は本当にカノベール家の人間を護衛している……。


 チャリーは遠くを見た。

 大きな厄介事を拾ってしまった、と後悔したのだ。

 こんなにも少ない護衛の一団に、領主のご子息がいるなんて誰が想像できるだろうか。

 そして護衛が少ないのには訳がある。

 クティから少しだけ聞いた『テレッド街に向かうことを禁じられている』という妙な条件。


 なんだか……話を聞きたくなくなってきた。

 すると、クティが話し出す。


「チャリー殿。貴殿は私たちのことを知りたがっておりましたね。その代わり村に案内する、と」

「そうなのですか!? おお、それはありがたい! よかったですなディバノ様……。我らはまだ見捨てられておりません……!」

「わ、わかったから落ち着いて……」

(あーーーー駄目だもう逃げられそうにない)


 チャリーは猛烈に後悔したが……やはり貴族との繋がりは何処かしらで得なければならない。

 これはその試練なのだろうと割りきり、話を聞く姿勢を貫く事にした。

 とはいえ、こちらも隠しておかなければならないことがある。

 チャリーはそのための布石を打った。


「えーと、申し訳ないですが……領主の一族の方と話す礼節がなく……」


 自分たちがダネイル王国の領主だった人物の配下であったことは、今のうちは避けておきたい。

 ここは無知を装った。

 するとトールが首を横に振る。


「はは、構いませんとも。このような立場ですしね」

「ありがとうございます。それで……貴方たちはどうしてこんなところへ?」


 チャリーがそうやって問うと、クティとテナはディバノへと顔を向けた。

 彼は小さく頷いて顔を上げる。


「簡単に言うと……家から放り出されました」

「おー……? 可愛い子には旅をさせろっていうあれですか?」

「そんなに期待して放り出すとかそんな生易しいものじゃないです。僕は……次男のエテルに騙されて家を追い出されてしまったんです」

「ええ……?」


 悔しそうに握り拳を固めるディバノに、トールがそっと寄り添って肩に手を置いた。

 だがそのトールも反対側の手で怒りを露わにしており、固めた握り拳が小刻みに震えている。

 他二人の騎士も何処か腑に落ちない表情を浮かべている様だ。

 ここに居る四人は、家を追い出されたことに納得していないのかもしれない。


 これは簡単な話ではなさそうだ、と何も知らないチャリーですらそう思った。

 そして彼らが本当にカノベール家を追い出されたとしたならば、アオ……もといエルテナと少なからず似たような状況にある。

 追われる身と追い出された身とでは内容は大きく変わるかもしれないが、故郷に戻れなくなったという点では同じだ。

 何も分からない外の世界で、一から自分たちだけで何とかしなければならないのだから。


 チャリーは話を真剣に聞く姿勢を取る。

 一拍おいて、話の続きを促した。


「続けてください」

「ここは私がご説明しましょう」


 トールが一歩前に出て胸に手を置いた。

 一呼吸おいて話はじめる。


「カノベール家はウルノス様を当主とし、ご子息は四名。長男のフェルスナット様、次男のエテル様、三男のディバノ様、四男のコルト様です。つまりこの四名は、遠くない未来で当主争いを行うことになる四名というわけです」

「……なんとなく話が見えてきましたね」

「聡いお方の様ですね。簡単に結果を説明しますと、当主争いのライバルを減らすために、次男であるエテル様が一つ策を打ってディバノ様を競争相手から除外させた、というところでしょうか」

「ですがそう簡単に追放のような形を取れるのですか?」

「当主であるウルノス様の逆鱗に触れさせれば……可能でした」


 それからトールはぽつぽつと事の成り行きを説明してくれた。

 ディバノは剣の才能に恵まれていたらしく、既に長男と互角にやり合える実力を兼ね備えていたらしい。

 そして幼いながらに礼節を既に弁えており、他の執事やメイド、両親や領地をまとめる他の貴族たちにも節度を持った振る舞いを評価されていた。

 中には『次期当主はディバノかもしれないな』と口にする者もいたらしい。


 だが、既に頭角を現し始めていたディバノを邪魔だと考える者もいた。

 その内の一人が次男のエテルだ。

 当主の座を狙う者が増えるのは面倒だと考えたエテルは、一つの策を打った。


 当主のウルノスが若い頃から使っていた剣がある。

 これはカノベール家では家宝にも近い物であり、実際に使っていたウルノスは大層大切にし、子供たちの前で自慢したりしていた代物だ。

 エテルはこれをくすねて、稽古中だったディバノに『模擬戦用の練習武器だ』と騙して使わせた。

 この時刀の収まっていた鞘は本物の模擬専用の武器の鞘にすり替えられており、ディバノは柄だけを見てこれが当主の剣であるとは気付かなかったのだ。

 そのまま防具立てに何度も剣を打ち付けてみたところ、刃が付いていることに気付いて剣を不思議そうに見ていると、次男がウルノスを呼んできて罪をでっち上げさせた。


 激怒したウルノスはディバノの抗議に聞く耳を持たず、勢いそのままに『メノ村』の当主を命じられて実質的なお家追放という措置を取った。

 共に抗議をしたトールと、護衛を命じられたクティとテナが巻き添えとなったらしい。


「……と、我々がこの場に居る理由はこれですべてです」

「当主様は疑われなかったのですか?」

「もともと気の短いお方でして……。冤罪を吹っ掛けたエテル様より、見事に引っ掛かったディバノ様に見切りを付けました。あの方は経過ではなく結果で判断します。どういう経緯であれ、ディバノ様がウルノス様の剣を使っていたという事を問題視されたのです」

「なるほど……」


 レスト領領主の人柄が知れたが……しばらくは何の意味もなさなさそうだ。

 そこでチャリーは周囲を見る。

 荒れ放題の廃村。

 ここが彼らが目的地としていたメノ村なのだ。


「そしてメノ村まで来たのは良かったのですが……。まさかこんなことになっているとは……」


 どうしてこうなってしまったのかを知っているチャリーは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 できる限り悟られないようにしつつ、咳払いをして気持ちを切り替える。


 これではここを統治するというわけにもいかないだろう。

 近くにあるレテッド街に向かってはならないという禁止令は、できる限りディバノたちを苦しめようという考えなのかもしれない。

 もしテレッド街へ向かえばそこを統治している人間が、すぐにカノベール家へと知らせを走らせるだろう。


 彼らは既に行き場を失っている。

 ここで恩を売っておくべき相手ではあるが、今後ディバノが党首の座を争う力と権利を取り戻せるかどうかは分からない。

 とはいえ……自分たちのせいで彼らは行く場を失った。

 恩が返って来るとかどういうのは別にしても、流石に手を差し伸べておくべきだろう。


「では……付いてきてください。私たちの村へご案内します」

「本当ですか!」

「ただし私たちのいる村は発展途上です。最近安定してきたばかりなので贅沢な暮らしはできません。それでも、というのであれば」

「とのことですが、いかがいたしますか。ディバノ様」


 執事は振り返り、ディバノに意見を求める。

 若干くすんだような……気力のない瞳のままディバノは小さく頷いた。


「僕たちには他に選択肢はないよ。チャリーさん。僕たちをその村へ連れて行ってください」

「……承知しました。では、行きましょう」


 会話を終え、全員が馬車に乗り込んで手綱を操る。

 しっかりついてきていることを確認し、チャリーは少しだけ速度を上げさせた。


(さて……。レスト領の領主であるウルスノ・レ・カノベールのご子息ではあるけど、彼が今後権力を取り戻すとは限らない……ですね。ポッと出てきた子供がこれから村の当主となりますっていうのも反感を生む気がしますし、さてどうしたものか。まぁいきなりトップに立つってことはしないと思いますがね。あの瞳を見る限り)


 まだ幼い子供だが、自分の身に起きている現状をしっかりと理解してしまっている。

 だからこそ不安が大きいのだろう。

 恐らく彼はこの地がダネイルとの国境線が近い最前線であるということも理解している。

 そして父と兄への不信感、生活が大きく一変するであろう外の世界に飛び出した不安。

 子供にはあまりにも大きすぎる感情だ。


 とはいえしっかりした名のある家の子供。

 いつか必ず力になってくれるはずだ。


 そんな期待をしながら、チャリーは村へと馬車を走らせた。


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